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召しあがれ

 栞は袴にしわが入らないよう、気をつけて休憩室の椅子に座った。それから自分の膝上に、広げたハンカチを置く。ケーキのかけらや紅茶をこぼしても、レンタルの袴が汚れないよう。

 仁科が運んできたケーキは、店のショートケーキをアレンジしたものだった。

 正方形にカットされた、苺のショートケーキ。ミルクたっぷりのクリームと、国産の甘い苺が重なりあっている様が、どこからでも見える。表面には艶のある苺と、フレンチパセリとも呼ばれるセルフィーユが飾られている。赤い果実と黄緑のハーブの組み合わせが、目にも美味しい一品だ。

 商品として出しているものより苺の量が多い。販売員であり製造員でもある栞には、ひと目でわかる。

 そしてカットされたケーキの横には、ハリネズミのマジパン細工が、ビスケットの上に鎮座していた。無垢な瞳でこちらを見あげてくる、薄茶色のハリネズミは、栞が飼っているハリネズミによく似ている。


「シナモン」

 栞の口から、ペットの名前がこぼれた。

「シナモン。どうしてここに?」

 目をきらきらさせながら立ちあがり、携帯電話を取り出す。

「……すまん。東山」

 カメラモードのシャッター音が響く中、仁科が謝った。

「卒業祝いのこと、俺、頭になかった」

 連続のシャッター音。

「急ごしらえでごめん」

「なに言ってるんですか。私のシナモンを、お菓子で再現してくれるなんて! 食べづらいけど、今すっごく幸せです!」

「……そうか。じゃ、ごゆっくり」

「待ってください。もう終わります」

 穏やかな光が入った、上からの角度の写真。栞は「渾身の一枚」と呼べるショットを保存すると、仁科と向かいあった。


「おめでとうって言ってもらえるだけで、十分だったのに。このマジパン、わざわざ今日用意してくれたんですよね?」

「ああ。材料は店から借りた」

 川島宛のケーキにはハリネズミのマジパンではなく、クリーム色のリボンのマジパンを足したらしい。

「店長に『彼女の卒業式なのに、なんの用意ないの?』って言われて、そこから焦って」

「……店長は、いつもぬかりがないから」

 だいたい今月はホワイトデーに、四号サイズのケーキをもらっている。それから栞は、来月の四月に、誕生日を控えている。

 連続で記念日があるので、卒業祝いまで仁科になにかをもらおうとは、栞は思っていなかった。


「でも彼女の卒業に立ち会うなんて、この先ないだろうし……。プレゼントくらい、用意しとくんだった」

「もう、十分ですってば」

 やや落胆している仁科とは対照的に、ショートケーキの苺は光っていて、マジパンのハリネズミは愛らしい。

 栞は旬のショートケーキを前に、ふと思いついた。

「ならプレゼント代わりに、私のお願い、ひとつ聞いてもらえます?」

「なんだ」

「このケーキ、一緒に食べて」

 仁科は腑に落ちないといった表情で、栞とケーキを見た。栞はフォークを使って、生クリームとスポンジをすくった。バニラの香りが近くなる。

「私、記念日のケーキは、誰かと一緒に味わいたいんです。……特に苺のショートケーキは、食べ過ぎたことがあるので、なおさら」

 栞はまだ中学生のころ、苺のショートケーキをホール丸ごと食べようとしたことがある。八等分に切り分けてから食べていたが、残りワンカットで気分が悪くなった。

 余ったカットケーキは弟に食べてもらった。ばかな真似をしたと、今でも後悔している。

 栞ははじめのひと口目を、仁科に差し出した。


「はい、あーん」

「……いや」

「誰も見てないですよ。ほら早く」

 ためらいのあと、仁科は栞のフォークからケーキを食べた。

 栞はフォークをおろし、仁科がケーキを飲み込むのを、笑顔で待った。

「仁科さん、美味しい?」

「うん。いつもどおりに」

「じゃ、私も」

 栞は桜文の振袖を汚さないよう気をつけながら、ショートケーキを口にした。苺の甘味と酸味、まろやかな生クリームの味が、口の中でほどけていく。何度食べても好きな味。

「ああ、今日、可愛いな」

 仁科が振袖の桜や、髪の花飾りを見ながら言った。

「……あ、ありがとうございます」

 栞はショートケーキを飲み込むと、喉の辺りをさすった。

「できれば、会ったときに言ってください」

「やだよ」

「急に言うから、びっくりして、むせそうになりました」

「そうか。仕事に戻る前に、飲み物を淹れてきてやるよ」

 栞は遅れてきた温かい紅茶と共に、卒業祝いのケーキを味わった。スイートピーの花束と、上手に撮れたケーキの写真を、横に置きながら。


 家に帰れば、今日は卒業祝いとして、栞の好物が食卓に並ぶだろう。

 後日に大学の謝恩会もあるので、お祝い気分はまだ続く。

 楽しい未来を思い描きながら食べる苺のショートケーキは、一段と美味しく感じられた。


 8. 苺とハリネズミ(終)

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― 新着の感想 ―
[良い点] 栞さん、卒業おめでとう! 仁科さんからほめてもらえてよかったね。いつもながら、ケーキもすごく美味しそうです。 [一言] 後輩ちゃんと何か波乱があるのかなと思ったら、なんとリア充。仁科さん、…
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