第20話 『VS 偽りの救世主(DJ)』
人影を追った。
ハヤが「ビートの残滓を辿れる」と言い、五人で屋上を起点に足跡を追った。魔道具が発した音波の痕跡が、街の石畳に微かな振動として残っていた。
路地を三本。橋を一つ。
辿り着いたのは、ハルモニアの南端にある古い劇場だった。
廃劇場だった。舞台の板が朽ちかけて、客席の椅子が埃を被っている。しかし中央の舞台に、場違いなほど現代的な設備が置かれていた。
魔力変換型の音響機材。この世界の技術ではない設計。
その機材の前に、人が立っていた。
男だった。
年齢はレンと同じくらい。黒いパーカー。大きなヘッドフォンを首にかけている。その格好が、この世界に全く馴染んでいなかった。
男はレンたちが入ってきても、振り向かなかった。
機材の操作を続けながら言った。
「遅かったな。もう少しかかると思ってた」
日本語だった。
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男は鈴木 聡と名乗った。
二十五歳。プロのDJだった。二年前にこの世界に来た。
「二年前から、ここにいたのか」
レンが言った。
「いた。最初の一年は生き延びるだけで精一杯だった。でも気づいた。俺のビートが、この世界で武器になる」
「それをハルモニアで使った」
「街の音楽に術式を乗せるのは、テストだった。お前がどれくらいの速さで対処するか確認したかった」
「テスト」
「俺はお前に会いたかった。転移者の中で、俺と同じ『音』を使ってる奴がいると聞いて」
レンは男を見た。
「帝国と繋がってるか?」
「繋がってない」
「帝国から接触はあったか?」
「あった。断った」
「なぜ断った?」
「帝国は音楽を管理したい。俺は音楽を管理したくない。方向が逆だ」
論理は通っていた。
しかし。
「それで、なぜ洗脳術式を使った。街の人間を傷つけた可能性がある」
男は初めて、レンの方を向いた。
「傷つけていない。あの術式は怒りを増幅するが、実害が出るほど稼働させるつもりはなかった。お前が来れば止まると計算していた」
「計算」
「お前なら止められると知っていた。止めるかどうかは、お前次第だった」
レンは少し考えた。
「……お前、俺のことを試したのか」
「そうだ」
「なぜそんな方法を取る」
「信用できるか確かめたかった。言葉だけで判断できない。行動を見るしかない」
アリアが横から言った。
「方法が間違っている。街の人間を巻き込む権利はあなたにはない」
「分かってる」
「分かっていてやった?」
「リスクを最小にした上でやった。それが許されるかどうかは、俺には判断できない」
アリアが黙った。
反論できた。でもしなかった。
男の目が、開き直っていなかったからだ。本当に分かっていて、それでも選んだ目だった。
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男が機材の電源を入れた。
「話すより、バトルした方が早い。お前が本物かどうか、音で確かめたい」
レンは少し間を置いた。
「MCバトルか」
「俺のビートと、お前のライム。どちらが強いか」
「俺が負けたら?」
「一緒に動いてもらう。俺の計画に」
「俺が勝ったら?」
「お前の言うことを聞く」
レンは周囲を見た。
廃劇場の客席に、ミア、アリア、エレナ、ハヤが立っていた。
全員、何も言わなかった。
レンは正面に向き直った。
「分かった。やる」
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聡のビートが始まった。
重かった。
EDMの構造を魔力で組み直した、圧縮された重低音。一打一打が、廃劇場の壁を揺らした。埃が落ちた。朽ちた板が震えた。
純粋な「音圧」の暴力だった。
技術は本物だ。感情も、ある。でも向きが違う。
この音は「押しつぶす」方向に向いている。
相手を、沈黙させる音楽だ。
レンはそのビートを、全身で受け取った。
跳ね返さない。受け取る。
それから、乗る。
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「お前のビート 本物だ
技術は認める 感情もある
でもな 向きが逆だ
押しつぶすために 音を使ってる
俺が聞きたいのは それだけじゃない
お前が二年間 生き延びてきた時間
その孤独と恐怖 絶望と希望
それをライムにしろ そっちが本物だ
俺も知ってる 一人でいた夜を
言葉しかなかった 頼れるものが
それでも吐き出した それが俺だ
お前にも あるはずだ その声が」
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聡のビートが、止まった。
一拍、完全な沈黙があった。
それから。
変わった。
聡が、もう一度ビートを作り始めた。今度は違った。圧力がない。代わりに、何か別のものがある。
荒い。技術的には先ほどより粗い。
でも。
レンには、分かった。
(これが本物だ)
二年間、一人で異世界を生き延びた人間の音だ。恐怖があった。孤独があった。それが全部、ビートに滲んでいた。
レンはその上に乗った。
「そうだ それが本物だ
お前の二年間 俺は知らない
でも今聴こえた その音に
嘘はない
一人で来た 一人で戦った
それだけで充分すぎるくらいだ
もう一人じゃない 今日から
それだけ 言っておく」
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ビートが止まった。
廃劇場が静かになった。
聡は機材から手を離した。
長い沈黙。
「……負けた」
低い声で言った。
「判定は?」とレンは聞いた。
「技術じゃない。お前のライムが俺のビートの中心を突いた。俺が隠してたものを、言葉にされた。それが勝ち負けだ」
「分かった。じゃあ一つ聞く」
「なんだ」
「お前の計画、教えてくれ。一緒に動くかどうかは聞いてから判断する」
聡は少し考えた。
「マエストロ、知ってるか」
レンの目が変わった。
「帝国の黒幕か」
「それだけじゃない。マエストロは転移者だ。俺より前に来た、この世界で最初の転移者だ」
廃劇場に、重い沈黙が落ちた。
「……マエストロが転移者」
「音楽で世界を支配しようとしている。帝国はその道具に過ぎない。本当の目的は、この世界の音楽を全部、マエストロ一人の音楽に統一することだ」
レンは、手帳を取り出した。
「続きを話してくれ」
聡は頷いた。
廃劇場の舞台で、二人の転移者が向き合った。
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つづく
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【あとがき】
20話まで読んでくださり、ありがとうございます。
第二部、第一区切りです。
鈴木聡というキャラクター。
最初から敵として書くつもりはありませんでした。
方法が間違っていた男。でも目的が間違っていなかった男。
そういう人間をレンがどう扱うか、書いてみたかった。
「お前の二年間、俺は知らない。でも今聴こえた」
このバース、今話で一番書きたかった部分です。
バトルは技術の競争じゃない。
相手の本音を言葉にした方が勝つ。
それがレンのラップの核心です。
マエストロが転移者だという事実。
これが第二部の最大の伏線です。
この世界の音楽を一つに統一しようとする者と、
一人一人が自分の声を持つべきだと信じる者。
その対決が、第三部の骨格になります。
21話以降もよろしくお願いします。
作者より
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