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62:王立歴史博物館

 人を呼び出しておいて待たせるってのは、どうなんだ?と思いつつも、手持ち無沙汰なので展示物を眺めて時間を潰すことにした。


 王族なんてものは、日本人だった俺の感覚からすれば誰が決めたも判らない身分制度に胡座をかいて、身分が下の人間の事なんて虫けらほどの価値も認めていないんだろうと思える。

 俺は、そっと自分に取り付けられた黒い首輪に右手の指先を触れさせて、そっと魔力を僅かに使ってみる。


 ピリッとした嫌な感覚が首から全身に走り、集中力が掻き乱される感触があった。

 しかし、無詠唱で無事に拒絶結界は張られ、それ以上は何も無い。


 俺は首を傾げながら、試しにうろ覚えの詠唱を使ってみる。

 ゲーム初期のチュートリアルで使ったきりで、かなりアバウトな感じだったけど、ピリッとした感覚の後に、嫌な気持ちが強くなり吐き気を催してしまった。


 その上、体内で練り込んだ魔力イメージが集中出来ずに拡散してゆき、残らず首輪に吸い取られるような変な感覚もある。

 これには堪らず、詠唱は中断せざるを得なかった。


 自分で首輪を壊して外そうとすれば、首輪に込められた魔法が発動して即死するという説明を受けているので、それ以上は試すのを止めておいた。

 気を取り直して、大人しく展示物でも見て回る事にしよう。


 幸いにも、展示物の説明は馴染みの有る日本語だから、書かれている内容を読み取るのに苦労は無い。

 こうして見ると、やっぱりこの世界は俺の居た日本と関係の深い世界なんだろうなと思う。

 イオナの言うところの、この世界が未来の日本だって言う説は、どこか俺の中でも否定しきれないものになっていた。


 言葉にしても文字にしても俺に馴染みの有るものだし、漢字や英文字が古代語と呼ばれながらも存在している事、封建的で近代化されていない世界に存在する紙の事、ターナ村でサクラが言っていた昔話の事、遺跡と呼ばれる場所で見つけた文明の遺物、それらすべてが俺の知っている文化や文明を思い起こさせる。

 剣と魔法のあるファンタジーの世界も、冒険者ギルドの存在やエルフや獣人などの存在も、どこか俺がゲームで見知っているような人為的な既視感を感じさせるものだ。


 俺は、とある一つの展示物の前で足を止めた。

 そこにはヤムトリアの建国にまつわる神話に関わる、一つのアイテムと一人の人物を織り込んだ大きなタペストリーが展示されていた。


 織物として単純化された人物の姿に見覚えは無いけれど、そのアイテム独特の形状には、とても見覚えがある。

 何故ならば、それは俺があっちの世界で仲間に送るために造った武器によく似ていたからだ。


 その武器の種類は、先端に取り付けられた四枚の刃物に特徴のあるソードメイス。

 僧侶系の治癒神官でありながら魔力値の根源であるINTよりも腕力と体力の値であるSTRに特化し、最前線で体を張って戦う事を選んだマニアックなプリーストの所持する事の出来る数少ない打撃武器、それがソードメイスだ。


 それが俺オリジナルで特徴的なのは、装飾の施された金属バットに似たメイスの先端部分にチューリップの花のような独特な形状の刃物が4枚着いている事と、石突きの部分に付け加えられた龍を象ったオリジナルの装飾模様と、そして柄に彫り込まれた所有者の名前だ。

