第13話 「魔王様、再度地下迷宮を攻略①」
前話のあらすじ:現地に到着しました。
「怯むな! 間断なく突撃!」
「「「オオオオオオオオオオオ!!!」」」
指揮官の指示が飛び、ドワーフ部隊の面々が雄たけび、立ちふさがる蜘蛛魔獣の群れに突貫していく。
「我等の目的は露払い! 少しでも後衛隊を温存させるのだ!」
「「「オオオオオオオオオオオ!!!」」」
「……温存、ねぇ」
そんな様を後方から眺めるレアンは、どことなく物足りなさそうな様子。
地下迷宮の再攻略にあたり私たちの陣容は、プリメラ親衛隊が前衛隊で、中衛に輜重隊、プリメラ含む私たちは後衛隊となっていた。
さすがはプリメラ王女の親衛隊なだけあり、個々の戦闘力も高いようで、勇戦でもって次々と魔獣を屠っていく。
ここはまだ上層ということもあり、まだ私たちが戦う場面はなかったが、まだ上層だというのに中級種の数が多く、上級種すらちらほらと姿があったりする。
明らかに前回とは違い、難易度が跳ね上がっていた。
だからだろうか。
まだ上層部だというのに、すれ違う冒険者の数が少ないのは。
そしてすれ違う面々は消耗を隠せない様子だったが、遭遇する魔獣の遺骸からは価値ある部位がしっかりと採取されている辺りは、抜かりはないようである。
(ま、地上にロード種が出始めてきてるんだ。上層がこんな状態なのも当然か)
とはいえ、この調子だと最下層にはロード種がゴロゴロ沸いている……なんて状況は勘弁してほしいが。
レングルブ曰く、ロード種はそうそう出現しないのでそんなことにはならないらしいので、とりあえずはひと安心である。
アラクネ状態のレングルブの背に乗る私は、物足りなさそうに欠伸をするレアンに目を向けた。
「レアン、別に参戦してもいいんだぞ?」
「いや、あんだけ前面にドワーフがいたら、逆にオレのほうが動きづれぇ」
「なるほどな」
「ま。なにもクモ共は前からしかこねぇてわけじゃねぇし──な!」
裂帛の声と共にレアンの身体が飛び跳ねており、天井から生まれたばかりの下級蜘蛛を一撃で粉砕する。
ダミアンも気づいていたようだったが、レアンの動きのほうが早かったようで、彼は抜きかけていた短剣を鞘に戻していた。
「レアンさん、さすがに動きが早いですね」
私の後ろ──レングルブの背にちゃっかり乗っているアテナが感心してくる。
「ダミアンさん、頑張らないと見せ場がなくなりますよ」
「いや、別に見せ場とか関係ないですし……」
「お? もしかしてオレと競いてぇってか? 面白ぇじゃねぇか」
「いやいやいや。俺は別に……」
「オレは負けねぇぞ?」
「話を聞いてくださいよ……」
聞く耳もたないレアンに、たじたじのダミアン。
「やれやれ。緊張感のない方たちですね」
「おいおい。お前が焚きつけたんだろうが」
呆れたように溜め息を吐くアテナに、私は苦笑いである。
「キシシ。まるでピクニックですねぇ」
「でもお姉サマ。それだけ、今回は余裕があるってことだよ」
「まあ、そうですねぇ。戦力は十分に揃えているわけですしねぇ」
ドワーフ部隊の精鋭やしっかりと準備された輜重隊、そして一騎当千級の者たち(幼女化してる私は除くが)が揃い踏みしているので、彼女たちの言う通り、今回の攻略は前回と違ってかなり余裕があると言えるだろう。
(レングルブもいるし、なによりもレアンの参入は大きいな)
切り札である”獣化”を操るレアンの戦力は大きいだろうし、レングルブにしてもただのアラクネ種ではない上に、立体型の蜘蛛の巣さえ張れれば無双できるので、彼女たちが参戦する意味は大きいだろう。
「ギイイイイイィィイィイ…………」
最後の1体が倒されたことで、その場の戦闘が終結する。
さすがに精鋭だけあり、ドワーフ部隊の面々にはこれといった損害はない様子。
立ちふさがる敵を排除したことで、私たちの攻略は再開される。
(ま。さすがに上層部で手こずるほうが問題か)
下層に向かうにつれて、敵の強さも変わってくるのだから。
こんな場所で苦戦していては、最下層までなんて到達できないだろう。
(そういえば……)
歩みを再開したレングルブの背に乗る私は、そこでふいに気づく。
