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39:冒険者になった理由

「お前、どうやったら魔法を使ったのがバルだって思うんだよ」


 俺はサイガのボケっぷりに頭を抱えながらも、敢えて指摘した。

 どこをどう見ても、幼女のバルよりも俺の方が魔法使いらしく見えるだろう。


 まあ、あくまで二人の比較ならって意味だけど…… 


 確かにチビロリのバルも魔法らしき物が使える事は、最初に森の中を突破する時に見て知っている。

 だからあながち間違いではないけれど、それでもそんな事を知らないはずのサイガが俺とバルを比較して、その上でバルを魔法使いだと判断するって事は無いだろう。


「え、だって兄ちゃん治癒魔法使いなんだろ? 馬鹿力だけは有るみたいだけどさ…… 」


「お前は、あの裏路地で何を見てたんだよ。 もう…… 放り出されたお前を助けたのは、誰ですかっての」


「え? そう言えば、離れた場所に居たはずの兄ちゃんが、急に現れて俺を受け止めて…… あれ? え? もしかして、そうなの?」


 サイガは自分が導き出した結論に納得が行かないのか、戸惑いの表情を見せていた。

 別に、あえて誤解させておいても俺に損は無いんだけれど、なんだかそれも悔しい気がする。


 むしろその方が、出来るだけ俺の能力を隠しておくというイオナの方針とも合致するので、好都合とも言えるだろう。

 だけど治癒魔法使いという存在が、高い回復薬の代わりぐらいにしかならないと思われているのも、俺としては妙に癪に障る。


 誤解されたまま放っておけば良いという、そんな気持ちの裏側では何故か違う想いが溢れそうになっていた。

 俺は治癒魔法使いを馬鹿にしているサイガに、俺の力を認めさせたかったのかもしれない。


「お前、自分の力が増えたと思わないか?」


「え?!」


 俺に言われて、サイガは自分の両手の平をマジマジと見た。

 そして、自分の体を足下から腕の先まで順に見直している。


「何か、あんまり変わってる気がしないけど…… 」


「面倒くさいから、お前その木を殴ってみろ。 思い切りだぞ」


 俺は、サイガの左隣に生えている枯れた木の幹を指差した。

 枯れているとは言っても、それは太くて頑丈そうで、普通は一二歳の子供にどうこう出来る代物じゃあない。


「こうか?」


 戸惑いながらも俺の指示通りに右の拳を振り上げて、恐る恐るフックのような殴り方で木の幹に軽く当てようとするサイガ。

 普通は、思い切り生身の拳で固い木の幹を殴れば、怪我をするのは自分だ。

 その手加減っぷりは、責められないだろう。


 しかし、『加速アクセル』スキルの効果で身体速度の桁が上がっているサイガの拳速は、既に常人のフルスピードを超えていた。

 それを判っていないのは、使っている本人だけだろう。


 それに加えて、『身体能力向上ブレス』スキルの効果で、パワーそのものが常人の域を超えているのだから、結果は見えている。

 サイガが手加減をして殴ったつもりの枯れ木は、見事に砕けて折れた


「マジかよ! それに全然痛くねえ」


 サイガは、自分の拳と俺の顔を交互に見てから、信じられないと言うような表情でそう呟いた。

 痛くないのは当たり前で、『コンポジット・アーマー』が体全体を守っているのだから、怪我をする訳が無かった。


「これって、兄ちゃんが俺に何かしたのか?」


 自らの拳が生み出した破壊力に驚き、そしてそれに戸惑うサイガ。

 俺は、コクリと頷いた。




 数分後、俺たちは更に森の中へと向かっていた。

 何故か先頭は俺で、サイガは少し遅れて俺の右斜め後ろに居る。

 バルは、興味なさそうに俺とサイガの後ろを着いて来ていた。


 どうしてより危険度の高い森の奥へと向かっているのかと言えば、サイガの狩るべき魔獣であるカルキンが見つからないからだ。

 俺たちを襲ってきた、カルキンの亜種である上位種のカルキネイドはゲットしたけれど、肝心の狩猟対象生物が手に入らないのでは、クエストが成立しない。


 俺の支援魔法に度肝を抜かれたサイガは、抜け目なくクエストを完了させるために、もっと森の奥へ行こうと提案をしてきたと言う訳だ。

 そう、サイガの俺に対する態度は、俺が治癒以外の魔法が使えると判ってからガラリと変わった。


「兄ちゃん、スゲーよ! あんな魔法、俺は初めて見たよ」


「この世界の…… いや、お前の知ってる治癒魔法使いってのは、他の魔法が使えないのか?」


「ああ、治癒魔法は神殿も王室からもスカウトが来るくらい、希少で特別な才能だからな。 俺の知ってる魔法使いは、火魔法を使う奴が多いぜ。 兄ちゃんみたいな氷魔法ってのか水魔法ってのか判らないけど、火じゃ無い魔法ってのも珍しいはずなんだ」


