38:魔法を使ったのは俺だ!
「だって、あいつの二つ名は『不死身のシルバー』だぜ。 この町じゃ有名だよ」
サイガは、さも当然のように答える。
しかし、昨日この町に着いたばかりの俺たちが、そんな事を知ってるはずもなかった。
「実際に不死身って呼ばれるような奴は病気の無痛症とか、変なクスリをやって痛覚が異常に鈍くなってる奴の例えで使われると思うんだけど、あいつは骨が折れても靱帯が断裂しても元に戻ってるから、あれは仲間内に凄腕の治癒魔法使いでも居るんだろ?」
「兄ちゃんの話す言葉は時々難しくて判らないところがあるけど、たぶん痛みを感じない訳じゃないぜ。 現に昨日は居酒屋でも両腕を押さえて痛がってたし、返り討ちに遭って膝を抱えて痛がって呻いてたの見ただろ」
確かに、サイガの言う通りだ。
あの時のシルバーは、間違い無く苦痛を感じていた。
そうなれば、やっぱり凄腕の治癒魔法使いが彼の仲間に居るという事になる。
そして、いったいそいつはどんな奴なんだろう。
「それからさ、治癒魔法使いってのは無いと思うぜ。 もしそんな凄腕が居たら、冒険者なんて危ない橋を渡らなくても、王室とか神殿で働けば一生安泰で、皆から尊敬もされるからな」
そんなサイガの意見を否定するものを、俺は持ち合わせていない。
ゲームじゃ無いんだから、特別な理由も無く優れた治癒魔法使いがわざわざリスクの高い冒険者になる必要性は、無いに等しいのだろう。
これはゲームの話だけど、自分の魔力を戦闘では無く治癒に特化して使う治癒魔法使いは、その分だけ基本的な防御力や戦闘能力は低く設定されている。
恐らく、この世界には俺のような何でも出来る魔法使いは存在しないとイオナが以前言っていたけれど、治癒に特化している者は同じように戦闘魔法が使えないのだと思う。
ましてや、複数の属性魔法を使えるという事自体が珍しい事のようなので、治癒に魔力が特化する分だけ、他の魔法に割ける余力は無いのだろう。
それだけに、治癒魔法使いが冒険者になったとしてもレベルアップは茨の道だというサイガの話だったが、どこかゲーム世界での治癒魔法使いの置かれた立場と似ているなと、そう思った。
これがゲームであれば、聖属性魔法がダメージになる不死種族や悪魔種族を相手にレベルアップを狙うという手もあるけれど、実際はそこに至るまでの道のりが茨の道だ。
そして、そいつらだけを相手にして最高レベルまで到達するのは、気が遠くなるような膨大な時間を必要とするだろう。
だけど、リアルな世界では寿命や体力の問題もあって、ゲーム廃人のように日夜ぶっ続けで経験値を稼ぎ続ける事は不可能だ。
もし、冒険者としてのレベルアップが他の冒険者並に可能だとすれば、それはゲームのように良い仲間に巡り会う事が必須だろう。
自分の能力を生かして仲間をサポートし、そして仲間にサポートして貰いつつ共に経験値を稼ぐ以外に、治癒魔法に特化した冒険者の成長手段は無いと俺は思う。
それも、冒険者としての初期の段階から共に歩んでくれる友や仲間が居なければ、苦労ばかりでリスクの多い冒険者などには、好き者以外は誰も成りたくないだろう。
「だいたい現役で冒険者をやってる治癒魔法使いは、神殿で経験を積んだ奴が多いんだ。 そうじゃない未熟で治療に時間が掛かりすぎる奴は、実戦で何の役にも立たないだろ? 結局のところ治癒魔法使いなんてのは、居たら高くて買えない回復薬の節約が出来る程度に便利で嬉しい存在だけど、役に立つレベルまで育つ奴は凄く少ないんだよ」
サイガは、俺の沈黙をどう受け取ったのか判らないけれど、そう言い切った。
そして、逆に役に立つレベルまで上がってきた治癒魔法使いは、強い仲間と固定パーティを組んでるから、フリーで自分のような初級冒険者と組んでくれるような奴は、実力の無い足手まといだとサイガは断言する。
だから自分たちのような初級冒険者は、そんな物を当てにしちゃ駄目なんだと言うのが、サイガの考え方のようだった。
どうやらこっちの世界のリアルも、治癒魔法だけを使う冒険者には相当に厳しい世界が待ち受けて居るようだ。
そんな話を聞いて、俺はゲーム世界でヒールを覚えたての頃を思いだしていた。