その視線は、ザオームの横を歩くプリメラ王女だ。
彼女が肩に担ぐ《神の槌》は、確か持っているだけで消耗するはず……
「プリメラ王女、大丈夫なのか? 《神の槌》をずっと担いでいても」
とはいえ。
王族しか持つことが出来ないので、結局はプリメラが持つしかないわけだが。
「ん? あー平気かな? なんかね、いざ戦闘で使おうとした途端に魔力と体力が吸い取られるんだけど、でもそうじゃないと何でもないみたいなんだよね。どういう仕組みなんだろね?」
「さすがは、神の武器ということか」
「ちなみにね、王家お抱えの専門機関にも調べさせてはみたんだけど、結局何にもわからず仕舞いだったよ」
「キシシ。ブラックボックスというわけですよ。現代の技術では、解明できないようですねぇ。さすがは神々の時代に造られた武器、というわけですよ」
「なるほど、な」
ブラックボックスで思い出されるのは、いまは道具袋にしまっている籠手だ。
初代統一王から貰った魔道具であり、こちらもまた神々の時代の遺産といえるので、結局はこちらも詳細は解明できなかった。
ちなみに、なぜ道具袋にしまっているかといえば、答えは単純明快。
さすがに幼女の細腕には、装備することが出来なかったからである。
(……というか)
先程から無言で歩くレングルブが気になったので、話しかけてみることにした。
「レングルブ、どうかしたのか?」
「……ん? 何がだい?」
「いや、さっきから何も言葉を発していないからな。やはり、何か思うところでもあるのか?」
「ああ、いや、そうじゃないよ。さっきから残してきた半身に思念を飛ばしてるんだけどねぇ……迷宮に入ったら繋がりも強くなるだろうと思ってたけど、やっぱりダメみたいだねぇ」
「反応がないのか?」
「ないというか、無視されてる感じかね」
「無視って……その残してきた半身には、お前みたいな意識があるのか?」
「われは”われ”だけさ。別の意識なんてあるはずないよ」
レングルブは当たり前の事のように言ってくるが、私としてはさっぱりである。
頭に疑問符が浮かんでしまっても、仕方ないだろう。
「じゃあ、どういうことなんだ?」
「んー……可能性があるとすれば、本能……ってところかねぇ」
「本能?」
「ああ。飽くなき飢え……悪食といってもいいかもねぇ。とにかく、魔物ってのは飢えてるんだよ。ま、そういう風に魔神に造られた存在だからねぇ。生物兵器といってもいいかね。兵器が凶暴であればあるほどに、その性能は高まっていくってわけさ。あの”飢え”を癒すためなら、それこそ何でもやってやろうって気になるしねぇ。いや実際、われとしてもキツかったの一言さ」
「飢え、か……」
その飢えとやらを実際に経験しているレングルブの言葉には、重さがあった。
あらためて思い知らされる。
いまこうして気軽に話せてはいるが、レングルブは神々の時代を生きた生き証人であり、巨大な力を持っていた魔物であるということを。
「ぶっちゃけた話、その飢えを残してきた半身に置いてきたんだよねぇ」
「マジか」
「くくく。われにはいらん機能だったしね。だから可能性としては、その”飢え”のせいで意識なき半身が暴走してるってところかねぇ」
「だからこの迷宮の魔獣が活性化しているのか。というか、活性化という表現で合ってるのかわからないが」
「暴走でも活性化でも、どっちでもいいけどねぇ。んで、生み出した魔獣が人間を喰らえば、間接的にでも本体に伝わるから、飢えが多少は癒されるってわけさ」
「そんなシステムになってたのか」
「だから封印が解かれた今、こぞって地上に出て人間を襲い始めたんだろうさ」
「そういうことだったのか……」
要は、迷宮攻略に挑む冒険者だけでは、満足できなくなってしまったということなのだろう。
長年の封印から解かれ、”本体”から切り離され、しかも厄介な”飢え”を残された意識なき半身。
意識がなくとも暴走させるほどに、その”飢え”とやらは想像を絶するのだろう。
むしろ、レングルブ本体がいなくなったからこそ、簡単に暴走状態になったと言えるかもしれない。
(今回の件は、もしかしたら”ツケ”なのかもしれないな)
