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洋菓子店のハリネズミ ~ La maison en bonbons ~  作者: 繭美
6. オーダーメイドの頼み方
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18/39

パスタランチ

 洋菓子店をあとにした雅臣は、再び電車に乗った。結婚式の招待状を渡しに向かった。

 招待状はできるだけ手渡しで。そのマナーどおりにしようと、大学時代の友人ふたりと、茶飲みがてら集まった。


「……で、そのパティシエになった後輩には、招待状を渡しそびれたわけか」

「ああ」

「そのタイミングで招待状を渡されたら、欠席に丸つけて返すかも」

「続いていると思っていた。悪気はなかった」


 正午すぎ。黒を基調としたイタリアンレストラン店内にて、雅臣は友人たちと話していた。注文したばかりなので、まだテーブルには、レモン水しか口をつけるものがない。

 若葉の親友である女性は、招待状の封筒を渡されるなり、出欠のハガキを取り出した。大きな丸をつけて雅臣に返す。

「はい。出席」

「早えよ。ありがとうございます」

 雅臣は両手を揃えて受け取った。

「俺も出席で」

 雅臣の友人も、とんとん拍子でハガキを返した。

「結婚式、なに着ていこうかなぁ」

 友人女性は上機嫌で、レモン水を飲んでいる。

「ゲストハウスでの式ってはじめて。ここ、どんな会場なの?」

「古い邸宅を、結婚式場に変えたところだよ」


 ゲストハウスでの式にこだわったのは、若葉だった。

 招待状、花、ドレス、音楽、ケーキ――豪華じゃなくてもいいから、できるだけ一から選んだもので揃えたい。それが彼女の願う結婚式。

 七月に仮予約したホテルがあったが、そこは外部からの持ち込み禁止のものが多かった。確認を怠った。

 ホテルでは若葉の望む式は挙げられない。それに気づかされたのは七月末。ウェディングケーキを頼む La maison(ラメゾン) en bonbons(アンボンボン) へ、電話したときだった。

 その日は店長の男性に応対してもらった。彼は『仮予約したホテルでは衛生上の理由で、生もののウェディングケーキは持ち込めない』と、ためらいがちに教えてくれた。そして二次会なら会場の選択が広がることと、過去に披露宴で持ち込んだ実績がある会場を、三つ、雅臣に教えた。

