第15話 「魔王様、再度地下迷宮を攻略③」
前話のあらすじ:迷宮内で老爺と再会しました。
『お前さんたちか! 久しぶりだな?』
気さくに片手を挙げて挨拶してきた骸骨──初代王バムクルは、ちらりとレングルブへと視線を向ける。
その途端、心無しかその眼光が鋭いものに変わった気がするのは、気のせいではないだろう。
『レングルブ……こうして対峙するのには、妙な感覚があるな』
「ほう? われだとよくわかったねぇ」
『その憎たらしい気配。忘れるわけがない。いますぐにでも殺したい気分だ』
憎々し気な初代王の挑発に、レングルブがピクンと眉根を動かす。
「哀れな操り人形だったボンクラが、粋がるねぇ」
『言ってくれる。節足動物の分際で』
「くくく。その節足動物に殺されたのは誰だったかねぇ?」
『……あれは卑怯な不意打ちだったんだ。俺に落ち度はない』
「くくく! どの口が言うんだか」
『口に気を付けろよ。いまのお前なら、俺でも殺せることを忘れるな』
「面白いことを言うねぇ、死にぞこないの骨が」
不穏な空気となり、一触即発な剣呑な睨み合いをする両者。
かつて殺し合いをして、殺した側と殺された側なのだから、ある意味では当然ともいえる反応なのだろうが……
「バムクル殿」
私は溜め息交じりで、場の流れを変えることにした。
「失礼だが、なぜ貴方がまだこうして生存しているんだ? あの黒の魔人を倒したならば、貴方も昇天するはずだったんじゃないのか?」
私の問いかけに対して、レングルブとの不毛な睨み合いを意外なことにあっさりと辞めたバムクルは、頭蓋骨をゆっくりと撫で上げる。
『んー……それなんだがな……一瞬だが昇天しそうにはなったんだが、なんか昇天しきれなかったんだ』
「なんだと? ということは、まさかあの黒の魔人は……」
『生きてるっぽいな』
「マジか」
確かにあの時、ネミルによって消滅させられたはずなのだが……
『現に。ヤーゴさんのこの空間から出た瞬間、また支配されそうになったしな』
「消滅してなかった、ということなのか」
『らしいな。ただまあ、以前に比べて支配力が弱まってる感じはするから、消耗はしてるっぽいけどな』
小さく肩をすくめてくるバムクルなれど、黒の魔人と交戦したことのある私たちは、心中穏やかではない。
「嘘でしょぉ……あんなヤバイ魔人がまだ生きてるとか……」
「キシシ。魔人はしぶとい、ということでしょうかねぇ」
「クレアナード様。ネミルさんが、仕留め損ねたってことなんでしょうか?」
「仕留め損ねた……か。あの状況でネミル殿が見逃すとは思えないから、何らかの方法で騙したということかもしれないな」
生きているとなると、かなり面倒な事態といえるだろう。
少なくとも、ネミルと違い、あの魔人は人間に対して敵対的だったのだから。
人間側にすれば、厄介以外の何物でもないだろう。
「そんなに悩むことかい?」
気楽な調子で言ってきたのは、こちらも先ほどのバムクルとのにらみ合いが嘘のような態度のレングルブ。
「生きてたってんなら、あの時の小娘魔人が対処するだけじゃないかい?」
「……それもそうか」
案外、あの時私たちに挨拶なしに消えたのは、あの黒の魔人の生存を確認したからなのかもしれない。
……単純に、そういう性格だから、という可能性もあるが。
私は居住まいを正して、改めて初代王バムクルへと向き直った。
「バムクル殿、すまない。力になれなかったようだ」
『いやいや、気にするな。こう見えて、いまの俺はけっこう充実してるんだ』
自然あふれる空間を見回して、骨の両手を広げる。
『ここは小さなひとつの世界として成り立ってるからな。俺みたいなヤツでも、俗世を忘れて、のほほんと生きていられるってもんだ』
そう述べてから、初代王が目をキラキラ(実際には不気味に眼光が光るのみだが)させてきた。
『ここはいいぞぉ? 暖かな陽の光の下、田畑を耕し、家畜を育て、汗水たらす。まさに、生きてるって実感できるってもんだ。まあ”生きてる”って表現もおかしなもんだけどな! 骨なのにな!』
