永遠の魂を
自分のことを見下しているだろうと、アリーニナ嬢から言われた辺境公閣下は、目を見開いて否定の言葉を口にした。
「そんなことは」
「ありますわ」
にっこり笑って断言するアリーニナ嬢に、辺境公閣下が言葉をなくす。
「わたくしのことを下に見ているから、言い分を聞かずにただ、危険なことはするなと止めるのです。わたくしを、自分の力量もなにが危険かもわからない、弱者で愚者だと思っていらっしゃる」
そこまで言ってアリーニナ嬢は、ふふっと笑い声を上げた。
「まあそこのところはわたくしも、ヴォルフさまのことを、オッペケぺーのわからんちんだと思って、なにも相談しませんでしたから、お互いさまですわね」
「「おっぺけぺー?」」
聞き馴染みのない言葉に首を傾げたのは、わたくしも辺境公閣下も一緒だった。
「パッパラパーのうすらとんかちでも良いですわ」
「「ぱっぱらぱー」」
やっぱり意味はわからないけれど、文脈的に褒め言葉ではないだろう。
「お嬢さま」
「ヤナ!?ダンテはどうしたの?」
「問題がなさそうなので弟子に任せて来ました。さすが、高魔力の血筋だと違いますね」
いつの間に来ていたのか、いつもアリーニナ嬢と一緒にいる女性が、アリーニナ嬢に答えてから苦言を呈す。
「それより、あまり変な言葉を使わないようにと、いつも言っているでしょう」
「スラムのスラングを言うよりマシでしょう」
「誰ですかお嬢さまにスラムのスラングなんて教えたのは」
「おっとぉ……そ、そんなことより!早く柵を作りましょう?犠牲者が出ては大変だもの」
「あとで改めて訊きますからね。それにしても、立派に育ったものですね」
女性、ヤナが感心したように言って、アリーニナ嬢のいる群生へと近付く。
「この成長速度。食用にならないのが惜しいですね」
「役用としてこの上なく役立つのだから、十分よ。二兎を追うのは欲張りと言うもの」
「いつだって三兎も四兎も追って全部捕まえていらっしゃる方が、なに普通の人間みたいなことを言っているのですか。と言うか、すでにこの植物で三兎ほど捕まえていらっしゃいますよね」
ヤナに問い掛けられて、アリーニナ嬢は首を振った。
「今のところ、検証出来たのはふたつだけよ。魔力のみを与えた状態で、魔法を込めて投げ付けると、飛んだ場所にいる魔物を食べてくれること。成長の栄養と魔力が足りなければ、近くの魔物を捕食してくれること。結実のための誘引と捕食、それからその後の土地の魔力汚染度合いについては、これから検証しないと」
「二兎三兎どころか五兎も追っているじゃないですか」
「検証のために安全対策は不可欠だから、しっかり柵を張ってね」
アリーニナ嬢とヤナが言葉を交わしているあいだにも、どこからかやって来た人間たちは手際よく土木工事を進めている。ついさっき魔物の群れに襲われた場所で、魔物を喰らう植物の群生のそばで、恐ろしくないのだろうか。
「成功すればここは森になりますね」
「厳密には草だけれどね、このこたち、ん?」
アリーニナ嬢がふと言葉を止め考え込む。しばし黙ったあとで、おもむろに話し出した。
「ねぇヤナ」
「どうしました?」
「このこ、草本だから建材には向かないでしょうけれど」
「そうですね。リグニンがないので強度的に厳しいでしょう」
「繊維が取れるなら、紙や布の材料には出来るかもしれないわね?繊維を取った残りも、集めて固めて乾かしたら、薪代わりの燃料に使えそうよね?食用にならないだけで、毒性はないものね?」
アリーニナ嬢の言葉に、ヤナが頷く。
「魔物かってくらい動きますし、種を作るまでは草本全体に魔力を持ちますが、種を作るときにすべての魔力を種へと回すので、枯死した部分は無害です」
「そうよね。種の周りの果皮ですら魔力はなくて……果皮を搾ったら油が取れそうね?花の臙脂は、染色に使えるのではないかしら」
「追う兎が秒で十羽まで増えましたね」
「べつに全部捕まえられなくて良いのよ。元々捕まえようとしていた分に、二、三羽おまけが付いたら、得よねって話で」
アリーニナ嬢が懐から帳面を取り出して書き付ける。
「元々、種を作ったあとの枯死した草本部分については、要検討事項だったのよ。残しておけば次世代の養分にはなるけれど、どうせならお腹を空かせて、より多くの魔物を捕食して欲しいでしょう?」
