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35:裏路地の攻防

 たぶん俺たちの不意を突いたと思っていた処に、突然自分たちの後ろから声を掛けられて、高まっていた襲撃者たちの気勢が一瞬削がれたようだ。

 どこから声がしたのか突き止めようと、薄暗闇の中を振り向いて声の主を探し始めた。


 それを見ただけで、烏合の衆と言うイオナの言葉が納得出来る。

 要するに、全体を纏めて指揮を執る者が明確では無いって事だ。


 あるいは、全体を力で纏めているボス的な奴は居るのかも知れないけれど、間違い無くそいつは一緒になって右往左往しているだけの無能だろう。

 本来なら俺たちに害意を示した以上、俺たちへの対処を忘れて全員が声の主を探しているなんて、有り得ない。


 誰々と誰々は俺たちへの対処、誰それは声の主を探せとか、そういう指示が飛ぶべきなんじゃあないだろうか?

 でなきゃあ、声の主を探して狼狽えているうちに俺たちから先制攻撃を受けて、本来なら勝てるはずの戦いだったとしても、結果として不利な戦況になってしまうだろう。


 もちろん、こいつらが本気の俺たちに勝てるはずも無いとは思うけれど…… 

 俺は今までのイオナの采配や、あっちの世界でエクソーダスのミッシェルが担っていた役割とか的確な指示の事を思いだしていた。


「痛てっ! 何しやがんだ!」

「くそっ、すばしっこい奴だ!」

「相手は一人だぞ、慌てるな! 痛ててっ!」


 襲撃者たちから、そんな叫び声が上がる。

 後ろから声を掛けてきた相手が一人と言う事が判ってからは、襲撃者の動揺は目に見えて収まったようだ。


 俺は『暗視』スキルを発動させて、戦いの様子を見る。

 木の棒を持って、襲撃者たちの脛を思い切り叩きながら走り回っているのは、あのサイガだった。


 俺はその動きが、子供にしては素早すぎることに驚く。

 どうみても、身長が160センチ有るか無いかと言う少年の動きじゃあ無かった。


 サイガからすれば見上げるような大男たちを相手に、一歩も引かずに翻弄している。

 スピードを生かした体当たりで襲撃者たちをよろめかせ、後ろから足をすくって転ばせると顔を踏みつけて、次のターゲットへと小気味良く動いていた。


 俺たちはふっかけられた立場だった筈で、こちらを襲ってきた相手が、こちらの事をすっかり忘れてドタバタしている事に呆れていた。

 きっちり因縁をつけられているのに、すっかり放置されて中途半端な事この上ない。


 このまま立ち去るのも出来ない訳じゃ無いけれど、襲撃者と立ち回りを演じているのが少年一人だというのが気がかりだった。

 俺が事情を仲間に説明すると、それまでやる気になっていたイオナも白けてしまったようだ。


「カズヤ、ピンチになるようなら助けてやれ。 それにしても、雑魚とは言え大人の冒険者相手に子供一人が捕まりもせずにやりたい放題とは、たいしたものじゃの」


「メルちゃんや、あたしたちと同じくらいだったわよね」

「そうよね、あたしと同じか、アーちゃんより少し上くらいじゃない?」


 ヴォルコフたちも、腰の後ろに回していた右手を離していた。

 レイナは、渡された竹刀を手持ち無沙汰な風情で握り、自分の右肩をトントンと軽く叩いている。


 サイガが、襲撃者の一人に体当たりをかまそうとした瞬間、その襲撃者が吹っ飛んだ。

 急に目標を失ってしまい、サイガは止まりきれない。


 ドスン!と、その後ろにいた巨体にぶつかって止まる。

 目測を誤って、サイガの動きが一瞬止まった。


 そこには、先ほどまでは襲撃者の中に居なかった、見上げるような大男が居た。

 俺は、その男を見て驚いた。


 そいつは、さっきの居酒屋で腕相撲に敗れて、両腕を骨折していたはずのゴリラ男だった。

 そいつは、間違い無く骨折していたはずの右手を庇うこともなく、ヒョイとサイガの襟首を後ろから掴んで軽々と持ち上げた。


「小僧、悪戯にしちゃあ度が過ぎてるぞ。 俺たちの邪魔をして、そんなに死にたいか?」


「大勢で卑怯なことをしようとするから、邪魔されるんだよ! 喧嘩は一対一でやるもんだって、父ちゃんが言ってたぞ!」


「こりゃあ喧嘩じゃねーんだよ。 大勢の前で男のメンツってものを潰された、復讐ってやつさ。 こいつらをぶっ殺さないと、俺の気が済まねーんだよ」


 サイガは掴まれたままで暴れるけれど、体格の差は如何ともしがたい。

 なにしろ、手も足も相手に届かないのだから…… 


「逆恨みじゃね?」


 俺は、そう呟いた。

 どう考えても逆恨みとしか言えない。


 勝負を仕掛けてきたのも、卑怯な真似をして勝負を曖昧にしようとしたのも、大勢の前で腕を骨折して恥をかいたのも、みんなゴリラ男が自分からやった事のはずなのだ。

 こう言う奴の事を、あっちの世界じゃDQNって言うんだよなと、俺は思った。


「逆恨みじゃの」

「逆恨みですねえ」


「逆恨みじゃないのよ」

「逆恨みですよね」

「逆恨みじゃな」


「逆恨みダな」

「逆恨みだネ」


 全員一致だった。

 これは、呆れるより他に無い。


 そんな事を話しながらも、俺はサイガの様子から目を離さない。

