63:召喚の意図
「お忘れですかな? メル姫。 昨年の誕生パーティにはご招待いただきまして、ダンスなどをご一緒させていただいた筈ですが」
そう言って、ライオネル王はメルの反応を待つように、優しく微笑んで見せる。
いつの間にかバルが、メルを庇うように少し前に出ていた。
「あの、酒場で絡んで来た時ですかな?」
イオナがライオネル王に訊ねる。
コクリと頷いて、ライオネル王は言った。
「エスタシオ王国が、あのような事になって行方不明だと聞いていたのでな。 まさか自国の王都で出会うとは思わなかったのだが、俺は一度会った人間の顔は忘れない特技があってな、すぐにメル姫だと判った。 だが。あの時には、俺もまさかと思ったのだ。 王族の都落ちという風情でもなく、一介の冒険者然として仲間に囲まれて居る姿を見て、流石に確信が持てなかったのだよ。 前エスタシオ王とは、改革の志を同じくする同士だっただけに、残念だった」
「今、エスタシオがどうなっているのか、ご存じでしたら教えて下さいませ。 父上や母上は、私の兄上や姉上たちはどうなったのでしょう? あの日の事は、この目にハッキリと焼き付いておりますが、それでもまだ夢だったのでは無いかと信じられぬ想いもあります。 ご存じでしたら、どうぞお教えくださいませ」
意を決したように、ライオネル王に毅然として尋ねるメルは、あの日伊勢海神社の境内で俺の胸に血だらけで突然飛び込んできた、異世界のお姫様だった。
それを知っているのは、俺と猫の姿をしていたバルだけだろう。
なんとも感慨深い想いが、俺の胸を過ぎる。
とても目まぐるしい日々だったけれど、俺がメルと出会ってからは、まだ二ヶ月ほどしか経過していないのだった。
「主立った重臣たちで、帰順しなかった者はすべて処刑されたようだ。 貴族連中などは、反意を示さず帰順さえすれば領地も安堵されたようで、大半の貴族は大人しくダイトクアの支配下に入ったようだな。 しかし王族は、…… 」
そこで、ライオネル王の言葉は詰まった。
それだけで、メルの家族は生存が絶望的だと言う事が読み取れる。
「処刑…… されたのですね。 父様も母様も兄様姉様たちも、そして妹たちも、主立った家族はすべて毒を食事に混ぜられてナイフで刺されるのを、この目で見ました。 だから、すべてを知る覚悟はしております」
「うむ、ならば言おう。 そなたの家族は皆、見せしめのために張り付けにされて、王都の広場に一ヶ月間骸を晒されていたという事だ。 その先はまだ現地から間者が戻って来ぬ故に、詳細は判らぬ」
「もう一つ、お教えください。 市民の、いえ国民の暮らし向きはどうなっているのでしょうか? 父王の治世よりも幸せに暮らしているのであれば、私の出番はありません。 そうであれば私のやろうとしている事は、国民に不幸をもたらす個人的な復讐となってしまいます。 私は、それが知りたい。 自分の為そうとしている事に大義はあるのか、ここに居る皆さんをも私の我が儘で危険な目に合わせる事になるだけに、それだけは知っておきたいのです」
メルが心の底にある想いを振り絞るように、悲痛な声でライオネル王に問いかけた。
その想いの強さを受けて、ライオネル王が真剣な顔で深く頷く。
「喜ばしい話では無いが、国民は間違い無く不幸だろう。 税は更に重くなり、様々な規制が強化されたと聞いている。 神殿の不信心者に対する締め付けも相当厳しいと聞く。 ヤムトリアよりも一歩進んでいた国民への教育政策も中止となり、愚民化政策が進んでいるようだ。 エスタシオの王都はかつての賑わいを失い、重苦しい空気が漂っているという報告だ」
ヤムトリア王の返事を聞いてから下を向いてしばらく考え込んでいたメルは、ようやく頭を上げて何かを決意したような表情で、俺たち全員を順に見回した。
そして、意を決したように口を開く。
「カズヤさん、イオナ様、レイナ様、アーニャ。 ヴォルコフさんとティグレノフさん、そしてバルちゃん。 私に力を貸して下さい。 ずっと個人的な復讐に皆さんを巻き込んでいるのでは無いかという迷いが、正直言ってありました。 でも、ライオネル王の言葉を聞いて、私は決心しました。 仇討ちが済んだら、私は皆さんと一緒に旅をしようと思っていました。 でも今は違います。 この目で我が国の姿を実際に見て、ライオネル王が言われるように国民が父王の治世よりも不幸であるのなら、私はエスタシオを取り戻して王となります。 一人だけ生き残った王族の勤めとして、国民を不幸なままにはしておけません。 どうか、この私の我が儘に皆さんのお力をお貸し下さいませ」