豪気にガハハ! と笑う初代王。
骸骨なのに汗水が流れるのか……という感想を口にするほど私は無粋ではなく。
(水浴びしてきたのは、そういう理由だったのか)
と、一応の納得を内心でするのみ。
「それでなんだが、貴方から譲り受けた魔道具も破損させてしまい、修理に出したんだが本来の力を失ってしまった状態なんだ」
『ん? そうなのか。ま、道具なんてもんはいつかは壊れるもんだしな。俺としては何も気にしちゃいないから、お前さんも気にするな』
「そうか……ちなみになんだが、貴方は修理とかは──」
『あームリムリ。俺は使う側であって、直す側じゃないからな』
まあ期待半分だったので、私はそれほどショックを受けることはなかった。
と、そこで珍しく表情を引き締めたプリメラが進み出てきて、《神の槌》を初代王へと見せた。
「えっと、これからワタシは貴方の跡を継いで、2代目統一王になります」
『おお! そうなのか! そりゃめでたいな!』
「それにあたって、色々と教えて欲しいことがあるんですけど」
『そうかそうか。俺に教えられることなら、なんでも聞いてくれや』
「はい! お願いします! ご先祖様!」
真面目全快モードのプリメラを前に、ザオームが感心したように微笑する。
「キシシ。勤勉で、大変よろしいですねぇ」
「だってお姉サマ。ご先祖様──初代王バムクル様から直接高説を受ける機会なんて、もうあるかわからないし」
「そうですねぇ。この機会を有効なものにしましょう」
「ララン! メモとペンをすぐに用意して」
「は、はい!」
こうして初代王やプリメラ一行がこの場を離れ、少し離れた場所にて座談会を。
骸骨なのでいまいち感情がわからないのだが、傍から見ると、世代を超えた後継者に教えを説くことに対して、どことなく楽しそうな印象を受けるもんだった。
手持無沙汰となったのは、その場に残った私と2人。
「レングルブさん、アルペンさんの自宅周辺みたく、ここも自然が溢れてるようですけど巣を張りたくなる衝動には駆られないんですか?」
「んー? まあ、確かに自然溢れてるけどねぇ……」
木々を見回すレングルブは、どことなく不満げな顔だった。
緑の匂い、澄んだ空気、餌となる虫、小鳥のさえずりなど、あの森とほとんど同じと思えるのだが……
「何か違うものなのか?」
違いがわからない私が問うと、レングルブは深い溜め息を吐いてきた。
「違うねぇ……まるで違う。まったく違う、違いすぎて欠伸が出ちまうよ」
「そこまで明確に違うのか……ダミアン、お前にはわかるか?」
「……いえ。俺もぜんぜんわからないんですけど」
「かぁ~……これだから人間ってのは。視覚に頼り過ぎなんだよねぇ。きっと精霊のアテナなら、われのこのモヤモヤした気持ち、理解してくれると思うよ」
「モヤモヤ、か」
「ああ、モヤモヤだよ。痒い所に手が届かない感じかねぇ。ここの森はさ、所詮は作り物なんだよ。それに引き換え、あの森はまさに手つかずの自然。だからここは、人工物による自然は、どこまでいっても不自然でしかないってことさ」
「そういうものなのか。まったくわからないけどな」
「でも、虫とか小鳥は生息してるみたいですから、レングルブさんがそこまで言うほどの違いはないんじゃ……」
「やれやれ……知能なき下等生物とわれを一緒にしないでほしいねぇ。あいつらは疑似でも本物でも、どっちでもいいのさ。危険さえなければね。少なくともわれは、本物にしか触れたくから、とてもじゃないけどこの森に巣を張ろうなんて気には、さらさらなれないねぇ」
譲れないこだわりがあるらしく、レングルブの言葉には少しトゲがあった。
………
……
…
それぞれがそれぞれの事を思い思いにやって時間を過ごしていると、やがて料理が完成する。
想像していたようなグロテスクなものではなく、さすがはアテナが手伝っただけはあった。
見た目も匂いも、実に食欲をそそられる程に完璧に仕上げられていたのである。
