41:遺跡の中へ
「で、どうすんだ?」
俺はバルの腹の内を知るために、一応訊ねてみた。
だって、俺たちは遺跡に入る資格の無い、初級冒険者なのだ。
もちろん、隠遁結界を使えば中に忍び込むことは出来る。
そうなったら、中でサイガの知り合いとして偶然出会ったと言い張る事も、不可能では無いだろう。
しかし俺と幼女形態のバルが、二人きりで中級冒険者以上でしか入れないという遺跡の中に居ると言う事が、奴等に怪しまれるのでは無いかという不安もある。
その場合に、一緒に行動するという事は難しいだろう。
サイガを危険な目に遭わせないように彼の身近で守る為には、不自然にならないように彼らと一緒に行動する必要がある。
その為には、偶然出会った知り合いという理由だけでは、一緒に行動するのは難しいだろう。
誰だって、見も知らない人間が誰かの知り合いだと言って自分たちのグループに着いてきたら、嫌がるのは間違い無い。
その知り合いがグループ内の実力者ならまだ何とかなるだろうけれど、サイガは顔なじみでも何でも無い飛び入りのゲストでしか無いのだ。
だから俺たちがサイガの知り合いだと言って同行を願い出ても、拒否される事は容易に想像出来る。
隠遁結界を使わずに、怪しまれないで遺跡の中に入る別の方法だって、俺の商人クラスの特殊スキルを使えば出来ない訳じゃ無い。
だけど、そのスキルを使うためには大きなペナルティを支払う必要が、ゲームの中では設定として存在していた。
それが、こっちの世界でも支払わなければならないペナルティだとすれば、遺跡に入ること自体が俺にとって大きなリスクを伴う事になる。
俺はバルの答えを待って、彼女の方へ視線を向けた。
「カズヤよ。 この迷彩服には体にフィットする魔法を掛けたと言っていたが、間違い無いじゃろうな?」
バルは、俺の期待する答えでは無くて、場違いな質問を返してきた。
今は、そのどうでも良い質問をするタイミングなのかよ、という突っ込みを俺は飲み込んだ。
こっちの世界に到着したその日に、あっちの世界では子猫だったはずのバルが一七歳くらいの素っ裸の若い女性の姿になっていて、誰よりも驚いたのは俺だ。
気が動転した俺がちょっと意識を失って、しばらくして気が付いた時にバルは幼女の形態になっていた。
その後も、幼女の形態から少女形態へと変身する度に、アーニャ用に用意しておいた子供向けサイズの衣類が引き裂かれて駄目になったのを見かねて、俺が衣類に製造系の『フィット』スキルを施しておいた事をバルは言っていた。
と言う事は、バルは少女形態に変身するつもりなんだろうか?
「ああ、ゲームで手に入る衣装にはサイズなんて無いからな。 製造系の職業スキルに、衣服を使用者の体に合わせる『フィット』ってのが有るんだ」
サイガを一人で危険な目に合わせない為には、もう一刻の余裕も無い。
それなのに、バルから発せられた突然の場違いな質問に、俺は戸惑いながらも答えた。
幼女バルの迷彩服が多少ブカブカなのは、体に密着し過ぎないように魔法の標準設定がそうなっているからだ。
この『フィット』スキルは、魔法名の後にプラスマイナスした数値を付けて唱える事によって、ピチピチにもユルユルにもなる。
だからバルの服が少し緩いのは、決して俺の趣味なんかじゃ無いと言う事だ。
大事な事だからもう一度繰り返すけれど、それは決して俺の趣味では無い。
「何をぶつくさ言っておる、奴等はもう動き始めたぞ! 早くお前の、何とか言うステルス魔法を、わしとお前に掛けるのじゃ。 間違い無く怪しまれるじゃろうが、中で偶然を装ってサイガに声を掛けるしかあるまい」
「ステルス魔法って、あれは『隠遁結界』って言うんだよ。 てか、バルも俺と同じアイデアとか、ちょっと期待してたんだけどな」
俺なんかよりも遙かに長く生きている幼女バルに、俺は過大な期待をしていたのかもしれない。
