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白い花

4.5 花と青リンゴ


 六月に白い花を咲かせていたヒメリンゴの木は、八月初日の今日、青い実をつけている。

 井口遥奈(いぐちはるな)は足を止めて、街路樹のヒメリンゴを見あげた。青い果実を眺めながら、その実が熟する秋を思う。……涼しい季節が恋しい。

 遥奈はハンカチで汗をぬぐうと、ヒメリンゴが両側に並ぶ通りを歩きだした。

 目的地の花屋へと向かって。


『フラワーショップ花小箱(はなこばこ)』は冷房がよく効いていて、店に入るだけですっと汗が引く。その上に店主は夏の間、冷えた店内でお客にグリーンティーを出してくれる。甘いグリーンティーはステンレス製の保冷ピッチャーに入れられて、奥に置かれてある。


 遥奈は『花小箱』に入るなり、花に隠れているグリーンティーへと向かった。

 暑い屋外を歩いてきたので、マキシスカートの中まで蒸し暑い。汗で眼鏡がずれてきているのも、アップした髪が崩れかかっているのも気になるが、まずは冷たい飲み物にありつきたい。……大学三年生にもなって厚かましいけれど、今日は猛暑だったから。

 遥奈はガラスコップに、グリーンティーを注いだ。

「いただきます」と呟き、透明の器に口につける。

 花の香りに包まれてグリーンティーを飲めば、とても清々しい気持ちになる。


『フラワーショップ花小箱』は、国道沿いにある花屋だ。すぐ隣に墓地があるので、墓に供える花がよく売れている。

 遥奈も『フラワーショップ花小箱』で、お供えの花を買おうとしていた。遥奈は週に一度、昨年亡くなった大祖父の墓参りをしている。家族と一緒に墓参りする日もあれば、今日のようにひとりの日もある。

 遥奈はグリーンティーを飲みながら、店内を眺めた。青々とした仏花のヒサカキ。「宅配します」というメッセージが添えられたフラワーアレンジメント。ブリキのバケツに入れられた、たくさんの切り花……。切り花の中では、小ぶりな向日葵が、一番可愛いと思った。


「いらっしゃい。遥奈ちゃん」

 店の奥から、店長である矢野亮子(やのりょうこ)が出てきた。矢野は遥奈の親と同世代の女性だ。肌がつややかなので、実年齢より若く見える。

「矢野さん、こんにちは」

 遥奈は空になったコップを、レースのかかったテーブルに置いた。

「グリーンティー、先にいただいていました。いつもすみません」

「いいのよ。それにしても、まめにお墓参りして偉いわね。暑い日くらいお休みすればいいのに」

「大じいちゃんにはよく遊んでもらっていたから、お参りしたくて……。私の大学、ここから近いですし」

「そう。大学は順調? 楽しい?」

「はい」

 遥奈は向日葵を見ながら、笑顔を保った。

 幼稚園教諭免許の取得に向けて、勉強は順調なものの、六月に行った教育実習がうまくいかなかった。子供にそっぽを向かれたことを思い出すと、くじけそうになる。


 遥奈はレジ前にある、ヒサカキの束を手に取った。そしてブリキのバケツに入れられた、向日葵を見つめる。

「あの……仏花に向日葵って、変ですか?」

「うん? 明るくて人気あるわよ」

 矢野は向日葵をバケツから抜き取り、遥奈が持つヒサカキに添えた。黄色い向日葵と緑のヒサカキは、互いの色を引き立てていた。

「ね」

「いいですね。じゃあ、この向日葵も一緒にお願いします」

「ありがとう。……ああ、この向日葵、白いのもあるのよ」

 矢野はいそいそと店の奥に行き、誰かに指示を出した。

「ねえ、そこの白い向日葵を何本か持って、こっち来て」

 遥奈はぼんやりと矢野の帰りを待った。

 ……今日、矢野さん以外にも、お店に誰かいたんだ。


「ほら遥奈ちゃん。白い向日葵はどう? きれいじゃない?」

 矢野が白い向日葵と一緒に、ひとりの従業員を連れて戻ってきた。

 遥奈は矢野のほうを向いて、目をしばたかせた。

 白い向日葵を抱えていたのは、線が細い男性だった。Tシャツの襟ぐりから見える鎖骨は男性らしいが、手足は細く、肌は夏を忘れるほど白い。

 遥奈は彼を凝視した。……一瞬、男性か女性かわからなかったため。


「この子はね、甥の宏樹(ひろき)」

 男性は遥奈と目が合うと、穏やかにほほえみ、頭をさげた。

「はじめまして」

「あ、いえ」

 遥奈はぎこちない会釈をした。

「いつもバイトに来ている子がね、バイクで転んじゃって……。急遽、甥っ子に手伝ってもらっているの。農学部の一年だからか、土に抵抗ないし」

「お盆が終わるまでの、アルバイトです」

 宏樹は細い声をしていた。遥奈は彼の声を、もっと聞きたいと思った。

「……で、遥奈ちゃん、どうする?」

「え?」

「白い向日葵はいる? いらない?」

「えっと」

 遥奈が戸惑っていると、宏樹が間に入った。

「黄色い向日葵だけでもきれいですが、白い向日葵を一緒に入れても、華やかでいいと思いますよ」

「……り、両方とも買います」


 遥奈は花が包まれるまで、宏樹が作業するのを見ていた。

 そして遥奈は、ヒサカキと二色の向日葵を抱えて『花小箱』を出た。

 ウィンドウに映る自分を見て、横髪が乱れているのが、とても残念に思えた。

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