 そこに彫り込まれている英文字を読むまでも無く、展示物には全てタイトルが付けられていた。


『聖ミリアムの聖遺物』


 それが展示物の名称だった。

 一瞬何の事なのか理解が出来なくて、俺はそれを黙って見つめた。


「嘘だろ…… でも、このソードメイスは俺が彼女にプレゼントした物に似ている…… 」


 明確な確証は無いけれど、確かに俺が造ってプレゼントした物に酷似していた。

 でも、似ているけれどちょっと違うと言うか、どこか俺の造った物と言い切るのには違和感が残るのも確かだ。


 もしかすると知り合いが同じ世界に居るんじゃないかという喜びが一瞬沸き上がり、そしてそれが建国にまつわる遺物だという解説を理解して、俺はかなり落胆した。

 少なくともミリアムが普通の人間であれば、この時代に生きている訳が無かった。


 あっちの世界と、こっちの世界がどうなって繋がっているのかなんて判らないけど、俺が去ってからすぐに世界を大きく変えるような出来事が起きたのか、それとも彼女も何かの転移に巻き込まれてこっちへ来てしまったのか、それも今の俺には判らない。

 だけど展示物に記載されたミリアムと言う名前と目の前に飾られているソードメイスは、それが俺の知っているミリアムと関係ではないと、そう思わせた。


 俺は宿の居酒屋兼食堂で聞いた、始祖六国の事を思い出していた。

 有り得ないと思って心から無理矢理追い出していたけれど、それらの国々の建国に関わったという聖人の話と名前は、かつて俺が所属してたエクソーダスのメンバーの事だったんじゃないかと…… 


「ずいぶんと、熱心だな。 その変わった形の神器に興味があるのか? それともミリアム様に興味があるのかな?」


 不意に、後ろから声を掛けられた。

 ハッとして振り返ると、そこには見知らぬ男が立っていた。


 ずいぶんと、俺は無警戒にソードメイスを注視していたようだ。

 パッシブスキルの『危険感知』が反応していないから今すぐに危険は無いんだろうけど、それでもアクティブスキルの『気配感知』くらいは発動させておくべきだった。


 どこから入ってきたのか、俺の後ろには体格の良い二人の男と、それを囲むように四人の黒衣騎士が立っていた。

 黒衣騎士の中の一人は、先程俺たちを連れて来たマーシャと言う若い男だ。


 他の三人は、警戒心に溢れた顔で俺を見ている。

 顔の判らない三人の黒衣騎士とマーシャを除けば、一人は薄紫色の髪をした中年の男で、その前に立って俺に話しかけてきたのは赤茶色の髪色をした中年の男だ。


 辺りを見回せば、広い室内に散らばっていたイオナたちが、こちらへ集まって来るところだった。

 たぶん、皆も彼らの登場に今ようやく気付いたんだろう。


「これは、本物じゃ無いと思うんだけど…… 違うかな?」


 俺は、後ろにあるソードメイスを指し示して言った。

 たちまち両脇に控えていた黒衣騎士が、俺の発言を聞いて色めき立つ。


「貴様、誰に向かってそのような口を聞いている! 身分をわきまえろ!」


 一人の黒衣騎士が、俺に剣を抜いて向けた。

 他の黒衣騎士も、右手は腰の剣を掴んでいる。


 たちまち、俺の周囲の時間がゆっくりと流れ出した。

 どうやら、本気で俺に殺意を向けているらしい。


 しかし、『見切り』が発動していたのは僅かな間だけで、すぐに元通りの速度で時間が流れ出す。

 手前に居る茶髪の男が、剣を抜いた黒衣騎士を手で制したのだった。


「良いのだ。 これは非公式の面談であり、それを無理にと望んだのは余の方だ。 口の利き方など、年若い頃のお前たちもそうであったように、気にする程のものでは無い」


 赤茶色の男は、そう言って黒騎士に剣を収めさせた。

 そして、後ろに控えていた薄紫色の髪の毛をした男が、何事かを告げて黒騎士を後方に離れさせる。


 いや、別に権力とか歳上の人物に対して反抗している訳じゃ無いし、見た目が十五歳くらだからって子供扱いされると、逆に逆らいたくなってしまう。

 こっちの世界に来て若返ってしまったけど、俺はもう十八歳だ。


「順番が逆になってしまったが、わしがヤムトリア二十四世だ。 非公式な場であるが故に、俺の事はライオネルと呼んでくれ。 お主らを無理矢理呼び出して済まなかったな。 そしてあらためて礼を言おう」


