45:遺跡の下層へ
「お宝って、これは違うだろ」
俺は室内にある物を見て発せられた、イストの言葉を否定する。
だって、部屋の中に有った物は宝石や金銀などの財宝なんかじゃなくて、例えて言うなら殺風景なオフィスに置かれた機能優先に作られた事務機器ばかりだった。
しかも、それは大半が壊れているようにも見える。
壁に固定された書庫らしき物は別として、デスクや何かの機械類は部屋の隅に片寄り、割れたり歪んだりしていた。
「ただの会社のオフィスじゃ…… え?! 会社ってオフィスって、ここは異世界だよな?」
俺は、自分が無意識に形容していた言葉の意味に気付き、バルの方を振り返って、そう問いかけた。
そう、この部屋の中にある物は、すべてがこれまで俺の見聞きしてきた異世界の文化レベルとはかけ離れた文明の産物なのだ。
薄明かりに見えている机や椅子などは、俺の見知っている物と比べると異質な未来的デザインをされているけれど、ここがオフィスだという全体的な印象に変わりは無い。
それは部屋全体が造り出す、無駄を省いた無機質で事務的なイメージがもたらす物で、特に根拠がある訳では無かった。
相変わらず、ドアの外では激しい打突音が止むことはなく、ドアを壁に接した入り口枠と接合している溶接部分の強度が心配になるほどだ。
バルは、チラリとドアの方を一瞥すると、そのまま机や椅子などが集まっている部屋の一角へと歩いて行った。
そろそろ、魔法が使えるのでは無いかと試してみるけれど、やはり駄目だった。
自分自身で『やはり』と言ってしまう程に、何度も期待を裏切られる心理的ダメージを俺の心が拒否し始めているのだと気付き、自嘲の笑みが漏れる。
念話のイヤリングでイオナたちに連絡をとも考えたけれど、離れた場所に居るイオナたちがここへ来る事は難しい。
それに、俺の失態とも言えるこの状況を、正直なところ報告したくは無かった。
こうなったら、こっちの世界に持ち込んだアイテムを駆使して何としてでも生き残ってやると、俺は思い直した。
きっと何か使えるものがあるはずだと、こっちの世界へ転移する前に買い集めた品物の数々を思い浮かべる。
「ここは、何かの研究施設のようね」
バルの声に思考を中断させられて、俺は振り向いた。
研究施設とは、どういう事なのだろう?
そうだ! ここはまだ発展途上と言える文明レベルのはずなのに、研究施設ってどういう事なんだろう?
俺の頭の中で、異世界の遅れた文明レベルと遺跡で見つけた近未来的な室内や研究施設という高度な文明を感じさせる言葉が、イコールで結ばれることを拒否していた。
「サラリと言うけどさ、農耕や狩りが主要な生産活動の文明レベルだぜ、こっちは。 何処に研究施設とか言う言葉が入り込む余地があるんだよ。 そりゃあ確かに、ここは今まで見てきた世界に比べて異質だけど、有り得ないだろ」
俺は正直に、感じている事をそのまま言葉にした。
農耕や狩りを生活の主要な糧としていて、交通手段は馬車が良いところでエンジンも自動車も無いこの世界。
魔法はあるけど銃は無く、戦いの主武器は剣や弓というレベルだ。
冒険者ギルドでは紙を見かけたけど、街中ではそれを見かけない矛盾。
俺の知っている漢字や英文字が、古代語として使える者が限られている現実。
出会った多くの人々は、ひらがなやカタカナ程度しか読み書きする事ができない教育レベルで、研究という言葉くらい不似合いなものは無い。
遺跡と言いながらも、その実情はゲームで遊んだダンジョンと言うよりも、まるでビルの中に居るみたい…… ちょっと待て、ビル?、オフィス? それに研究施設だって?