思わず吐息を漏らす者が何人も。
「われの眷属はこんなにも美味だったのかい」
等と呟くレングルブなれど、私は今頃になって気づく。
共食いにならないのだろうか、と。
レングルブは笑い飛ばしてきた。
「所詮は弱肉強食ってことさ。強い者は喰らい、弱い者は喰われる。それだけさ」
価値観が違うとしか言えないが、本人が納得しているのならば、わざわざ話を続けなくてもいいだろうと判断する私だった。
──そして。
誰もが満足のいく食事会も終わり、主催者である老爺が提案してきた。
「さぁて。お主らは今日はここで一泊してくのだぁろ? 汗を流してきたらいい。向こうに見える滝の近くに温泉もあるからぁな。遠慮なく使ってくるといい」
温泉という単語に、女性陣から歓声があがる。
といっても、この場にいるのはほとんどが女性なのだが。
「バムクル、ダミアン君。おれらは、あっちで碁でも打って親睦を深めようや」
「え……っ」
『おおともよ! ヤーゴ殿! 今日こそは勝たせてもらうぞ!』
「ふぉっふぉっふぉ! 若造が言いおるわぁ」
「あ、あの俺、碁とか打ったことないんですけど……」
『なに心配するな! 俺がじきじきに教えてやろう!』
「いや、でも……」
「ダミアン君よぉ、まさか女性陣と一緒に入りたいとか言わんよなぁ?」
「そ、それは……」
『決まりだな! さ! 俺ら男性陣は男性陣で親睦を深めようじゃないか!』
半ば強引な形で連れて行かれるダミアンの目が、見る見る死んでいく。
まあ、彼にとっては心底つまらない時間になることだけは確かだろう。
年寄りにとっての娯楽が”碁”なのかもしれないが、若者にとっては必ずしもそうではないということだ。
(まあだからって、私たちと入浴とかは、さすがにな)
喜々とする年寄りに連れて行かれる彼の背に、私は内心で合掌だった。
※ ※ ※
岩づくりの温泉は、想像以上に大きなものだった。
私たち全員が同時に入っても尚、空きの空間があるほどである。
造りはここからでも見える泉と大差ないようで、空中に浮遊する水球から流れ落ちる滝が、この温泉を形成しているようだった。
違いがあるとすれば、その滝から湯気が立っていることだろうか。
「老人は温泉が好きと聞くが……あの老爺も、その例に漏れなかったようだな」
ここまで本格的でいて広い温泉を作っているのだから、間違いないだろう。
肩までつかりながら呟く私の感想に、隣で同じく湯に浸かるアテナが珍しくホッと一息吐いてきた。
「いずれにしても。まさかこのような地下迷宮の奥にて、温泉に入れるとは思っていませんでしたね」
「ああ、そうだな。泊めてもらえるだけじゃなく温泉まで提供してくれるとは……感謝の言葉しかない」
しみじみと温泉を堪能する私達の一方で、まるで子供のようにはしゃぐ面々が。
「キシシ! レアン氏、意外と着やせするタイプだったのですねぇ!」
「そういうアンタもな! オレから見ても、なかなかイイ身体してるじゃねぇか」
「うう……いつかワタシだって、ふたりみたいなナイスバディに……っ」
「王女様、希望を持ってください! お母上の王妃様は見事な体型でしたから!」
「くくく……若いねぇ。身体の特徴で一喜一憂なんて」
はしゃぐ面々を前に楽し気げに小さくひと笑いするレングルブはアラクネ状態で湯に浸かっているのだが、そう呟く彼女とて上半身は人間なので、出るところは出ており引っ込むところは引っ込んでおり、造形美のような、思わず見惚れてしまいそうな美貌を誇っていたりする。
(……私だって、本来の身体だったら、な)
いまのつるつるぺったんこの身体に嘆息ひとつ。
完璧ともいえる体型をさりげなく見せつけてくるアテナが横にいると、なおさら思ってしまう。
別に羨望するとか自分を卑下する気はないのだが、本当なら自分も持っていたものがいま手元にはないという現状は、なんとももどかしいとしか言えないだろう。
