第一章 悠久の塔 第三層 TRS OBTdate.2 その1
薄暗い中で水面に一滴の水滴が落ち、水音が洞窟内に響く。
ここは『悠久の塔 第三層-地下に掬う者-』だ。
第三層は薄暗い洞窟で巨大な虫や幽霊などの魔物がいるマップだ。レベル帯で言えばLv45程度でレベル上限に到達している俺たちからすれば雑魚はどこまでいっても雑魚でしかない。
しかし、俺たちは非常にマズイ状況に陥っていた。
他のパーティーとの戦闘ですでにアコちゃんが倒されている。このゲームでは味方が倒れた後、即座に対応出来れば助けることも可能なのだが、それさえもさせて貰えず戦士による追撃でシャッハも倒れ、どこかでカサコソと虫が蠢く音も聴こえる中で俺とカレンは音を立てないように身を潜めていた……。
この状況に陥る少し前に戻る――
第一層のボスを倒し、ボス部屋の前で待っていた他のプレイヤーも排除した後に第二層へ移動した。
第一層の辛さを経験したおかげで第二層はほとんど苦労することなく突破し、ユニークボスを2体撃破することに成功した俺たちではあったが、疲労困憊で悠久の塔を脱出することを決め塔から脱出した。
今回、塔の攻略において幾つか分かったこともあった。
それはボスを倒した後、上層へ上がる為の部屋には消耗品を販売するNPCが待機していて各種アイテムを揃えることが出来る事。もうひとつ、悠久の塔を脱出することを選択出来るNPCがいたことだ。このNPCから塔を脱出した場合、次に脱出した場所から開始することが出来るおかげで、また第一層からプレイする必要が無いことだ。
皆はこの運営会社であれば、第一層からやり直しさせるのでは――と、いう不安はあったが、普通の仕組みになっていた事にホッとしながら塔を出てその日はそこで解散することにした。
翌日、夕方くらいに集合予定だったのでログインしようとするが緊急メンテナンスが行われていたために憂鬱な作業やネット巡回をして過ごす。
どうやら急激な人数増加にゲームサーバーが負荷に耐えられなくなった為、緊急のサーバー拡大とログイン制限を行ったようだった。
その日の10時頃になり俺はイマイチ進まない作業を止め、監視していたSNSに公式がメンテナンス完了のアナウンスを流すと同時にログインしようとする。しかし、なかなかログイン出来ずに小規模のメンテナンスなども含め、結局ログイン出来たのは日が変わるくらいの時間となった。
他のメンバーも同じくらいにやっとログイン出来、急いで集合し『悠久の塔』の続きを開始した。
第二層のボス部屋奥の部屋から第三層へ上がる前にカレンが今回のメンテナンス原因の憶測と要因を解説し始める。
「あのさ、PNOの方が完全に止まってるのは知ってる? 今回、緊急メンテに至ったのって、たぶんだけどPNO勢がこっちに移動してきたんだと思うのよね」
「向こうはメンテやってるのは確認してたけど、まさか昨日からずっとメンテ状態のままなのか?」
俺がカレンにそう聞くと、カレンは『知らなかったの?』と猫のようなイタズラっぽい表情を浮かべて微笑む。
「そうよ。どうも機器側の問題と同時にクライアント側、サーバー側にも致命的なバグが見つかったってウワサよ。しかも、対抗馬って言われてるバルバロッサ・オンラインも問題発生で2週間延期。ここの運営の狩猟万歳へ帰った人も多いみたいだけど、某掲示板のクソゲーネタで盛り上がりだして、且つまとめサイトに取り上げられちゃって、どんなクソゲーかってウワサでここへ来る人が急激に増えたってワケ」
「なるほど……。イノセント・アンダーワールド・ザ・ホラーも延期だったな……」
「あ、アレも延期なの? でも、メインエンジンってどれも同じクラフトボーンエンジンでしょ?」
ここ何十年もの間、ゲーム制作ではミドルウェアと呼ばれるゲームエンジンを使ってゲームを作るのが当たり前となっている。
特に近年のシステムは複雑で全てプログラミング制御しようとするのは不可能に近いと言われているのは常識でミドルウェアが無ければネットダイブ以外にもほとんどのアプリケーションでさえ作るのは難しい。