「相変わらず、強欲ですねお嬢さま」
「最も強欲な生き物が、最も繁栄するのよ」
楽しそうに言って、アリーニナ嬢は腰掛けた蔓をなでた。
「あなたたちも災難ね。強欲な娘に見つかったばかりに、良いように使われて。でも、もとの土地よりはたっくさん魔物が食べられるわ。それに、役立つ分は愛情をあげる。だから、許してね」
甘えるように腕に絡んだ蔦に口付けをひとつ落として、アリーニナ嬢はその化け物のような植物から離れる。
「さすが、良い柵ね。広さも、きっとそのくらいは拡がるでしょうね。そこで食い止めて、その先にもう一重柵を、そうね、それで良いわ」
あっという間に出来上がって行く柵を見て、アリーニナ嬢が微笑む。地面を歩く姿に不自然なところはない。
「立ち入り禁止を通達しないといけないわね。なにか、名前があった方がわかりやすいわ」
「大喰らいの森とでも名付けますか?」
「それでは風情がない気がするわ。なにかもっとこう、魔王らしくおどろおどろしい感じ、そうね、誘魔の森、なんてどうかしら?」
それのどこに風情があるのだろうか。
「それのどこに風情があるのかはわかりませんが、近付きたくない感じの名前ですごく良いと思います」
「ありがとう、ヤナ。それでは外側の柵に看板を、もう出来たの、早いわね」
指示が出る前に完成していた看板に、アリーニナ嬢がぱちくりと目をまたたかせる。
「ありがとう、助かるわ」
それでも微笑んで礼を言うアリーニナ嬢に、人間たちが嬉しそうに破顔する。敬愛しているのだろう。アリーニナ嬢を。
「柵も、この辺りに出る魔物相手ならこれで良いでしょう。サーヴァ、いつも通り通達を」
「かしこまりました、お嬢さま」
出来上がったのは、アリーニナ嬢の膝上程度の低い柵と、その外側に転々と立てられた大きな看板。それから、柵の内側に張り巡らされた、こちらは辺境公の頭上程の高さのまばらな柵だ。化け物の群生から五間ほど離れて内側の柵が、そこからさらに五間ほど離れて外側の柵があった。アリーニナ嬢がいるのは内側の柵の中、わたくしと辺境公は、外側の柵の中だ。
「イリーナ、経過観察の指揮をお願いね。森の中に仮設小屋を立てれば、そこまで危険はないはずだから」
「承りました、お嬢さま」
人間たちに指示を出し、アリーニナ嬢はにっこりと激励を口にする。
「ありがとう。よろしくね。あなたたちも、頑張って」
最後に化け物の軍勢に声を掛け、手まで振ってから、アリーニナ嬢が内側の柵の外へと出て来る。
こちらは一切振り向かず、ヤナと歩きながら会話している。
「ルッカの魔力に誘われて、予想以上の大群で襲って来てくれたお陰で、良いデータが取れたわ。使い方次第では、護身グッズになると思うの。ただ、現状問題があるとしたら」
「そこまで精密な魔法は、お嬢さまにしか使えないと言うところでしょうね。それに、場所を選びます。下手なところで打ち出せば、魔族や竜も道連れです」
「そうよね。射出に関しては、案がないわけではないの。ただ、改良と、持ち手の訓練がいるわ。もう少し、実験も続けないと。あとは、魔物と、魔族や竜との見分けよね。魔族は、たぶん方法があるのだけれど、確証がないから実証してみないといけないわ。問題は竜なのよ。騎竜はともかく野生の竜を、どうやって見分けさせるか……」
数拍考え込んだのち、うん、と頷いたアリーニナ嬢がヤナを見る。
「やっぱり実際に見てみるのがいちばんね。少なくともわたくしの自衛手段は得られたから、野生竜の生息地に行ってみましょう。いつから行けるかしら?ロクナ村に一週間は滞在するから、来週?」
「来週は駄目ですね。行くとなったら半月は空けるでしょう。ロクナ村ならともかく、竜の生息地では情報伝達に時間を取られます。出立前に不在中の指示を出しておいて下さい。指示をもとに供の選定もしますから、早くても再来週です」
「もう少し早くならない?」
「駄目です。譲りません」
「そう。わかったわ。そのあいだに、仮説と検証内容を組み立てておけば良いのよね」
野生竜の生息地は、簡単に行ける場所ではない。
ここからいちばん近い生息地は黒の森の中だし、そうでなくとも高い山や、深い森などの、人里離れた場所ばかりだ。当然危険だし、魔物も危険な野生動物もいる。