そう言って、深々と頭を下げるメルが俺の目の前に居た。
頭を下げたまま、ずっと同じ姿勢を取っている。
俺は、メルに向かって言った。
「心配するな、メル。 俺は最後まで味方するぜ。 王になりたいって言うのなら、邪魔する奴等は俺が全部排除してやるさ。 だから、頭を上げろ。 いつものメルらしく、明るく笑っていれば良いぞ」
「そうよ、メル。 あたしたちも強力するわよ。 これでもあたしたちは使い慣れた武器さえあれば、スリーマンセルで一個小隊を殲滅した事だってあるのよ。 使いなれた武器さえあればね」
そう言って、アーニャがチラリとイオナの方を見る。
ヴォルコフとティグレノフもメルに、俺たちに任せておけと言っていた。
「ふむ、元よりそのつもりで来たのじゃ。 関わったからには途中で放り出す事などせぬから、安心せい。 のうレイナ」
「そうよ。 私たちはもう家族みたいなものでしょ。 安心なさい。 最後まで面倒は見るわよ。 ねえイオナ」
「そのような事、聞くまでもあるまい」
最後に、バルがメルの方を見ずに、ボソリと呟いた。
ようやく顔を上げたメルは、泣き笑いのような困ったような笑顔を浮かべていた。
「感動的な場面に水を差すようで悪いんだが、どうやってそれだけの人数で国を相手にすると言うのだ? この国に来たのは、俺に助力を嘆願しにやってきたのでは無いのか?」
戸惑ったような声を上げたのは、ライオネル王だった。
どうやら、ライオネル王は俺たちがヤムトリアの王都にやってきたのは、助力を願い出るためだと思っていたらしい。
ライオネル王の中では、俺とヴォルコフたちは危うく難を逃れたエスタシオの家臣とその家族になっていたようだ。
マーシャが正体を勘ぐっていたイオナとレイナについては、偶々逃避行の途中に何かの縁があって一緒に居る冒険者という程度の認識で、気付いてはいないようだった。
そして俺たちは、祖国を脱出したメル姫の求めに応えて一緒に同盟国であるヤムトリアへ助けを求めてやってきたのだと、そう勘違いしていたらしい。
だから、なぜ俺の方から面談する機会を作ってやったのに助けを求めないのかと、そう言いたかったようだ。
気になっていたイオナとレイナの事は、王から何も言われなかった。
ライオネル王が王位に就いた時には、既に二人は日本で生活をしていたから、本当に気が付いて居ないのだろう。
となると、さっきのマーシャとか言う黒衣騎士の副団長とやらが鎌を掛けてきたのは、たぶん確信があった訳じゃないだろう。
少なくともライオネル王は、その事には触れてこなかった。
知っていて敢えて黙っているのか、それともまだ何も聞かされていないのか、あるいはマーシャ自身も確信があって言った訳では無いのかもしれない。
少なくとも、こちらから話題に出す必要は無いだろう。
ヤムトリア王と前エスタシオ王は、共に同じく教育の充実による文化改革と魔法に頼らない学問の推進、そして遺跡から得られる遺物の研究に力を注いできたそうだ。
そんな縁もあって、始祖六国間で結ばれている古い同盟関係の中でも特に二国間での交流が盛んだったらしい。
国とは別の権威を持つ神殿と国から独立した組織としての冒険者ギルドを、共に疎ましく思っていた事も同じだったようだ。
だからこそ、エスタシオ王国が旧守派の代表でもあるダイトクア教国によって占領されてしまった事には、ライオネル王としても内心忸怩たる想いがあったらしい。
そんな時に偶然お忍びで訪れた居酒屋でメルの姿を見つけて、縁ある亡国の王女への助力という形で他国へ関与する大義名分が出来たと思っていたようだ。
まあ、そもそも冒険者風情が七名だけでメルを助けたところで、国に対して何が出来るのかという想いもあったんだろう。
部下に俺たちのことを調べさせても、Cランクの駆け出し冒険者という事以外は何も出てくるはずが無い。
