表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
詠唱破棄?いいえ、即興(フリースタイル)です。  〜定型文しか唱えられない魔術師たちを、現代最強ラッパーがリリックでボコボコにする〜  作者: てん
第一章 重低音の衝撃(ベース・ドロップ)    ―静寂の学院に響く反逆のリリック―

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

20/20

第20話 『VS 偽りの救世主(DJ)』



 人影を追った。


 ハヤが「ビートの残滓を辿れる」と言い、五人で屋上を起点に足跡を追った。魔道具が発した音波の痕跡が、街の石畳に微かな振動として残っていた。


 路地を三本。橋を一つ。


 辿り着いたのは、ハルモニアの南端にある古い劇場だった。


 廃劇場だった。舞台の板が朽ちかけて、客席の椅子が埃を被っている。しかし中央の舞台に、場違いなほど現代的な設備が置かれていた。


 魔力変換型の音響機材。この世界の技術ではない設計。


 その機材の前に、人が立っていた。


 男だった。


 年齢はレンと同じくらい。黒いパーカー。大きなヘッドフォンを首にかけている。その格好が、この世界に全く馴染んでいなかった。


 男はレンたちが入ってきても、振り向かなかった。


 機材の操作を続けながら言った。


「遅かったな。もう少しかかると思ってた」


 日本語だった。


──────────────────────────────


 男は鈴木 すずき・さとしと名乗った。


 二十五歳。プロのDJだった。二年前にこの世界に来た。


「二年前から、ここにいたのか」


 レンが言った。


「いた。最初の一年は生き延びるだけで精一杯だった。でも気づいた。俺のビートが、この世界で武器になる」


「それをハルモニアで使った」


「街の音楽に術式を乗せるのは、テストだった。お前がどれくらいの速さで対処するか確認したかった」


「テスト」


「俺はお前に会いたかった。転移者の中で、俺と同じ『音』を使ってる奴がいると聞いて」


 レンは男を見た。


「帝国と繋がってるか?」


「繋がってない」


「帝国から接触はあったか?」


「あった。断った」


「なぜ断った?」


「帝国は音楽を管理したい。俺は音楽を管理したくない。方向が逆だ」


 論理は通っていた。


 しかし。


「それで、なぜ洗脳術式を使った。街の人間を傷つけた可能性がある」


 男は初めて、レンの方を向いた。


「傷つけていない。あの術式は怒りを増幅するが、実害が出るほど稼働させるつもりはなかった。お前が来れば止まると計算していた」


「計算」


「お前なら止められると知っていた。止めるかどうかは、お前次第だった」


 レンは少し考えた。


「……お前、俺のことを試したのか」


「そうだ」


「なぜそんな方法を取る」


「信用できるか確かめたかった。言葉だけで判断できない。行動を見るしかない」


 アリアが横から言った。


「方法が間違っている。街の人間を巻き込む権利はあなたにはない」


「分かってる」


「分かっていてやった?」


「リスクを最小にした上でやった。それが許されるかどうかは、俺には判断できない」


 アリアが黙った。


 反論できた。でもしなかった。


 男の目が、開き直っていなかったからだ。本当に分かっていて、それでも選んだ目だった。


──────────────────────────────


 男が機材の電源を入れた。


「話すより、バトルした方が早い。お前が本物かどうか、音で確かめたい」


 レンは少し間を置いた。


「MCバトルか」


「俺のビートと、お前のライム。どちらが強いか」


「俺が負けたら?」


「一緒に動いてもらう。俺の計画に」


「俺が勝ったら?」


「お前の言うことを聞く」


 レンは周囲を見た。


 廃劇場の客席に、ミア、アリア、エレナ、ハヤが立っていた。


 全員、何も言わなかった。


 レンは正面に向き直った。


「分かった。やる」


──────────────────────────────


 聡のビートが始まった。


 重かった。


 EDMの構造を魔力で組み直した、圧縮された重低音。一打一打が、廃劇場の壁を揺らした。埃が落ちた。朽ちた板が震えた。


 純粋な「音圧」の暴力だった。


 技術は本物だ。感情も、ある。でも向きが違う。


 この音は「押しつぶす」方向に向いている。


 相手を、沈黙させる音楽だ。


 レンはそのビートを、全身で受け取った。


 跳ね返さない。受け取る。


 それから、乗る。


──────────────────────────────


「お前のビート 本物だ

技術は認める 感情もある

でもな 向きが逆だ

押しつぶすために 音を使ってる


俺が聞きたいのは それだけじゃない

お前が二年間 生き延びてきた時間

その孤独と恐怖 絶望と希望

それをライムにしろ そっちが本物だ


俺も知ってる 一人でいた夜を

言葉しかなかった 頼れるものが

それでも吐き出した それが俺だ

お前にも あるはずだ その声が」


──────────────────────────────


 聡のビートが、止まった。


 一拍、完全な沈黙があった。


 それから。


 変わった。


 聡が、もう一度ビートを作り始めた。今度は違った。圧力がない。代わりに、何か別のものがある。


 荒い。技術的には先ほどより粗い。


 でも。


 レンには、分かった。


(これが本物だ)


 二年間、一人で異世界を生き延びた人間の音だ。恐怖があった。孤独があった。それが全部、ビートに滲んでいた。


 レンはその上に乗った。


「そうだ それが本物だ

お前の二年間 俺は知らない

でも今聴こえた その音に

嘘はない


一人で来た 一人で戦った

それだけで充分すぎるくらいだ

もう一人じゃない 今日から

それだけ 言っておく」


──────────────────────────────


 ビートが止まった。


 廃劇場が静かになった。


 聡は機材から手を離した。


 長い沈黙。


「……負けた」


 低い声で言った。


「判定は?」とレンは聞いた。


「技術じゃない。お前のライムが俺のビートの中心を突いた。俺が隠してたものを、言葉にされた。それが勝ち負けだ」


「分かった。じゃあ一つ聞く」


「なんだ」


「お前の計画、教えてくれ。一緒に動くかどうかは聞いてから判断する」


 聡は少し考えた。


「マエストロ、知ってるか」


 レンの目が変わった。


「帝国の黒幕か」


「それだけじゃない。マエストロは転移者だ。俺より前に来た、この世界で最初の転移者だ」


 廃劇場に、重い沈黙が落ちた。


「……マエストロが転移者」


「音楽で世界を支配しようとしている。帝国はその道具に過ぎない。本当の目的は、この世界の音楽を全部、マエストロ一人の音楽に統一することだ」


 レンは、手帳を取り出した。


「続きを話してくれ」


 聡は頷いた。


 廃劇場の舞台で、二人の転移者が向き合った。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

                       つづく

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━




【あとがき】


 20話まで読んでくださり、ありがとうございます。

 第二部、第一区切りです。


 鈴木聡というキャラクター。

 最初から敵として書くつもりはありませんでした。

 方法が間違っていた男。でも目的が間違っていなかった男。

 そういう人間をレンがどう扱うか、書いてみたかった。


 「お前の二年間、俺は知らない。でも今聴こえた」

 このバース、今話で一番書きたかった部分です。

 バトルは技術の競争じゃない。

 相手の本音を言葉にした方が勝つ。

 それがレンのラップの核心です。


 マエストロが転移者だという事実。

 これが第二部の最大の伏線です。

 この世界の音楽を一つに統一しようとする者と、

 一人一人が自分の声を持つべきだと信じる者。

 その対決が、第三部の骨格になります。


 21話以降もよろしくお願いします。


                       作者より


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