中途半端に、この迷宮を放置してしまったのだから。
魔獣を生み出すだけの存在だからと、油断してしまったのがいけないのだろう。
「われとて”飢え”に支配されてた頃は、荒み切ってたからねぇ。暴走してたと言ってもいい。だからこそ、その”飢え”から解き放たれた今は、こんなにも穏やかになってるだろう?」
私に振り向いたレングルブは、まさにドヤ顔である。
それを受けた私は、小さく苦笑。
「少なくとも、”お前”に理性が戻ってくれたのは、僥倖だったと思うよ」
「くくく! あの時はアンタに助けられた形だけど、正解だっただろう?」
「ああ、そうだな」
人生、何が起きるかわからない。
まさに、そういうことなのだろう。
ひとつの選択がどういう結果を生み出すかなど、まさに運命を司る神にしかわからないということである。
※ ※ ※
ドワーフ部隊の奮戦のおかげもあり、私たちは地下10階層に到着していた。
「ここまでは予定通り、か」
動き回るドワーフたちを見やりながら、私は独りごちる。
いま現在、ドワーフたちはこの10階層に拠点を築いていた。
前回の攻略時に半壊はしていたが、まだしも無事な部分にいくつもの天幕が張られ、あるいは瓦礫を排除してその場所に、そしてその周囲には魔獣除けの結界石が多数配置され、守りを堅牢なものに。
なぜこんなことをしているかといえば、これが当初の作戦だったからだ。
各入口からの共通フロアである地下10階層に、確実に安全な拠点を築き、ここを足場に地下迷宮を攻略する手はずなのである。
要は、退路と補給路の確保というわけだ。
そして地上で待機している別動隊が時間を置いてこの10階層まで潜り、物資や人員等を随時補給。
前回と違い、ここまで準備万端なのは、早急でいて確実にこの迷宮を封印する為であり、”競争”でない以上、この共通階層に確固たる拠点を築けるというわけだ。
「キシシ……ここから先が、私たちにとっては本番ということですねぇ」
「ようやく気にしないで暴れられるってもんだぜ」
そんなザオームとレアンの言葉の意味は、これより先に潜るメンツが、私たちだけだからだ。
ここまで先導してきてくれちたドワーフ部隊は、この10階層にてお留守番。
ドワーフ部隊の面々は確かに強い部類に入るが、だからといっていつまでも前線で戦えるほどではなく、私たち(いまの私は除くが)に比べるとやはり見劣りするし、下手をすると足手まといになってしまうので、中継拠点ともいえる10階層で確実な拠点を守る役割に徹するというわけである。
だから私達も、攻略に息詰まるとこの10階層まで戻って補給を受ける予定だ。
そしていま現在、私たちは焚き火代わりの魔法の炎を囲みながら、アテナが作った料理を堪能中だった。
強行軍でここまで来たということもあるし、時刻的な意味合いもあり、この場で一晩程休憩をとることにして、英気を養っていたのである。
道がわからず行き先を考えながらの攻略ではなく、すでに判明している道順を辿るだけなので、強行軍で一気に来られたというわけだ。
「かぁ~! これかよ! あのクソガキが絶賛してたアテナの料理ってのは! マジで最っ高だな! こんな旨いメシ、初めて食ったぜ!」
「お褒めのお言葉ありがとうございます」
アテナの絶品料理に舌を唸らせるレアンの賛辞を受け、アテナは無表情なれどもどことなく嬉しそうであり、お代わり分をさりげなく手渡す。
遠慮なく受け取ったレアンは、これまた美味しそうに食事に夢中に。
ここまでの道中での合間合間の食事では、時間を取らないよう簡易携帯食だったので、アテナがそれなりに時間をかけての料理は、いまが初めてだったのである。
(アテナは、料理を褒められるのが好きだからな)
私には幼児でも安心してかみ切れる程度に柔らかいものがメインの料理を出されており、反対にレアンには噛みごたえ抜群の肉がメインの料理だったりする。
ちなみに、ダミアンやレングルブにも今の彼らの状態に合わせた適した料理が用意されており、メンバーそれぞれに適した好みの料理を手早く用意できるアテナの手腕に、内心で頭が下がる思いである。
ちなみに、さすがにこの場にはプリメラやザオームの姿はなかった。