メルが王族の地位を捨てて一介の冒険者として生きるのであれば、かつて自分が諦めた世界だけに否定をする気も無かったらしいけど、もし自分に助けを求めにやってきたのであれば手助けぐらいはしてやろうと考えていたそうだ。
自分たちがやっている事が国を相手にするって事に実感は無いけど、あの日メルを助た日から一緒に生活している彼女は、もう俺の仲間であり家族のようなものだ。
俺はもう二度と、自分の仲間や家族を失うような事はしたくない。
年格好が同じくらいと言うだけで特に顔立ちや雰囲気が似ている訳では無いけれど、メルにはダイクーアの奴等に殺された妹の美緒の姿が、何処か重なってしまう。
もし俺が、あっちの世界で何事も起きず家族や紫織を失うことも無く平和に日本に居られたなら、そんな復讐とか仇討ちなんて止めるべきだと、偉そうな顔で言っていたかもしれない。
でも、自分の身にそれが実際に起きてしまい、復讐や仇討ちを出来る力を実際に手に入れてしまった今なら、そんな事はとても言えない。
それがメルの幸せに繋がるのかは正直判らないけれど、俺はやられた身の気持ちがわかるだけに、最後までメルの味方で居ようと思っているのだ。
一応、俺たちがヤムトリアに滞在している本当の理由も、ライオネル王には告げてある。
そう、ゴブリンの生息調査をする羽目になった、あの話だ。
魔法を使う正体不明の襲撃者の事や、魔獣を使役するゴブリンの話などを念のために伝えておいた。
一国の王に直接伝えるのなら、途中で握りつぶされる事なんかは無いだろう。
気配探知とも危険感知などのスキルとは違う感覚が、俺に何かを告げている気がしていた。
それを表現するのなら、根拠は無いけれど心のどこかに何かが引っ掛かっているのだと応えるしか無い。
「それで、俺たちのことよりも、自分たちが魔族に狙われた理由は判ってんの?」
俺は、ライオネル王にそう尋ねてみた。
王とマーシャは、互いに顔を見合わせる。
「正直言って、ライオネル王の敵は多過ぎて見当もつかない。 主だったところでは神殿や冒険者ギルド、商業ギルドに、王都の裏社会、そして王妃だ。 それに隣国の動きも焦臭い」
「って、なんで王妃がそこに出てくるんだよ」
俺は思わず、突っ込んでしまった。
夫婦関係が上手くいかないと、王族は命を狙われちゃったりするのだろうか?
「まさか浮気とかして、王妃を裏切ったとか」
「和也よ。 王の場合は、浮気では無く側室と言うのじゃ。 乳児死亡率の高い世界では王族の血を絶やさぬ為に、正室以外の女性に手を付けて子供を産ませるのも王の仕事のうちじゃよ」
俺の問いかけに、イオナが答えた。
だが、ライオネル王は首を振って、それを否定する。
「いや、俺自身が側室の子だからな。 滅多にそういう事はせぬ」
「滅多にって、しっかりやってるって事じゃないのよ!」
アーニャの突っ込みが、閉ざされた広い空間に響いた。
てか、俺も同じ事を突っ込もうと思っていた処だ。
「じゃが、魔族と繋がりがある者となると、神殿は違うじゃろうの。 魔族そのものは数こそ少ないが、普通に冒険者をやっておる者もおると聞いた事がある」
「うむ。 創世記の記述により魔族を嫌う国も無い訳では無いが、今では大陸全般で見れば獣人や爬虫人、そしてエルフ・ドワーフなどと変わりのない、希少な一種族に過ぎない。 だが、その数の少なさ故に、実物を見る事は珍しいだろうな」
イオナとライオネル王の会話で、魔族という種族の立ち位置というものが何となく見えてきた。
その後も続く二人の会話を聞いていると、魔族は魔力や体力が普通の人間よりも強く一目置かれているらしいけど、その種族としての数の少なさ故に世界に対する影響力は気にするほどでは無いという認識らしかった。
魔族の立ち位置というのは今ひとつ良く判らないけど、人の世界でエルフや獣人などと同じように普通に暮らしているらしい。
その醜い容貌や姿形、そして普通の人より強い魔力を持つ事によって魔族と呼ばれているだけで、特に人間と敵対をしている存在と言う訳でも無いようだ。
別れ際に、俺はミリアムのソードメイスとされる聖遺物の横に飾られている織物を指差してヤムトリア王に訊ねた。
そこには、聖ミリアムとされる人物が描かれた、タペストリーが飾られていたのだ。
「これが、その聖なんとか様の遺した物だとすれば、隣のこれは聖なんとか様の想像画か何かなのか?」