俺の中で、何かが繋がった気がした。
「つまり、ここは古代の遺跡という言葉そのままって事なのか?」
「そう、わたしたちが見てきた世界よりも、ここは明らかに文明レベルが上だわ」
確かに、この遺跡の内部は複数の部屋に別れたオフィスビルのようとも言える。
親父の忘れた書類を届けに、務めている会社へ行った時のビル内の無機質な風景と、どこか雰囲気が似通っていると、ずっと感じていた事を俺は思いだしていた。
「あの取っ手の無いドアは、たぶん自動ドアよ」
「お前が蹴破った、あれか」
「時間が無かったんだから、仕方ないでしょ。 動力とセンサーが生きていたなら、わざわざ蹴破らなくても開いたはずよ」
バルは、ツンとした仕草で横を向いて言い訳をした。
別に、乱暴な開け方をしたと責めているわけじゃないんだけれど、そう受け取られてしまったみたいだ。
「で、ここが研究施設だって言う根拠は何だ?」
そう言って、俺は脱線しかけた話を元に戻す。
俺の質問を聞いたバルは、僅かにハッと何かに気付いたような、気不味そうな素振りを見せた…… ような気がした。
「えっ、ううん、何となくそんな気がしただけ」
そう言うバルが、何かを後ろ手に隠すような素振りを見せた気がして、俺はその事を指摘しようとした。
それを遮るように、イストが俺の肩に手を掛けて言った。
「お前たちの言っている事は、なんだか判らねえことばっかりだ。 この部屋に有る物が何に使う物かなんてのは、遺跡に入る俺たち冒険者には一切関係の無い事だ。 ただ一つ言えるのは、遺跡から見つかった物は冒険者ギルド経由で神殿が高く買い取ってくれるって事だぞ」
そんな事は冒険者の常識だろうと言わんばかりの口調に、俺は返答に詰まった。
レベルを魔法で誤魔化して遺跡に入っている事を考えれば、まだ冒険者になったばかりだという言い訳は使えないし、ましてや俺たちがこっちの世界の人間じゃ無いなんて事は言っても信じて貰える訳が無い。
「そんな事より、そろそろドアが破られそうよ」
そんなバルの一言で、向かい合っていた俺とイストは、自分たちがまだヤバイ状況に居る事を思いだしていた。
この部屋に逃げ込んだのは、あくまで一時凌ぎでしか無い。
時間を稼いで、その間に逃げる算段を探すべきだったのだ。
LEDスティックライトの薄明かりに照らされた室内には、他の出入り口は見当たらない。
逃げたつもりで、俺たちは密室に自分から飛び込んでしまっていた。
俺は、アイテムボックスからカセットコンロ用ガスカートリッジが入っているパッケージを取り出した。
もちろん、ここで場違いなバーベキューや鍋パーティをするつもりじゃない。
その六本入りガスカートリッジのパッケージを破り、俺はイストとバルに二本ずつ渡す。
そう、これで奴等を怯ませて脱出する隙を作るのだ。
俺の意図を察したバルは小さくコクリと頷くけれど、イストにはガスカートリッジが何なのか判らないようだった。
それは言ってみれば当たり前なんだけれど、奴はとんでもない事を言い出した。
「おい、お前! これは何だ? どうみても遺跡の産物じゃねえか。 しかし、どう見ても真新しいのが腑に落ちねえ。 何でお前が、こんな物を持ってやがんだ?」
「いや、そういう後にしてくれ。 それを、入り口が突破されたら奴等に向かって投げつけて欲しいんだ」
イストの言う事を、この場で相手にしている暇はたぶん無い。
