--ある勇者の記録 結
俺は魔法陣に突入したことで体が若年化していっていた。
それは魔王が作った時間を戻す術を施した魔法陣だった。
魔王はその魔法陣で自分自身を消滅させようとしていた。
彼は俺に後を託すためにその計画を手紙で知らせてきた。
友達だと思っていたのに手紙一つで別れを告げられたのだ。
俺の友達は魔王だった。勇者である俺が倒すべき魔王だった。
彼は自分の命を犠牲にしてすべてを終わらせるつもりだった。
魔王は自分を魔法で消滅させることで世界を守ろうとしていた。
それが許せなくて俺は魔王の計画を阻止すべく飛び込んでいった。
魔王は時間を戻す術で自身の肉体を消そうとしていた。
その術を止めようとして俺は肉体の退行に巻き込まれてしまった。
身体がどんどん若返って行って、記憶もだんだん薄れて行く。
俺の中にあった記憶が抜け落ちていくときに一瞬だけよみがえる。
孤児として生まれ育ち、辛い幼少期を過ごしたこと。
勇者の素質を見込まれて、それからはお城で暮らすようになったこと。
王女の幼馴染という立場を与えられ、彼女とともに修行を積んだこと。
魔王を倒し世界を救うことが自分に課せられた使命だと信じていたこと。
そして、自分に魔物を倒す才能がないことを理解して絶望したこと。
そんな時、君と出会って友達になったこと。
君が勇者ではなく一人の人間として俺を見てくれたこと。
俺が拾った三匹の犬を君が飼ってくれると言ってくれたこと。
その時に君の家に招待されて、頭をなでてくれたこと。
君に頭をなでられて不思議な気持ちになったこと。
手紙を受け取って君の正体と決意を知ったこと。
そしてようやく不思議な気持ちが何なのか分かった。
俺は君のことを自分の家族のように感じていたのだ。
家族のいない俺にとって、君は父であり母であり兄だった。
俺の中になかった家族というものだと理解した。
それと同時に、君がやりたかったことが分かった。
君の家族である仲間たちを俺が傷つけることを恐れたのだ。
勇者は魔王を倒すもの。君の仲間は魔王を守るもの。
本来なら両者の衝突は避けられないことだったはずだ。
君は自分を犠牲にすることで自分の家族を守りたかったのだ。
君は肉体を失って、このまま消えてしまうのだろう。
俺は目からあふれ出るものを止めることができなかった。
この涙は君がいなくなることが悲しいからなのだろうか。
君の覚悟に気づけなかったことが悔しいからなのだろうか。
何もできなかった自分が情けないからなのだろうか。
命を懸けて魔王を倒すことが勇者である僕の使命だ。
刺し違えてでもやり遂げる。そう決めていたはずだった。
魔王を倒すほどの勇者の力を恐れられ、迫害されることだって覚悟していた。
俺は何もなすことができなかった。いっそこのまま消えてしまいたかった。
時間の逆行が止まらない。君といっしょに消えてしまうのもいいかもしれない。
でも、体がなくなってしまう前に、君を消した術は止まってしまった。
記憶もほとんどなくなって、僕はどれくらい若返ったのだろうか。
このわずかに残っている記憶も、もうすぐ忘れてしまいそうだった。
せめて何か一つだけでも自分の軌跡を覚えておきたかった。
自分がこれからなにをしていけばいいのか残しておきたかった。
もし覚えていることができたとしても、これから何をすればいいのだろう。
勇者としての使命も、友達の覚悟も僕は止めることができなかった。
僕が守らなくてはならなかった世界を魔王である君が救ってしまった。
ああ、そうだ。それなら僕は、君のやりたかったことを引き継ごう。
君の家族を僕が守ろう。君の代わりに僕が守ろう。
このお話はこれでおしまいです。
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