特に今決まっている運営予定のゲームでは最新ネットダイブ・オンラインゲーム専用エンジン『クラフトボーン』を使った作品のテストが多数出てきたところだ。
このトゥルー・リング・サーガもその1つだ。
「これもクラフトボーン使ってるのに他と何か違うのかしら?」
カレンはWebコンソールから公式の開発情報を確認しはじめる。
「特に違うってことは無いとは思うけど……あ、スターファイターはクラフトボーン使ってるから経験値の差ってのはあるかもしれない」
「スターファイターもそうなの?」
「今までリアルグラウンド系のエンジンだったんだけど、クラフトボーンになってからアバター処理周りが随分とプログラム的に扱いやすくなったとか……まぁ、俺には詳しいことは分からないけどな」
ネットダイブ用のミドルウェアは各処理ごとのエンジンを使っていたことが多いのだが、最近はオールイン型のエンジンが登場しはじめ、その最新を走るのが『カタギリStudio』がライセンスを持つ『クラフトボーン』だ。
このエンジンは視覚、接触など特に五感系の処理に強いといわれている。
特にオリジナルアバター系のシステムも内包しており、アバターカスタムなど行えるゲームも制作可能で多くのゲームコンテンツを作っている会社では非常に注目されている。
カレンとシステム関連のマニアックな話をしていると、アコちゃんが口を開く。
「あのさ、色んなゲームが止まってるってことは、もしかしたら他のメンバーも来るかもしれない?」
「って、ことは残りの4人が組んで来る可能性も高いわけか……」
「でも、それだと向こうの方が確実に有利じゃない?」
そう言って、カレンは思い出したようにアイテム販売NPCの元へ向かう。
「確かに、残りメンバーの構成を考えると戦士は1だけど俺みたいに中途半端な構成じゃないヒーラー型の魔杖士と魔法特化の魔杖士、スナイパー型の魔銃士だな」
「ミソスープはやっぱ魔杖士で来るかな? 魔銃士って選択もあると思うんだけど」
シャッハはアイテム確認をしながらそう言った。同じレギオンメンバーで『ミソスープ』は短期間に3キャラもレベル上限へ持って行った強者だ。俺たちの殆どは2キャラと半分くらいだったのだが、彼は凄まじいスピードでレベル上げを行っていた。
「でも、るかちがいるとしたら戦士1、魔杖士2、魔銃士1の構成になると思う……もしかしたら、俺たち全員呼び戻してパーティー組み直せって言い出す気もしなくはない」
「……あり得そうで笑えるな」
俺とシャッハの会話を聞いていたアコちゃんが楽しそうに口を開く。
「じゃ、るかち達が来るまで先へ進んじゃおうよ!」
その言葉にパーティー全員がニヤリと笑った。
正直、そこまでは問題は全く無かったし、想定内ではあった。塔に入った段階でレギオンメニューを見忘れていた……と、いうのは確かだったのだが塔に入ってから見ることなど考えている間も無いほどに魔物の量が多く予定より先に進めずアコちゃんが面倒くさいと溜息を吐き文句を言い出す。
「移動疎外系のトラップと虫系の魔物、それに魔法攻撃しか効かない幽霊系って確かに面倒だよな」
俺も異常状態回復のスキルを掛けながら文句言った。
「魔法系の火力が足りないのが原因とはいえ、時間掛かり過ぎよね……でも、そこの影で少し休憩する?」
と、カレンは隠れれそうな岩陰を指さした。アコちゃんは移動阻止から復帰して『やっと移動できる!』とつぶやいた瞬間、ヒットエフェクトと共にLPゲージが一瞬でレッドになる。
「ちょ、たんまっ! って!」
アコちゃんが態勢を立て直そうとし、シャッハもサポートに入ろうとした瞬間、再びアコちゃんが轟音と共に吹き飛ぶ。
「これって、ナギリのオリスキじゃ……って、やばっ!」
シャッハはそう言った瞬間に盾を構え、飛び込んできた敵の攻撃を受け止めた。