「おやおや、クレア様。ご自分の胸を揉むなど、まさか発情でもなされたのですか? ここが公衆の面前だということを告げておきましょう」
「お前ってやつは……どうしてすぐそういう発想になるのか」
「いつもクレア様のことを想っているからでしょう」
「違う意味合いで、悪く思っていそうだな」
「心外なことを。純真無垢な精霊を捕まえてこの方は」
「んん? どこに純真無垢な精霊がいるんだ? 気づかなかったな。私の目の前には、主の寝首を掻かんとする腹黒精霊しか見えないんだがな?」
「おやおや……そのケンカ、買いましょう」
無表情ながらも半眼なアテナが、ずいっと迫ってくる。
体躯差で劣る私は自然と押される形となり、少しづつ後退していくと、背中にてレングルブとぶつかってしまう。
「おっと、すまない」
「くくく。童心にでもかえって泳いでいたのかい? 見た目だけじゃなく、心まで幼児化してしまったようだねぇ」
「あ、いや、そういうわけじゃなくてな。アテナのやつが──」
勘違いしているようなレングルブの言葉を受けて、私は原因たる存在へと視線を促すのだが……
「おや? 突然私の名を出して、どうかされたのですか?」
などとトボけたことを宣うアテナは、いつの間にか落ち着いた様子で湯に浸かっており、手ぬぐいで頬を拭っていたりする。
「ちょ、お前……」
「くくく! 従者のせいにするなんて、いよいよあれだねぇ」
「いや、違う──」
「なになに? どうかしたの?」
「クレア様が心まで童心に返られて、泳いでいたようです」
不思議そうに近寄ってきたプリメラに、傍観者と化しているアテナが説明。
「マジで!? クレアさん……」
「キシシ……クレア氏も、可愛らしいところがあるのですねぇ」
「いよいよヤベぇな」
「あの、心中お察しいたします……」
「…………」
様々な感情が込められた眼差しを向けてくる一同に、私はなんとも居心地の悪い気持ちを抱かされるのだった。
………
……
…
老爺の拠点にて一晩明かすことにさせてもらった私たちは、時刻的なこともあって皆が就寝していた。
ダンジョン内のような危険地帯ということもないので(厳密には未だ迷宮内だが)、私たちは敷物を敷いていわゆる雑魚寝状態で、夜を明かすことにしていた。
「……ん」
ふいに目が覚める。視界が薄暗いのは、太陽の代わりを果たしていた天井付近に浮遊していた光明が、いまは月のような朧げな優しい光を放っているからだ。
どうやらこの空間は、昼夜の調整まで完璧らしい。
初代王が感嘆の声で言っていたように、ここは本当にひとつの世界として成り立っているようである。
(ん? アテナがいない……?)
隣に寝ていたはずの彼女の姿だけがないことに、違和感を覚える。
とはいえ。
眠気が強いのものあって深く考えはせずに「トイレかな」という結論に。
(顔でも洗うか)
眠気こそ強かったがなんとなくそんな気分になってしまった私は、音をたてないようにその場を後にする。
目指す場所は、滝が流れ落ちている泉だ。
(……ん? あれは……)
どうやら、先客がいたらしい。
(アテナ、か)
仄かな月明りを受けて水浴びをする彼女の姿は一種の神秘性を帯びており、その光景はまるで幻想的なひとつの絵画のようでもあり、まるで現実味がなかった。
私にそっちの趣味はないのだが、こうも幻影的でいて完成されている美を見せられると、思わず見惚れてしまう。
「──おや? クレア様ではありませんか」
隠れる気もなかった私に気付いたようで、水浴びをしていたアテナがこちらに視線を向けてきた。
「おやおや。覗きがご趣味とは知りませんでした」
「たまたまだ。というか、さっき温泉に入ったのに、水浴びか?」
「気分的なものですね。夜中というべきかわかりませんが、就寝中にふいに目が覚めてしまいまして」
「なるほどな」
要は、顔を洗いに来た私と同じということなのだろう。
まあさすがに、だからといって水浴びをしようという気にはならないが。
「冷たくないのか?」
「それが水浴びというものでは?」