「そう言えば、イオナが火は誰でも見知っていて攻撃のイメージがし易いから、必然的に使い手が多いって言ってたような…… 」


 俺は森の中で行われていた特訓の座学で、そんな事を教わった事を想い出していた。

 イオナとレイナが70数年前に脱出した世界と、俺たちが転移してきたこの世界が同じだという前提で言うならば、当時は魔法を使える者の存在自体が希少だったのだと、二人は言っていた。


 そして、魔法の才能が有る者が居ても、扱える魔法の種類は1つか多くて二つがせいぜいだと言う話だった。

 魔法の種類という意味は、ゲームの世界で言う処の火や水や風などの属性という意味で使われているし、その世界でも魔法属性と呼ばれていたそうだ。


 もしサイガの言う通りなら、その状況はあまり変わっていないのかもしれない。

 複数の魔法属性を扱えるイオナでさえ火属性の魔法は使えないし、基本的に使えるのは風と水と土だけだ。


 イオナが凄いのは、水属性と土属性から木属性を合成し、風属性と水属性から雷属性を合成して扱える事だ。

 その上で水の上位属性である氷属性も扱えるのだから、当時としては稀代の魔法使いとして王室付きの筆頭魔法使いにまで出世したのも、話としては無理が無い。


 俺は、何故火魔法を使う人が多いのかとイオナに訊ねた時の答えを思い返す。

 それは現実の火が身近な物である事と、その上で火が相手にダメージを与えるという事が当たり前のように知られている事が、その理由だという回答だった。


 つまり、この世界にありふれて存在している魔素とか言う物を媒介としてイメージを具現化するものが魔法なのだから、多くの人が攻撃手段をイメージし易い火の魔法を扱える魔法使いが多いと言う事になるそうだ。

 水や風もありふれているけれど、それを攻撃と結びつけてイメージする事は難しいが、火は違うという言い方もしていた。


 だから俺が多彩な属性の魔法を扱えるのは、大量のアニメやゲームに囲まれて育って来たからで、魔法による多彩な攻撃方法をイメージし易い映像で見知っているからだそうだ。

 特に俺がログアウト不能になった約半年間の間、ぶっ続けで魔法を普通に使えるゲームの世界に閉じ込められて居たからこそ、VR装置を通して脳に刻み込まれたゲームの魔法を、当たり前のようにゲームのエフェクト込みでイメージして具現化が出来るらしかった。


 同じ火魔法でも、こっちの世界で見かけるのはゲームで言う処の地味なファイアーボールくらいだ。

 火の塊を投げるというのが正確な表現になるけれど、確かにあれは火を直接投げつけるという感じでイメージがし易いのかもしれない。


「なあ兄ちゃん、俺も魔法って使えるようにならないかなあ。 そうすれば今よりもっと上のランクに上がるのが楽になるはずなんだよな」


「お前、なんでそんなにランクに拘るんだよ。 無理をして魔人になんかなったら大変だぞ」


 俺は、魔法が使えるようになりたいというサイガに、そう言い返した。

 あのターナ村での半魔人騒動で苦しんだ人々を思い出すと、安易に強くなりたいと言うサイガの願いが、家族を不幸にさせるだけの子供っぽい危険な考えに思えるのだ。


「俺は、遺跡に入る資格を早く取って、行方不明になった父ちゃんを探しに行きたいんだ!」


 サイガは、迷いのない真っ直ぐな瞳で俺を見て、そう言った。

 サイガが危険なパワーレベリングじみた事をやってでも、ランクアップを急ぐ理由はそこにあった。


 冒険者だった父親が行方不明になって、一二歳になったばかりのサイガは病弱な母親との生活のために冒険者になったのだとばかり思っていたけれど、それは違ったようだ。

 年若くして独りで冒険者になったのも、レベルアップを急ぐために危険を冒してまで父親の残した薬草を使ってパワーレベリングじみた狩りをしていたのも、すべては遺跡で行方不明になったと言う父親を探すためだった事を俺は理解した。