「まずは奇襲成功かしら? シャッハさすがねぇ、ワタシの初撃を受け止めたのはお前がはじめてだ」
「って、るかち……しょうもないことを……」
シャッハは緊張感を持った表情で言う。俺とカレンは状況的に非常に不利だと思い、素早く後退して物陰に隠れた。
「さて、残りの二人は隠れちゃったかぁ……シャッハ、4対1だけどどうする?」
「どうするって言われても……」
シャッハは素早く槍に持ち替えて盾を正面にジリジリと後退しようとするが、後方に<防御障壁>が発生する。特殊な使い方ではあるが、<防御障壁>や<攻勢障壁>は敵の侵入を阻害する時にも使えるのだ。
「マジかよ……詰んでる?」
負けず嫌いなシャッハではあるが、さすがにこの状況では無理とあきらめ顔でそう言う。
「うん、詰んでるわよ。選択としてはアタシがいいか、味噌汁がいいか……かな?」
「どっちもカンベンかなぁ……」
シャッハはそう言ってオリジナルスキル<オーバードーズ>を発動して目の前の彼女に向かって突進する……。
「その攻撃は悪くないわ……でも、まだ動きが見えるわね」
シャッハの超速突進攻撃を躱しながら彼女は剣を鞘に納め、グッと腰を落とす。盾の突進攻撃をキャンセルしてシャッハは槍を使った最大攻撃を放つがそれに合わせるように彼女は拳を振るう。
凄まじい金属音が辺りに鳴り響き、シャッハは殴られた方向に向かって吹き飛ぶ。
「ま、マジかよ……」
シャッハは『るかち』のオリジナルスキル<武神流覇>を喰らい後方に吹き飛ばされたのだが、すぐに逆方向に跳ね返されてしまう。それはシャッハの後退を阻止した<防御障壁>に激突した為だ。シャッハのオリジナルスキル<オーバードーズ>発動中は防御力も大幅に上がる為にあり得ないほど強力な攻撃力を持つ<武神流覇>でも倒しきれないとシャッハは確信していたのだが、<防御障壁>による激突ダメージによって体力が0になってしまったのだ。
激しく吹き飛んだシャッハだが、実際の肉体にはダメージの類は一切痛みとしては感知しない、また衝撃に関しては微量ではあるが何かが触った程度の感触はプレイヤーに伝わるようになっている。
吹き飛んだ時の一定以上の視界移動を伴う処理は人体への負荷を考えて狭い視界へと変更される。これはスキルなどでの特殊移動の時と同じような処理が行われている。
「さて、残りは愚弟とカレンちゃんね……」
そう言って彼女は悪魔のような笑みを浮かべながら周囲を見渡し、他の仲間へ指で指示を出すのであった。
そして、元の時間に戻る――
「うわぁ、キッついわね」
カレンはそっと陰から覗きながら小声で呟いた。
俺たちが隠れているのはスナイパー対策なのだが、正直移動しないと完全にどうしようもない状態になるのは分かっていたが付近にはまだ魔物が大量におり下手に移動すると魔物に捕まって居場所がバレてしまう可能性があった為に隠れてとりあえずやり過ごせれば……ラッキーかなぁ。
と、一瞬考えたが問題があることに気が付く。
「でも、あまり長い時間だとバレちゃうわよね……」
「そうじゃなくても簡単にバレる。そもそもギルドメンバーは同マップにいた時にアイコン表示されてるから隠れても意味が無いのを忘れてた」
「あ、そういえば……でも、正確な位置まではわかんないよね?」
「視認されたら、一緒だよ。時間稼ぎ程度にしかならないよなぁ……。にしても、それにあの人たちが、こんなに早く第三層まで来たってことは他のプレイヤーも来る可能性が……」
と、その時――ふと視線の先に白い影が映る。
「!?」
ハッとして白い影を凝視すると、そこには既に何も無く何かの見間違いか視覚系のバグだったのかとカレンに確認するが、カレンは何も見ていないし同じ方向を見ていても意味が無いと指摘される。
カレンの指摘に確かにそうだと思いながら、再び様子を伺うとその視線の先に女性の魔杖士の姿を確認する。
「あ、カレンちゃんとクオン視認ですっ!」
彼女はそう言って特殊移動で後退し、視界から消える。
