第1話 院長先生
第一話 院長先生
私がお弁当を食べていると、急に周りが暗くなった。
向かいに座っていた土門さんが、困ったような顔で急に顔を上げた。
「ドリイ、そいつは何者だ? 何か変なことをされていないか?」
後ろから衛兵隊のジェルドさんの声が聞こえた。
周囲を見回すと、いつの間にかヴァルトさんの部隊の人たちが、私たちを取り囲んでいた。
「この方は土門さんといって、異国の聖者様です! 私の命の恩人です!」
私は必死に答えた。
土門さんはこちらの言葉が分からないようだし、ここは私が何とかしないと。
ジェルドさんは土門さんをまじまじと見た。
「貴様、武装しているではないか。怪しい奴め!」
よく見ると、土門さんの腰のベルトには、小さな戦槌のようなもの、ナイフ、ショートソードのようなもの、それに丸い箱や細長い箱など、見たことのない道具がいくつも付いていた。
「ジェルドさん、やめてください! この人は帝国のスパイなんかじゃありません!」
私は二人の間に割って入った。
このままだと、土門さんが連行されて投獄されかねない。
「ジェルド、落ち着け!」
後ろからヴァルト隊長が駆け寄ってきた。
ひとまず、何とかなりそうだ。
しかし、ヴァルト隊長の表情は険しかった。
「ドリイ、すまない。土砂崩れの前に、この男が何かしていたという報告もある。不審人物をこのまま放置しておくわけにはいかん。詰所に来てもらって、事情を聞く必要がある」
「そんな……土門さんは何も悪くないのに……」
どうすればいいのだろう。
このままだと、土門さんが酷い目に遭うかもしれない。
「お待ちください、ヴァルト隊長」
ヴァルト隊長の後ろから、傘を持った修道着の女性が近づいてきた。
孤児院の院長先生だ。
「院長先生! この方は土門さんといって、異国の聖者様です。救助活動中は防護魔法で私たちを守ってくださり、私の命も救ってくださいました。先ほどは、おいしいお弁当まで分けてくださって……悪い方ではありません!」
「ドリイ、安心しなさい。孤児院になかなか来ないから、探しに来たんですよ。あなたの言うことは分かります。全部、見てましたから」
それを聞いて、私は安堵した。
聡明で慈悲深いことで知られる院長先生なら、きっとこの場を収めてくれる。
院長先生はヴァルト隊長に向き直った。
「その土門さんが、私たちに敵意を持っていたなら、ショートソードを抜いてドリイを人質にすることもできましたね」
「はあ、その通りです」
ヴァルト隊長が頷いた。
「しかも、おいしいお弁当を半分こだなんて……うふふ、なかなかできませんね♡」
「えっ……!」
急にお弁当の話を持ち出されて、顔が熱くなった。
院長先生は穏やかに微笑んだまま、話を続ける。
「そんなに心配なら、ベルトの装備一式を預かればどうかしら? 皆さんお疲れのようですし、私が責任を持って預かりますよ。それなら安心でしょう?」
「確かに、皆疲れている。珍しい武器や道具の扱いで、余計な問題が起きても困るからな」
ヴァルト隊長が頷いた。
よかった。これなら土門さんが連れていかれずに済むかもしれない。
「それにドリイ、あなたもずぶ濡れで、髪はぼさぼさ、ローブは泥だらけ。そんな格好では、土門さんに嫌われますよ」
「えっ……」
私は、はっと我に返った。
朝から雨の中で水路を直し、土砂崩れの現場で救助活動を続けていたのだ。
確かに、「泥い」と揶揄されるくらい、酷い格好をしている。
しかも、その姿のまま土門さんとお弁当を半分こしていた。
(恥ずかしい……)
思わず身体を抱えて、その場にうずくまった。
「隊員さんたちもお疲れのようですし、ドリイもお風呂に入りたいでしょう。部隊の皆さんには解散してもらって、ドリイの家のテーブルで、土門さんから聞き取りをしたらいかがかしら?」
「確かに、隊員の疲労はピークだ。院長先生の案に賛成します」
ヴァルト隊長が答えた。
院長先生が私に近づき、そっと耳打ちする。
「お風呂に入って綺麗になったら、『泥い』じゃなくて、可愛いドリイをアピールできますよ♡」
「えっ、私、そんな……」
思わず顔が熱くなる。
院長先生は微笑むと、今度は土門さんに近づいた。
「どうせ、言葉は通じていないでしょうけど……悪いようにはしないから、私に任せておいてくださいね。ド・モ・ン・さ・ん」
そう言って、土門さんのベルトを指さし、渡すように手振りで促した。
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(まずい、これはさすがにまずい)
一人の若い衛兵がドリイさんを怒鳴りつけ、他の衛兵たちが周りを囲んで私を睨みつけている。
若い衛兵は、私の腰の装備品を見ているようだ。
ロックハンマー、ナイフ、剣鉈。
これらを持った見知らぬ男が、女性と一緒にいる。
これは自分でも警戒するな。
ドリイさんが間に入って、必死になだめてくれているようだ。
やがて、後ろから隊長らしき男が駆け寄ってきた。
衛兵をなだめているようだったが、緊張は収まらない。
これは収監されて尋問コースか……。
言葉が分からないから、困るんだが……。
その時、後ろから修道服を着た女性が近づいてきた。
女性は隊長とドリイさんに向かって、何かを話している。
不思議なことに、女性が話すたびに、周囲の緊張が少しずつ和らいでいくのが感じられた。
途中、ドリイさんが急に顔を赤くしてうずくまった。
何か言われたようだが、何があったのだろうか。
やがて、修道服を着た女性が私に近づいてきた。
「$‘(=&“!~ド・モ・ン‘)|」
女性は慈愛のこもった表情でそう言うと、私のベルトを指さし、渡すように手振りで促した。
どうやら、敵意を持たれているわけではなさそうだ。
自分はどう見ても不審人物に見えるだろうから、装備品を預けろというのも理解できる。
この女性が現れてから、周囲の緊張も和らいでいる。
預けても大丈夫そうだ。
私はベルトごと装備品を外し、女性に渡した。
女性は微笑んで受け取った。
しばらくすると、囲んでいた衛兵たちは不満そうな顔をしつつも囲みを解き、各々別の方向へ歩いていった。
残ったのは隊長らしき男、修道服を着た女性、そしてドリイさんだった。
ドリイさんは、恥ずかしそうに私の手を引いて歩き始めた。
どうやら、最悪の事態は避けられたようだ。
でも、どこに連れていかれるのだろうか?