 隣で話を聞いていた若葉は『そういうことなら』と、すぐに教えられた会場の中から、もっとも趣があるゲストハウスへと、式場を変更した。

 ……結果、持ち込み代などもかかり、会場代は想定の枠を超えた。

 雅臣はこのとき、ひとこと若葉に言った。もう少し考えても良かっただろうと。


「ここだけの話。若葉、めちゃくちゃ褒めていたよ。津久田くんのこと」

 招待状を手に、友人の女性が言った。

「優しい。女遊びしない。家のことも率先してするわけじゃないけれど、できることはやってくれる。おかげで式の準備も、全然、辛くないって」

「そっか」

 雅臣はレモン水が入ったグラスを傾けた。氷にぎこちない笑顔が映る。

「私も話を聞いてて、すっごく嬉しかった。ああ若葉って恋愛運いまいちだったけど、ちゃんと運命の出会いが、待ってたんだなーって」

「言いすぎだろ」

「ううん。私も――若葉が付き合ってきた四人の中で、津久田くんが最高だと思うよ!」

「え?」

 雅臣は氷を鳴らした。

 予想外の言葉に慌てる自分と、妙に冴えてくる自分がいた。

 大丈夫。思いがそのまま顔に出たのは、ほんの一瞬だ。

「四人って……俺、若葉には『三人目の彼氏』って聞いていたんだけど?」

 場の空気を乱すまいと、本心を悟られまいと、自然に明るい笑顔が浮かぶ。

「おい」雅臣の友人が、隣の友人を肘で押す。

「あ……今、彼氏に数えないひとも数えちゃった」

 フォローのつもりだとしたら逆効果だ。彼氏に数えない男とは、一体どういう男なのか。

「なんかごめん」

「いいって。……ま、もてる彼女と結婚できて、幸せですよ」

 いまいちな嘘だなと思いつつ、笑っておく。口角をあげて目を細めればそう見える。

「そうだよね」

 もう少し取り繕ったほうがいいか。冷めた頭で考えていると、前菜が運ばれてきた。

 雅臣はパスタランチを食べたが、味がよくわからなかった。


   ◇◇◇

 三人でも四人でも大差はない。そう思おうとしても、胸をくすぶられた。

 夕方に合鍵を使い、若葉の住む賃貸の部屋に入る。壁を背に座り込む。

 お喋り好きの友人が話していたことを、明かりもつけずに思い出す。携帯電話はリビングテーブルの上で、震えている。十コール目で切れる。

 かかってくるタイミングで、彼女からだと察していた。無視した。


 午後九時半に、若葉が仕事から帰ってきた。

「雅臣ただいま。もう、ちゃんと携帯出てよ」

 リビングに明かりが灯る。

「夕飯まだなら、なにか作ろうか?」

 若葉はリビングに来ると、床に置かれた雅臣のボディバッグを拾った。中からひらりと、一通の招待状が落ちる。

「招待状……誰に渡せなかったの?」

「若葉」

 雅臣はフローリングの床を見ながら、問い詰めた。

「お前、何人と付き合ってきたの?」


「……なんで、急にそんなこと聞くの?」

「質問に質問で返すなよ」

「前に言ったじゃない。ふたりだよ。雅臣で、三人目」

「お前の友達、四人って言っていたけど」

 若葉は間を空けた。

「そのひと、彼氏じゃない」

「じゃあどういう男」

「……言いたくない」

 若葉が雅臣の前に座る。彼女が持っている招待状が、視界に入る。

「もうやめよう。結婚前に喧嘩なんて」

 雅臣は奥歯を噛んだ。


「……勝手に話を終わらせるなよ。式のことも、若葉が決めてばかりじゃないか」

「雅臣、怒りすぎだよ」

「隠さないで、早くどういう男だったか言えよ」

「………」

「その彼氏じゃなかった奴」

 息切れの音。相手の動揺を、耳だけで察した。

「……八つ上。私は本気で、向こうは、そうじゃなかった」

 とぎれとぎれの声は、震えていた。

「二回しか、ふたりで会っていない。もう、いいでしょ?」

「……二回会って、彼氏じゃないって、なに」

「……わかってよ。……ジムで知り合ったんだけれど」

 若葉はずっと、言葉を濁している。

「二回で連絡がこなくなった。付き合っていない」

 雅臣は強い苛立ちを抑えられなかった。


「八歳上か。そりゃ二回きりでも、楽しい時間だったんだろうな」

 自虐的に笑った。

 年齢差への劣等感は少なかったが、それは彼女が年下好きだと思っていたから。

「お前なら俺じゃなくて、もっといい男を捕まえられるよ。今からでも考え直せば?」

「……いい加減にしてよ」

 若葉が床を叩く。

「五年も付き合ったのに、どうして信じてくれないの」

「五年も付き合ったのに、知らない奴がいたからだよ!」

 雅臣は怒鳴ったときに、やっと若葉を見た。

 若葉は泣くのを堪えていた。唇が震え、目に涙を溜めている。

 雅臣と目が合うと、その表情は苦笑いに変わった。


「なーんか今日……。話しても、無駄っぽいね」

 若葉はゆっくりと立ちあがった。雅臣のボディバッグと招待状は、床に散ったままだ。

 彼女はリビングから出ていった。そして玄関から合鍵を持ってくると、無言でボディバッグに詰めた。

「ごめんね雅臣。また連絡するから」

 結婚式の招待状も、ボディバッグに入れる。雅臣に渡す。

「帰って」

 最後のひとことは、ひどく冷静な物言いだった。

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