40:坑道のカナリヤ
まだ完全では無いものの、ようやくサイガの体調が回復した事を確認して、俺たちは森の奥へと再び歩きだしていた。
俺を先頭に立てながらも、しきりに獣道の痕跡を探して進むべき方向を指示しているのはサイガだ。
時折現れる魔獣は俺とバルで片付けてしまうから、今のところ特に危険という事も無い。
難易度の高い魔獣を間近で倒す事によってサイガに悪影響が出ないように、始末した魔獣は俺がその場ですぐに灰にしてしまうから、そっちの危険も今のところは無いようだ。
不思議なのは、俺たちの前に現れる魔獣の数が予想よりも少ないことだ。
俺がイオナたちと魔獣の森を脱出する時の事を考えれば、遭遇する魔獣の密度が低すぎる気がした。
思うところがあった俺は予告無しに立ち止まり、サイガの方を振り返る。
目的の魔獣を探さなければならないと、そう言われるがままに森の奥まで来てしまったけれど、ここは既にサイガ一人のレベルで来られる場所では無いだろう。
振り返った俺と目が合ったサイガは、スッと目を逸らした。
そして腹部にまだ違和感を覚えるのか、しきりに自分の腹をなで回している。
「なあサイガ。 カルキンって低ランクの魔獣だろ? こんな森の奥に居るのは、もっとランクの高い魔獣なんじゃないのか?」
俺は、ふと感じた疑問をサイガにぶつけてみた。
冒険者になって間が無いから魔獣の生態に詳しいわけじゃないけれど、そういう棲み分けは無いんだろうかという疑問が浮かんだのだ。
既に、何匹かの魔獣を俺とバルで片付けているから良いものの、今居る場所は普通ならサイガ一人で来られる場所じゃないはずだった。
そんな俺の問いかけに、サイガは口を濁して答えない。
「カズヤよ、まだ気付いておらぬのか? サイガが追っているのは獣道などではないぞ」
歩いている間中ずっと黙っていたバルが、唐突に口を開いた。
ずっとカルキンとか言う魔獣を追っているのだと思っていた俺は、どう言う意味なのか判らずに再びサイガの顔を見る。
すると、答えるサイガは言い難くそうに口を濁した。
「だって…… 」
「おい、サイガ! カルキンを探しているのは嘘だったのか?」
「静かにせい! 誰かが、こっちに近付いて来ておるぞ」
バルの発した警告で、サイガに気を取られていた俺は感知範囲内に複数の反応があることに遅れて気付く。
そして、それは魔獣ではなく人間のようだった。
辺りを見回して、俺たちは草の茂っている近場の木陰に駆け込んだ。
そして、念のために隠遁結界を張る。
ガヤガヤと騒がしい人の声が、茂みに潜んでいる俺たちの方へ近付いて来るのが判った。
そしてしばらく待っていると、それが冒険者の集団だと判った。
「あいつは!…… むぐぐっんぐ」
突然声を上げそうになったサイガの口を、俺は慌てて押さえ込む。
そのとたん、雑談を交わしていた冒険者の集団に緊張が走る。
全員がサッと武器を手にして立ち止まり、円陣を組むような体制になったかと思えば、すぐに辺りを警戒するように注意深く見回し始めた。
そして何事も無い事を確認すると、再び雑談混じりに歩き出す。
「あれは、知ってる奴なのか?サイガ」
俺は、小声でサイガの耳元に囁きかけた。
それを受けて、コクリとサイガは頷く。
「あの中に、金になるからって俺の父ちゃんを遺跡に誘った、イストって奴が居たんだ。 ずっと探してたんだけど、冒険者ギルドでも中々遇えなくて…… 」
サイガは立ち去って行く冒険者達を睨みながら、俺に口元を押さえられたままの体勢で、声も小さくそう答えた。
もう大声を出される心配は無さそうだと判断した俺は、サイガの口元に当てていた右手を離す。
「兄ちゃんたち、ゴメン! 俺、彼奴らを追いたいんだ。 一人じゃ無理だから、手を貸してくれ」
サイガは、俺とバルに向かって懇願するように頭を下げる。
そして再び俺たちに向けられた彼の瞳は、まさしく真剣そのものだった。
「どういう事なのか、まず理由を言えよ。 俺たちを騙して森の奥まで連れてきた理由は何なんだ?」
「おそらく、遺跡であろう」
俺の問いかけに被せるように言い放ったバルの言葉に、サイガはコクリと頷く。
そして、その理由を話し始めた。
「父ちゃんが遺跡へ稼ぎに行くって言って、その日のうちに行方不明になったって連絡があって、俺はすぐに一人で遺跡が有るって言う森の奥へ行こうとしたんだ。 だけど全然無理で、たまたま通りかかった冒険者の人に助けられて、その話を聞いたら母ちゃんは無茶をして独りにしないでくれって泣くし具合も悪くなるしで、いったん諦めたんだよ」
