36:野宿よりはマシ?
「たいして広くは無いけど、野宿するよりはマシだろ」
サイガは、そう言って俺たちを自宅に招き入れてくれた。
アーニャとメルは、『野宿するよりはマシ』と言う言葉に素早く反応して、微妙な表情で顔を見合わせている。
サイガの家は、路地の奥まった場所に立ち並んでいる、貧しそうな地区の一角にあった。
それは粗雑な石造りの土台に、何度も修繕を繰り返してきた跡が明白な木製の家だ。
「親父が居なくなってから、体の弱かったお袋が寝込んじまってな。 俺は料理とか苦手だから、あそこでいつもお袋の分も作ってもらって持ち帰ってるんだ」
サイガは言い訳でもするように、聞かれてもいないそんな事を話し出す。
それでも野宿するよりはマシだろう、と言う事を再度繰り返されて、俺たちは一階の居間に泊まらせて貰う事になった。
まあ、普通は俺の魔法込みでやる野宿の方が快適で文化的だとは知らないだろうから、サイガの好意には感謝しなければならないだろう。
いや、と言うよりも、余裕がある訳でも無いのに泊めてくれようとする、その気持ちが嬉しかった。
俺は、再び顔を見合わせて何事か目配せをしていたアーニャとメルの頭に、軽く拳骨を落とした。
頭を押さえて上目遣いで睨む二人に、俺は知らん顔をする。
「サイガ殿の好意は、ありがたく頂戴するとしようぞ」
イオナのフォローもあって、メルとアーニャはバツの悪そうな顔になる。
アーニャはともかくとして、こっちの世界の人間であるメルは日本的な文化的生活に染まりすぎなんじゃ無いだろうか?
この先、国を取り戻したとしても、俺たちと離れてやっていけるのかと、そんな心配が心に浮かぶ。
サイガの家の居間は、俺たちが入ると一杯になった。
ひとまず荷物を降ろして、俺たちは床に腰を降ろす。
サイガは、俺たちのために小さな暖炉に火を点そうとして、薪を放り込んでいた。
しかし、中々火が着かない薪にいささか苦労をしているようだ。
「ちょっと、サイガ君のお母様の様子を診させて貰っても良いかしら?」
そう言ってレイナが腰を上げると、メルも一緒に立ち上がった。
サイガは、その理由が解らず暖炉の前でキョトンとした顔をしている。
「あー、その二人は治癒魔法が使えるんだよ。 だから、もしかするとお母さんの病気を直せるかもしれないぜ」
「何だって! 治癒魔法使いが仲間に居るのかよ、すげーな」
俺が理由を説明すると、サイガの顔がパッと綻んだ。
そして、すぐさま二人を案内して二階に上がり始める。
「じゃあ、暖炉の方は俺に任せてくれ」
サイガにそう声を掛けてから、俺は二人に『ブレス』をかけて、治癒魔法を含めた彼女たちの能力値をアップさせた。
そして、二人に念話を送る。
〈もし、手に負えないようなら、俺を呼んでくれ〉
三人が二階に上がってゆくのを確認してから、俺は暖炉に放り込まれた薪に火を着けた。
火魔法をコントロールして暖炉を破壊しない程度の熱量を発生させた後は、風魔法をつかって熱風をこちらに吹き出させる。
もちろん、暖炉の灰を巻き上がらせるようなヘマはしない。
言うなれば、簡易のファンヒーターみたいなものだ。
魔法の熱量で部屋中に暖気を行き渡らせると、瞬く間に居間は温かくなった。
二階にも、風魔法を使って暖風を送り込む。
そんな時に、レイナから念話が入った。
俺は、急いで二階へと向かう。
二階にはドアが二つあったけど、メルがドアの外で俺を待っていた。
急いでその部屋へ入ってみると、サイガの母親は高熱を発していて意識が朦朧としている状態だった。
その様子を見て、レイナたちの治癒魔法では治すのに時間が掛かり過ぎる事を察した。
だからこそ、俺を呼んだのだろう。
レイナの指差す場所に目をやると、めくれた布団の間からドス黒く腫れた右足が見える。
サイガは、予想していなかっただろう母親の様子に茫然としていた。