 俺は、その想いの強さに押されて何も言えない。

 それでも、ターナ村で魔人になりかけたザウルの苦悩と、そんな彼を取り巻く人々の苦悩を思えば、それでも俺はサイガを止めるべきなのだろう。


 彼の父親が行方不明となったのが約半年前と言う事だから、もう恐らく生きては居ないはずで、サイガもそれが判らない年齢では無い筈だ。

 しかし、それでも自分の手で父親を探しに行きたいと言うサイガ。

 そんな熱い想いを目の当たりにした俺は、彼を止める言葉が出て来なかった。


「サイガよ、お前の親和属性は何じゃ?」


 俺の躊躇を余所に、トコトコと無遠慮にサイガの間近に寄ってきたバルが彼の腹に小さな右の手を当てて、サイガを見上げながらそう言った。

 その行動が唐突過ぎて、完全に意表を突かれた俺は黙って見ている事しか出来ない。


「俺は、冒険者になる時に風属性だって言われたな。 魔力量は小だけどな」


「ふむ、わしの視たところ、お前の最大親和属性は風よりも火じゃな。 魔力量が小と出たのは胎内魔素がまだ活性化しておらぬからじゃ」


 バルは、サイガの腹に手を当てたまま、そう言った。

 戸惑った顔のサイガは、自分の間近に居るバルでは無くて俺に向かって訊ねる。


「え? 兄ちゃん! このチビっ子の言ってる事は、本当なのか? なんか冒険者ギルドの鑑定と違うんだけどさ」


「魔力は、誰でも持っておる。 それを扱えるか扱えないかの差は、魔力叢まりょくそうが活性化しておるかどうかだけじゃ。 もっとも、自在に取り出して使えるかどうかとは、別の話じゃがな」


「兄ちゃん! このチビっ子の言ってる事が理解できないんだけど、俺がおかしいのか?」

「心配するな、俺もまったく解らない! てか、バルは何でそんな事を知ってるんだよ」


「ただの、気まぐれじゃ」


 バルは照れくさそうな顔で俺の問いかけを無視して、サイガの腹に当てた右手の上に左手をそっと重ねる。

 その時バルの手を中心にして、何か空間が一瞬歪んだような、そんな気がした。


「うへっ…… 何か、目眩がするような吐き気がするような、そんな妙な気分だ」


 サイガは、バルが手を当てていた辺りを自分の両手で押さえ、その場に膝を突いて座り込んだ。

 バルはと言えば一歩後ろに引いて、そんなサイガを感情の起伏が判らない無表情な顔で眺めていた。


 膝を突いて腰を落としたサイガと、その場に立っているバルの目が同じくらいの高さになる。

 バルは、ポツリとサイガに向かって呟く。


魔力叢まりょくそうは回り始めた。 後は、お前の才能しだいじゃな」


 それだけ言うと、バルはプイとサイガから顔を背けて、俺の方へと歩いて来た。

 もうサイガには興味が無いという風情に見える。


「バル。 魔力叢って何の事なんだ?」


 そう訊ねる俺の言葉を聞いたバルはハッとして、しまった!と言うような顔をチラリと見せる。

 そして、俺の問いかけが聞こえなかったかのような態度で、すれ違いざまにボソリとこんな事を呟いた。


「後で、日本の魔法を扱ったアニメでも見せてやるが良い。 カズヤのスマホに、そんなムービーがダウンロードしてあったじゃろ。 魔法というイメージの具現化には、あれが一番具体的かつ手っ取り早い」


 俺のスマホに、魔法バトルを扱ったTVアニメのムービー録画がダウンロードしてある事を何故バルが知っているのかと、俺は一瞬不思議に思った。

 でもよく考えてみれば、バルがあっちの世界で子猫の姿をしていた頃に、俺がバルを腹の上に乗せた体勢でベッドに寝転がって、スマホでそんなムービーを視ていた事を想いだした。


