57:ヤムトリア建国記
今より20数年前の事
王位に就いたヤムトリア二十四世は、数日前に崩御した前王より譲り受けた王位の指輪を使って宝物庫に一人来ていた。
この宝物庫には、王室の長い歴史において集められた貴金属類や宝石と言った物から、古い歴史書までが広く保管されている。
ヤムトリア設立の歴史は古く、ヤムトリアの建国以前から存在すると言い伝えられている冒険者ギルドの存在と、同様に古くから人々に広く信仰されている神殿の権威は、いかなヤムトリア二十四世と言えども簡単には口が出せない。
それが、王となった彼の最初に突き当たった壁でもあった。
王でありながら手が出せない、治外法権のような二つの存在。
その一つが世界各地の都市や町や村に必ず一つはある神殿で、白赤青黄緑黒の六神を祀る宗教組織である。
そしてもう一つが、これまた全世界の各地に支部や支所を持ち、冒険者と呼ばれる武力や魔力に長けた存在を一手にコントロールする、冒険者ギルドと呼ばれる超巨大組織である。
王家よりも古いと言われるその二つの組織は、誰一人全貌を知るものも無く世界各地にあって独自の権力を有していた。
建国の言い伝えが記された古い魔獣の皮を保管した大きな宝箱の前に、ヤムトリア二十四世は立つ。
そこには、粗い革紐で閉じられた古い魔獣の皮に書かれた本と、何の動物かは判らないが現時の技術では再現できない精緻な加工が施された、手提げの小さなバッグがあった。
ヤムトと呼ばれる小さな集落の村長であった後のヤムトリア1世が、ゆき倒れていた一人の年若い女性を助けた事から物語は始まっていた。
見慣れぬ服装をした女性はミリアムと名乗った
仲間とはぐれた様子で、他に誰か近くに居なかったかと訊ねられ捜索をさせたが、見つからなかった。
魔獣が跋扈する村の外で、大規模な捜索を行う事も出来ず、もし居たとしても手遅れだろうと思われた。
村には、魔獣討伐を行っているうちに一般人を越える能力を発揮する事の出来る者が僅かに存在していた。
彼らはその力を生かし村人の安全を守り、他里との往来の警護などをしていた。
後のヤムトリア一世も、その強者の中の一人であった
しかし強者の数は少なく、周囲の森に存在する圧倒的多数の魔獣に比べれば、力不足は否めない
ミリアムは、華奢な見かけによらず誰よりも強かった
その戦闘能力は、桁外れに強かった
そして、不思議な治癒の魔法も使うことが出来た。
それにより、ミリアムは人々から敬われ慕われる事になる。
村を襲う魔獣をことごとく愛用するソードメイスの一撃で葬り、村の強者たちも彼女と共に戦う事によって、徐々に人の枠を越えた力を得る者が増え始めた。
彼女は村の守り神として崇められ、近隣の村からも、より安全なヤムトの村へと多くの人が集まってきた。
しかし、彼女一人の力がいかに圧倒的だとは言え、一人の力には限界がある。
彼女が森で魔獣と戦っている時に、村が別の魔獣に襲われて小さな子供が死んだ
彼女がヤムトの村を守っている時に、別の村が全滅した事もあった。
そんな時に、遠い他里から面会を求めて三人の男女がやってきた。
フジマル、そしてナカジマと名乗る男とレナと名乗る女性の三人組は、各地に点在する国とはまだ呼べないが、そんな集落の境界に妨げられず横断的に人々を困難から守る組織を作っていると告げ、協力を求めた。
同時に、協力を得られるのならば神の力を借り森を切り開く事も可能だと告げた。
条件は、各地に点在している集落による政治の介入を許さぬ、独立組織として活動をさせる事。
そして活動にさいして国または自治組織が、できる限りの便宜を図る事だった。
レナの操るミリアムと同じ治癒の魔法によって、より多くの病人と怪我人が救われ、ナカジマとフジマルによって巨大な魔獣は倒された。
それを見ていたミリアムが、ソーダンマジッ?と呟いたと伝えられている。
フジマルたちの要望に応えると、二対に輝く光の羽を持つ神が天から現れ、一本の巨大な光の矢を天から放った
雲を突き破って地上に突き刺さった神威の光は、一瞬にして森を焼き尽くし広大な土地をヤムトの民に与えた。
神の要求は一つだけ
人の集まる場所に神殿を作り、我を崇めよ
その中心部に各地の集落は移転し、付近の村の長の同意もあって多くの人々がこの地に集まり、この日よりヤムトリアは始まった。
その時より、ヤムトの村長が国王となり、各地の領主が貴族の祖となる。
他里の三人はヤムトリアに冒険者ギルドと名付けた組織を立ち上げると、遅れて村にやってきた別の若者を冒険者ギルドの責任者に据えて、しばらくの間だけ村の若者を鍛えて去って行った。
やがて村には神殿の使いという人が現れ、約束通り神殿を建てて布教を始める。
ミリアムは、三人組と同郷のようだが仲間では無かったようだ。
彼らに誘われてはいたが、それを断って自分の古い仲間を探すと言い、国を出て行ったと伝えられている。
彼女が、その後に無事仲間と巡り会えたのかどうかは、一切史書には記載されていない。