「いや、それはそうだが……」
「まあ、ご心配なく。思っていたよりかは、水温も低くはないようなので」
「そうか」
顔を洗いにきたので、私はその目的を果たすべく岸辺へと。
「……というかアテナ。前くらい隠したらどうなんだ?」
私が来たというのに堂々と裸体を晒している彼女へと苦言を呈してみるものの、当の彼女は不思議そうに小首を傾げてきた。
「女性同士で何を仰られるかと思えば」
それに、と無表情を貫く彼女の唇が動く。
「温泉の時、私の裸体を欲望の目で視姦してきた方のセリフとは思えませんね」
「誤解も甚だしいな」
悪意ある勘違いに構っていられるかとばかりに顔を洗う私へと、裸体を惜しげもなく見せてくるアテナが静かに水面をかき分けて近づいてきた。
「時に、クレア様」
「ん? なんだ──」
顔を洗っていた私の言葉は、唐突に途切れることになる。
なぜならば、近寄ってきたアテナによって押し倒されてしまったからだ。
「あ、アテナ……?」
無感動の瞳に、押し倒されて困惑した私の姿が映り込む。
「あっさりと押し倒されましたね」
「……いきなりだったからな」
「そうではないでしょう」
私の返答は、あっさりと否定されてしまう。
「いまの貴女は、こんなにも弱い。不意をついたとはいえ、非力な私などに簡単に押し倒されるのですから」
「……何が言いたいんだ?」
「クレア様。どこまで弱くなれば気が済むのですか?」
「……私のせいじゃないだろうが」
「いいえ。クレア様の油断が原因です。弱体化したことも、幼児化したこともすべて。貴女の悪い癖は、いつも肝心な場面で詰めが甘いことです」
「それは……まあ、そうかもしれないが」
「はい。ですから、クレア様が悪いのです」
「…………」
濡れる前髪から滴り落ちる水滴が私の右目に直撃し、思わず片目を閉じる。
今の彼女は全身が濡れているために、当然ながら彼女に組み敷かれている私に水滴が落ちてくるわけで、いつしか私の服もが濡れてしまっていた。
「この状況でウインクですか。あれですか? 発情しているのですか? 私を誘っているのですか? 濡れた服で胸も薄っすら見えているようですし。このまま襲って欲しいのですか?」
「……理不尽すぎるんだが」
「ふふ、冗談ですよ」
艶っぽく笑った後、アテナがゆっくりと私から離れた。
とはいえ、すでに私の服は完全に濡れており、その感触が不快感を与えてくる。
「まったく。悪ふざけが過ぎるぞ」
「申し訳ありません」
何ら詫びる気のない態度で謝罪を口にしてきたアテナは、両手を広げてきた。
「お詫びといってはなんですが、面白いものをお見せしましょう」
言うや否や、彼女の全身が淡い光に包まれると、次の瞬間、光が消え去ると共にアテナの姿が変貌していた。
いまの私と同年代といった感じの、幼女へと。
「……アテナ、その姿は……」
私が素直に驚きを示すと、アテナは無表情の顔でドヤ! っと胸を張ってきた。
「私の身体は肉の塊ではないので、このようなこともできるのです」
「マジか」
確かに、人間と精霊とでは、根本的に存在の在り方が違う。
だからアテナが幼児化したとしても、別段驚くことではないのだが……
「そういうことが出来ると、なぜ今まで言わなかったんだ?」
「聞かれませんでしたので」
「……ああ、お前はそういう奴だったな」
「余計なことは言わないのが私の主義ですから」
通常運転の彼女に嘆息ひとつ。
「主従が揃って幼児化とか……というか、そんな状態で戦闘に影響はないのか?」
「ご心配なく。私の戦闘方法は肉体を使ってというわけではありませんので。それにそもそもが、私は戦闘用の精霊ではないですし。ただまあ、この幼い身体は不便なので元に戻らせて頂きますが」
「……だったら、いまの私も不便だらけということは知ってるはずだよな」
「はい」
「にもかかわらず、お前は私を散々揶揄って来たよな?」
「あれですね。弱いモノを虐めたくなるという生物の真理です」