俺は、尚も言いつのろうとするイストを無視してドアの方へ走り、残り二缶をドアの横になる位置――床の上に並べて置いた。
当然、入り口に向かって縦に並べたのは、言うまでも無い。
そんな事をやっている間にも、ドアの向こう側から伝わる激しい衝撃で、溶接していない部分が歪んで来る。
そうこうしているうちに、バキッと言うような嫌な音がして溶接したはずの金属部分が一カ所剥がれた。
溶接と言っても、ただ金属を溶け合わせただけでは結合が弱いのか、俺には専門知識が無いので判らないけれど、継ぎ目は引き裂いたように剥がれている。
慌てて俺はバルたちの居る部屋の奥へと戻り、レーザーポインターの赤いドットをドアの脇に置いたガスカートリッジに当てた。
激しい音と共に、別の接合部が一カ所弾け飛ぶ。
そして、次の衝撃音と共にドアの接合部が一カ所を残して弾け飛び、歪んだドアが大きく内側に解放された。
「今だ! 投げろ!」
俺の号令で、バルとイストが手にしたガスカートリッジをドアに向かって投げつけた。
開かれた入り口から殺到しようとしていた黒い化け物に、それは勢いよく飛んでゆく。
先頭に居た数匹が、自らに向かって飛んできたガスカートリッジをナイフのような黒い爪で迎撃する。
ザックリと引き裂かれたカートリッジの缶から、液化ブタンガスが黒い化け物たちに向かって勢いよく吹きだした。
「よし!」
俺は、赤いレーザーポインターの点がガスカートリッジの中央にある事を確認して、引き金を引き絞る。
軽い発射の振動だけで反動らしい物も無く、乾いた発射音が三つ鳴り響く。
ここぞという場面で失敗したくないから、俺は三発を発射していた。
時を置かず、入り口脇の床に置かれたガスカートリッジが火を吹き上げて爆発する。
そこから吹きだした火炎が、黒い化け物に引き裂かれて吹きだした生ガスに引火した。
耳をつんざく激しい爆発音と猛烈な熱気が、入り口からは少し離れているとは言っても、顔を覆って伏せた俺たちにも伝わってくる。
僅かな間をおいて顔を上げてみれば、突入しようとしていた先頭グループは部屋の外へ吹っ飛ばされて火だるまになっていた。
「バル!」
頷いたバルが右手を振り下ろすと、その先から飛び出した高速の火炎弾が入り口の外側に居る黒い人型の化け物を直撃して、そいつらを吹っ飛ばしながら激しく燃え上がる。
俺はチラリとサイガの方を振り返って、その無事を確認した。
「サイガ! 行けるか?」
「当たり前だ! 父ちゃんを、例え死んでいたとしても家に連れて帰るんだ」
サイガの返答は、即断即決なものだった。
こんな状況でも、迷いは無い様子だ。
「イスト、あんたは?」
俺は怪我をして膝を落としているイストに訊ねる。
こいつだけが、サイガの親父さんが行方不明になった場所を知っているのだから、置き去りにする事は出来ない。
「ちょっとまて! 確かに、このガキの親父はこの二つ下で行方不明になったが、このまま下に降りるのは遠慮するぜ」
確かに、普段は数匹くらいしか遭遇しないと言っていた黒い人型の化け物が、通路を埋め尽くす程の大群で襲ってきている現状では、ひとまず安全地帯まで退却するのが賢明だ。
ましてや、イストは仲間をすべて失った上に怪我まで負って、完全に気持ちが折れていた。
「じゃあ、俺たちだけで行く」
俺はブラフ半分、本気半分で立ち上がる。
ここは退却するのが賢明な判断だとは思うけれど、上の階とこの階の退路にひしめいていた黒い人型の化け物の数を考えると、それも簡単ではない。
