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29:襲撃者は何も知らない

『ヒール!』


 俺の治癒魔法ヒールを浴びた瞬間、顔色の悪い冒険者風の男が、たちまちボロボロとそれが乾燥した泥人形だったかのように崩れ落ちた。

 通常の治癒魔法を何度連発しようとも魔力切れの心配なんてものは無いけれど、倒しても倒しても終わりが見えない戦いに、なんだか次々と敵が地面から沸いてくるような錯覚に陥りそうだ。


「カズヤ、これでは切りが無いぞ。 一気に、お前の魔法でやれぬのか?」


 俺の横で金髪ロリ幼女な姿のバルが、気負いのない平静な声で問いかけて来た。

 音は小さいけれど腹に響く連続した衝撃音に振り向けば、バルが壁を背にした体勢のまま前に伸ばした小さな両手から、ファイアーボルトのような火炎弾を水平射撃の体勢で何発か発射していた。


 その直撃を受けた亡者は次々と四肢を欠損して吹き飛び、たちまち全身が炎に包まれて赤々と燃え上がる。

 炎の灯りに照らし出されるのは、学校の教室よりも少し広い程度の部屋を埋め尽くす、冒険者や兵士の格好をした亡者の群れだった。


「駄目だ! 『絶対聖域サンクチュアリ』なら広範囲にアンデッドを狩れるけど、あれはアンデッドや悪魔種族以外の敵を回復させてしまう。 他の攻撃魔法も、サイガ以外に生きた人間が居た場合には、俺が除外対象を識別出来ていないと必ず巻き添えにしてしまうんだ!」


 そう叫ぶ俺の視線の先には、まだ冒険者になって間が無い十二歳くらいの少年が…… 亡者の群れと戦っているはずの少年が、何処にも居なかった。

 そのサイガと言う少年を守る為に俺は『ヒール』を飛ばしていたのだが、押し寄せる亡者の群れに紛れて、いつの間にか彼の姿はその場から消えていた。


「しまった! サイガを見失った」


「奥の通路へ向かったのじゃろう。 わしらも行くぞ、遅れるな!」

「おう!」


 バルの合図に呼応して、俺は飛び出す。

 金髪のチビロリ幼女はそれよりも先に、壁を背にした俺の隣から飛び出していた。


 背中を守る壁と隣を守る俺からも離れ、プラチナブロンドのストレートロングを押し寄せる走行風になびかせて走り出した幼女形態のバルを、亡者の群れが取り囲もうと次々に殺到する。

 俺は同時多発的に、対亡者攪乱用のスキルを次々と放つ。


神の息吹(ブレッシング)!』


 生きている者になら、あらゆる身体能力の向上効果をもたらす『ブレッシング』こと、通称『ブレス』と言うスキルは、目の前を埋め尽くす亡者たちには別の効果をもたらしていた。

 それは、混乱や暗黒の効果をランダムに発現させる『呪い(カース)』の効果だ。


 『ヒール』でダメージを負い、そして『ブレス』で呪いの効果が発揮されると言う事は、俺の予想通り奴等の正体が闇属性の不死者アンデッドだと言う事だ。

 バルを追おうとした俺の前に、一体の巨体を有するアンデッドが立ち塞がった。


 俺はそいつの巨体を見上げ、半ば条件反射的に対アンデッド用の必殺スキルを放つ。

 こんな場所で、雑魚を相手に時間を掛ける気は無い。


冥界強制送還イクスペル・アンデッド!』





 ターナ村へ着く前に乗った馬車…… いや、正確には俺の知っている馬という生き物が引いている訳では無いから、馬車というのも変かもしれない。

 じゃあこの世界の…… 面倒だから馬車と呼ぶことにするけれど、馬車を引いているのは馬に似ている別の生き物だ。


 その足には、所々石の突き出た荒れた道を進んでも負担を感じないような、分厚い蹄がある。

 全体のフォルムは、あっちの世界で見た事のある馬よりも大型で逞しいし、どちらかと言えば北海道の『ばんえい競馬』のニュースで見たような、巨体で足の太い馬に似ている。


 だけど、俺があっちの世界の馬との違いに気付いたのは、その長い前髪に隠された大きな瞳を見たからだ。

 その額には三つ目のつぶらな瞳と、小さな三つの突起があった。


 冒険者としては最上級のクラスに属する、S級冒険者だと自称していたファルマたちと同乗した時も馬車と言う物は酷く揺れるんだなと思ったけれど、やっぱり今回も移動中の揺れが激しいと感じる。