やはりここは、隠遁結界で隠れて潜り込むしか無いと言う事なんだろう。
「しかたあるまい。 さすがに初級を中級と誤魔化すような都合の良い技など、ピンポイントで持っておらぬわ」
そんなバルの発言に、俺は言いにくそうに答える。
方法が無い訳じゃないけれど、それは俺としてもあまり使いたくない方法なのだ。
「うーん…… それが、ピンポイントでそう言うスキルを持って無い訳じゃ無いんだな、これが」
「なんじゃ、なぜそれを先に言わぬのじゃ」
バルが咎めるような視線で、俺に問いかける。
そうは言っても、ちょっとばかりスキルの仕様に問題があるのだ。
「ゲームの時は、そのスキルを使うには大きなペナルティがあったからな。 この世界でも同じかどうかは判らないけど、同じだった場合はリスクが大きすぎるんだ」
「なんじゃ、そのペナルティとは」
「ゲームの時は、一時的にMPが…… つまり、こっちの世界で言うと、体内の魔力がリセットされてゼロになるんだ。 そしてスキルが一定時間使えなくなる」
「それは、ずっとゼロのままと言う事ではあるまいな?」
「ああ、ゲームでは普通に魔力は回復するから。 だから、それまで逃げられないとか言うペナルティだったんだけど、危険と隣り合わせの世界では、かなり意味が違うからな」
「なら、心配するでない。 わしが居る限り、カズヤには傷一つ付けさせぬわ」
バルの自信あり気な言葉で、俺の腹は決まった。
こっちの世界でも、すべてがゲームの時と同じ訳では無いのだから、やってみるしか無いだろう。
まさか、魔素が溢れるこの世界で、俺の魔力が戻らないなんて事は無いだろうし、そもそもゲームと同じように魔力がゼロにリセットされない可能性だってあるのだ。
何にしても、サイガの居るパーティと合流するのには、いまここで声を掛ける必要があるのだから…… 。
俺は、ひとつ深呼吸をして、サイガを連れ去ろうとしている冒険者達に、大きな声で呼び掛けた。
もちろん、地面設置型の隠遁結界は解除してからの行動だ。
「待ってくれ! その子を連れて来たのは俺たちだ。 その子を放って帰る訳には行かないから、行くなら俺たちも一緒に連れて行ってくれ」
立ち上がって前に出た俺の声を聞いて、男達が立ち止まり、そして振り返った。
イストとか言うリーダーっぽい男が、してやったりという顔で俺の方を見た。
なるほど、聞こえよがしにサイガを袋に入れて先頭を歩かせると言ったのは、俺たちを引きずり出す為のフェイントだったのだと、俺は今さら気付いた。
だが、イストという男が本気でサイガを囮にする気が無かったとも、俺は思っていない。
どちらにしても、隠れて居るであろう俺たちを引きずり出す事はイストの目論みの一つであって、サイガを囮に使うというのも、また彼の本気なのだろう。
彼にしてみれば俺たちが出て来ようが来まいが、自分たちのクエストとして遺跡の中へ行くという事については、一切関係の無い事なのだ。
問題は、俺たちを一緒に連れて行ってくれるかどうかだ。
遺跡の中で嘘臭い偶然を装うよりも、まだここで声を掛けた方が拒否される可能性は低いとは思うけれど、それも程度の問題だ。
彼らが、見ず知らずの冒険者を一時的としても仲間に加えてくれるかどうかは、声を掛けるタイミングと場所の問題とは別だろう。
余程、俺たちが彼らに取ってメリットのある存在でも無い限り、望みが薄い事には変わりが無い。
「ヒュー! 痺れるね。 姉ちゃん、何て名前なんだい?」
俺の不安を余所に、男達の視線は俺の隣に向いていた。
俺は、恐る恐る隣を振り向く。
そして俺の視線は、隣に居るバルに釘付けとなった。
俺の隣に立って居たのは、プラチナブロンドでストレートロングの髪の毛をそよ風に靡かせて、微笑んでいる超絶美少女形態のバルだった。
