31:俺を静かに眠らせろ
待ち伏せをしていた盗賊を片付けた後、俺たちは途中で馬車を降ろされて商隊に徒歩で同行する事になった。
ここから次の野営地点を経由して最寄りの町に近付くまでは、冒険者全員が徒歩での警護という事だ。
もちろん、俺たちの仲間全員には『ブレス』を掛けてある。
歩幅の短いメル、アーニャ、バルの三人には、低レベルの『加速』も付与しておいたから、全員が遅れること無く馬車について歩く事が出来た。
他の馬車からも警護の冒険者が多数降りてきて、馬車に同行しながら周囲を警戒して歩いている。
やがて、あっちの世界でパーキングエリアと言われるような、街道沿いに設置された広場に到着した。
もちろん、アスファルト舗装なんてされていない、ゴツゴツとした荒れ地の空き地だ。
日暮れまでにはまだ少し余裕があったけれど、今日はここで一泊するらしい。
まあ、ターナ村で搭乗前に事前の打ち合わせとして聞いていた通りなので、別段驚くことも無い。
そのパーキングエリアというかその広場は、テニスコートが四面くらい取れそうな広さがあった。
そして敷地の周囲は、さほど高くは無いけれど全周を分厚い板で囲われている。
きっと多くの旅人が、ここを旅の夜営場所として利用しているのだろう。
あっちの世界で言うところの公共施設のような物なのかなと、俺は思った。
馬車は、先頭車両に同行している冒険者らしき人が門を外から開けると、ゆっくりと列を守って囲いの中に入り、広場の中央あたりで止まる。
そこには杭が何本も打ってあって、先頭の馬車は既にそこへ馬を繋いでいた。
今日は、他にここで泊まる旅人は居ないらしく、俺たちの商隊以外の人影は無かった。
俺たちは停まった馬車を離れて、全員で先頭を走っていた馬車へと向かう。
そこに居る警護の責任者から、今後の指示をもらうためだ。
警護責任者のところには、先着していた他の冒険者達が集まっていた。
人数は俺たちを除いて十五名と言ったところだ。
商隊の馬車の数は六台で最後尾は俺たちだから、残り五台に三人ずつの冒険者が乗っていた事になる。
ターナ村を出る時に軽く顔合わせはしているけれど、出発間際だった事もあって慌ただしく割り当てられた馬車に搭乗しただけに、落ち着いて他の冒険者達を見るのは今回が初となる訳だ。
あらためて見回してみれば、俺たちが乗っていた馬車よりも他の馬車の方が一回り大きくて、そしてより頑丈そうな太い骨材を使っていた。
なるほど、俺たちが囮だっていうイオナの推論は、こういう処をしっかりと見ていたんだなと、そう思った。
「変だな、てっきり途中で待ち伏せをされているような嫌な気配がしたんだが、結局ここまで何にも無かったよな」
「ああ、俺もなんか途中で嫌な感じがしたんだが、気のせいだったみたいだな」
「お前もか、実は俺もなんだよ」
「俺は、何にも感じなかったけどなあ…… 実際、何も無かっただろ」
「お前らビビってるから、そんな有りもしない物を感じちゃうんじゃないのか?」
「そうそう、何かあれば俺様の直感がビビビって反応するはずだしな、そんなの無い無い」
「俺を守護する青の神様が何も告げてくれなかったんだから、きっと気のせいさ」
護衛の冒険者達の輪に近付いてゆくと、そんな会話が聞こえてきた。
何にも感じなかった方が大多数のようだけど、警護を受け持っている冒険者達のレベルは知らないまでも、けっこう人によって違うんだなと俺はそう思った。
もちろん気付かれないようにやったんだから、これで正解なのは間違い無い。
だけど、それでも盗賊たちの気配を気付いていた冒険者が居る事には、少しばかり驚かされた。
ふと、刺すような居心地の悪い視線に気付いてそちらを見ると、冒険者登録の際に初心者実技講習で俺たちにコテンパンにやられた、剣士のカインと魔法使いのシエラが居た。
二人は俺と目を合わせると、すぐに顔を逸らして何も無かったかのような顔をする。