私たちの食事会が始まる前に、ドワーフたちが構築した拠点の天幕のひとつにて、配下の者たちと今後の打ち合わせを兼ねた食事会をしているからだ。
ふたりは去り際、アテナの料理を名残惜しそうに見ていたが、さすがに職務を放棄するわけにはいかなかったというわけである。
「レアン。もしかして私たちに同行してきたのは、ウルから聞いていたアテナの料理が目当てだった、とかなのか?」
「ま、それもあるけどな」
料理が乗った皿を片手にするレアンの瞳に、幼くなっている私が映り込む。
「前にも言ったろ? クレア、アンタに助けられた恩を返したかったってよ。それに、アンタと肩を並べて戦ってみたかったってのもあるけどな。ま、いまの状態じゃその願いはムリそーだけどよ」
「私だって、まさか幼児化するなんて思ってもいなかったさ」
まさに青天の霹靂だ。
これまでいろいろと経験はしてきたが、まさか幼児に退化するなど……
本当にこの幼い身体は不自由でしかなく。
今まで普通に当たり前のように出来ていたことが出来ないのだから、ストレスしか溜まらないというものである。
その後、ちょうど食事を終えた頃合いで、打ち合わせが終わったのかプリメラとザオームがこの場にやってきた。
「皆さん、そろそろ親睦会でも開きませんか?」
そんないきなりな提案をしてきたのは、キノコを肩に担ぐザオーム。
「今更ですが、ここより先は私たちだけの攻略になることですし、互いの事をより深く知っておいても損はないでしょう」
言うや否や、私たちの傍に造られるは、前回の攻略時に何回も助けられたキノコテントである。
……どことなく、そのキノコが期待に打ち震えているように見えるのは、気のせいだろうか。
「キシシ……ぶっちゃけた話、ギーノくんがアラクネと狼族の獣人の”味”を味わってみたいらしいんですよねぇ」
「味……?」
不気味な微笑を浮かべるザオームの発言に最初は眉根を寄せる私だが、やがてその意図している意味に気付くと、再び眉根を寄せることに。
「ザオーム。それは親睦会と言わないんじゃないのか……?」
「キシシ! 身も心も互いに晒す……男同士で言うところの”裸の付き合い”というやつですよ」
そこで、ようやく”親睦会”の意味を理解したようだったが、レングルブとレアンの反応はまさに対照的だった。
「うぇっ!? お、オレはそっち系のはちょっと……」
「おや? レアン氏は見た目に反して意外なことにウブなのですねぇ」
「そ、そういうわけじゃねぇけどよ」
「くくく。われは別に構わないよ。むしろ、興味深いねぇ」
「レングルブ氏の方は乗り気みたいですねぇ。これは、私としても愉しみですよ」
「くくく! われも、ある意味じゃ”ご無沙汰”だからねぇ」
乗り気を見せるレングルブに満足げなザオームは、私たちを見回してきた。
「他に参加希望の方はいらっしゃいますかね? 大歓迎しますよ? むしろクレア氏。幼女がどのようになるのか、私個人としても興味があるんですけどねぇ?」
「……勘弁してくれ」
「おやおや、残念ですねぇ」
レングルブ以外が拒否を示したことで、ザオームの勧誘は終わることに。
「では、早速中へどうぞ」
「くくく。われを愉しませておくれよ?」
「おじゃましまーす!」
キノコテントの中へとザオームとレングルブが入っていき、興味津々な様子でプリメラが続いて行った。
これからテントの中で何が行われるかは……いちいち言うまでもないだろう。
「……しかし。レアン、ザオームの言葉を借りるわけじゃないが、なんというか意外だったな」
私の言葉を受けたレアンは、やや頬を赤らめて視線を外してくる。
「そ、そういうのは、好きなヤツとやるのが普通だろう?」
「意外に乙女チックなことを」
「な、なんだよ。そういうアンタは好きなヤツいねぇのかよ」
「好きなヤツか……」
問われた私は、記憶を反芻する──
なぜか、悲しい気持ちになってしまうのは、仕方ないだろう。
生憎と、男運がなかったのだから。
そんな私の態度を察したのか、レアンがしみじみと溜め息を吐いてきた。
「ま、初恋ってのは実らねぇって聞くしな……」
