-3話- 四天王水属性のモチーフはどうやら人魚姫 その3
「よう、大丈夫か?」
理緒に声をかける真洋。
「あ、あれ?」
「理緒、大丈夫? どこかおかしなところない?」
初衣が理緒の顔を覗きこむ。
「平気みたい」
「うう、よかったよぉ……」
初衣は涙声になっている。
「あの、私、どうしたんだっけ」
「アシカのプールに落ちたのよ」
「それを、真洋が助けてくれたんだ」
口々に状況を説明する初衣と務。理緒は真洋によってプールから引き揚げられ、スタッフルームまで運ばれていた。
「そう、だったんだ。ありがとう」
「人間って誰でも泳げるもんだと思っていたけど、人によるんだな」
「なによ、それ」
理緒はわずかに笑みを浮かべる。理緒は真洋の言葉をその場を和ませるための発言だと思ったようである。
「思っていたよりしょっぱかったな。人工海水かな、こりゃ。プールといってもアシカがいるんだから海水を使うんだな」
真洋がそんなことを言い出す。
「なんだか君守君、よくしゃべるわね」
「照れ隠しじゃないのかなー」
真洋が饒舌になったのは和ませようとしているわけでもてれ隠しをしているわけでもない。あのときアシカが朝太を驚かせたために真洋は相手を痺れさせる魔法でアシカを麻痺させようとしたのだ。その術に巻き込まれる形で理緒がプールに落ちてしまったというのが真相である。そのことが後ろめたために饒舌になっただけなのである。やはり小物臭い。
「別に水を飲み込んではなさそうだしな。まあ、心臓や呼吸が止まったわけでもないし、放心していただけで意識が飛んでいたわけでもないようだし。俺が見た限りどこにも問題はないぞ」
これだけ不審な素振りを見せているにもかかわらず、「あれれー、おかしいぞ」などと言ってくる小学生もいないため、真洋が怪しまれることはなかった。
「そうなんだね。胸はドキドキしているけど」
そう言って理緒は真洋の顔を見る。理緒にとっては真洋が危険を顧みず自分を助けたように思っているのかもしれない。しかし、もともとは真洋が原因なのでマッチポンプもいいところである。
「理緒お姉ちゃんは平気なの?」
朝太が心配そうに声をかける。
「あ、うん。私は大丈夫みたい」
「でも、念のため病院で診てもらった方がいいって水族館の人がいろいろ手配していたぞ」
「それから理緒のお母さんにも連絡を入れたわよ。迎えにくるって」
初衣の言葉に理緒が頭を抱える。
「中学入学早々大事になっちゃったよぉ」
「あと、替えの服も用意してくれたから濡れた服を替えたほうがいい」
「うん。武器や防具は装備しなきゃ意味ないもんね」
「武器や防具?」
「それは聞かないであげて」
初衣が真洋の質問を遮る。
「それから、着替えなきゃいけないのは君守君もだよ」
真洋もプールに飛び込んだままの姿だった。
「お、そうだな」
そう言って服を脱ぎ出す真洋。
「おいおい、更衣室があるから着替えるならそっちでやりなよー」
務が指摘すると真洋は服を脱ぐのをやめた。
「ああ、そうだな、うん」
真洋が覚えるべき社会常識はまだ多そうである。
「まあまあ、理緒ったら大丈夫だった?」
そう言いながら女性がやってきた。理緒の母親が水族館に到着したようである。
「ドジだなー」
その声に真洋は聞きおぼえがあった。ユウキだった。やってきたのはユウキとその母だった。
「ごめんね、心配かけて。お姉ちゃんは大丈夫だから」
「どうしてここにいるんだ、朝太と朝太の兄!」
「……おい、まさかお前ってユウキの姉だったのか?」
「うん。ああ、最近この子に友達ができたとは聞いていたんだけど、まさか、その友達が朝太君だったとは思わなかったよ」
「俺も瀬木がユウキの姉だったとは気付かなかった」
「友達のお兄ちゃんと遊んでもらって楽しかったって言っていたけど、真洋君のことだったんだね」
「あれ楽しかったのか。子供の好みはよく分からんな。それにしても、ますますこの一家と家族ぐるみの付き合いをすることになりそうだな」
そう言って真洋は頭を抱えた。
ユウキと理緒の母が真洋と朝太を家まで送ることになった。プールに落ちたところを助けたことでお礼をしたいとのことである。