 彼は、どうやっても逃げられないと観念したのか、暴れるのを止めて全身の力を抜いたように見える。


「どうした小僧、降参したら許して貰えると思ったか? 甘いな…… お前は、今すぐここで死ね!」


 ゴリラ男のシルバーが、サイガの襟首を捕まえていた左腕を手元に寄せて、その耳元で囁くように言った。

 その時、大人しく諦めたかのように思えたサイガが突然動きを見せて、シルバーの大きく潰れたゴリラ鼻を蹴り上げる。


 鼻は鍛えようが無いとヴォルコフたちにも教わっていたけれど、それはパワーレベリングをしていたと思われるシルバーも同様だったようだ。

 自分の鼻を蹴ったサイガを、反射的に背後の壁に向けて思い切り投げつけた。

 そして、蹴られた鼻を押さえて前屈みの姿勢になる。


 俺はとっさに『空間転移テレポート』で、サイガと壁の間に移動して、自分の背中に空気のクッションを風魔法で作り出す。

 俺がサイガを受け止めるのと同時に、走り高跳びで使うマットに背中から落ちた時のような、エアクッションが衝撃を吸収する鈍い感触が背中に伝わってきた。


「兄ちゃん、すげえな! さっきまで、向こうに居ただろ」


 俺の腕の中で、抱き留められたサイガがマジマジと俺を見つめていた。

 さすがに『テレポート』したとは言えないから、俺は言葉を濁す。


 その時、俺は見てしまった。

 シルバーに捕まえられた時に緩んでしまったのか、サイガが首に巻いていた布の下に隠されていた、爬虫類の鱗のようなものを…… 


 俺の視線が首筋に向けられている事に気付いたサイガは、慌てて右手で首筋を押さえて、左手で緩んだ布をまき直す。

 その時シルバーがこちらを振り向いて、サイガを助けた俺の事に気付いた。


「小僧おぉぉ…… 貴様、どこから湧いて出た?」


 鼻から血をぼたぼたと垂らしながら、屈み込んだゴリラ男のシルバーが俺を睨んでいた。

 俺は出来るだけ冷たく、そして素っ気なく答える。


「あんたの相手は俺じゃ無くて、すぐ後ろに居るみたいだぜ」


 シルバーは、慌てて後ろを振り返った。

 そこに立っていたのは、太い犬歯を剥き出しにして凄い笑いを見せているティグレノフだった。


 その後ろではヴォルコフが、シルバー以外の襲撃者全員を地面に這わせていた。

 一体何人がティグレノフにはね飛ばされたのか、それともヴォルコフに投げ飛ばされたのかは判らない。


「納得イかないなラ、さっキの続きヲやってモいいぜ」


 その言葉を受けるが早いか、人並み外れた巨体とも思えぬ素早さでシルバーがダッシュして、ティグレノフに殴りかかる。

 それを軽いフットワークでスッと横に避けると、再びスルリとシルバーの懐に入り込んで足を掛けるティグレノフ。

 流れるような動きだ。


 体勢を崩して前のめりになったシルバーの首を右腕で巻くように押さえ込んで、首投げのように投げると同時に、シルバーと一緒に前方に回転する。

 俺はその時、ティグレノフが前方に回転しながらも、自分の股の間から後ろにあるシルバーの短い足首を掴んでいるのを見ていた。


 二人の体が一回転した後、地面に投げ出されたシルバーの左足は、ティグレノフによってサンボ技の膝十字固めで極められていた。

 しかも膝を極めながらも、ダイビングの足ヒレほどもあるシルバーの足と太い足首も、同時に極めている。


「こレは、お仕置きダ」


 そう言って、ティグレノフは極めた足首とグイッと捻りながら、支点にしていた下腹部を上に突き出すようにして、大きく体を反らせた。

 ゴキリとでも表現するような鈍い音と、ブチブチッと何かが引きちぎれる湿った音が、シルバーの絶叫と共に夜の裏路地に響き渡る。


 あっちの世界から、即入院して切れた靱帯の接合手術をして辛いリハビリの日々が始まるんだろうけど、こっちの世界ではそうもいかないだろう。

 まあ、こっちの世界には治癒魔法があるから何とかなるんじゃないかなと、俺は無責任なことを考えていた。



 その晩、俺たちは成り行きでサイガの家に泊めて貰う事になった。

 アーニャたちが広い風呂に入れなくなって、ちょっと不満そうだったのはサイガには内緒だ。


 それにしても、あのシルバーというゴリラ男は両腕を骨折していると思っていたけど、その予測は完全に外れていた。

 あのテーブルに思い切り両手を叩きつけると言う事は、言うなれば鉄の塊に両腕を思い切り叩きつけるようなものだ。


 その両腕が幾らパワーレベリングで頑丈になっていたとしても、同じように腕力や破壊力もパワーレベリングで強化されているはずなのだ。

 だから、力が有れば有るほど、自分の腕に跳ね返るダメージは大きい。


 シルバーの腕はまったく普通に使えていたから、仲間内に治癒魔法を使える人物が居るのかもしれないなと、俺はそう考えた。

 そうでなければ、何ともないというのは考えられない。


 俺はそんな事を考えながら、サイガに案内されるままに仲間と夜の町を歩いていた。


 明日は朝から冒険者ギルドへ行って、何か短期で出来るようなクエストを探すことになっている。

 それに遺跡という言葉も気になるから、そっち関係の仕事があると良いんだが…… 


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