第1話 隧道(ずいどう)
1月9日。昨年末から進めている急傾斜地調査の、現地踏査の日だった。
この地域では過去に何度か土砂災害が起き、家屋にも被害が出ている。
災害そのものを完全に防ぐことはできなくても、誰かの不注意や見落としで、人の未来が失われるのだけは見たくない。
そんな思いでこの仕事に就いて、はや10年。月日が経つのは早いものだ。
今日の調査地点は、自宅近くの隧道を抜けた先にある。
自動車は通れない狭い道だが、愛車の三輪バイク「ジャイロキャノピー」なら、多くの機材を積んだまま問題なく通れる。
ピザ屋の配達でおなじみの屋根付きバイクだ。相棒にしてから、もう6年になる。
出発前、現場で慌てずに済むよう、いつものチェックリストを開いた。
まずは荷台上段の収納箱。
保護具や軍手、ロープといった消耗品類を入れている。欠品はない。
「保護具、消耗品、ヨシ!」
続いて荷台の下段。
伸縮ポール、巻き尺、大型ソーラーバッテリーなど、収納箱に入りきらない現場調査器具を積んでいる。
「調査機材、ヨシ!」
念のため、リュックの中身も確かめる。
現場作業で愛用しているノートパソコン、CF-20はフル充電。筆記用具、関数電卓、ノート、弁当、水筒もそろっている。
「忘れ物なし。リュック、ヨシ!」
今日は一段と冷え込むうえ、雨も降りそうだ。防寒着と折り畳み式の雨合羽を追加する。
腰には安全帯。工具ベルトにはロックハンマー、ブロントンコンパス、剣鉈、コンベックス。
「装備品、ヨシ!」
最後に、ジャイロキャノピーのエンジンを始動する。燃料も満タンだ。
「全てヨシ!」
いつものチェックリストだ。
現場では何が起こるか分からない。必要な物がないと気づいたときには、もう遅い。
段取り八分。
面倒でも確認する。確認を省略してよかったと思ったことなど、一度もない。
家を出る頃には、小雨が降り始めていた。
ジャイロキャノピーに追加したサイドバイザーのおかげで、雨が直接吹き込むことはない。ただ、路面が滑りやすくなっているので、慎重に走らせる。
5分ほど走り、隧道へ続く分岐を曲がって狭い旧道に入った。
坂を上り、山あいの細い道を進んでいくと、やがて目的の隧道が姿を現した。
大正初期に造られた、全長120メートルほどの煉瓦造りの隧道だ。
入口から向こう側の出口が見通せる。苔むした赤煉瓦の壁と、天井に取り付けられた薄暗い照明が、古い隧道ならではの独特な雰囲気を作り出していた。
隣町へ行く際に何度も通った、見慣れた風景だ。
出口の先は急な下り坂になっているが、これといって変わったところはない。
それでも、どこか別の世界へつながっているのではないか。
そんな想像を抱かせる、不思議な雰囲気のある隧道だった。
入口で少し速度を落とし、そのまま中へ入る。
中ほどまで進んだ、そのときだった。
ミシミシッ。
不穏な音が隧道内に響いた。
煉瓦壁の亀裂から水が噴き出している。
「ん?」
直後、地鳴りが響き、足元が大きく揺れた。
地震か。まずいな。
隧道を抜けられたとしても、その先は急な下り坂だ。あんな場所で地震に遭うのは避けたい。
揺れが少し収まったところで、私は急いでジャイロキャノピーを脇へ寄せて停めた。
荷台を開け、監督用ヘルメットを取り出して素早くかぶる。そして、その場で身を低くした。
何もなければいいが……。
次の瞬間、前方と後方で轟音が響いた。
天井が崩れたのだ。
土砂と煉瓦片が降り注ぐ。
とっさに身をかばったものの、奇妙な感覚を覚えた直後、私は意識を失った。




