-3話- 四天王水属性のモチーフはどうやら人魚姫 その2
「まあ、もともと人と交流を深めて見聞を広めるのも任務なわけだしな。交流する相手は選びたかったけどさ」
真洋はぶつぶつと文句を言いつつも諦めて水族館に行くことを受け入れたようである。任務を考えれば、向こうから話しかけてきたことをもう少しありがたがっても罰は当たるまいに。
水族館へはバスで行くのが便利だと言うことで一同はバス停へと向かっていた。
「あれぐらいの歳の男子は弟の世話をするなんて面倒がるはずよ。理緒がお世話してポイントを稼ぐのよ」
「うん、分かった」
道中こそこそ打ち合わせをする初衣と理緒。理緒も素直に初衣の言うことを聞いている。
「ねえ、君守君。私、小さい子の面倒見るの得意なんだよ。弟さんのお世話は私がやるね」
「いいよ。さすがに俺が見る」
「遠慮なんかしなくていいよ」
「いや、遠慮とかではないのだが……」
護衛のためにそばにいたいのだと真洋は言えない。
「朝太君って言うんだっけ。はじめまして、お姉ちゃんは理緒って言うんだよ」
理緒は朝太の目線まで腰を落として話しかける。
「はじめまして。君守朝太、五歳です」
「元気なごあいさつだね。ねえ、朝太君のこと、あっ君とかあー君とか呼んでいいかな?」
「んー」
朝太は気に入らない様子である。
「それじゃあ、あん君なんてどうかな」
「おい、暗君はまずいだろ、暗君は」
真洋がすかさず口を挟む。
「そうかな。かわいいと思うけど」
「理緒、暗君って無能な君主とか、やばい王様とかのことなのよ」
初衣が説明する。
「魔王みたいなの?」
「うおい、この子が魔王のわけないだろ。何を言っているんだ。ははははは」
真洋は黙っていればいいものを不自然なまでに動揺を見せる。こういうところがあるために仲間から小物臭いと言われてしまうのだ。
「呼び方は朝太でいいよな」
「うん」
「分かったよ。朝太君、お姉ちゃんと一緒に歩こう」
朝太の右手と自分の左手で手をつなぐ理緒。
「お兄ちゃんとも」
そう言って朝太は残った左手で真洋の右手を掴む。
「よーし、それじゃお兄ちゃんと一緒に行こうな」
「弟の世話を面倒がるどころかノリノリみたいだねー」
そうつぶやく伊勢。
「あらあら、三人で手をつないで並んだら、まるで親子じゃないの」
そう感想を漏らす初衣。
「朝太君、お兄ちゃんと仲良しなんだね。そっかー。私、君守君のこと怖い人なのかと思ってたけど、ちょっとイメージ変わったよ。朝太君にとっては優しいお兄ちゃんなんだね」
「うん!」
朝太に手を掴まれて理緒も離すに離せないようで三人並んだままである。
「水族館にはバスで行くんだよ。バス停で待とうね」
理緒は諦めてそのまま朝太の面倒をみることにしたようである。
「バス?」
「バスはみんなで乗る車だよ。乗るときは乗車券を取るんだけど、朝太君は五歳だから大人と一緒に乗ると料金はかからないね」
「ほうほう」
真洋は理緒の話に聞き入る。きちんと社会のことを勉強しているようだ。
「パーティーメンバーとは別のNPC扱いみたいなもんだね」
「NPCってなんだ?」
「それは聞かないであげて」
初衣が真洋の質問を遮る。
「……理緒ってああいう変わったところがあるから、それを受け入れてくれる年上がいいと思うのよね」
初衣はそう言ってため息を吐いた。
水族館行きのバスに乗り込んだあとも理緒は朝太の隣に座り話しかける。
「バスに乗っている間、お姉ちゃんが童話を聞かせてあげるね。家にアンデルセンの童話セットがあってよく読んでいたから、そのお話ならできるよ。人魚姫と、マッチ売りの少女と、みにくいアヒルの子と、裸の王様ってお話だよ。水族館に行くから人魚姫がいいかな」
「よりによってその話かよ……」
真洋が顔をしかめる。真洋の正体であるマカマフィンはマーマンという種族であり、人魚みたいなものなのである。人魚姫の話も知っていたようである。
「何かまずかった?」
「いや、こっちの話だ」
「それじゃ始めるね。昔々ある海の中に人魚の王様とその娘の姫たちが住んでいました――」
だが、理緒は話している途中で泣きだす始末。
「ううー、泣かせるわー。泣かせてくるよ、アンデルセン」
「ちょっとした知り合いくらいの距離間だな、アンデルセンと」
「悲しいお話だよね。ぐす」
「途中から嗚咽が気になって何を言ってるか分からなかったけどな」
「僕は面白かったよ」
五歳児にフォローを入れられていた。
バスに乗り水族館に到着する。
「水族館は私たちは学生料金だけど、朝太君は違うね。さすがにここはタダってわけにはいかないけどね」
「朝太の分の入場券は俺が買おう」
真洋も人間社会の生活に慣れてきているようである。
「中学生一枚と魔王一枚」
ただ、ときどき素でこんなボケをかますから油断できない。
「え?」
「あ、五歳児ってどの区分なんだろうな?」
「魔王じゃないことは確かだよ」