「みんなの観測結果も助かるけれど、やっぱり自分の目で見るのがいちばんね。百聞は一見にしかず。文献だけ、報告書だけでは、気付かないことがたくさんあるわ」
「お嬢さまの場合はそうでしょうね。発想が独特過ぎますから」
「褒め言葉と受け取っておくわ。でも、わたくしだけでは見落とすこともあるし、知識も武力も足りないし、みんながついて来てくれて、本当に感謝しているのよ」
こんなに遠くまでと、アリーニナ嬢が呟く。
そうだ、彼女は親も兄弟もいない、遠い国に嫁いで来ていて。
それは、アリーニナ嬢に先んじてやって来たと言う人間たちも、アリーニナ嬢の共としてやって来た人間たちも、同じこと。
彼らは奴隷でも罪人でもなく、自ら志願して、アリーニナ嬢について来たと聞く。
そして今では魔族でも、アリーニナ嬢に心酔し、彼女の手足となって動くことを望む者が出ている。竜すら、彼女の味方となっていた。
辺境公閣下ではなく、アリーニナ嬢を、優先する者ですら、おそらくすでに、いるのだろう。
でなければ隠し通せないはずだ。魔力過給体質も、脚に寄生させた植物も。
覚悟が違う。才覚も違う。度量も違う。
だから、みな、この見た目には美しく頼りないばかりの少女の背に、希望を見るのだ。
もうひとりの魔王の如き圧倒的武力で魔物を倒す辺境公閣下ではなく、この、魔物はおろか魔族の子供にすら、簡単に負けてしまいそうな少女に。
ルーフィ・アリーニナは、エーデルシュバルツのために、天から遣わされた贈り物。
そう、言ったのは、誰だったか。
わたくしで敵うはずがない。だって。
呆然と立ちすくむ、背の高い人影へ目を向ける。
野生竜の生息地なんてと、止めたくて仕方ないのだろう。けれど、さきの言葉が刺さって、止められずにいる。
この、北の魔王とまで言われる王弟殿下、ヴォルフガング・アマデウス・エーデルシュバルツ辺境公閣下ですら、ルーフィ・アリーニナには、敵わないのだ。
辺境公閣下に対する愛でなら、敵うかもしれない。辺境公閣下より民や使命を優先するアリーニナ嬢が、辺境公閣下を放っておいている間に、わたくしが辺境公閣下の心を射止められるかもしれない。
けれどそれでは意味がない。だってわたくしには覚悟がない。才もない。たとえ辺境公閣下がアリーニナ嬢よりもわたくしを愛してくれたとしても、エーデルシュバルツ辺境公領の民は、決してわたくしを認めてはくれない。
だって辺境公領を救えるのは、救うのは、ルーフィ・アリーニナだからだ。
ぐっと拳を握り、唇を噛み締めて前を向く。
わたくしは誰だ。エルネスティーネ・テレジア・フォン・フィッツ。フィッツ侯爵が直系長子だ。
今まで散々、蔑ろにして来てしまったけれど。
エーデルシュバルツ王国の貴族としての矜持で、他国の年下の女の子に、負けるわけには行かない。
ルーフィ・アリーニナは、エーデルシュバルツ王国にとって、失ってはならない方だ。
「お待ちになって、ルーフィさま!」
出した声は少し震えてしまったけれど、アリーニナ嬢、いえ、ルーフィさまに届いたらしい。
「なにかご用事ですか?フィッツ侯爵令嬢さま」
足を止め、振り返ったルーフィさまに、意を決して歩み寄る。
「お話中に割り込んで申し訳ありませんわ。わたくし、家に帰ろうと思いますので、そのご挨拶をと思いまして」
アリーニナ嬢は目を見開いたあとで、少し、気遣うような顔をした。
「申し訳ありません、わたくしについて来たせいで、恐ろしい思いをさせてしまって」
ああ、魔物が恐ろしいものと言う認識は、この少女にもあったのか。
「それは、大丈夫ですわ。そもそもわたくしの短慮が原因ですし、あなたさまが、守って下さったもの。そうではなくて」
戻って、婿探しを始めなければならないのだ。
「エーデルシュバルツ辺境公領に移住しても構わないと、言ってくれる夫を探さなければ」
「えっ……?」
今度こそ、ルーフィさまの顔が驚きで固定された。驚いた顔も愛らしいなんて、憎たらしい方。
「いずれ生まれるお子のために、乳母が必要でしょう?」
「それは、そう、ですけれど、ですが、」
さすがに王子妃候補にすらなった令嬢だけあって、妻の役目は理解も納得もしているらしい。