同レベルの戦闘職がウサギやネズミを剣で倒して順調に経験値を得ていた頃、転生で聖職者を選んだ俺は刃物を持つ事が出来ないという制限の中で、必死で杖を振るって経験値の少ない小さな虫やハエを叩いていた。
この世界の治癒魔法使いは、冒険者とならずに神殿で働くことが出来るだけ、ゲーム世界よりも恵まれているとは思う。
しかしそれが冒険者を目指すとなれば、この世界はゲーム世界よりもドライで厳しい世界に変わるのだろう。
つまり余程の変わり者か圧倒的な治癒能力でも持っていなければ、冒険者になろうなどとは思わないのだろう。
「オッケー、行っちまったぜ」
サイガが立ち上がり、俺たちに向けて手を挙げて合図をした。
どうやらシルバーたちは、行き過ぎたらしい。
「いいか、兄ちゃんたちは絶対に前に出るなよ。 だけど俺に近付きすぎるのも駄目だ! 治癒魔法使いは戦闘能力が無いんだから、大人しく隠れてろよ」
サイガは、左手を広げて俺たちの方に突き出したかと思えば、そんな事を言い出した。
少し間隔を空けて、それ以上自分に近付くなという事らしい。
バルが俺の方を見て、不敵に笑う。
俺は、余計な事を言うなよという合図として片目を瞑ると、人差し指をバルの唇にそっと当てた。
サイガは、慎重に地面を観察しながら歩いている。
おそらく、獣道のような物を探しているのだろうと、俺は思った。
ようやく気に入った場所が見つかったのか、サイガは腰を落として何やら罠を仕掛け始めた。
麻紐のような物をループ状にしてから木の枝に結びつけて、それを引っ張ってテンションを確認している様子からそう判断したけれど、たぶん間違ってはいないはずだ。
恐らく、罠に掛かった獲物に父親の残してくれたクスリを使って、弱らせてから狩るのだろう。
そうでなければ、十二歳になったばかりの少年が僅か半年余りでランクを二つも上げるなんて事は出来ないはずだ。
その時、俺の張り巡らせていた気配感知に、何かが複数ヒットした。
その数、三、四…… 七、八、九! 大型では無いけれど、九体の集団だ。
そいつらは俺たちとは離れた位置に居たけれど、どこかの段階で俺たちの存在に気付いたのか、急に分散して動き出す。
一瞬にしてパッと散ったように動いたので逃げたのかと思ってしまったけれど、奴等は俺たちを遠巻きに取り囲もうとしていた。
「サイガ! 何かが俺たちを囲もうとしてるぞ」
手にしたナイフを地面に置いて背中の袋から弓を取り出そうとしていたサイガに、俺は背中から声を掛ける。
邪魔をするなとばかりに、キッとした表情で振り向いたサイガだったけど、俺の言葉の意味を時間差で理解したのか、驚いたような顔を見せていきなり周囲を慌てて見回し始めた。
そして、地面に置いたナイフを右手に握り直すと、俺たちの方へ駆け出してきた。
次の瞬間、俺の周囲の風景がスローに変わった。
スローモーションのように、ゆっくりとした動きで駆けて来るサイガは、相当に慌てた顔をしていた。
必死でこちらに向けて伸ばした右手と真剣な目が、先程まで自己責任だとか来ても守れないだとか言った彼の言葉とは裏腹に、俺たちのことを心配して守るために駆け寄ってくるのだと教えてくれる。
俺は自分を含めた三人に、複合防御結界の『コンポジット・アーマー』を掛ける。
無詠唱でその上、二種類の防御結界を一つにラッピングしてあるから、合計六回分の魔法が三回の無詠唱で完了した。
俺は次に『身体能力向上』=略称ブレスと『加速』=略称アクセルを全員に掛ける。
そして気配感知スキルの教える通りに、腰の入った右のパンチを背後から飛びかかってきた小型獣に向けて、振り向きざまに一発叩き込んだ。
卵が割れる時のような小さな抵抗の後に続くグチャリとした柔らかな感触と共に、背後に迫っていた体長一メートルほどの黄色みを帯びた体毛の小型獣の頭が、激しく爆散する。
そいつから浴びた血しぶきと肉片を『クレンリネス』で浄化しながら、サイガとバルの方を振り向けば、バルに複数の小型獣が襲いかかっているところだった。
この中で一番小柄なバルを、小型獣は一番弱いと判断したのだろう。