「そんな…… 昨日は久しぶりに調子が良いからって、家事をしていて金具に足を引っ掛けたとか元気に笑っていたのに、何でこんな事に…… 」
「それだ! たぶんその時に、悪い菌が入ったんだろう」
俺はそう言って、サイガの母親の足下に近付く。
医者じゃ無いから本当の処は解らないけど、足の外側にある小さな傷口を中心にして足首までがパンパンに腫れていた。
「キン? なんだよ悪いキンって。 俺の母ちゃんは、なんか悪い魔物に取り憑かれたのか? それより兄ちゃんは何をしようとしてるんだ? 治癒魔法を使えるのは、こっちの姉ちゃんたちだろう?」
俺はサイガの問いかけを遮って、彼の母親の右足に両手を近づけた。
短く速い呼吸を繰り返している事からも、状況が良くないことが素人の俺にも判る。
取り乱しているサイガをレイナとメルに押さえて貰い、まずは『クレンリネス』で傷口の浄化を行う。
その後は『キュア』で念のために解毒を行い、最後に『ヒール』で体を元の状態に戻した。
赤黒かった傷口とその周辺は、たちまち健康色に戻る。
切迫していた呼吸も、安らかなものに変わっていた。
「兄ちゃんも、治癒魔法が使えるのかよ! しかも俺の知ってる治癒魔法とはレベルが違いすぎるぜ。 兄ちゃんたちは何で初級冒険者なんだよ、B級上位のシルバーだって軽く倒しちまったし、普通は有り得ないぜ?」
「サイガ…… 、この方たちは?」
サイガの出す大きな声に目覚めた彼の母親は、目を開けてサイガを認めると、訝しげに俺たちのことを訊ねる。
そりゃあそうだ、目が覚めたら見知らぬ人間が枕元に居たなんて、誰でもビックリするだろう。
俺は話がうやむやになる事を願って、起き上がろうとするサイガの母親が起き上がれるようにと、低レベルで『ブレス』を掛けてやった。
寝込んでいる事が多いと言う事は、筋力も落ちているだろうと予想しての事だ。
きっと、そんな体で家事などをしようとしたから、足下がふらついて傷を付けるような事になったのだろう。
予想通り、サイガは起き上がった母親の姿を見て安心したのか、それ以上の問いかけはしなかった。
「この人たちは、お客さんだよ。 俺や父ちゃんと同じ冒険者なんだよな、兄ちゃん」
サイガは、そう言って俺たちを母親に紹介する。
下にもまだ五人居ると聞いて、事情を知らない母親は驚いていた。
それを見て、俺たちがここに居る事情と治療の経緯を、レイナが説明する。
「――そんな訳で、宿が取れなくて困っているところにサイガ君からお誘いを受けまして、図々しいとは思いましたが、お邪魔させていただきました」
「そう言う事でしたら、ご遠慮なく。 あいにくと狭い家ですが、出発の三日後まで居て頂いても構いませんよ。 父親が半年前に行方不明になって、サイガもずっと寂しい想いをしていましたから、皆さんを誘ったのかもしれませんね」
元気になったサイガの母親の同意も得て、俺たちは正式にサイガの家に泊まることになった。
父親の件が妙に気になったので、サイガの父親が行方不明になった経緯を訊ねてみたけれど、母親にもサイガにも詳しい事情は判らないようだった。
完全にあっちの世界の影響だと思うけど、浮気とか借金とかスキャンダラスな事しか頭に浮かばないので、それ以上突っ込んで聞くのは止めにしておいた。
どうやら、サイガが一二歳で冒険者になったのは生活の為だけでは無く、父親を探すためらしかった。
と言うのも、サイガの父親が失踪する前に受けたクエストと言うのが、遺跡の探索に関わる類いのものだったから、らしい。
失踪から約半年間で、驚くことにサイガは初級の中でも中級の一歩手前であるC3ランクに上がったばかりだった。
つまり、サイガは俺たちより二つもランクが上と言う事だ。
その話を聞いて、俺は彼の首筋に有る爬虫類の鱗の痕跡を思いだした。