それでも困惑を見せるのは、わたくしの魔力耐性が低いと理解しているから。
まるきり遺伝するわけではないが、子供の魔力耐性は親に似ることが多い。そして、同じ魔力耐性でも、身体の小さいうちはより魔力に弱くなる。
エーデルシュバルツ王国内で、最も子育てに向かない場所が、ここ、エーデルシュバルツ辺境公領だ。
「あなたが、変えて下さるのでしょう?」
けれどそれは、今だけの話。
この少女が必ず、ここを子供が暮らせる土地に変えてくれる。
「子供が暮らせる土地になれば、わたくしも移り住んで問題ございませんわ。ですから、次は夫と共に、移住するために参ります。乳母でも家庭教師でも、出来ることはございますもの」
「でも、あなたは」
「フィッツ侯爵家が後ろ盾になれば、あなたにとやかく言える者も減るでしょう。これでも、歴史だけはある家ですから」
ぱちくりと目をまたたいたルーフィ嬢に、笑みを浮かべて見せる。
「なにを驚いていらっしゃるの?わたくしそもそも、この国に知り合いを持たないあなたの、友人候補としてここに参りましたのよ?」
「そ、れは、そう、ですけれど」
まあ戸惑うのも無理はない。彼女はわたくしたちの魂胆なんて、重々承知していたのだろうから。
「今のエーデルシュバルツ辺境公領は、わたくしにはまだ住み辛い土地です。ですからもう帰ります。お手紙を送りますから、交流して下さいまし。そして、ここの魔力汚染が改善されたら、また参ります。その頃には、ここに来る貴族も増えているでしょうから、エーデルシュバルツ流のおもてなしの方法を、あなたに教えて差し上げますわ」
「再訪を、楽しみにしておりますわ、エルネスティーネさま」
「エルと。呼び捨てで構いませんわ。お友達ですもの」
わたくしの笑みに返された笑みは美しく愛らしく、苦労を知らないお人形のようで。
「では、わたくしのことも呼び捨てで。よろしくお願いしますわ、エル」
けれど、わたくしの手を握ったその手は、火傷跡やタコのある、固く使い込まれた手で。
「っ」
「えっ?エル?」
わたくしはこの子の、なにを見ていたのだろう。
思わず抱き締めた身体も、華奢だが筋肉で筋張っている。
じわりと浮かんだ涙が、こぼれないように目を強く閉じた。
「困ったときは、わたくしに頼って下さいまし。ルーフィ。これまでの無礼の謝罪と、我が国への献身へのお礼で、いくらでも、力になりますわ」
「ええと、ありがとう、ございます?」
「お友達、と言いましたが、わたくしの方が少し年上ですもの」
どうにか涙を押し込めてから身を離し、ルーフィの顔を覗き込んだ。
「姉と思って頼って下さいまし」
「おねえさま」
ぱちりと目をまたたいたルーフィが、ふにゃ、と微笑む。
「わたくし、兄はいても姉はおりませんでしたから、少し憧れておりました。その、エルお姉さまと、呼んでも良いですか?」
ああそうだ。この子はあっと言う間に、大勢の魔族の心を掌握した子だった。
それこそ、不落と思われていた、辺境公閣下の心すらだ。
思うも、もう、遅かった。
「もちろんですわ。よろしければ今度、フィッツ侯爵領にも遊びに来て下さいまし。古くからの街並みが残る、とても美しい領地ですから」
瞬間沸き立った庇護欲と愛情に、なるほどこうしてみな落ちたのかと、心の片隅で冷静に思う。
魔族は人間より身長が高い傾向があるし、顔立ちも彫りが深くいかつい。そんな魔族から見て、人間のルーフィは、実年齢以上に幼くあどけなく見えるのだ。当然、庇護欲を掻き立てられるし、小さな子供を見るように、なにをしても可愛く見える。
いままでそれに気付かなかったのは、恋敵であると言う色眼鏡を掛けていたから。
その色眼鏡を外せば、ルーフィはこんなにも可愛い。溺愛して庇護下に置きたがる、辺境公閣下の気持ちもよくわかる。
こんなに可愛くて、顔に似合わずお転婆な婚約者を持って、辺境公閣下も大変なこと。
つい、辺境公閣下に同情まで覚える始末だ。
「……ねえ、ルーフィ?」
「はい、エルお姉さま」
「わたくしたち魔族はきっと、ルーフィが危険なことをするのに、良い顔をしないわ。それは、あなたからは過保護や過干渉に感じるでしょう。自分を見下されているようにも、感じるかもしれないわ」
「そうですね」