少し嬉しそうな様子な理緒。先ほどの魔王ネタに乗ってくれたとでも思ったのだろう。
水族館内に入場するとそこには巨大な水槽があり中には数々の魚が泳いでいる。なかなか壮観である。
「お魚、お魚」
見たこともない魚の群れを前にして朝太ははしゃいでいる。
「朝太が満足してくれるなら来てよかったな」
真洋は楽しそうな朝太の様子に笑顔を見せる。けっこう現金なものである。
「あっちの水槽には大きなお魚がいるみたいだよ」
理緒が奥の方を指さす。
「見たい」
朝太は目を輝かせながら水槽を見つめる。
その朝太のすぐ目の前にサメが現れ、水槽越しに牙を見せた。
「怖い」
理緒にしがみつく朝太。
「サメごときが朝太を怖がらせるんじゃねぇ」
真洋はそう言うとサメを睨みつける。
魔界の海の頂点に君臨しているマカマフィンの睨みである。魔力を込めれば睨んだ相手の動きを封じることも可能なのだ。今回は魔力こそ込めなかったものの、海の生き物たちはその危険性を本能的に察知したようである。
水槽の前から姿を消すサメ。そして、魚たちもいなくなった。
「お魚いなくなったね」
「やべ、やり過ぎたか」
「真洋君の睨みつけで逃げて行ったように見えたよ」
恐る恐るそんなことを言う理緒。
「偶然だろ」
誤魔化すようにそう答える真洋。余裕そうに見えるがばれやしないかと内心ドキドキのようである。
「そろそろアシカショーが始まる時間よ。見に行かない?」
流れを変えようとしてか、初衣がそんなことを言い出す。
「見にいくー」
朝太がそう言うのを真洋が反対するわけもなく、みんなでアシカショーを見に行くことにした。
アシカショーは観客席に囲まれるように設置されたプールの前にあるステージ上で行われる。一同はプールの周りの座席へとつく。
「それじゃみんなー! アシカショーがはじまりまーす!」
妙にテンションの高い女性の飼育員によってショーは進められていくようである。
「お、かわいい」
そう言ったのは務である。アシカではなく飼育員に対する感想である。なにしろアシカはまだステージ上にいないのだ。
アシカは飼育員の合図によってプールから現れた。
飼育員の手の動きに合わせてアシカが頭を下げて挨拶をするようなしぐさで始まった。
その後は飼育員が投げたボールをアシカが鼻先ではじき返す、同じく輪投げを受け取るといったものが繰り広げられていった。
「ここのアシカショーは見るだけじゃないのよ」
初衣がにやりと口の端を上げる。
「ここからはお客様にも手伝ってもらいます」
「今日はお客さんが少ないから希望すれば参加できるわよ。さ、ステージに上がりましょう」
初衣に促され、みんなでステージに上がる。
「きゃあ、アシカって近くで見ると結構大きいのね。そう言って怖がって君守にしがみつくチャンスよ」
そんな耳打ちをしながら、初衣は理緒の背中を押す。
しかし、真洋はそれをするりとかわす。
「ちょっと! なんで避けるのよ」
文句を言う初衣。
「え? だって、カウンターを食らわせるわけにはいかないだろ」
「なんで避けるか反撃するかの二択なのよ。危うく理緒がプールに落ちかけたじゃないの」
「お、そうだ。朝太、プールに落ちないように気をつけるんだぞ」
真洋は初衣と理緒のことなど全く気にしていない。
そんな中でもアシカショーは滞りなく進み、ステージに上がった客が手を上げるとアシカもヒレを上げるというということをやっていた。
「次は俺の番か」
「お兄ちゃん頑張って」
真洋がアシカの前に立つ。真洋が指先を回すとアシカも体を回転させる。指を振ると踊りだし、こぶしを握ると鳴き声で歌いだした。
「よく訓練された獣だな」
真洋は朝太に応援されてちょっぴり本気を出していた。これに海の生き物は逆らえるものではない。
「そ、そんな芸、教えてないんだけど……」
「偶然だろ」
おびえる飼育員にそう言い放つ真洋。
そういいつつも真洋は冷や汗をかいていた。
続いてアシカとの握手と称して差し出されたヒレに触るということをやっていた。
ステージ上では朝太がアシカのひれに触ってはしゃぎ、それを親のように見守る真洋と理緒。
「理緒がアシカに触るわよ」
「どちらかといえば飼育員さんのお姉さんに触りたいー」
「うるさいわよ伊勢。しまいにゃプールにつき落とすわよ!」
あらぶる初衣がそう叫んだとき、アシカがびくっと反応して驚く。そのアシカの動きに朝太が驚き、続いて理緒がバランスを崩し、そのままプールの中へ転落した。
「嘘!」
「マジかー!」
悲鳴を上げる初衣と務。あっという間にプールの中へと消える理緒。飼育員は、おろおろするばかりで役に立ちそうにない。
「お兄ちゃん、僕、助けに行く」
プールに飛び込もうとする朝太。そこで真洋はようやく一大事であることに気づいたようである。
「待て待て、お兄ちゃんが行くから」
朝太が飛び込んだところで二次災害にしかなるまい。
「二人とも朝太のこと見ていてくれ」
真洋は初衣と務にそう言い残しプールに飛び込んだ。