第41話 治癒師アリア
港の宿で一晩休んだ翌朝、俺たちは治癒院へ向かった。廊下は、患者でいっぱいだった。
長椅子に座る人。布を巻いた腕を抱える人。母親の膝で、焼けた腕を冷たい布で冷やしてもらっている小さな女の子。
その間を、白い上衣の女の人が歩いていた。金髪は一本の三つ編みにして、背中へ垂らしている。目の下に、薄いくまがあった。
リシアが、その人の前で足を止めた。
「王立魔術院のリシアです。治癒の魔石の調査に来ました」
その人が、俺たちのほうを向いた。
「アリアです。魔石のことでしたら、手を止めずに話してもいいですか? 待っている人が、まだ多くて……」
アリアは、一人の荷役の傷の前に膝をついた。手には、淡い緑の治癒の魔石が一つ。縁の刻印に指を当てると、石がぽっと光った。
「光った。これも大丈夫なはず……」
リシアが、アリアの手もとをのぞきこんだ。
「魔石の光で、確認しているのですか?」
「はい。私の魔力を魔石に当てて、魔石が光れば、普段は大丈夫なんですが……それでも治癒の魔法が発現しなんです」
リシアが袖の中から紙を出し、一行を指で示した。
「魔石の数を数えましたが、院の出荷の控えと一致していました」
アリアは紙の一行を見つめて、唇を結んだ。
そして、治癒の魔石を傷に当て詠唱を始める。魔石の光は、傷の上で消え、傷は塞がらなかった。
荷役の青年が、顔をしかめる。
「まだ、痛いです……」
「どうして」
アリアの声が、かすれた。
俺は、その石をインスペクトで見た。
青白い光は、傷へ向かっていなかった。魔石の中で大きくUターンして、中心部へ戻っていく。宛先が途中で書き換えられて、荷物が届かないまま戻ってくるような動きだった。
「この魔石の魔力の流れが傷まで届いていないです」
「魔石は光ったのに?」
「俺には魔法のことは分かりませんが、魔力の流れが中心部に戻っています」
「魔法のことは分からない?」
アリアが不思議そうに顔をしかめる。リシアがインスペクトについて説明するが、アリアは納得していないようだ。
同じように光るが、傷へ当てても何も起きない魔石が、ひとつ、またひとつと見つかった。
俺は、箱の中の石を一つずつ見ていったが、どれも同じく魔力の流れが中心部に戻っていく。
リシアが、院から持ってきた正しい治癒の魔石を一つ、箱の横に置いた。傷へ向かう流れが、まっすぐ伸びている。
「その石も、使えるのは十数回です」とリシアが言う。
「治癒の魔石は、傷へ魔力を送るたびに中の魔力が減ります。使い切ると魔力がなくなりただの石になります」
しばらく見ていると、両目の奥に鈍い痛みが走り、目が急に重くなったように感じた。
どうやら、インスペクトで長時間見ていると痛みが出るらしい。
そのあいだに、ネネがレンズを使って魔石を調整している。調整した魔石は緑の光が灯り、傷へ向かって魔力が流れた。
「ネネの石は、大丈夫です」
俺がそう言うと、ネネが肩の力を抜いた。
アリアが、ネネの手もとのレンズをのぞきこんだ。
「ネネさん、魔石の調整は、どうやってするんですか?」
「魔力の流れが、途中で切れている所を繋ぐと、魔石の力が傷まで届くようになります」
アリアは、へえと感心した。受け入れの検査にも使えるかもしれないと思っているようだった。
アリアは、ネネが調整した魔石を荷役の傷に当て、再び詠唱する。
「慈悲深き女神よ。迷える子らの傷を包み給え。御手の温もりをここに――聖癒」
緑の光が、傷へ広がっていく。裂けた皮膚の縁が、ゆっくり寄った。息を止めて見ていた荷役の青年が、長く息を吐く。
「……痛みが、引いていきます」
「まだ動かさないで。中が塞がるまで、半日はかかります。よかった……」
アリアが、傷の上に清潔な布を巻いた。その声が、ようやく落ち着いていた。
「ネネ。とにかく今は魔石の調整を急いで。他の人は治癒院の方の手伝いを!」
リシアが立ち上がり、シーサーズに指示を出す。
「ナオトさんは、ネネと一緒に魔石を検査をして下さい。異常があればすぐに教えてください」
「はい」
俺とネネは返事をして、魔石が入っている箱を持って奥の部屋へ急いだ。




