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洋菓子店のハリネズミ ~ La maison en bonbons ~  作者: 繭美
6. オーダーメイドの頼み方
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オーダーメイド

 十一月末の吉日、早朝。

 会場で新郎としての支度をすませた雅臣は、誰もいない披露宴会場にいた。最終チェックのためだ。

 若葉はまだ正装の準備をしている。雅臣の隣には、黒服に身を包んだ、ウェディングプランナーがいた。


「最後の二か月で一気に準備が進むって、本当ですね」

「そうでしょう?」

 ウェディングプランナーの女性は、しわを寄せて笑った。

 会場には緑を基調とした装花が、飾られていた。ところどころに青や白の花。テーブルには、手作りの席札と席次表が置かれている。天窓からは日差しが入り込み、高砂の席を照らしていた。

「色々とアドバイスいただいて、助かりましたよ。若葉はぱっと気に入ったものを選ぶから、どうにも……」

「雅臣さまはシンプルなものがお好みですしね。お花も『全部、緑とフェイクでいい』って」

「ああ、言いました」

 雅臣は苦笑いをして、高砂の席を見た。

 新郎新婦が座るメインテーブルでは、アイビーが葉とツルを垂らしいていた。そして白のトルコ桔梗と百合が、アクセントとして配置されている。

「けどこうして見ると、緑ばかりにしなくて良かったな」

 年配のウェディングプランナーは、笑いをこぼした。


「おふたりは仲がよろしいですよね」

「全然ですよ。打ち合わせ中も、喧嘩ばかりだったし」

「いいえ。ご夫婦の相性って、見たらわかるんですよ。この仕事をしていると」

「ありがとうございます」

 雅臣はリップサービスとして受け取った。

「『世界にひとつだけのお式』のお手伝いができて、私どもも光栄です」

「定番ばかり選んだし。全然、ひとつだけの式じゃないでしょう」

 装花にはハート型の葉を持つ、アイビーを多く入れた。丈夫なツルを持つアイビーは、古くから愛の象徴として飾られている。

「いいえ。おふたりのご希望がきちんと詰まった、世界にひとつだけのお式です。あのケーキも……。……それにプランが被ったって、結婚式までの道のりは、十人十色ですから」

「……その言い方しちゃうと、世界にひとつだけ、簡単じゃないですか」

 雅臣は茶化した。本当は少し、心が動いた。


 雅臣は控室に戻る前に、厨房へと向かった。こちらでもチェックを頼まれたから。

 厨房に続く廊下でもう、煮込まれたスープや、焦がしバターの香りがした。宴の食事の香り。

 奥からは包丁を動かす音、すぐ近くからは、話し声が聞こえてきた。


「栞ちゃんでしょ? よく覚えている。あの子は中学生のころ、大きな失恋をしたのよ。……常連の子、最近は男の子と一緒だなーって。私がレジから観察していたら……ある日、ひとりで泣きながら、店にやってきた」

「………」

「そして苺のショートケーキを、ホールで買っていったの」

「何号の」

「五号。苺ショートの五号よ。『失恋から立ち直るために、ひとりホールケーキの夢を叶えたんです』って、あとで本人が教えてくれた。完食したそうよ」

「……五号を、ですか」

「忘れられないわ」

 ふたりのパティシエが世間話をしながら、厨房の入り口に立っていた。


「仁科。今、いいか?」

「ああ先輩。どうぞ」

 仁科は雅臣に向き直ると、すっとパティシエ帽を脱いだ。

「本日はおめでとうございます」

 仁科の隣にいた女性のパティシエも、雅臣に挨拶した。

「おめでとうございます。本日はよろしくお願いいたします」

 雅臣より年上であろう女性は、えくぼを作って笑った。

 披露宴のデザートを担当する彼女は、仁科がいる洋菓子店 La maison(ラメゾン) en bonbons(アンボンボン) に、以前に務めていたらしい。今でもときどき連絡を取っているそうだ。


「運んできて、仕上げだけここでやりました」

 仁科が作業台の奥にある、ウェディングケーキを示した。

 スクエア型と呼ばれている長方形のケーキで、二段重ねのもの。側面にはフリルのように絞られた生クリームが飾られ、そして飴細工の花が、表面に何輪も咲いていた。

 透きとおった花はトルコ桔梗を模したもので、白と青がある。

「これ……本当に仁科が作ったのか?」

「店長と共同です。飴細工は、俺ひとりでやりました」

 仁科は自分のことを『俺』と呼んだ。

 たいていの後輩は、目上といるときは『僕』と、一人称を使いわけている。だが夢中で話しているときなどに、彼らは素がこぼれていた。

「七月に飴細工の講習を受けてから、ずっと練習していたんですよ。若葉さんに、見本が気に入ってもらえて良かったです」

 仁科は嬉しそうに話していた。

 ケーキの確認が終わると「またあとで」と、着替えにいった。


   ◇◇◇

 挙式の会場は、披露宴を行う建物とは別だった。

 外を歩けば、日影は冷たく、日向は暖かい。

 扉の前に立てば、会場の声が聞こえてくる。

 挙式の手順を話す、司会者の声だ。

 雅臣の隣では、若葉が小さな声で、手順を確認していた。


「指輪交換って、雅臣が先だよね。次に私」

「あー。緊張してきたな」

 若葉はウェディングブーケを両手に構えたまま、こくこくと頷いた。

「なんか間違えるかも」

 彼女は落ち着いたデザインのドレスを着ているものの、かなり緊張しているようだ。オフホワイトの光沢ある生地は、小刻みに揺れている。

 若葉は今日、膝までのシルエットがわかる、マーメイドラインのドレスを着ていた。最初にふたりで選んだウェディングドレス。

「指輪交換のあとは、誓いの言葉だよな」

「うん」


 ――良いときも悪いときも。病めるときも健やかなるときも。

 今日なら素直に聞ける。


「新郎新婦の入場です」の声。入場曲がかかる。

 雅臣は彼女と共に扉を押した。


 この先も幸せが続きますように。

 なにがあっても、自分たちなりに乗り越えられますように。

 そう願いながら一歩、まばゆい方向へと踏みだした。


 6. オーダーメイドの頼み方(終)

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