しかし、それは間違いだとすぐに判明する事になる。
たちまち、幼い体には似合わぬ素早い動きで攻撃をすべて避けられ、飛び掛かろうとした首根っこを小さな手で捕まえられて、次々と地面に叩き落とされていた。
サイガは、『ブレス』の身体能力向上効果と『アクセル』の速度増加効果に体が慣れないのか、思った以上に大きく反応してしまう自分の体に戸惑っていた。
そんなサイガを狙って、小型獣が足に噛みつくが『コンポジット・アーマー』の効果で歯が立たない。
サイガはサイガで、足を噛まれた自分が無傷なことにも戸惑っている。
そして、これはどういう事だ、というような顔で俺を見た。
「兄ちゃん!これってどういう事なんだ? それに、あのチビっ子は何であんなに強いんだ?!」
サイガの左足に噛みついたままの小型獣が、自分の鋭い牙がサイガの足を突き通せない事に焦れたのか、激しく体を震わせるとその背中の体毛を突如逆立たせる。
真っ直ぐに伸びた太い尻尾が、逆立った体毛の影響で三倍ほどの太さに変化して、そこから更に二つに割れてVの字型になった。
そして薄暗い森の中ではあるけれど、まだ日の差し込む昼間だというのに、全身から青白い放電光が周囲に向けて無差別に放たれる。
その突然の電撃は、周囲にある木立の枝や葉からもブスブスと白い煙を上げさせるほどの代物だったけれど、物理防御と魔法防御を兼ねた『コンポジット・アーマー』をまとっている俺たちには、何も効かない。
その様子を見て俺たちには歯が立たないことを悟った無傷な残りの小型獣は、素早く踵を返すと森の中へ向かって逃げ去ろうとしていた。
その数は三匹。 残り六匹のうち一匹は俺が、四匹はバルが倒していた。
そこへ、ドスドスドスッと言うような鈍い連続音と共に、俺の放った鋭く尖った氷の槍が逃走しようとしていた小型獣の背中へと深く突き刺さり、奴等を地面に縫い付ける。
サイガの足に噛みついていた一匹には、風属性の拘束魔法を掛けて暴れないように縛り上げた。
一匹だけ生き残った小型獣は、上目遣いのまま恐る恐るという表情で長い耳を後ろに傾けたまま、ゆっくりと口を開いて噛みついていた足を離す。
サイガは、その狐にも似た小型獣の襟首を左手で掴み上げると、俺の方を向いて口を開いた。
俺の魔法で拘束されて身動きの取れない狐に似た小型獣は、サイガに掴み上げられたまま観念したような顔で、不安そうにサイガの方を見上げている。
効果があるかどうかは判らないけれど、俺は経験値をサイガが浴び過ぎないように風魔法で周囲の空気を洗い流し、周囲一帯にクレンリネスを発動させた。
「何で、俺は足を噛まれたのに何でも無いんだ? それに、こいつらはカルキンの亜種で雷属性の魔法を使うヤバイ奴等なんだ。 俺たちはスパイクボアも気絶するほどの電撃をまともに喰らってるはずなのに、何で全員が無傷なんだよ!」
どうやらこの小型獣はカルキンと言うクエストの目標生物とは別の、魔法を使う亜種らしかった。
単独で行動をすると言うカルキンとは違い、小さく見えても群れで魔法を使って狩りをするだけに、難易度も高くBランク上位指定の魔獣だと言う事だ。
そんな強敵が、戦闘能力の無い治癒魔法使いとチビロリ娘に瞬殺されてしまったのだから、俺たちよりも二つランクが上のサイガとしては、現実を受け入れられないのも判らない訳では無い。
俺はサイガの問いに答える代わりに、木の枝に擬態をして彼を狙っていた蛇に似た魔獣を、風魔法の刃で細切れにしてやった。
ボトリと、いくつかの欠片になって地面に落ちる小さな魔獣。
サイガは信じられない物を見たと言わんばかりに、そのグレーの瞳をまん丸に見開いて地面に落ちた蛇に似た魔獣を見てから、ゆっくりと俺とバルの方へ視線を戻した。
「そう、俺は只の治癒魔法使いじゃ無くって…… 」
「すげー! チビっ子は魔法使いだったのかよ! 兄ちゃんスゲー仲間を連れてるな。 だから銀髪の兄ちゃんは黒髪の兄ちゃんだけじゃ無くて、チビっ子も一緒に連れて行けって言ったのか。 すげーな火魔法以外の魔法を使える奴なんて、それだけでも凄いんだぜ!」
いや、だから違うでしょ……