そこには、スタイルの良い美しい少女が多くの人々の先頭に立ち、右手のソードメイスを高く振り上げている姿が織り込まれていた。
でも、それは俺の知っているミリアムよりも背が高く、大人っぽくて胸も実に立派だった。
俺が壁のタペストリーに描かれた人物を見て想像画と言ったのは、そういう意味だ。
本物のミリアムも整った顔をしていたけれど、俺の知っている本物はもっと子供っぽいツルペタ美少女だったから、後世の誰かが女性としての理想像を描いたんだろうなと思ったに過ぎない。
「カズヤ。 お前の見立て通り、それはレプリカだ。 本物は…… いや、本物だとされている聖遺物は王城の宝物庫に保管してある。 お前はミリアム様に興味がありそうだから言っておくが、俺はミリアム様が実在したと信じているし、それを示す書物も遺されている。 そしてお前はミリアム様と同じ黒髪で黒い瞳をしている。 それは、実に興味深い」
ライオネル王は探るような視線を俺に送って来る。
その視線を無視して、俺はライオネル王に言ってやった。
「用件はもう済んだんだよな。 俺たちはもう帰って良いのか? お礼と言いながらも、本当は何か別の意図でもあるのか?」
お礼と言いながらも俺たちを呼びつけたのは、王という立場だから仕方ないとしても、俺たちの身元を探るような言動は気分が悪い。
俺の不躾な態度に、周囲を取り囲む黒衣騎士たちが一斉に腰の剣に手を掛けた。
それを手で制するライオネル王。
なんだか、すべてが芝居臭い気もする。
俺は、ここへ入る前にマーシャが見せた態度も何か気になっていた。
恐らくメル以外の俺たちの事について、憶測も含めて冒険者ギルドから得られる以上の何らかの情報を入手していると見て良さそうだ。
これ以上の長居は無用だと判断しても、無理は無いだろう。
何にしても、エスタシオまでの通過点でしか無いヤムトリアに、これ以上の関わり合いを作る必要性は無いのだ。
念話で確認してみたら、イオナも同意見だった。
ライオネル王も空気を読んだのか、それ以上の質問をする事も無く、俺たちは帰ることになった。
俺は自分の首輪に手を掛けると、それを薄紙のように引き千切った。
呆然とするヤムトリア王とマーシャたち黒衣騎士を無視して、メルに取り付けられていた首輪も同じように引き千切る。
〈仕方ない奴じゃの。 目立つことはするなと、あれほど言っておいたに〉
イオナも、自分の首輪を苦も無く引き千切った。
首輪に仕掛けられていた抗性魔法は、俺が事前に掛けてあった『コンポジット・アーマー』に阻害されて身体に影響を与えることが出来ない。
となれば、只の皮の首輪をイオナが雷属性魔法で焼き切って引き千切る事ができても、不思議じゃあ無い。
俺は封印の首輪を掛けられる前に、階段の処で全員に『コンポジット・アーマー』を掛けていたのだ。
つまり、漏れて感知された魔力は、その時に制御しきれなかった余剰な魔力に過ぎない。
まあ、まだ俺の魔力コントロールが甘いって事だ。
「どういう事だ! 何故それを簡単に外せるのだ」
「ああ、そう言えば不良品じゃないのか、これ。 何でもないぜ」
驚愕の表情を隠せないマーシャに、そう言い捨てて、俺は仲間と共に再び馬車に乗って市街へと戻った。
帰り際にマーシャじゃ無い黒衣騎士が一人、ライオネル王に何事か耳打ちをしていたけれど、知った事じゃない。
さっさと調査を終わらせて、この国は早々に出た方が良さそうだ。
そう言う俺に、イオナは黙って頷いた。
気持ちを切り替えてみれば、あの博物館で知った聖ミリアムの事や始祖六国に縁のあるという聖人の事、色々と興味深い。
旅の途中で立ち寄る国で調べる機会があれば、是非調べてみようと思う。
たぶん、みんなと再び出会える事は二度と無いだろう。
でも、何故みんなの事が始祖六国に伝承として残されているのか、それを俺は知りたかった。
宿に戻ってから二日目の調査に出かけた訳だけど、ライオネル王との謁見でかなり時間を取られてしまった。
そのおかげで、空を飛んで行ってもイース村の周辺でゴブリンに関する調査に充てる時間が少なくなり、昨日辺りから魔獣を見かける事が無くなったと言う話くらいしか収穫が無い。
明日は、イース村を起点として少し調査範囲を広げてみようと考えて、その日は早めに王都へと戻る事にした。