しかも隠遁結界を解く前に、衣類に掛けてある『フィット』の魔法をバルの要求でマイナス補正しているから、少しだぶついている筈の迷彩服が、その体にまさしくフィットしていた。
それは少女形態のバルが持つ、スタイルの良い若い女性特有の細く柔らかな曲線を強調した、男なら誰しも胸や腰のラインから目が離せなくなる代物だった。
俺も、バルの体にフィットした迷彩服の胸を押し上げている豊かなバストを横から見る形になって、そこから目が離せなくなった程だ。
つい、以前見た夏祭りの夢に出てきた豊かな水風船の感触を思いだして、俺は頬が少し熱くなったのを感じた。
「おぬしが、わしに見とれてどうするのじゃ」
バルから発せられた揶揄を含んだ言葉に、俺はバルの胸にへばりついた視線を無理矢理引き剥がすようにして、サイガを連れ去ろうとしている男達の方へと向き直った。
男達は、まだ舐めるようにバルの方をジッと見つめているようだ。
なんだか、それも妙にムカつく気がして気にくわないけれど、この場はそうも言っていられない。
俺はイストを相手に、彼らとの同行を求めて交渉を始めることにした。
「お前たち二人が小僧をここまで連れてきたって事は、実力の心配は無いって事なんだろう。 だが、それだけじゃ俺たちの分け前が減るだけで、メリットにはならねーな」
「そっちの姉ちゃんだけなら、俺は仲間に入れてやってもいいぜ。 兄ちゃんは、独りで帰るんだな」
「姉ちゃん、名前は何て言うんだ?」
「バレリー」
男達の一人から名前を問われて、バルはそう短く答えた。
どういう拘りが有るのかは判らないけれど、少女形態の時は略称のバルでは無くてバレリーで通すつもりらしい。
あるいは、見ず知らずの奴等に馴れ馴れしくバルと呼ばれるのが嫌なだけかもしれないけれど、それは俺には判らない。
何にしても、バルが敢えて普段と違う少女形態になった意味は有ったようだ。
バルが同行する事に異論のある奴が居ない事で、それは証明されていた。
問題は、俺だった。
なんとか俺を同行させるメリットを、奴等に認めさせなければならない。
「この人は、魔法が使えるのよ」
バルが、ボソリとそう言った。
たちまち、男達が色めき立つ。
「お前、魔法が使えるのか? それなら見せてみろ」
「場合によっては、連れて行っても良いぞ」
なる程、使い物になる魔法使いが希少な存在だと言う事は、こういう事なのかと俺は思った。
それならば、過小な魔法を少し見せるくらいなら良いだろうと、俺は考える。
「魔法なら、俺だって使えるぜ。 そんな余所者を仲間に入れるのは反対だ!」
そう言ったのは、腰に剣を下げた剣士風の男だった。
どう見ても、魔法使いには見えない。
「そうだな、ミゲルの魔法もたいしたもんだからな。 なあイスト、魔法使いは二人も要らないだろう」
サイガを虐めていた小太りの男が、イストにそう話しかける。
まったく、こいつは余計な事を言うやつだ。
「マルコムの言う通り、ミゲル以下ならこいつを連れて行く必要は無いな。 おいミゲル! どっちの魔法が上か、今ここで比べて見せろ」
イストに言われて、ミゲルという剣士が、剣を抜くと何やら呟き始めた。
どうやら剣を使った魔法を使うようだが、詠唱が長すぎて実戦で役に立つのか、関係ない俺ですら不安になってしまう。
どう考えても、俺がこいつ以下って事は無い。
問題は、どの程度まで俺の魔法を見せるのかって事だけだ。
こんな事で時間を潰したくない俺は、右の小指を右耳に突っ込んで、付着してもいない耳垢を口で吹き飛ばす仕草をしてみせた。
あからさまな俺の行為に、ミゲルと言う男の顔が真っ赤になる。
やがて、ボン!と言う発火音がして、ミゲルという男の持った剣が真っ赤な炎に包まれた。
剣の刃先全体を包み込んで余りある程に、それは小さくない炎だ。
詠唱が長かったのは、最大火力を俺に見せつけようと念に入りにキッチリと詠唱をしていたのだろう。