「お前ってやつは……」
飄々と宣うメイドを前に、もはや私は嘆息しか出ない。
「時にクレア様」
「なんだ?」
「もう濡れているのですし、顔だけでなく全身も水浴びしては如何です?」
「誰のせいで濡れたと思っているんだか……だが、まあそうだな。顔だけ洗うんじゃ、なんだか物足りなくなってきたよ」
──こうして。
顔だけのはずが、アテナとの戯れのせいで私も水浴びをすることに──
※ ※ ※
※ ※ ※
ダミアンは心が死んでいた。
目の前では、碁を愉しむ年寄りたち。
碁のルールを教えられはしたが、心底興味が沸かない彼は、死んだ目でぼうっと対局を──実のところは何も見てはいなかったのだが、無心で見つめているのみ。
遠くから小さく聞こえてくるは、楽園ともいえるような乙女達の楽し気な声。
(俺……なにしてるんだろ……)
死んだ心でダミアンは、本気で自問自答。
さすがに女性陣に混じって温泉という選択肢はないが、だからといって、死ぬほどつまらない年寄りたちの暇つぶしに付き合うくらいならば、座禅を組んで瞑想しているほうがよっぽどマシだった。
そんな彼の前では、年寄り達が「ぐう! そうくるか!」「ふぉっふぉっふぉ! 詰めが甘いなぁ!」等と、至極どうでもいい攻防を繰り広げていたりする。
「そういやぁよぉ」
ふいに、老爺──ヤーバヤーゴが遠い目をしているダミアンに声をかけてきた。
「ダミアン君、お主はあのクレアナード嬢ちゃんを好いてるんだぁろう?」
「……え?」
唐突に切り出されてきた言葉に、ダミアンは一瞬思考が真っ白となってしまう。
「な、なんで急にそんなことを……俺は、別に……」
「ん? 違ったんかい?」
『はっはっは! 嘘はいけないなぁ。同じ男として、簡単に見抜いてしまったぞ』
「……マジですか」
確信めいた口調。さすがは、同性ということなのかもしれないが……
ダミアンは驚きよりも、げんなりする感情の方が強かった。
まさかジジイと骨と恋バナをすることになろうとは……ちっとも胸がときめかないのは、まあ当然だろう。
「嬢ちゃん自身は、ちっとも気づいてくれてないみたいだけどなぁ」
『で、どうなんだい? そこそこの進展はあるのかな?』
「いや、別に、いま言うことじゃ……」
意外と詰め寄ってくるふたりを前に、ダミアンはたじたじとなるのだった。
………
……
…
(……ん、あれ……?)
心底つまらない遊戯のせいで精神疲労が濃いせいか、ダミアンは変な時間に目が覚めてしまう。
しかしちょうどその時に、クレアナードがどこかへと静かに移動していくことに気が付いた。
(クレアナード様……?)
ここは安全地帯とはいえ、こんな時間に単身で移動するのは危険がないともいえないので、ダミアンは気配を消して後をついていくことに。
もしトイレとかだったなら、すぐに引き返すつもりである。
さすがに、トイレの覗き趣味はないからだ。
(あれは……アテナさん)
木々の木陰に身を隠すダミアンは、思わずその光景に見惚れてしまう。
興奮を隠す様に、静かに深呼吸。
美女と美幼女の水浴びを前に、スルーできる男がいるはずもなく。
覗きなんてダメだと思いながらも、彼はその場から動けずに釘づけとなってしまっていた。
しばし水浴びを楽しんだふたりは、身体が冷えたこともあってか、揃って温泉の方へと向かっていく。
(冷えすぎたから、温泉に行こうってところなのかな)
さすがに会話までは聞こえないが、状況からそう判断した。
依然彼女たちは、木々に隠れるダミアンの存在には気づいてはいなかったが……
「えっと……」
まるで言い訳するかのように、ダミアンは誰にともなく独りごちる。
「こんな時間だし、やっぱり見張りとか、いるよね……?」
ここが安全地帯とかは関係なく。
敬愛するクレアナードの安否を心から心配する故のことであり。
決して劣情からくる下賤な好奇心というわけではなく。
ダミアンは、気配を消したままで後を追うのだった。
覗きは男児のロマンです。