「じゃあ、何でまた遺跡へ行こうと思ったんだ?」
「俺は父ちゃんを探しに行くのを諦めた訳じゃ無いし、助けてくれた人が遺跡は中級のBランク以上じゃないと入れないって教えてくれたから、それじゃあ最短時間で遺跡に入るには冒険者になるしか無いなって思ったんだ。 そして、親父の残していった武器を使おうと納屋を探してたら痺れ薬を見つけて、早く冒険者になろうと…… 」
どうやら、サイガは俺とバルの実力を目の当たりにして、父親が行方不明になった遺跡の場所を確かめに行こうと考えたようだった。
つまり、俺たちをボディガードとして利用しようとしたと言う事だ。
サイガが指し示す獣道のようなものは、先程シルバーたちが歩いていた跡だったらしい。
それにしても、全然別の遺跡に辿り着くって可能性は考えなかったのかと尋ねたら、まだ見つかっている遺跡は一つだけだという話だった。
「じゃあ見るだけだぞ」
俺は、そう言って立ち上がる。
元気の無かったサイガの顔が、俺の言葉を聞いてパッと輝いた。
まあ、どうせランクが足りなくて見るだけなんだから、それくらいは良いだろう。
俺たち三人は、立ち去った冒険者たちを追って、更に森の奥へと歩き出した。
そして、深い森の中に苔むした小さな丘があった。
密集した木々が、そこだけ広場のようになってぽっかりと空いた空間を作り出している。
そこに遺跡の入り口はあった。
長い年月の間に倒木が積み重なって朽ち果て、やがて苔むして全体を覆ったという雰囲気の丘の麓に、厳重な分厚い木の門が取り付けられていて、門番がそこを守っている。
入り口の近くには簡易の建物もいくつかあって、そのうちの一つには冒険者ギルドの紋章が飾られていた。
隣り合わせて作られた大きめな建物に、ちょうど白い衣装をすっぽりと被った人が入って行くところが見える。
その丘を取り囲むように太い杭棒を組み合わせた簡易な囲いが作られていて、まるで映画で見たアメリカ開拓物の砦のようにも見える。
ちょうどその囲いに作られた木組みの門へ、サイガの追っていた冒険者達が向かって行くところだった。
「イスト! 俺の父ちゃんは、何処へ行ったんだ! この中で、どうなったのか教えてくれ!」
サイガは俺の張った隠遁結界の有効範囲から飛び出して、叫んでいた。
俺は、初めて見る遺跡の入り口に気を取られて、すっかり油断をしていた。
目の前で、自分から隔絶された門の中という空間へ入って行こうとするイストと言う男の姿を見送る事になれば、サイガだって焦りもするだろう。
次にいつ出会えるのかも判らないのだから、父親の事を訊ねるのなら今が最後のチャンスだと考えても不思議ではなかった。
俺たちが追っていた集団の中で、比較的長身で痩せた男が立ち止まり、そして振り返る。
そいつは、無駄な贅肉をそぎ落とした精悍な男――と言うよりは、恐ろしく貧相な貧乏神に取り憑かれたと言った方が的確な表現になりそうな男だった。
恐らく、こいつがイストとか言う奴なんだろう。
その動きに釣られて他の仲間たちも立ち止まり、そしてゆっくりと後ろを振り返った。
俺が展開していた隠遁結界は、個人が身に纏う物ではなく空間設置型の隠遁結界だ。
だから、その半球型の有効範囲から出てしまえば、姿を晒してしまうことになる。
そして結界の中に居ると、外から自分たちが見えなくなっている事を示す物は何も無い。
大袈裟に驚かれるのも嫌だから俺も魔法の説明をしていないし、サイガは自分が姿を消しているという事を理解していなかった。
だからサイガは、自分が彼らの後方の何も無い空間から突然姿を現した事になるのを、理解していないだろう。
そして、それが誰一人目撃者の居ない彼らの後ろで起きた事が不幸中の幸いだった。
サイガは、両手の拳をギュッと握り締めながら、飛び出したその場に立っていた。
立ち止まり振り返ったイストと思われる男は、感情のこもっていないような表情を変えずに、眉だけをピクリと動かした。
イストと思われる男の隣に居た、戦斧を手にした小太りの男がサイガの呼び掛けた言葉の意味を理解して、ニヤリと嫌らし気に笑みを漏らす。
そして、サイガの方を見ながら口を開いた。
「ここで行方不明になった奴の事なんか、多過ぎて一々覚えちゃいねーなあ。 お前の父ちゃんも、大方金に目が眩んでドジでも踏んじまったんだろうよ」
「母ちゃんの病気を治すために、高名な治療神官に見て貰うのにお金が沢山必要だったんだ! 自分の為に金が欲しかったんじゃないぞ! 何にも知らない癖に、父ちゃんを馬鹿にするな!」