それに、サイガの決意を聞いてしまえば、ここは下に行くしかないだろう。
もちろん、魔法が使えるようになれば何時でも上に戻る事は可能なだけに、ここは一旦先に進むしかないと俺は判断していた。
「待ってくれ! 俺も行く。 だから、置いて行かないでくれ」
サイガの手を引いて、俺とバルが動きだそうとしたところでイストから呼び止める声が掛かった。
俺はバルにサイガを預けて、イストに左手を差し出した。
この勝負、俺の勝ちだ。
とは言え初めから、仲間を全員失って怪我までしているイストに選択肢は無いのだから結果は見えていた。
それを本人に選択させて、自分の口から言わせる事に意味があった。
奴は、この先俺たちに協力せざるを得ない道を、自ら選んだという事になるのだ。
下の階へ行く事が自分の選んだ選択肢だという事実は、奴がサイガの親父さんを見失ったという場所まで俺たちを案内するという事への抵抗感を、少なからず減らしてくれるだろう。
と言うのは、奴がサイガの親父さんを見殺しにしたか、囮にして見捨てたのではないかと俺が考えているからだ。
それは、奴が怪我をした仲間を平然と盾に使って生き延びた現場を見てしまったからに他ならない。
サイガを仲間に入れた理由も、先頭を歩かせて危険を自分たちが避けるための囮として使う目的だった。
それだけに、サイガの親父さんも同じように道具として扱われたのでは無いかと、そう思ったのだ。
行方不明とは言っているけれど、それはイストの言葉だけが証拠で、本当だという客観的な事実は何も無い。
まずは、通路に散乱している冒険者の死体を乗り越えて先に進まなければ、何も判らないのだ。
その為にも、下層への道を知っているイストの協力は欠かせない。
「ゴホゴホ…… 兄ちゃん、息が苦しい」
黒い人型の化け物を一時だけでも蹴散らせたのは良いけれど、やはり閉ざされた空間で使用した爆炎の影響は、大量の酸素消費と空気の汚れをもたらす。
俺も、僅かに息苦しさを感じていた。
イストに肩を貸しつつ通路を駆け抜けながら、俺はアイテムボックスから乾いたタオルと水入りのペットボトルを取り出す。
それを使って、濡らしたタオルをサイガに渡した。
「これで、鼻と口を押さえてろ」
入り口の爆炎を抜けた後、俺の目からも絶え間なく涙が流れ落ちていた。
さすがに『超再生』を持ってしても、目の細胞が破壊される程のダメージでなければ、煙による目の痛みを軽減してはくれないようだ。
俺は右手の袖口を鼻に当てて、左肩でイストの右肩を支えながら通路を走る。
森の中での特訓で体力が付いたとは言っても、生身でノーマルな体力では正直キツかった。
自らの跳ね上がる心拍数と乱れる呼吸が、もっと速度を落とせと俺に訴えていた。
しかし、黒い人型の奴等が乱れた体勢を立て直して、俺たちを追って来るまでの時間は長くないはずだ。
はぐれた黒い人型の化け物や初めて見る魔獣が、時折俺たちの前に現れて進路を塞ぐけれど、すべてバルが切り倒している。
俺も、魔導ハンドガンを使用することで空気が汚れてしまうのを避けるために、その使用を控えていた。
「おい、あの女は素手で魔獣を斬り殺したぞ! あの強力な魔法と信じ難い体術は何だ? お前が使う武器も何処からか取り出すアイテムも、俺の見た事が無い物ばかりだ。 お前たちまさか、噂に聞いた王立騎士団の遺跡探索隊なんじゃないか?」
イストの問いかけに、俺は戸惑う。
王立騎士団とか遺跡探索隊とか、何の事だ?