 恐らくバルが言う意味は、あれこれ自分が見た事も無い魔法攻撃のイメージを脳内で構築するよりも、実物を見て頭に焼き付けた方が手っ取り早いと言う事なんだろう。

 たぶん、視覚情報の方が魔法の発動イメージやエフェクトを含めた魔法の効果までの一連を、コピーに近い感覚で視て覚えることが出来ると言うのだろう。


「なあバル…… お前は今サイガに何をやったんだ?」


 俺は、もう一度バルに訊ねてみた。

 だけどバルは、チラリと俺の方を一瞥するだけで、質問には答えない。


 元々謎の多い存在であるバルだけど、その力を知れば知るほど逆に正体がわからなくなる。

 中々大きくならない頭の良い猫だとばかり思っていたのに、こっちの世界に来たらいきなり一七歳くらいの金髪で全裸の超絶美少女になっていて度肝を抜かれたのが、俺にとって最初で最大の衝撃だった。


 その後は幼女に変身したかと思えば、魔獣相手の戦闘でも信じられないくらい強かったり、遮音結界の中に居たはずなのに俺の魔法バトルに気付いていたり、魔法だって使える事を森を脱出する時に見せられた。

 それが今度は、この世界の魔法について何かを知っているような態度だ。


 俺の知る限りバルはこっちの世界が初めてのはずなのに、ターナ村での経験値=ウィルス説に関する独り言のような呟きも、気になると言えば気になってしまう。

 バルがサイガに対して何かをやったのは、間違いが無い。


 そして、それはきっと魔法に関する事なのだろう。

 イオナは、バルが自分から話す気持ちになるまで余計な詮索はするなと言っていたけれど、こうして意味あり気な行為を目の当たりにすると気にならない訳が無い。


「バル、お前はこの世界について何か知ってるんじゃ無いか? いや知っている迄は行っていないまでも、何か気付いている事が有るんじゃないのか?」


「知らぬ。 仮に気になる事があったとしても、確信の無い事をペラペラと軽薄に話す気は、一切無いな」


 それは、明確な拒絶だった。

 それ以上聞くなと、バルは言外に言っていた。


 何がバルをここまで頑なにしているのか、今の俺には判らない。

 だけど、これまでの俺の人生にとって決して短く無い期間一緒に暮らしてきた、飼い主などと言う偉そうな関係では無く一緒に時を過ごしてきた仲間として、一言だけ言いたかった。


「バル…… 何百年も長い時を生きてきたというお前の話が本当なら、俺と過ごした時間は瞬きするくらいに短いものかもしれない。 だけど、俺にとってお前は自分の人生の半分以上を一緒に過ごしてきた大事な相棒だし、今は大切な仲間の一人でもあるんだぞ。 だからお前が言いたくなるまで俺も聞かないけど、いつかは俺にお前の事を話してくれよ」


 そんな事を言っているうちに、恥ずかしい話だけど鼻の奥がツンと熱くなってきて、俺は反射的に目頭を人差し指で拭った。

 何を、俺は一人で熱くなっているんだ…… 


「すまぬ…… いずれ話す時が来るじゃろう。 今は、それしか言えぬ」


 そう言って、バルは俺から目を逸らした。

 そして、ボソリと小さく呟いた。


「…… が、カズヤで良かったと…… 」


 そこだけしか聞き取れなかったけれど、たぶん子供の頃に俺が瀕死のバルを拾ってきた時の事を言っているのだと、俺は解った。

 この件はしつこく掘り返さずここまでにしようと、俺はサイガの方を振り返る。


 サイガは腹を押さえて、まだ地面に腰を落としたままだった。

 俺は、念のためにヒールをサイガに掛けてやる。


「どうした? まだ気分が悪そうだな。 動けないなら、休んでいる間に面白い物を見せてやるよ」


 俺はアイテムボックスから、あっちの世界で使っていたスマホを取り出す。

 まだ電池は8割以上残っていた。


「に、兄ちゃん! こ、これも兄ちゃんの魔法なのか? すげーな!すげーな! こんな小さな薄箱の中で、女の剣士が戦ってるぞ」


 たまたまスマホの中に残っていたムービーは、生憎と魔法少女が敵を倒すものでは無かった。

 小さな画面の中では、少年に召喚された金髪の美少女剣士が、同じく別の人物に召喚された敵と激しく両手剣を駆使して戦っている姿が映し出されていた。


 変なイメージが固定化されなければ良いけれど、大丈夫だよな?とバルの方を見る。

 バルは顔を僅かに顰めると、俺から目を逸らした。


「ちょっ! おい!」


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