 目の前の男は、俺たちを呼び出した張本人の現国王だった。

 駆けつけてきたイオナたちの前でも、彼は再び自分をライオネルと呼べと言っている。


 国王なのにフレンドリー過ぎるだろう、このオッサン。

 殿様が好き勝手に町へ出かけて事件を解決するような、そんな大衆時代劇の主人公かよ。


 その後ろに控えていた男は、ライオネル王に続いてエリオットと名乗った。

 どうやら、国王の側近らしい。


 俺たちもイオナが最初に名乗り、俺を含めた全員が名乗り終わったところで、ライオネル王が俺に向けて口を開いた。

 それは、ミリアムのソードメイスの事だ。


「さて、お前の名はカズヤだったな。 お前はその聖遺物を偽物だと言うが、その根拠は何なのか教えて貰えるだろうか? これを指差して偽物と言うからには、お前が本物を知っていると言う事になるのだぞ」


 本物を知っているかと問われてしまったけど、知らない訳が無い。

 なにしろ本物は、俺が錬金と鍛冶のスキルを駆使してクリエイトしたアイテムなのだから。


 だけど、そんな事は言えない。

 それに本当のことを言ったとしても信じて貰えないのは、どう考えても間違いが無い。


「いや、偽物だと断じた訳じゃ無いし…… 俺が言ったのは、ここに飾ってあるのは本物じゃないよねって意味で、こんな誰でも手を伸ばせるような場所に本物を置くわけが無いだろうって、そう考えただけだよ」


 少々苦しいけど、一応筋の通った言い訳が出来たんじゃ無いだろうか?

 ライオネル王は訝しげな視線を俺から外さずに、黙ったまま何かを考えているようだった。


 後ろの方で、黒衣騎士たちが俺のぞんざいな言葉遣いに対して再び敵意を向けてくるのが判ったけど、そんなのはどうでも良かった。

 日本で平等主義と民主主義に囲まれて平和に育った俺に取っては、それが王だろうが首相だろうが、例え大統領だろうと、とにかくそこに人としての違いがあるという事が釈然としないだけなのだ。


 それでも、さすがに校長先生にぞんざいな口を聞くのとは訳が違うという事は、俺にだって判る。

 ライオネル王が黙っていたのは僅かな時間なんだろうけれど、何だか俺にはそれがとても長いものに感じた。

 それを救ってくれたのは、横から唐突に投げかけられたイオナの一言だった。


「で、ライオネル王よ。 わしらを呼び出した理由というのは、そんな事ではあるまい。 何故なにゆえにわしらと非公式に、このような他人の目を避けるような場所で会う必要があったのじゃ?」


 そう問われて、ライオネル王は思い出したという素振りでイオナの方を振り向いた。

 黒衣騎士たちの敵意が、俺からイオナに切り替わったようだ。


「そうだった。 俺は胡散臭い六神などよりも聖ミリアム様の熱烈な信奉者でな、些か度が過ぎたようだ」


「ライオネル王。 六神様の事は、あまり大きな声で言わぬように願います。 政治の話と宗教の話は、場所を選んで下さい」


 エリオットと言う側近が、そういってライオネル王の発言を諫めた。

 傍若無人とか豪放磊落なキャラには、もれなく苦労人っぽい側近が着いているってのはドラマや物語だけの世界だけじゃ無いんだなと、俺は変なところで感心をしてしまった。


 これで夜な夜な胃薬なんかを常用してたりすると、笑えたりするんだけど。

 ちょっとライオネル王の側近と言うエリオットの焦る様子を見て、俺は勝手に和んだ。


「ふん、お前だって二人だけの時は同意見だろうが。 だが、まあ良い。 表向きは昨夜の魔族退治のお礼だが、本題は別にある。 まずは礼を言おう。 昨晩、助けてもらった事に礼を言う」