それにしても、ますます通路に倒れている冒険者らしき死体の数が多い。
古い物は腐りかけてミイラ化しているけれど、バルが倒した魔獣に喰われたのか、各部の肉が欠損して骨が見えている死体も多かった。
「イスト。 その、王立騎士団とか遺跡探索隊とか言うのは、何の事だ? 始めて聞いたぞ」
「始めて聞いた、か…… まあ、普通はそう言うだろうさ。 冒険者ギルド管理下の遺跡に王家の手の者が入り込むのは、明らかな協定違反だからな」
「協定ってのは、何か冒険者ギルドと王家に約束でもあるのか?」
俺は、イストにそう訊ねる。
冒険者ギルドでルールについて耳にしたような気もするけど、聞き流していたせいか覚えていなかった。
いや、あれは冒険者が守るべきルールの話だったはずだ……
話の流れから想像すると、国家と冒険者ギルドとの間に交わされたルールのようだが、どんなルールがあるのだろう。
「おいおい、しらばっくれてるのか本当に知らないのか、俺に取ってはどっちでも良いさ。 何か話でもして気を紛らわせないと、傷の痛みで動けなくなりそうだからな」
イストが言うには、冒険者ギルドと王家のルールではなく、神殿と王家の間に結ばれたルールの話だった。
つまり古代の遺跡とは、神代の時代に神々の戦いによって滅ぼされた罪深き神の遺物であるから、それは当然神殿の所有物であると言う話が前提となっていた。
神殿というのは一つの国家に属するものでは無く、神々たる六つの神を崇める宗教組織で、冒険者ギルド同様に国家の成立以前より存在し、国家に縛られず広く大陸全土に傘下の神殿を持つ巨大な権力機構の事だった。
そのため、遺跡は発見され次第神殿に寄贈され、その管理を冒険者ギルドが委託されているという事らしい。
しかし、遺跡から発見される遺物と呼ばれる未知の各種アイテムを神殿に没収される事を良しとしない王家の中には、独自に遺跡探索を専門とする組織を作り、極秘裏に遺跡を発見してアイテムを手に入れようとする勢力があるそうだ。
その遺跡探索に携わる王家の者は、国内各地より集められた実力者より結成されていて、その実力は数少ないAランク上位者にも匹敵すると噂されているらしかった。
当然、それは神殿に敵対する行為だから、冒険者ギルドや神殿関係者に見つかれば王家の庇護は期待できない。
だからこそ、王家の遺跡探索者は冒険者登録をして身分や実力をカムフラージュしているという噂が、まことしやかに囁かれているらしい。
イストが、俺とバルの戦い方を見てそう思ったのは、有る意味で仕方ない話だった。
本当にそんな組織があるのか、それとも只の噂で終わる話なのかは判らないけれど、確かにバルは異質の強さを示しすぎたようだ。
これは、俺の魔法が使えるようになったら益々怪しまれるだろうなと、そんな心配が頭を過ぎる。
とは言え、それは魔法が使えるようになってから心配すれば良い話だ。
今は、この状況からサイガを連れて生き延びる事と、可能な範囲でサイガの親父さんの遺体を見つける事が最優先だろう。
「噂ってのは、一人歩きするものだからな」
俺は、イストの疑念を噂の一言で切って捨てた。
だって、俺たちは異世界から来たなんて言っても、新たなトラブルを生むだけだろう。
そんな荒唐無稽な話に比べれば、まだ王家の秘密兵器っぽい噂の方が余程リアリティがある。
それだけに、ここを脱出した後で噂を信じたイストに密告などをされてはたまらない。
ここは、根拠の無い噂として相手にしない方が得策だろう。
イストの指示に従って通路を右に左に進むと、ようやく転移魔法陣のある部屋が見えた。
俺たちは、バルを通路に残してその部屋へ駆け込んだ。
背後で突然、キン!キン!と耳に突き刺さるような軋み音が聞こえて、俺は振り返る。
そこには、バルが入り口に向けて右手を伸ばし、半身に構えて立っていた。
部屋の入り口は、ぶ厚い氷の壁で覆われている。
バルが、氷の壁を作ったのだと俺は悟った。
これなら奴等が追ってきても、しばらくは時間稼ぎができそうだ。
俺は息を整えるために、深呼吸を繰り返す。
バルがゆっくりと歩いて来るのを待って、俺は全員を見回す。
まだ魔法は使えないけれど、ここでこのまま時間が経過するのを待つのも有りかなと思った時、氷の壁を引っ掻く複数の音がした。
どうやら、混乱から落ち着きを取り戻した黒い人型の化け物たちが、追い付いたようだ。
奴等は、氷の壁に攻撃を加え始めた。
バルが、無言でコクリと小さく頷いた。
俺も、コクリと無言で小さく頷く。
状況を察したサイガが大きく頷き、イストも諦めたように一つ頷いた。
俺たちは、タイミングを合わせて転移魔法陣に乗った。
ブン…… という耳鳴りにも似た唸り音がして、一瞬視界が暗転する。