「理緒、ここが攻め時だからね。お礼だとか言ってちょっとエッチな雰囲気出すのよ。それだけでこの年頃の男子なんてイチコロなんだから。君守なんてその手の免疫なさそうだから効果覿面よ」
「そんなことしないよぉ」
初衣は理緒に余計なアドバイスをしていた。真洋が目の前で着替えようとしたことで、異性として意識されていないという発想はないようである。
君守家に到着すると、辰人と羽春はすでに戻っていた。
理緒の母はこの一件を説明し、理緒を医者に見せるからお礼は改めてと言うことになった。真洋も一緒に病院へつれて行こうとするのをかたくなに拒否する。
「朝太君にまで心配かけて駄目なお姉ちゃんだね。もっとしっかりしたお姉ちゃんにならないと」
「うん。理緒ちゃん、『お姉ちゃん』になって!」
朝太の言葉のあとにしばしの沈黙が訪れた。
「もう、朝太君たら何言ってるの。うふふふふふふ、うっ、げほげほ!」
理緒が沈黙を破る。それにしても興奮しすぎである。
普通に考えれば朝太の言葉はしっかりしたお姉ちゃんになってね、という意味である。しかし、それを真洋と結婚して義理の姉になってねという意味に取ったようである。
「朝太、水族館は楽しかった?」
「うん! あのね、お兄ちゃん、プールに飛び込んで、理緒ちゃんを助けたの」
朝太が今日の出来事を興奮しながら話し始める。
「あらまあ、大変だったのね」
「かっこよかったんだよ」
「ふふふ。そうか」
「うん、勇者みたいだった!」
「いや、それはちょっと……」
「魔王様の言葉を実現させるのが私たち四天王の役目よね」
朝太の就寝後、羽春は真洋にそんなことを言った。
「なんのことだよ」
「お姉ちゃんになってって言葉よ。実の姉は無理でも義理の姉にすることはできるわよね」
理緒が言ったセリフについて、羽春は理緒と同じようなことを考えたようである。
「だからって、俺が結婚することはないだろう」
「何が不満なのよ。かわいい子じゃないの」
「種族の差とか年齢の差とかいろいろ問題はあるだろ」
「あんた、人間としてはあの子と同級生ってことになっているけど、本当は何歳くらいの差があるんだっけ?」
「百歳は越えているはずだ」
「あら、安心しなさいよ。母さんと父さんの年齢差はそれ以上にあるから」
「魔物と人間一緒にするなよ」
「種族の差ってことなら、あんたの元の姿、上半身は人間みたいな姿をしているわけだし、正体がばれても案外平気な可能性はあるわよ」
「そうは思えないけどな」
「問題があるとすればあんたの下半身よね」
「誤解を招くようなことを言うのはやめろ」
「もしかして、あんた人魚姫みたいに振られたら泡になっちゃうわけ?」
「そんなわけないだろ」
人魚姫と違い真洋は自分の力で人間の姿になっている。
「だったらいいじゃない。当たって砕けてきなさいよ」
「気軽に言うんじゃねーよ。あと、なんで振られること前提なんだよ。タリュートゥもなんか言ってくれよ」
辰人に助けを求める真洋。
「男を見せるときですよ、真洋。種族の違いが気になるというのなら、人間が魔物になることもあるそうですから諦めちゃいけません」
しかし、助けは来なかった。
翌日の学校。
「よう、聞いたぜ。溺れたところを君守に助けられたんだってな」
理緒に絡んでくる男子生徒。水族館での話をしているようである。
「もう、お前ら付き合っちゃえよ」
こんなからかい方をするやつはどこにでもいるものである。なにしろ、四天王ですら仲間をからかっている世の中なのだ。
そこへ真洋が登校してくる。
「よ、君守。まるで姫を助ける王子様だな」
男子生徒を無視して理緒の前に立つ真洋。
「なあ、瀬木……」
「君守君、気にしないで」
「俺と結婚してくれ」
「俺と結婚して男にしてくれ!」
泣きながら求婚する真洋。
「急にどうしたの? 君守君」
理緒は急な出来事にただ戸惑うだけである。
「え、はあ、どうぞお幸せに」
必死な真洋の様子に、からかっていた男子生徒もそう言って引き下がるしかなかった。
「昨日何があったんだろうね」
真洋の求婚に驚く伊勢。
「そんなにすごかったのかしら」
そうつぶやく初衣。何がだ。
涙を流し結婚を迫る真洋。泡にはならないが哀れな姿になったな。などと思っているに違いないのであった。
3話 終