恐らくは相当にギリギリな方法で、かなり無茶なランクの獲物を狩っているのだろう。
俺は母親のいない一階の居間に戻ってから、サイガに訊ねた。
「サイガ、お前どんな狩りをやってんだ? その首の鱗跡は、そのせいで出来たんじゃないのか?」
俺の問いかけに、一瞬反発するような顔をしたサイガが、しぶしぶ答えだす。
「俺は十歳の時から、親父の狩りに付き合ってるんだ。 うちの親父がヤブリ草やジリスを他の薬草と合わせて煮詰めて作った、特性の痺れ薬で狩りをしていたのを見ていたからな、それが残っているうちに一日でも早く中級ランクになって、遺跡の探索に参加する資格を得るんだ」
「遺跡の探索って、初級じゃ駄目なのか?」
「ああ、中は危険だからな。 冒険者に毛が生えたばかりの奴は、冒険者ギルドが制限を掛けて入れないようにしてるんだ。 だから俺は一日でも早く、中級にならないといけないのさ」
どうやら遺跡への探索クエストには、中級以上と言うレベル制限が掛かっているようだった。
つまり、初級の最低ランクである俺たちには、初めからその資格が無いと言うことになる。
少しばかりガッカリしたのが俺の顔に出てしまったのか、サイガはこう言い加えた。
「だけど抜け道が無い訳じゃ無いんだぜ。 あくまでレベル制限が掛かっているのは、既存のギルド管理になっている遺跡だけで、まだ見つかっていない遺跡に限っては初級冒険者が見つても、冒険者ギルドに届け出るまではレベル制限は関係無いんだぜ」
どうやら、俺たちでも未発見の遺跡を見つける事ができれば、誰でも確認のために中へ入る事は違法では無いらしかった。
つまり、冒険者ギルドへの報告義務を無視していれば、別の誰かに見つけられるまでは独り占めが出来るという事になる。
そうは言っても詳しく話を聞くと、実情は甘いばかりでは無かった。
一つの遺跡が発見されれば、その周辺にも遺跡がある可能性が高いので、王都から遺跡調査団が派遣されたり、冒険者ギルドが大規模な調査クエストを発動したりするらしい。
この町で宿屋が一杯なのは、そういう理由らしかった。
サイガは、遺跡に関する利権は神殿が所有していて、それを冒険者ギルドが一括管理していると言っていた。
遺跡で有る事が調査で明確になれば、王都と言えども神殿に所有権を譲らなければならないらしい。
しかし、遺跡で有る事を確認出来るまでは王都でも立ち入り調査という名目で何度でも入る事が出来るため、一般人の小遣い稼ぎも含めて大人数で遺跡の探索は行われているらしかった。
色々話が聞けたので、俺は魔人化の危険性をサイガに説いて、この話を終わりにした。
ターナ村でザウルが元の姿に戻った正確な理由も判らないのだから、サイガが明日魔人になったとしても、俺はそれを助けられる自信も確証も無い。
それに、俺たちは三日後にこの町を出て行くのだから、その後でサイガに何かがあったとしても、それを知る事すら出来無いのだ。
彼が無茶をしない事を願うしか無いだろう。
翌朝、病み上がりだからとサイガの母親には休んで貰い、レイナとメルとアーニャが食材をアイテムボックスから取りだして作った、バタートーストとサラダとスープと言う、あっちの世界ではありふれた朝食を食べた。
サイガ母子はバターの効いた白いパンの濃厚で雑味の無い味や、サラダに掛けられたドレッシングの複雑な味に驚いていたけど、それはまあ些末な事だ。
俺たちはサイガと一緒に、冒険者ギルドへと向かう事にした。
とりあえず、暇つぶしに簡単なクエストをこなして旅費の足しにしようという事で、俺たちの意見は一致した。
それに空いた時間を見つけてヴォルコフとティグレノフに、レイナが魔力を使った剣技を習得させようと考えているようだった。
森で特訓を繰り返していた頃から実技の合間に教えてはいたけれど、まだ彼らはそれを完全には習得出来ていない。