「それじゃあ、今夜はここで夜営だ。 各自の割り当てをこれから指示するから、聞き漏らすなよ!」
そんなドラ声に俺は振り返る。
すると視線の先では、馬車から降ろしたと思われる木箱の上に乗った30歳くらいの剣士風の男が、腰に両手を当てて声を張り上げていた。
その後の自己紹介で、その人の名前はアスメルだと判る。
俺たちも順番で名前と冒険者クラスだけの自己紹介をさせられたけど、メル、アーニャ、バルの三人の番になると、他の冒険者達の中から失笑が漏れ聞こえた。
それが耳に入ったのだろう、たちまちメルやアーニャの顔がビキビキと強張るのが判った。
バルはと言えば、キョトンとしたような愛くるしい顔をしているけれど、これは当然演技なのだろうと、俺は見抜いていた。
当然十五歳くらいにしか見えない俺も、同じように扱われるのかと思えば、そうでは無かった。
背が無駄に高い事と、冒険者としてのクラスが支援職である事で、一応の敬意は払ってもらえたらしい。
俺のゴリラ顔は、この件には関係無いと思いたい……
〈ムカつくから、カズヤ! あいつらを燃やしちゃって、今すぐによ!〉
〈ほんとうに、嗤うなんて失礼です〉
アーニャとメルの全体に向けた念話が、即座に飛んで来た。
ちなみに、こんな事を念話で言っていながら、二人とも表面上は聞こえていないかのように、にこやかに微笑んでいたりする。
それに答えるように、バルが念話を飛ばしてきた。
やっぱり、演技だという俺の想像は当たっていたようだ。
〈舐められるくらいが、ちょうど良いではないか。 可愛く振る舞って馬鹿な男共をせいぜい油断させてやるのが、女の美学と言う物じゃ〉
一番怖いのは、やはりバルさんでした。
まあ、見かけだけで大勢を判断してしまうのは愚かだとしても、やっぱりこの三人が危険人物に見えなくても、冒険者の人達に責任は無いとは思う。
それくらいチビロリの三人は、愛くるしい容姿と華奢な体つきをしているのだから。
各自への指示が終わった後、俺たちは割り当てられた枯れ木の枝集めを終えて、夜営用の焚き火を始めた。
焚き火の場所は、馬車と馬を囲むように四カ所に別れて設置されている。
それぞれの場所で、交代して夜通し警戒を解かずに睡眠を取るのだけれど、実のところ襲われる心配は無い。
なぜなら、俺がこの広場を丸ごと覆うように防御結界を張っているからだ。
夜になって、魔獣らしき物が結界に何度も体当たりをして来たけれど、音を立てないように遮音結界で取り囲んだ後に、重力魔法の『超重圧壊』で始末をしておいた。
それは、あまりしつこく体当たりをされると、それが小さな振動だとしても夜番の誰かが気付いて見に行くかもしれないからだ。
もしも魔獣が見えない何かに体当たりをしている姿でも見られてしまえば、得体の知れない不可視の壁がそこにある事を気付かれてしまうかも知れなかった。
だから、音がしないように魔獣を始末することは仕方の無い事だったと思う。
その後も何度か受けた襲撃を、俺は出来るだけ静かな魔法を選んで排除しておいた。
だけど何が、街道警護隊が通った後だから比較的安全、なんだ?
そいつらは、ちゃんと仕事をしたんだろうかとの疑念が浮かんでくる。
これじゃ防御結界が無かったら、今夜は大騒ぎ間違い無しだ。
そんな訳で少し寝不足のまま、俺は朝を迎えた。
基本的に太陽の出ている時間帯しか移動は出来ないから、日の出前の薄明かりの中で荷物をまとめて、俺たちは出発の準備をする事になる。
それっぽく擬装夜営の嘘荷物をまとめて出発の順番を待っているけど、中々俺たちの担当する馬車は動き出さなかった。
どの馬車が時間を取られているんだろうと、眠い目を擦りながら前の方を覗いてみる。
それで判ったのは、広場を出て直ぐの場所で最初に広場の外へ出て行った先頭の馬車が停まっていると言う事だ。
後続の馬車を護衛する冒険者達も、慌てて先頭の馬車の方へと走り出していた。
俺たちも走って、前の馬車へと向かう。
いったい、何が起きているのだろう?
