表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
洋菓子店のハリネズミ ~ La maison en bonbons ~  作者: 繭美
5. さかさまハロウィン
14/39

リーフパイ

 リーフパイの何層にも重ねられたパイ生地と、表面にまぶされた砂糖の舌触り。そして木の葉の形の面白みが、未菜の気持ちを軽くした。

 ただ温かい飲み物があればきっと、もっと美味しかった。そして隆之介も側にいてくれれば。

「食べたら、もう帰りなよ」

 リーフパイを半分ほど食べたところで、蓮司が言った。

「隆之介は遅くまで練習する。今日はサッカークラブの子も一緒だし」

「……あの子、サッカークラブの子なんだ」

 未菜はリーフパイから、口をはずした。

「隆之介くんが荒れていた理由は気になるけど……これ以上、邪魔しちゃ悪いよね」

「………」

「蓮司くん、なにか知ってる?」

 一瞬、蓮司の動きが止まった。


「……聞いてない」

「そっか」

「井口さんは、なんだと思う?」

 蓮司の声がかすれたが、未菜は気にとめなかった。食べかけのリーフパイを持ったまま、宙を見つめる。

「ひょっとしたら、今日のプリントかなって。ほら英語の……四文字の」

「LGBT」

「うん。隆之介くんが怒鳴る前、みんなあのプリントについて、あれこれ言ってたし」

 未菜は小さくなったリーフパイを見つめた。

「誰かの言葉が、しゃくにさわったのかも」

 蓮司は袋の端にある、粉々のかけらを見つめた。

「先生、ちゃんと隆之介くんの言い分……聞いてくれたかな」

「井口さん」

 蓮司は声を小さくした。


「隆之介が怒った、本当の原因を知っているよ」

「……本当?」

「……未菜ちゃん」

 保育園時代の呼び方をされた。蓮司は、いやなことがあるとカーテンの裏に隠れる子供だった。

「わけを話すから、隆之介を嫌わないでくれ。あいつ、先生には『読み間違いをからかわれたから』で通したけど……それ、違うんだ」

 未菜はもう、蓮司がなにかに怯えていると、気がついた。

「……わかった。聞くよ」

 蓮司は深いため息のあと、姿勢を正した。

「じゃ、なるべくさらっと聞いてほしいんだけど」

「うん」

「絶対誰にも言わないでほしいんだけど」

「うんうん」

 未菜は保育園の先生みたいに、にっこり笑った。

「実は俺――。――やっぱり言わない!」

「なにそれ!」

 未菜は思わず立ちあがった。

「パス! 忘れて!」

「言ってよ! もう忘れるの無理。気になる!」

「いやだもう喋りたくない!」

 蓮司は背を丸めて、顔を隠した。

「普通の女の子には、喋りたくない」

 未菜は立ったまま、蓮司の後頭部を見おろした。


「どうして」

 西の空で、夕日が色を変える。夕日は紅葉より赤くなり、雲の合間に沈もうとしている。

「どうしてそんなこと言うの。……私が女の子だから、隆之介くんのことも……蓮司くんのことも、聞けないの? 同じ男の子じゃなきゃ、心配もさせてもらえないの?」

 遠くでボールを蹴る音。転がる音がする。

「今日は女の子たちの誘いを断って、ここまで来たのに。さ、最近は遊んでないけど……私を邪見に、しないでよ」

 未菜の視界がにじんだ。夕焼け空がぼやけて見えた。

 蓮司が背を丸めたまま、呟いた。

「……少数者かもしれないんだ。俺」

 未菜は言葉を待った。

「俺、テレビとか見ていると……男性の芸能人ばかり、目で追うんだよ。スポーツ見ててもそう。……女の子を追ったことがなくて。隆之介は俺がこうだって知っているから……俺をかばって、怒鳴ったんだ」

 蓮司は顔をあげたが、背後の夕日の光が邪魔で、表情がよく見えなかった。

「……ひいてもいいよ」

「そんなこと」

 砂利を踏んで、蓮司に近づく。

「私、女の子だからって、ヒーロー番組は見せてもらえなくなった。年長組から」

 ジーンズパンツに包まれた膝を折り、蓮司の顔を覗きこむ。

「あと女の子と男の子でやたらわけられるの、好きじゃない。隣にいるだけで、カップルってはやしたてられるのも……私はもっと、男の子たちとも遊びたかったのに」

 うまく言えないけど。未菜はそう前置きした。

「……私だって少数者なときがある。あれこれ言われたくないって気持ちなら、わかるよ」

「………」

 蓮司は黙って、未菜と顔を合わせた。


 そして近くにサッカーボールが転がってくるなり、蓮司は慌てて背筋を伸ばし、気配がするほうを見た。

「蓮司みっけ」

 隆之介がサッカーボールを追って、東屋にやって来た。未菜には目もくれず、隆之介の肩を掴む。

「いたんなら早くグラウンド来いよ。時間がもったいない!」

「いや、あの、井口さんがここにいたから……」

「ああ」

 隆之介はまたいやそうな顔で、未菜を見た。声から陽気さがなくなる。

「まだ帰ってなかったのかよ。井口」

 未菜は口をへの字に曲げた。


「……なにさ。偉そうに」

「怒ってんのか」

「ちょっと」

「だってお前、練習の邪魔だし」

 隆之介はぽんぽんと言葉を投げた。

「邪魔しないもん」

「いるだけで邪魔」

「……隆之介くんが心配で来たのに、ひどくない? ホームルームで怒鳴って、先生に呼び出されたの、どこの誰」

「あー」

 隆之介は地面を蹴った。

「思い出させんなよ。やっぱり邪魔」

「……わかった。帰る」

「おう。気をつけて帰れよ」

 未菜はリーフパイが残った紙袋を抱えると、隆之介から顔をそむけた。


「ま、待って」蓮司が、ふたりの間に割って入った。

「喧嘩しないで。もう、未菜ちゃんも知っているから。……『正直、こういうの無理だよな』って男子の言葉に、隆之介が怒ったこと」

 具体的な言葉は、はじめて聞いた。

「あと『無理だ』って言った子を……俺がちょっと好きだったことも!」

「え?」

 意外な言葉に、未菜はまばたきをした。

「それ、聞いてない。初耳だよ」

「あ」蓮司は口元を押さえた。

 隆之介も「初耳」とこぼした。ぐっと蓮司に詰め寄る。

「蓮司、それどういうことだよ!」

 蓮司はふたりの反応に固まり、しばらく押し黙った。やがてサッカーボールを抱えて、グラウンドに駆けだした。

「逃げた」

「逃がしてあげようよ」

 未菜はおそるおそる、隆之介の腕を引いた。

「練習が終わるの、待ってていいよね?」

「……ひとりで話を聞く自信ない。頼むわ」


 未菜がさらに詳しく蓮司の話を聞いたのは、サッカー練習のあと。

 マンションまで送られる間、隆之介と一緒に話を聞いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