オーダーメイド
十一月末の吉日、早朝。
会場で新郎としての支度をすませた雅臣は、誰もいない披露宴会場にいた。最終チェックのためだ。
若葉はまだ正装の準備をしている。雅臣の隣には、黒服に身を包んだ、ウェディングプランナーがいた。
「最後の二か月で一気に準備が進むって、本当ですね」
「そうでしょう?」
ウェディングプランナーの女性は、しわを寄せて笑った。
会場には緑を基調とした装花が、飾られていた。ところどころに青や白の花。テーブルには、手作りの席札と席次表が置かれている。天窓からは日差しが入り込み、高砂の席を照らしていた。
「色々とアドバイスいただいて、助かりましたよ。若葉はぱっと気に入ったものを選ぶから、どうにも……」
「雅臣さまはシンプルなものがお好みですしね。お花も『全部、緑とフェイクでいい』って」
「ああ、言いました」
雅臣は苦笑いをして、高砂の席を見た。
新郎新婦が座るメインテーブルでは、アイビーが葉とツルを垂らしいていた。そして白のトルコ桔梗と百合が、アクセントとして配置されている。
「けどこうして見ると、緑ばかりにしなくて良かったな」
年配のウェディングプランナーは、笑いをこぼした。
「おふたりは仲がよろしいですよね」
「全然ですよ。打ち合わせ中も、喧嘩ばかりだったし」
「いいえ。ご夫婦の相性って、見たらわかるんですよ。この仕事をしていると」
「ありがとうございます」
雅臣はリップサービスとして受け取った。
「『世界にひとつだけのお式』のお手伝いができて、私どもも光栄です」
「定番ばかり選んだし。全然、ひとつだけの式じゃないでしょう」
装花にはハート型の葉を持つ、アイビーを多く入れた。丈夫なツルを持つアイビーは、古くから愛の象徴として飾られている。
「いいえ。おふたりのご希望がきちんと詰まった、世界にひとつだけのお式です。あのケーキも……。……それにプランが被ったって、結婚式までの道のりは、十人十色ですから」
「……その言い方しちゃうと、世界にひとつだけ、簡単じゃないですか」
雅臣は茶化した。本当は少し、心が動いた。
雅臣は控室に戻る前に、厨房へと向かった。こちらでもチェックを頼まれたから。
厨房に続く廊下でもう、煮込まれたスープや、焦がしバターの香りがした。宴の食事の香り。
奥からは包丁を動かす音、すぐ近くからは、話し声が聞こえてきた。
「栞ちゃんでしょ? よく覚えている。あの子は中学生のころ、大きな失恋をしたのよ。……常連の子、最近は男の子と一緒だなーって。私がレジから観察していたら……ある日、ひとりで泣きながら、店にやってきた」
「………」
「そして苺のショートケーキを、ホールで買っていったの」
「何号の」
「五号。苺ショートの五号よ。『失恋から立ち直るために、ひとりホールケーキの夢を叶えたんです』って、あとで本人が教えてくれた。完食したそうよ」
「……五号を、ですか」
「忘れられないわ」
ふたりのパティシエが世間話をしながら、厨房の入り口に立っていた。
「仁科。今、いいか?」
「ああ先輩。どうぞ」
仁科は雅臣に向き直ると、すっとパティシエ帽を脱いだ。
「本日はおめでとうございます」
仁科の隣にいた女性のパティシエも、雅臣に挨拶した。
「おめでとうございます。本日はよろしくお願いいたします」
雅臣より年上であろう女性は、えくぼを作って笑った。
披露宴のデザートを担当する彼女は、仁科がいる洋菓子店 La maison en bonbons に、以前に務めていたらしい。今でもときどき連絡を取っているそうだ。
「運んできて、仕上げだけここでやりました」
仁科が作業台の奥にある、ウェディングケーキを示した。
スクエア型と呼ばれている長方形のケーキで、二段重ねのもの。側面にはフリルのように絞られた生クリームが飾られ、そして飴細工の花が、表面に何輪も咲いていた。
透きとおった花はトルコ桔梗を模したもので、白と青がある。
「これ……本当に仁科が作ったのか?」
「店長と共同です。飴細工は、俺ひとりでやりました」
仁科は自分のことを『俺』と呼んだ。
たいていの後輩は、目上といるときは『僕』と、一人称を使いわけている。だが夢中で話しているときなどに、彼らは素がこぼれていた。
「七月に飴細工の講習を受けてから、ずっと練習していたんですよ。若葉さんに、見本が気に入ってもらえて良かったです」
仁科は嬉しそうに話していた。
ケーキの確認が終わると「またあとで」と、着替えにいった。
◇◇◇
挙式の会場は、披露宴を行う建物とは別だった。
外を歩けば、日影は冷たく、日向は暖かい。
扉の前に立てば、会場の声が聞こえてくる。
挙式の手順を話す、司会者の声だ。
雅臣の隣では、若葉が小さな声で、手順を確認していた。
「指輪交換って、雅臣が先だよね。次に私」
「あー。緊張してきたな」
若葉はウェディングブーケを両手に構えたまま、こくこくと頷いた。
「なんか間違えるかも」
彼女は落ち着いたデザインのドレスを着ているものの、かなり緊張しているようだ。オフホワイトの光沢ある生地は、小刻みに揺れている。
若葉は今日、膝までのシルエットがわかる、マーメイドラインのドレスを着ていた。最初にふたりで選んだウェディングドレス。
「指輪交換のあとは、誓いの言葉だよな」
「うん」
――良いときも悪いときも。病めるときも健やかなるときも。
今日なら素直に聞ける。
「新郎新婦の入場です」の声。入場曲がかかる。
雅臣は彼女と共に扉を押した。
この先も幸せが続きますように。
なにがあっても、自分たちなりに乗り越えられますように。
そう願いながら一歩、まばゆい方向へと踏みだした。
6. オーダーメイドの頼み方(終)