イオナが言うには、メルの国で戦闘になる事を考えると、魔力を使った剣技の完全なる習得が必須だと言う事だった。
状況に応じて一人で複数人を相手にする可能性を考えれば、確かに剣技の完璧な習得は必須だ。
いざという時に発動しない剣技なんて、意味が無いだけでなく自分の命を失いかねない。
いつでも、そしてどこでも俺が近くに居られるという保障も無いのだから、それは彼ら次第という事になる。
「まあ剣技が万一駄目であっても、奴等にはわしの作った魔導銃火器を渡すつもりではおるがの」
そう言って、イオナはカラカラと笑う。
ターナ村を出た後に俺たちを襲撃しようとした奴等を倒すために、ヴォルコフたちに魔導銃を渡して試させたのは、そういう意味があったのかと俺は思った。
確かに魔導銃は、こっちの世界では目立ちすぎるだろうから、どうしてもと言う時以外は使わない方が良いだろう。
それは、俺の持つ桁外れの魔力を目立たせないようにしているのと、同じような意味だ。
翌朝俺たちはサイガと一緒に家を出た。
早朝の町は、既に人の往来で賑わっている。
大通りには露店の屋台も多数停まっていて、朝早くから商売をしていた。
獣人やらリザードマンやら、人間とは異なる人型の冒険者と思われる者達が、多くの人間に混じって露店に群がっているのが目に入る。
流石に、人型で毛むくじゃらの人物が普通の人間の中に混じっているのに、違和感を覚えない訳じゃあ無い。
しかし、もう俺は彼らを特別視しないように、気をつけている。
ここは、ファンタジーの世界が現実になったような世界なのだから、これが普通なのだ。
冒険者ギルドへ到着して、俺たちは自分たちに合ったクエストを探すことにした。
ギルドの受付がある室内には、冒険者が多数居て騒がしいというよりも、どこか殺気立っているような気がする。
ちょっとばかりテンションの高い雰囲気に呑まれそうになりながらも、掲示板の前に行ってみると、多数の依頼が貼り出されていた。
ターナ村とは、えらい違いだ。
人が多いと言う事は、こういう事なんだなと俺は思う。
俺が、あっちの世界で住んでいた町でも、クラスメイトの中には都市部へ働きに出ている親を持つ者が多かった。
人が多ければそれだけ需要は増えるし、それに伴って供給する側である仕事も増えるんだろう。
俺は、死んだ親父も帰りが毎日遅かった事を、ふと想い出していた。
俺たちは初級冒険者でも受けられて、すぐに終えられそうなクエストを選んだ。
それは、農場の家畜を食い荒らす害獣の調査が、クエストの主要な対象となっていた。
もちろん害獣の退治まですれば特別ボーナスと昇級ポイントが付加されるけど、それは初級冒険者の義務では無い。
調査が完了してから、別に討伐クエストが出される事になるのだろう。
俺たちがそのクエストを受任しようと、冒険者ギルドのカウンターに向かう途中でイオナが呼び止められた。
その相手はターナ村で知り合ったと言うべきか、何というべきか表現に困るけれど、あのB級剣士のカインだった。
「お前ら、商隊の出発がしばらく延期になったのを知ってるか? 何でも馬が何かに襲われて、喰い殺されたらしいぞ」
喰い殺されたという言葉の強いインパクトに、俺たちは思わず顔を見合わせた。
下手な魔獣くらいなら楽に一撃で蹴り殺しそうな、あの馬を襲うなんて事が信じられなかったのだ。
しかも、城壁に囲われた町の中に、馬は繋がれていたはずだ。
つまり、この町の中に馬を襲って喰らう何かが潜んでいる事になる。
冒険者ギルドの中が殺気立っているのは、そういう訳なのかと俺は納得をした。
サイガは別の魔獣討伐クエストを選ぶと、俺たちより先に受付カウンターに向かっていた。
あんまり無茶をするなよ、と俺は心の中で願うしか無い。