「くそっ、カレン! 居場所見つかった……移動するか特攻するしかなぞ」
「カンベンして欲しいわね……はぁ、あきらめる?」
「とりあえず一矢報いることが出来れば、いいか……援護頼む!」
そう言って、俺は隠れていたところから特殊移動を使用して飛び出る。
移動位置を狙ったように魔弾が着弾するが、それをギリギリで躱しながら周囲を確認する。目の前には姉が楽しそうな表情でこちらを見て笑う。
「諦めちゃったの? 愚弟……少しくらい楽しまさせてよね!」
そう言って彼女は素早く剣を振り衝撃波を放つ! 当然、これくらいの速度、距離では躱すことは可能だ。俺はサイドステップで衝撃波を躱したが、踏み込んだ位置に魔法陣が出現する。
「ですよねー」
魔法陣からは灼熱の炎が吹き上がる。これは魔法攻撃系の魔杖士が使うスキル<火柱>だ。炎が吹き上がってくる瞬間から魔法陣の範囲にいる敵に対してダメージを与えるスキルで範囲は狭いが火力は非常に高い優秀なスキルである。
即座に判断し<転移移動>を使用して姉の裏に回る。
「いらっしゃいっ!」
彼女もそれを予測しており攻撃モーションに入っている。モーションの動きから双剣スキル<ライトニング・ヘリックス>だ。高速の稲妻斬りを連続で行う回避しづらい攻撃で本来は連撃のラストに決めとして使うことが多いスキルだが、彼女は時に回避のしづらさを利点に敵の移動地点を予測して先出しする方法で使ってくる。
「そーれっ!」
彼女は勢いよく攻撃をこちらに繰り出してくる。
反応速度的には初段さえガード出来れば最後まで耐えれなくはないが、<転移移動>の出現後は若干のウェイト(待機時間)が存在し、他のスキルや移動が本当にコンマ数秒出来ない。それ故にただ喰らうしかないのだが、彼女はそのことに違和感を覚えモンクのスキル<蒼天霹靂>を使用する。
このスキルは全ての行動を一旦止めて周囲の敵を吹っ飛ばす特殊スキルでデメリットとして、行動は誰よりも早く動けるが攻撃に転じる動きや行動は出来ない。いわゆる緊急回避用のスキルだ。
彼女は俺を吹き飛ばした瞬間に悔しそうな顔をしていたが、そこに巨大な光が轟音と共に流れて行き彼女もそれに巻き込まれる。
カレンのオリジナルスキル<これが私の全力全開!>は強大な魔法エネルギーの集束砲で大量のLP・SPを使用して直線上の敵味方関係なく、全てのオブジェクトに対して大ダメージを与えることが出来る。
これは放ったら最後、瀕死になるデメリットを持っている超強力なスキルだ。
姉は戦士の特殊移動であるハイダッシュを使用して躱すが被弾して大ダメージを負いながら吹き飛びながら俺に向かって『ざまぁー♪』という楽しそうな声が聴こえると同時に俺はカレンの攻撃を受けて残りのライフが0になり、視界がグレーになっていく……。
「あちゃー、せめて相打ちと思ったのにぃ……あの人ってば、あの位置で避けるの?」
と、カレンは両手を挙げながらションボリとする。
「ほんと、無茶苦茶な人だよね……でも、ごめんねーカレンちゃん!」
カレンは後ろから聴こえた声にもうひとつ溜息を吐き後頭部に受けた衝撃でライフが0になり倒れる。
これによりパーティー全員が死亡となり、システムメッセージが流れ強制的に塔から追い出され『悠久の塔』のロビーへ戻される。
「全滅かぁ……」
「アレに会ったら仕方ない。と、いうかタイミングが悪かったとしか言えないでしょ」
シャッハは少し悔しそうな表情を浮かべながらアコちゃんに向かってそう言った。
「それにしても向こうはタイミング狙ってたみたいよ?」
「うーん、それもあり得そうでなんとも言えないね」
何か心当たりがあるような雰囲気でアコちゃんはそう口にした。
そんなことを話しているとレギオンチャットにメッセージが入る。
『おーい、私達に吹き飛ばされたキミたち30分後にレギオンルームへ集合ね!』
姉は楽しそうにそう言った。これは全員集合して塔を攻略しようという誘いなのだと理解し、特にシャッハ、アコちゃんはニヤリと悪い微笑を浮かべた。