 事前の説明では、ターナ村を出てしばらくは道の状態が比較的良いらしく、警護で雇われた他の冒険者も含めて、しばらくは馬車に乗って移動する段取りになっていた。


 しかし道の状態が管理されているのは村や町の近くだけで、そこから先は道の管理や状態が悪いため、人の足で歩くのと変わらないような速度で進む事になるそうだ。

 俺たちが馬車から降りて警護をするのは、そこからになるらしい。


 同じように乗り心地が悪いとは言え、ファルマたちと同行した馬車の中と違って、今回俺たちの乗ることになった最後尾の馬車には荷物が極端に少なかった。

 だから最悪な乗り心地はともかくとしても、自由になるスペースにだけは恵まれていると言える。


 しかし、その乗り心地の悪さだって、もしかすると荷物が少ない事による馬車の軽さが、上下動の大きさに拍車を掛けているのかもしれない。

 まあ、しばらくは自分の足で歩かなくても済む分だけは、この仕事を紹介してくれたサクラに感謝するべきなんだろう。


 馬車に乗るのも二回目なので、俺は風魔法で尻の下に圧縮した空気のクッションを作って床から少し浮かび、黒色のマントを被せて誤魔化す事にした。

 揺れる馬車の中で俺が平然としているのを見て、血の気が無く今にも吐きそうな顔をしたアーニャが苦しそうな顔で訊ねてきた。


「カズヤ…… なんであなたとバルちゃんだけ、余裕な顔をしてるわけ? 何か、ネタがありそうだけど、隠すとためにならないわよ」


 俺はそれを聞いて、意味ありげに笑って見せた。

 本当は自分のアイデアを自慢したくて仕方ないんだけど、聞かれてもいない事を自分から自慢気に言うのも、何だか格好悪い気がする。

 だからアーニャの問いかけは、俺にとって待ち構えていた物だった訳だ。


 …… って、え?

 俺とバルだけ余裕って、バルには何もしていないぞ?!


「アーちゃん、大丈夫? 顔色悪いわよ」


 俺の頭に浮かんだ疑問を知らず、メルが心配そうにアーニャへ問いかける。

 そんなメルの顔色も、同じように血の気が無い。


 バルはどうしているのかと見れば、余裕そうな顔で外の景色を眺めていた。

 時折差し込む朝日が、サラサラとしたプラチナブロンドの髪の毛を明るく輝かせている。

 馬車の上下動に対して、バルの身体は不自然に安定して見えた。


 俺の視線に気付いたバルが、こちらを見て小さく微笑む。

 こいつも俺と同じように魔法で何かやっているなと、俺はその時に気付いた。

 こいつはいったい、どれだけの魔法が使えるのだろう。


 さすがに500年以上生きていると言うのは、あながち嘘では無いのだろう。

 こいつの底がどれ程なのか、何の意図や理由があって俺たちと一緒にいるのか、それはまだ俺にも見当がつかない。


 バルとは、裏路地に子猫の姿で倒れている処を助けて拾ってきて以来の長い付き合いだから、彼女に悪意があるようには思えないのも事実な訳で、その点では心配する必要は無いと思っていた。