「どう言い繕っても、結局金の為じゃねーか。 旨い酒と美味い食い物と良い女のために金が欲しい俺たちと、どこがどれだけ違うんだ?」
真面目に父親を弁護するサイガを嘲笑うように、小太りの男は露骨に話をすり替えて彼の父親を貶めようとしていた。
どう考えたって、それは詭弁だ。
更に何かを言おうとしていた小太りの男を片手で制して、イストと思われる男が少し前に出る。
そして、サイガに向かって言った。
「ここは、子供が一人で来られるような場所じゃない。 恐らく大人の仲間が、どこかに隠れて見て居るんだろう。 もしも父親を本気で探したいと言うのなら、自分たちで中に入って探せば良いだけの事だ。 しかし、それをしないで見ているだけという事は、恐らくレベルが足りないのか臆病者のどちらかだ」
そう言ってイストと思われる長身の男は、サイガの後方を見回し始めた。
俺とバルはその挑発には答えず、黙って隠遁結界の中に居た。
サイガは、不安そうな顔でキョロキョロと辺りを見回していた。
隠遁結界を理解していないのだから、自分がその有効範囲から飛び出してしまった事にも気付いていないのは、無理も無かった。
「だが、ここまで小僧を無傷で連れて来られるという事は、初級者レベルが何人居ても不可能だ。 つまり、隠れて居る奴は、遺跡に入るのが怖い臆病者だって事さ」
イストと思われる男は、自分の発した挑発の効果を確かめるためなのか、左から右へと視線をゆっくりと動かす。
そして、何の反応もない事を認めると、小さく溜息を漏らした。
「小僧、お前の親父の名前は何だ?」
「トーマだ! 俺の親父の名前は、トーマだ。 半年前にイスト、あんたを親父が家に連れて来たから、俺は覚えているぞ」
そう言って、イストと言う男を睨みつけるサイガ。
唐突に父親の名前を尋ねたイストには、どんな狙いがあるのだろう。
「ほお、トーマねえ…… そうそう、そんな奴が居たな。 たしか遺跡の化け物に襲われた時に地下に繋がってる通路の方に逃げて、後で生き延びた奴から何処かの部屋に閉じ込められたって聞いたなあ」
「本当か?! じゃあ親父は中で死んだわけじゃ無いんだな!」
半年前の事なのだから、それは死んだのと同じ事のような気もするけれど、サイガには一縷の望みがあるように聞こえたらしい。
サイガの背中から感じる絶望的な雰囲気が、軽くなったのを俺は感じた。
「半年も前の事だからな、まず生きては…… んぐぐ」
イストは口を開き掛けた小太りの男の口を慌てて塞ぐと、何やら目配せをするような動作を見せる。
しかし、父親のトーマの事を知っているというイストの言葉を聞いたサイガは、それに気付かない程に冷静さを失っていた。
「小僧。 親父の事を悪く言って、すまなかったな。 遺跡の中へ入りたいなら、手が無い訳じゃないんだぜ」
小太りの男が、ニヤリと笑いながらサイガに声を掛ける。
先程までの馬鹿にした態度からは、信じられないような豹変ぶりだった。
「どうすれば連れて行ってくれるんだ?」
「なーに、俺たちの荷物に紛れて入り込んでしまえば、中には咎める者なんて居やしないぜ。 その代わり、俺たちの前を歩いて貰う。 これが条件だ」
冒険者ランクが中級以上という条件の付いている遺跡の中は、サイガの父親が化け物に襲われて行方不明になったという事からも、安全と言う事は有り得ない。
そこで、先頭を歩くと言う事の意味する内容は、遺跡の中の何かから奇襲を受けた時には真っ先に犠牲となる役割か、真っ先に罠に引っかかる役割しか思いつかない。
もしかすると、サイガの父親も奴等に騙されて同じ役割を押しつけられたのかもしれないと、俺は思った。
こいつらが覚えていないと言った多数の犠牲者とは、騙されてそう言った役割を押しつけられた冒険者の可能性だって、無いとは言えないだろう。
もし仮に彼らの言う通り、どこかにサイガの父親が閉じ込められて居たとしても、それが1週間程度なら水さえあれば生き延びられるだろう。
しかし、既に半年が過ぎていると言うのだから、生存している可能性は限りなく低い。
「判った、連れて行ってくれ」
サイガはしばらく考えて、やがてコクリと小さく頷いた。
生きている可能性が皆無に近いと言うのに、サイガには俺たちを探そうとしていた先程迄の不安そうな素振りが、もうどこにも見えなかった。
「どうする?」
俺は隠遁結界の中でバルの方を向いて、訊ねる
バルは、こちらを振り向きもせずに答えた。
「もはや、行くしかあるまい」