「やはり、そういう事じゃったか。 昨夜の酒場で絡んで来た髭面の男に、目元と鼻がどこか似ていると思っておったのじゃ」


 イオナの発言に、バルとレイナ以外の全員が驚きの声を上げる。

 いや、確かに言われてみればライオネル王とライアンって名前の響きが似てるけど、目鼻立ちまでは気付かなかった。


 魔族に襲われていたのが、酒場で絡んで来たライアンっていう男たちだったのは判っていたけど、さすがに国王があんな場にいるとは思わないだろう。

 って言うか、国王が警護の騎士もつけずに場末の居酒屋で酔っ払ってるとか、有り得ないし。


「俺は貧乏な田舎貴族の家で生まれてな、元々身分だ国王だと偉そうにしてるのは好かぬのだ。 それが何の因果かタナボタ式に王位継承権が回ってきて、この有様だ。 王宮に居ると堅苦しくて息が詰まって仕方が無いので、冒険者だった時の仲間を巻き込んで、お忍びで市中の見回りをしているのさ。 それにまあ、その、市民の目線とか生の声とか、王として疎かには出来ないだろう?」


「暴れん坊な将軍様かよ…… 」


 俺は、思わず小声で突っ込んでいた。

 フッと王の目線が俺に向いたけど、すぐにそれはイオナに戻った。


 たぶん、俺の言った意味が解らなかったんだろう。

 タナボタって言葉も、たぶん慣用句として使っているんだろうから、ぼた餅を知ってるのかと心の中で突っ込むのは止めておいた。


 彼の言う通りだとすれば、エリオットと言う人も冒険者だった時の仲間なんだろう。

 こういうのが腐れ縁って奴なのかなと、俺はそう思った。


「ふむ、王と知って魔族が狙ってきたのであれば、ちと問題じゃろうな。 お主のような王は、さぞや敵が多い事じゃろうて」


 王がイオナの問いに答える前に、マーシャが状況説明をした。

 あの時、最初にライオネル王を襲ってきたのは、地面に倒れて居た十名程の人間だったらしい。


「いえ、先に襲ってきたのは倒れて居た人間の方です。 どうやら居酒屋から跡を着けられたらしく、裏路地の奥へと進んだところで突然襲われたそうです。 ライオネル王もお仲間の方々も歳を取ったと言っても元はA級の冒険者ですから、それだけなら酔っていても対処は可能だったかと。 しかし、そんな乱戦の最中に、あなた方が倒した魔族が現れたのです」


 マーシャの説明を途中で遮るように、ライオネル王が口を開く。

 恥ずかしいから、それ以上は言うなと言うような感じだった。


「まあ正直言って、俺に敵は多い。 だが、そんな事を気にしていたら旧弊をぶちこわすような改革は出来ないから、敵を作らないように生きるのは諦めている。 俺の身は、このエリオットを初めとして冒険者の時にパーティを組んでいた者達と親衛隊たる黒衣騎士団、そして信頼できる冒険者仲間の子息たちに預けてあるのだ。 そこにいる黒衣騎士団のマーシャも、俺の仲間の優秀な息子や娘たちの一人だ」


 そう言って指差されたマーシャは、小さく会釈してみせた。

 なるほど。 彼の探るような誘導尋問じみた会話の理由が、何となく納得できた。


「それで、わしらに命を助けられた事が今日の本題では無いというのであれば、いったい何用でわしらを呼び出したのじゃ?」


 スッとライオネル王の視線がイオナから外れて、俺たちの方へ向いた。

 その視線の先に居たのは…… 


「え? わ、わたしですか」


 若干戸惑いながらも声を上げたのは、メルだった。

 全員の視線がメルに集まる。


 メルの隣に居たアーニャが、メルの左手に自分の右手を伸ばしてギュッと握ったのが見えた。


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