イオナが、チラリと後方に放置された馬車の方を振り返って、小さく呟いている。
それが俺には、こう言っているように聞こえた。
「これが盗賊の罠であれば、警護を忘れて馬車を放置した我々は、全員が見事に引っかかった事になるのお」
気配感知を働かせて周囲をザッと調べてみたけれど、そんな様子は見られない。
俺の方を見ているイオナに、小さく首を振って否定の合図を送った。
それを見て、頷いたイオナがレイナたちと一緒に走り出す。
俺は、一人遅れだしたアーニャを横抱きにして、みんなを追いかけた。
今日のアーニャは以前のように騒がず、なされるがままだ。
バルは、俺が追い付くのを待っていたかのように横に並ぶと、周囲の臭いをクンクンと嗅ぐような仕草を見せている。
そして、俺に向かって言った。
「ふむ…… 朝から、ずいぶんと血なまぐさい事じゃな」
何気ないバルの言葉を聞いて、俺は大きな失敗をした事に思い当たった。
俺は始末した魔獣どもの死体を、処理する事を忘れていたんだ。
広場の入り口に近付いてみると、護衛の連中と商隊の人達で二十人ほどの人だかりができていた。
俺はアーニャの両膝を左手で抱え込んで左の肩にチョコンと座らせると、人だかりに割り込んで、みんなの見ている物を覗き込んだ。
「ちょっと、乱暴にしたら揺れちゃうでしょ、もっと気を遣いなさいよ!」
「すまん、ちょっと急ぐ事情があるんだ」
揺れる肩の上から落ちないように、必死で俺の頭にしがみつくアーニャのクレームを受け流して、俺はそれを見る。
そこにあったのは、馬車を引く馬ほどもある大きな赤黒い肉の塊だった。
あらためて入り口側の外から広場の囲いを見渡すと、あちこちに大小様々な赤黒い肉塊が転がっていた。
俺が寝不足になるくらいだから、その数は二つや三つじゃ無い。
記憶にあるだけでも、七体は始末をしているはずだ。
いつもこんなに魔獣に襲われるのだとすれば、旅なんか出来る物じゃ無い。
俺は、こっそりと見えない位置にある死体と言うか肉塊を、土魔法を使って土中に引きずり込むと、その中で『風化』のスキルを使って肉塊を土に戻した。
しかし、これだけ多くの人に目撃されている肉塊を、同じように処理する事は出来ない。
その時、赤黒く変色した大きな肉塊がピクリと蠢いた。
反射的に後ろへ下がる冒険者たちと、商隊関係者たち。
さすがに、冒険者たちの方が初動は早い。
後ろへ下がる人波に押されて、アーニャを左肩に乗せて重心の位置が高くなっていた俺は、少しよろめいた。
肉塊の蠢きは徐々に大きくなり、バラバラだった肉塊が引き寄せられるように移動してゆく。
茫然とする俺たちの前で、それは皮が剥がれ筋肉が断裂して垂れ下がった一匹の魔獣に姿を変えた。
そう、まるでスローでビデオを逆再生しているような、奇妙な違和感を覚える光景だ。
その逆再生して復元されたような魔獣は、大きな大きな芋虫に似ていた。
魚のゴンズイのように、びっしりと鋭い歯が生えた円形の口からは長い触手が何本もウネウネと蠢いている。
生身でも充分にグロいだろうと思える体型なのに、剥がれた皮膚や垂れ下がった赤黒い肉が白くブヨブヨした皮膚から覗いているだけに、相当にグロい。
アーニャが小さな悲鳴を上げながら、反射的に俺の肩から飛び降りようとして、両膝を抱えている俺の左手を振り解こうとしている。
俺はバランスを崩して二人で倒れる前に屈み込んで、アーニャを地面に解放してやった。
「ちょっと、何よあれ! B級の馬鹿げたゾンビ映画を見てるみたいだわ。 カズヤったら、さっさと片付けなさいよ!」
そう言われても、こいつを片付けること自体は容易いと思うけれど、衆人環視の前でそれをやるのは不味いだろう。
そもそも、こいつは俺が昨夜確実に片付けたはずなのだ。
「火だ、火を持ってこい!」
誰かが、そう叫んだ。
だけどもう、出発をするために焚き火の火はすべて消されているはずだ。
別の冒険者が、俺と同じ事を叫んでいた。
やはり思った通りに、火はすべて消されている。
「くそっ、魔法使いはアレを燃せ、あれは火で焼かないとまた復活するぞ!」
「やつに傷をつけられるなよ、同じように死ねなくなっちまうぞ!」
その叫びを聞いて、芋虫の化け物を取り囲んでいた冒険者たちが、更に二歩三歩と後ろに下がった。
そりゃあそうだ、傷をつけられると同じようになってしまうなんて、お金を貰っていても出来れば近寄りたくは無い。
気が付けば、俺よりも前にいた冒険者たちはみんな俺の後ろまで下がっていた。
逆に言えば、俺が前に押し出されたようにも見えるだろう。
更に悪い事に、俺の後ろにはアーニャが俺を盾にするようにして隠れていた。
つまり、俺はこれ以上後ろに下がれないって事だ。
〈どうする? イオナ。 スキルをみんなに見られる事になるけど、なるべく地味にやってみるか?〉
〈ふむ、地味にとは言っても火魔法はどれも派手じゃからのお…… 〉
俺がイオナに問いかけると、すかさず返事が返ってきた。
そう言えば誰かが、火で燃やさないとまた復活するって言ってたっけ。
その時、俺の周囲の風景がスローに切り変わった。
つまり俺に危険が迫って、『見切り』スキルが自動発動したって事だ。