「もしかしてなんですが……」
悲哀の籠った一言を耳ざく聞いたアテナが、無感動の瞳をレアンへと向ける。
「レアンさんの初恋の相手は……レオさんではないですか?」
「っ!? ななななな……なんでそうなるんだよ!?」
「普通に考えて、村で一番強い男を好きになるというのは、在り得るかなと」
アテナの指摘は、的を得ていると私も思ってしまう。
レアンのようなタイプは、自分よりも強い男に惹かれるだろうからだ。
……案の定というべきか。
むしろ、素直というべきか。
レアンは頬を朱色に染め、そっぽを向きながら。
「……そ、そうだよ、悪いかよ! もうとっくの昔に砕け散ってる恋心だよ!」
「レオさんには、ミゲルさんがいますしね」
「ってか言っておくぜ! オレだけじゃねぇからな! 村にいた同世代は、みんなそうだったんだからな!」
「そうなのか。意外とモテたんだな、あいつ」
「硬派でしたからね」
「ちっ。もうこの話はいーだろ! 誰にだって思い出したくもない思い出のひとつやふたつあるだろーが!」
「黒歴史ってやつですね」
「アテナ、それはちょっと違うんじゃないか?」
恋バナ(?)を私たちがしている片隅では、我関せずを貫くダミアンが無言を決め込んでいるのだった。
………
……
…
しばらく他愛のない話をしていると、キノコテントが大きくぶるっと震える。
そしてそれから少し経った後に、中に入っていた者たちが出てきた。
「くくく……なかなか愉しませてもらったよ」
最初に出てきたレングルブは、とても肌艶が良かった。
テントに入る前よりも、生き生きとさえしている様子。
「キシシ……驚きましたよ。まさか、ギーノくんが攻めきれないとは」
驚きを隠せないザオームの感想に、レングルブは余裕を滲ませてニヤリと笑う。
「われ相手に奮闘したと称賛してあげようかね。見どころはあったからねぇ」
「キシシ! ギーノくんも、次は絶対に”負けない!”と言っていますよ」
「くくく! そいつは愉しみだねぇ」
互いの奮戦(?)を労う彼女たちの後からは、鼻を抑えるプリメラがふらふらっと出てきた。
指の隙間から薄っすらと血が見えることから、鼻血を堪えているのだろう。
「プリメラ王女、大丈夫なのか? まさか怪我でも?」
治療魔法を施そうとした私を、鼻を抑えたままでプリメラが制止してきた。
「だ、大丈夫。ちょっと……想像を絶する攻防に圧倒されちゃって」
「そ、そうか」
攻防という言葉には、あえて触れないことにする。
※ ※ ※
「……ふわぁ……」
皆が思い思いの事をして時間を過ごす中、私は大きな欠伸をしてしまう。
時計で時刻を確認すれば、もう夜半過ぎ。
これでは、眠くなっても仕方がないだろう。
(レングルブに乗ってたおかげで、それほど疲れないと思ったんだが……)
想像以上に、この幼児の身体は消耗しやすいということなのだろう。
私がうつらうつらしていることに気が付いたようで、編み物をしていたアテナが中断して近づいてきた。
「おねむの時間ですか? クレア様」
「……幼児向けの言葉で言うな」
「いまのクレア様は幼女ですから」
「……ちっ」
反論する気力も沸いて来ない私は、舌打ちするのみ。
アテナは私のなけなしの悪態を完全スルーして、手早くその場に寝床を造る。
造ると大仰に言ったが、敷物を敷いてその上にさらに毛布を敷いただけだ。
敷物だけだと固いために寝心地が悪く、毛布を敷くことで、ふんわり感を出してくれたのである。
プリメラとザオームは自分たちの天幕に戻っているために、キノコテントの中で寝るということは出来ないので、雑魚寝というわけだ。
まあ、雑魚寝とはいえ、いま私たちがいるのはいくつも張られた天幕のひとつであり、さらに周囲はドワーフたちが警戒を飛ばしているので、安全は確保されているのでこれといって問題はなかったが。
「では、安心してお休みになってください。出発時間になったら起こしますので」
「……お前は、寝床に戻らないのか?」
前回は封印が影響していたためにアテナは戻れなかったわけだが、いまは封印が解除されている状態なので、戻ろうと思えば戻れるはずなのだが……
「私は、育児放棄をするつもりはありませんので」