まあ、敵は詠唱が終わる迄、攻撃を待ってはくれないだろうけど。
「じゃあ、俺の番…… 」
そう言いかけた時に、周囲の動きがスローモーションに変わった。
俺の視界に、ミゲルが燃え上がる剣を俺に向けて離れた位置から、ゆっくりと振るうのが見えた。
剣先から放たれた炎の塊が、真っ直ぐ俺に向かって飛んでくる。
憎々しげな表情で、ミゲルという男が何かを俺に向かって言っていたけれど、スローモーションの世界では音も低音でスローになるから、うまく聞き取れない。
たぶん、魔法使いは俺だけで充分なんだよ、とか何とか言っているのだろう。
辛うじて聞き取れる範囲の音声と口の動きから、俺はそう判断した。
避けるか、それとも空中で打ち落とすかと一瞬迷ったけれど、こんな森の中で火炎弾を放つ行為は大火事の元だ。
俺は、それを打ち落とすことに決めた。
こんなショボい魔法は、素手で充分だろう。
俺は、向かってくる火炎弾を真剣白刃取りのように、両手の平で挟み込んで打ち消す。
もちろん俺の両手の平には、火魔法の威力を打ち消すに足りる水魔法が仕込んである。
それは魔法・物理両方の攻撃ダメージから防御する『コンポジット・アーマー』があればこその荒技だ。
向かってくる火炎弾を、俺が素手で挟み込み打ち消したのを目の当たりにして、バルを除く全員がギョッとしたような表情を見せた。
一番驚いているのは、奇襲攻撃が成功したと思い込んでいたミゲルだろう。
先程まで怒りで真っ赤になっていたミゲルの顔面は、有り得ないものを見てしまったかのように、あんぐりと口を開けて蒼白な顔色になっていた。
「じゃあ俺も、同じ事をして良いんだよな?」
俺は、右手の人指し指を真っ直ぐに伸ばして、顔の前辺りで上に挙げる。
ボッ!と小さな音を立てて、人差し指の先端から指と同じくらいの長さになる青白い炎が立ち上がった。
たちまち、男達から失笑の声が漏れる。
顔を見合わせて、あからさまに笑っている奴も居た。
「なんだよ、でかい口を聞いてアレかよ」
「ミゲルの炎の大きさに比べたら、ゴミみたいなもんだな」
「あれで魔法使いとか、良く言えたものだぜ。 なあミゲル」
「俺たちの魔法使いは、やっぱりミゲルだぜ」
そう声を掛けられたミゲルは、まだ顔面蒼白なままだった。
イストも目を大きく見開いて、驚いたような顔をしていた。
「馬鹿な…… あれは詠唱短縮ですら無い。 まさか詠唱破棄? いやそれすらも俺には聞き取れなかった…… 」
視線を俺の指先から離さず小声でブツブツと呟くミゲルに、仲間は不審そうな顔を向ける。
そんな雰囲気の中で、イストが独り言のように呟いた。
「俺は、昔聞いた事が有る…… 炎の色で、火魔法の強さが判ると。 赤い炎は派手に見えるが威力のランクは一番下で、一番強い火魔法の使い手は全ての物を残さず焼き尽くす、青白い炎を扱うとな」
その言葉を聞いて、ミゲルがゆっくりと頷く。
イストの言った意味を理解した男達は、ギョッとした表情を見せる。
そして、視線をイストに向けてから次にミゲルの方に向け、最後にギギギと言う擬音が聞こえてきそうな、ぎこちない動作でゆっくりと俺の方を向いた。
俺は上に向けた指先を、指で作ったピストルのように静かにミゲルに向ける。
指先の青白い炎が、俺の魔力供給を受けて一際大きく燃え上がった。
「ひぃっ!」
情けない声を上げたミゲルが慌てて後ろに下がろうとして、足をもつれさせて尻餅をつく。
俺は、イストに顔だけ向けて問いかけた。
「俺が魔法使いって事で、問題は無いな?」
「ああ、こっちとしても強い魔法使いは大歓迎だ。 ミゲルも皆も、異論は無いな?」
全員の同意を得て、俺とバルはイストのパーティに臨時メンバーとして加わることが出来た。
サイガは、もう荷物の袋の中に入っているから、外で何が起きているか判らないだろう。