 自分の事は何も語らないだけに、バルがその気になるまで待とうと、俺は思っている。


 そんな俺の思考を中断させたのは、イオナの声だった。

 その声には、珍しくも多少の苛つきが感じられた。


「カズヤ、もったいぶらずに全員に同じ事をせい」


 ファルマたちが乗っていた馬車に比べて、今回の商隊が使っている馬車は揺れが大きいように感じる。

 イオナとレイナは表向き平気な顔をしているけれど、それでも時折姿勢を微妙に動かして、尻の位置を調整しているようだった。


 ヴォルコフたちの様子を見れば、二人もどこか落ち着かない風情に見える。

 俺はバルを除く全員の尻に、同じようなエアクッションを造り出してやった。


 そんな事をして、全員が尻の苦痛を誤魔化さずにすんだ頃、ターナ村の所有する畑が周囲に見えなくなった。

 もうしばらくすれば、交代で馬車から降りて、徒歩での警備となるのだろう。


 その時、俺の危険感知に何かがヒットした。

 それとほぼ同時にヴォルコフとティグレノフがアーニャの方を見て、お互いに小さく目配せをするのが見えた。


「来たか」


 イオナがそう呟いて、左手のロッドを握り直した。

 レイナも膝の上に乗せていたクレイモアを胸の前に立てると、左肩に立て掛けて抱え込む。


 確かに、本気で気配探知に意識を集中して警戒していた訳じゃあないけれど、みんなの反応が早過ぎる。

 こう言うものを間近で見せられると、気配というものが実在する何かなのだと、信じざるを得ない。


 危険感知のスキルがチリチリとした感覚を返している事から、相手に害意があることは間違いが無かった。

 これがゲームなら襲撃イベントの発動だと喜ぶところだけど、実際に遭遇すると面倒だなという気持ちの方が強い。


「マダ、前の方は気付いテいないナ」

「この先デ速度ガ落ちたところガ、おそらく襲撃ポイントだろウ」


 ヴォルコフとティグレノフが、そんな事を話し合っていた。

 アーニャは二人の話に頷きながらメルに合図を送る。


 それに頷いたメルは、早くも弓に矢をつがえる準備を始めていた。

 こっちの世界では、外に出たこともろくに無いお姫様だったはずのメルが、僅か1ヶ月程で変われば変わるものだ。


「サクラは、街道警備隊が最近見回ったばかりだから、今なら比較的安全な筈だって言ってたのになあ…… 」


 おれは思わず、そう愚痴を呟いていた。

 だからこそサクラは、初級冒険者の俺たちが商隊の警護を受けられるように、色々と商隊の責任者に働きかけてくれた筈だったのだ。


 その呟きに反応したイオナが、こちらに顔を向けた。

 どうやら、イオナの考えは初めから違っていたようだ。


「何故、初級冒険者のわしらが重要な警護クエストに採用されて、どうして、わしらだけが最後尾の馬車を充てがわれたのか、よく考えてみるのじゃ。 商隊だと言うのに、この馬車にはろくに荷物も積んではおらぬぞ」


「最後尾っていうのは殿しんがりって言って、撤退戦の場合には一番生存率が低いのよ」


 イオナの言葉を継いでレイナが、俺に向かって冷静にそう告げた。

 確かに、この馬車には荷物が少なくて、俺たち全員が座ってもまだ隙間が充分にあった。


「つまり俺たちは、もしもの時の時間稼ぎの囮って事なのか? サクラはそれを承知して、俺たちを紹介したって事なのか?」


 心の底では、そんな筈は無いと思っている。

 だけど、いま何者かに馬車が狙われていると言う現実と、俺たちが置かれている状況のイオナによる分析から考えると、そうでは無いと言うのは難しい。


「和也、襲撃者の数は判るか? およそで良いぞ」

「なあイオナ。 サクラは、俺たちを騙したのか?」


 俺は、イオナの問いかけに答えもせず、そう問い直した。

 どうしても、それが信じられなかったのだ。


「サクラに、その意図は無かったと思うわよ。 彼女には、私たちが最後尾に乗せられることも、その馬車に荷物が大して積んでない事も、判りようが無い筈よ」


「どちらかと言えば、あたしたちを万一の時の囮にしようと目論んだのは、商隊の隊長なんじゃないかしら?」


 俺の質問に答えたのは、こんな状況でも冷静なレイナとアーニャだった。

 確かに冷静に考えてみれば、冒険者ギルドの受付に過ぎないサクラに出来る事は限られている。


 そんな彼女に出来るのは、初級冒険者になったばかりで実績の無い俺たちを、護衛クエストの申し込みに来た商隊の関係者に、話を盛って売り込む事くらいなんだろう。

 俺は、つまらない事でサクラを疑った事を恥じた。


「たぶん、この商隊を狙っている奴等の人数は十五人から二十人。 後ろから追いかけてくるのは途中で待ち伏せをしていたと思われる三人ほどだ。 残りはこの先で待ち伏せをしている」


 俺は目を瞑ったままで、気配探知の範囲を薄く広げて得られた結果をイオナに告げる。

 ヴォルコフたちが言っていたように、この先で馬車が速度を落として警護の冒険者を降ろす時が、襲撃者の待ち伏せポイントなんだろう。


 そこまでは、割と距離が近かった。

 俺の話を聞いていたイオナは、黙って頷く。


「どれ、最後尾の初級冒険者が、ただの囮では無い事を雇い主に教えてやれぬのは残念じゃのお。 しかし、まだまだ何事も起きぬ方が、わしらには都合が良いでのお」


「あらあら、いったい今度は何を企んでいるのかしら?」


 イオナの思わせぶりな発言に、レイナがいかにも楽しそうな笑顔で反応した。

 俺を含めて、他のみんなもイオナが何を言い出すのか、その口元に視線を集めている。


 こんな状況だって言うのに、みんな余裕があり過ぎだろう!

 周囲に力を気付かれても良いのなら、俺の魔法だけで事は足りるけれど、そうじゃ無いとなれば色々と制限が有り過ぎて、逆に面倒なのは間違いないと言うのに…… 


「今回は、アレを実地テストとして使ってみるとしよう。 和也、預けてある物を出してみい…… 」


 そう言ってイオナは俺に右手を差し出すと、中指から小指までを軽く握ったままで、人差し指だけを軽く何度か曲げて見せた。

 アレって、つまりアレの事だよな?


 俺はアイテムボックスを開いて、腰の脇に開いた空間へと右手を無造作に突っ込んだ。


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