「育児って、お前な……」
「クレア様は寝相が悪いですからね。寝ている時にお腹を出して体調を崩されては大変です。幼児というのは、体調が崩れやすいですから」
「だから、子供扱いは──」
言いかけて、止める。
彼女なりに、いまの状態の私を気遣ってくれているのだろう。
普段何かと揶揄ってくる彼女だが、こういう時だけは信頼に値するのである。
「……わかった。後のことは任せる」
「はい。では、よい夢を」
アテナが用意してくれた寝床にごろんと寝転がると、すぐにアテナが別の毛布を掛けてくれた。
心地の良い温かさと睡魔に襲われた私は、あっけなく夢の中へと──
※ ※ ※
※ ※ ※
気持ちよさそうに眠るクレアナードを、その場にいる一同が眺めていた。
「あっさり寝ちまったな。ほんっと、ただの幼女にしか見えねぇわ」
無邪気な寝顔を晒す彼女を前に、レアンは小さく肩をすくめてから。
「つーか、このまま退化の呪いが進行したらヤバいんじゃねぇか?」
「いまアルペンさんが成長促進の魔道具を制作していますし、戻る頃には完成しているはずです」
そう答えたアテナは「それに」と言葉を続ける。
「このまま赤子になったとしても、私が責任を持って立派な淑女に育てましょう」
「淑女とか、マジかよ」
「ちょ、アテナさん!? 縁起でもないことを……っ」
「くくく!」
三者三様の様子を見せる彼らを前にアテナは、寝返りを打って毛布をずらしたクレアナードの毛布を優しくかけ直してから。
「もっと周りに気を遣い、優しさを平等に振りまけ、面倒事に自ら首を突っ込まなくなるような、穏やかな性格に育てたいですね」
「……アテナさん、今回のこと、思いっきり怒ってますね?」
苦笑いのダミアンの指摘に、アテナは淡々とした様子で頷く。
「それはそうでしょう。明らかにリスクがあるのですから。主の意向には従いますが、承服はしていません。それはダミアンさんも同じでは?」
「ま、まあ、そうですけどね。せめて、幼児化が治ってからじゃないと……」
「なんだなんだ? ふたりとも納得してなかったのか?」
「くくく! なんだい、クレアナードってのは我が儘だったのかい」
「クレア様は、野次馬根性全快の方ですからね。飛んで火にいるなんとやら。付き従う者にとっては、本当に苦労が絶えません」
「そ、それは……俺としても否定できない感がありますね……」
従者ふたりが主に対して溜め息を吐くのを前に、レアンはぐーすか寝るクレアナードを意外そうに見やった。
「もっとしっかりしたヤツだと思ってたんだけどな?」
「レアンさんの認識は、半分正解ですね。しっかりしている時はしていますが、基本的にクレア様は、自由になってからは自由気まま、奔放と言って良いでしょう。堅苦しく縛りだらけの魔王から解放された反動かもしれませんが、よけいな事に首を突っ込んでは勝手にリスクを負っていきます」
「笑えるな」
「いやいやいや。関係者としては、笑えないことなんですけどね……」
レアンの感想にダミアンが引きつった笑みを見せると、彼女は肩をすくめる。
「ま、そのお節介なトラブルメーカーのおかげで、いまのオレはこうしてここにいられるわけだしな。感謝はしてるぜ、マジでな」
「確かに。クレア様がお節介を焼かなければ、今頃レアンさんは、豚王の慰み者で赤ちゃんを孕んでいたことでしょう」
「っ……嫌なコトを平然とまあ。事実だろうけどよ」
アテナからの淡々とした指摘に、レアンが苦虫を噛み潰したような顔に。
そんな彼女たちを前に、レングルブが低く笑って来た。
「くくく……結局のところ、クレアナードの気まぐれで、この場にいる連中は生かされてるってことかい?」
「ですね」
「……はい」
「ちっ。否定はできねぇな」
「くくく! まあわれも、同じだからねぇ」
一同の視線が、むにゃむにゃ小さく寝言を呟くクレアナードへと。
そんな彼女の額を、アテナが優しく撫でる。
「なんだかんだで、この方はいろんなヒトをいろんな形で救っているのですよ」
アテナの言葉に同意なのか、その場には異論を唱える者はいなかった。
もう食べられないよぉという寝言は鉄板です。