ルーフィは冷静に頷く。いくら、見た目に幼く見えたとしても、彼女の内面は、外見のように幼くはないのだ。
「そうよね。今までも、悔しく思うことはあったでしょうし、これからも、たくさんあるでしょう。けれどどうか、勘違いしないで欲しいの。わたくしたちは、あなたを馬鹿にしているわけでもないし、あなたの能力を疑っているわけでもなくて、ただね」
華奢な両肩に手を置いて、あどけない顔を覗き込む。
「魔族から見るとあなたは、年齢以上に幼く見えるの。ほら、魔族って、背が高いし、顔も厳ついでしょう?それと比べると、ね?」
「……ええと」
肯定もしにくかったのか、ルーフィが困ったように首を傾げる。
「だから、あなたが優秀で自立した淑女とわかっていてもつい、子供のお使いを見るような気持ちになってしまって、心配を口にも行動にも出してしまうの。決して、悪気はないのよ。ただ、どうしても、あなたの見た目が庇護欲をそそってしまうの。可愛いものが好きで、守りたくなってしまうのよ、魔族って」
「そう、なのですか?」
「そうなの。だから、その、あなたの怒りはもっともなのだけれど」
ちらりと、未だ立ち尽くしている辺境公閣下を見る。
「あまり、怒らないで差し上げて。あなたの邪魔をしたかったわけではないのよ、閣下も」
「…………善処します」
「ありがとう。では、わたくしは戻って、荷造りをしますわ。明日には発とうと思います」
身体を離して、ルーフィの頭をなでる。豊かな金の巻き毛は、絹のように指通りが良かった。
「どうかお元気で、閣下と仲良く」
「よろしいのですか、あなたは、それで」
大人びた顔で問われて、目を見開く。
愛していた。いえ、今だって、愛している。
それでも、わたくしは、エルネスティーネ・テレジア・フォン・フィッツなのだ。
「ほんとうは、もっと前に、決別していなければいけない恋心でしたの。せめて砕いてくれたのが、あなたで良かったわ、ルーフィ」
手を伸ばし、もういちどルーフィを抱き寄せて、耳元に囁く。
「どうかわたくしたちの分まで、あの方を愛して差し上げて。この国でいちばん、幸せにならなくてはいけないお方なの」
「わたしは」
「あなたにしか出来ないの。わかって」
だってどれだけ焦がれても、あのひとが選んだのはこの子だ。
今ならわかる。わたくしたちのなにが駄目で、この子のなにが良かったのか。
身を挺して、国を守る、彼を、守れるのが、ルーフィだったのだ。
「……出来るだけのことはします」
「ありがとう」
今度こそ離れて、別れを告げる。ロクナ村に残る彼女と、出立までにまた会える時間はないから。
「それでは、また会いましょうね、ルーフィ。無事に着いたら手紙を送りますわ」
そうして背を向けて、歩き出す。ルーフィの指示を受けたか、女性騎士がふたり、わたくしの半歩後ろに付く。
わたくしは振り向かなかったし、ルーフィがわたくしを追い越すこともなかった。
頬が冷たくて、顔に手をやって、自分が泣いていることに気付いた。
ずっと好きだった。諦められなかった。今だって好きだ。
でも、前を向く。歩き出す。あんなに小さな、他国から来た子供が、命懸けで国を守ろうと、救おうとしてくれている。それなのに、この国の貴族であるわたくしが、腑抜けたことを言ってはいられないから。
胸はまだ痛い。辺境公閣下以上の相手は、きっと見付けられない。それでも。
母に、父に、頭を下げて、許しを乞おう。
エーデルシュバルツ辺境公領を利する相手と結婚し、エーデルシュバルツ辺境公領に移り住む許しを。
それがこの、抱き続けた恋心を昇華させる、唯一の方法だから。
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エーデルシュバルツ辺境公夫妻を支えるために、共に移住し貢献してくれる夫を。
そんな気持ちで縁談を探すわたくしに、兄上大好きな王弟殿下が目を付け、共に兄上を支えようと、求婚して来て結ばれるのは、それからしばらく後のお話。
拙いお話を最後までお読み頂きありがとうございました
横恋慕の撃退と見せかけて
ヒロインがライバルを攻略するお話でした
ルーフィさん推しの作者の作品につき
悪しからずお許し下さいませ
少しでも楽しんで頂けたなら幸いです