俺たちは列になって、遺跡の門にある冒険者ギルドの受付へと移動した。
俺とバルは、最後尾だ。
受付では冒険者プレートを見せる事で、通行が許可されるようだった。
俺とバルを除く全員が冒険者プレートを見せて先に門の中へと入り、俺たちが受付を済ませるのを待っていた。
イストたちの視線が俺たちに集中する中で、俺は、バルと示し合わせていた通りに、二人分の冒険者プレートを同時に受付に提出した。
チャンスは一度きりで、二度は無い。
受付の男は、受け取った俺たちの初級冒険者プレートを確認すると、何も見咎める事も無く返して寄越した。
俺は、大きく息を吐きたいのを我慢して、何気ない表情でイストたちの方へと歩き出す。
俺の全身を、大きな疲労感が包んでいた。
たぶん、使ったスキルのペナルティで魔力がゼロにリセットされてしまったのだろう。
それが回復するまで、どれくらい掛かるのか判らない。
その上、これから30分程はスキルすら使えなくなっているだろう。
俺が受付で使ったのは、商人クラスだけが取得出来る特殊なスキルだ。
それは、俗に『詐欺スキル』とも言われている、『思考誘導』のスキルで、使えばネットで晒し者になるだけじゃなくて、ゲーム内で誰からも相手にされなくなる事が間違い無い。
だからあの受付の男には、俺とバルの冒険者プレートが『思考誘導』スキルによって、中級レベルに見えていたはずだった。
もしスキルが掛かっている状態のまま、他の誰かに声を掛けられて意識が逸れてしまえばスキルは効果を失ってしまうから、一度きりで二度目は無い賭けだったのだ。
商人クラスにはアイテムの売り買いが他の職業よりも便利なように、NPCへの売却割り増しと購入割り引きのスキルがある。
そのため、他の職業をやっていても必ずと言って良いくらい商人のジョブを通り覚えるのが、ゲーム内での常識だ。
だから商人のジョブは、商人道を突き進む人を除いて『割り増し』『割引き』と『露店開業』のスキルを覚えるまでしか育てない人が多い。
俺は生粋のスキル収集マニアとして、趣味で『思考誘導』スキルを取っていただけで、使ったことは無かった。
それが、今回役に立ったと言う事だ。
大きなペナルティを払うだけの価値があったかと言われれば、それは微妙かも知れないけれど、魔力は時間が経過すれば回復するし、スキル使用不能時間も30分程度だから、バルさえ居れば何とかなるだろう。
それに、俺のアイテムボックスの中には、いざとなればイオナ特製の魔導拳銃が入っている。
俺は魔法が使えるようになるまでの間、頼みの綱でもあるバルの方を見た。
信じられないくらいに美しい少女形態のバルは、俺の視線に気付くとニコリと微笑んだ。
その瞬間に、何をとち狂ったのか俺の心臓はドクンと大きく脈打った。
やっぱり、バルは幼女形態で居て貰う必要があると、俺は思った。
そして、俺は無意識に向けてしまったバルの胸の膨らみから、引き剥がすように視線を戻す。
ヤバい! 『フィット』スキルをマイナス補正したピッチリの迷彩服は、バルがイストたちの仲間になるのには有利だけれど、俺には刺激が強すぎる。
俺は、思わずツーンとした鼻骨の上を指でギュっと摘まんで、鼻血が出そうになるのを押さえ込んだ。
「じゃあ、行くぞ! 小僧は中に入ったら袋から出してやる。 バレリーと魔法使いは後ろだ」
イストの指示が飛ぶと、俺とバルを除く全員が慣れた様子でフォーメーションを組んで列になった。
遺跡に入る事が出来る中級ともなれば、それなりに実戦経験を積んで生き残ってきただけの事はあるのだなと、俺はそれを見て思う。
丘の麓にある木組みの分厚い扉を門番が開いて、俺たちは口を開けた真っ暗な闇の中へと足を踏み入れた。
開け放たれた扉の中からは、冷えた空気とカビ臭いような風が漂ってくる。
俺は真っ暗な遺跡の中へと、スキルの使えない状態のまま、一歩足を踏み入れた。