第8話 「魔王様、襲撃する④」
前話のあらすじ:弟王子と対決です。
「ヌオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!」
敵味方入り乱れての乱戦の中。
獣の如き咆哮を轟かせたハダックが、私めがけて突進してきた。
鎧の隙間を狙ったダミアンが彼へと攻撃をしかけるものの、狂戦士化しているハダックは傷に頓着しないで、強引に私との距離を詰めてくる。
「──ちっ。狙いは私ひとりということか」
「モテる女は辛いですね」
「言ってる場合か!」
「そうですね。──では」
私の傍らにいるアテナが影術を発動。
ダミアンの攻撃を物ともせずに突進してくるハダックの影から黒の手が伸び、彼の全身に巻き付く──しかしながら拘束は一瞬であり、力任せに黒の手は引きちぎられてしまう。
ならば、と今度アテナが影から生み出したのは、いつも私たちの馬車を牽引してくれる影馬だった。
「小賢しイ!!!」
ハダックが吼える。
ダメージこそ気にしないとはいえ、さすがに直撃すれば弾き飛ばされると判断したのだろう。
突進を継続しながら片手で持つ大槌を豪快に薙ぎ払い、真正面から突撃してきた影馬を粉砕する。
影馬は霧散していくものの、影馬でダメージを与えるのが目的ではないので、別に構わなかった。
彼の意識が一瞬でも影馬に向けられ、霧散する影の残滓で一瞬だけ彼の視界が塞がった隙をついた私は、魔法を発動していた。
無論、魔法耐性つきの鎧を纏うハダックに攻撃魔法が効かないのは承知の上だ。
私の狙いは、彼の足元。
氷魔法によって、その片足を地面に縫い付けたのである。
「ぐウ……っ!?」
さらにダメ押しとばかりに影の手も再びその身体に巻き付き、猛牛よろしくのハダックの動きが、ついに止まった。
そこへとダミアンが襲い掛かり、私も踏み込み、蒼雷刃を送り込む。
私とダミアンの攻撃によってハダックの身体から鮮血が舞い上がるものの、狂戦士化によって痛覚を遮断している彼は怒りの形相を造るのみであり、膂力に任せて片手だけで大槌を薙ぎ払って来た。
「ダミアン!」
「はい!」
当然ながら、そんな攻撃に直撃する私とダミアンではない。
「おのレぇ……! ちょコまかト!!!」
破壊力抜群なれど大振りな大槌を受けることなく回避しながら、隙をついてはその懐に飛び込み、確実にハダックにダメージを与えていく。
痛みを感じないとはいえ、蓄積するダメージを無視することは出来ないだろう。
軽微でもこのままダメージを与え続ければ、チリも積もればといういうやつで、体力が尽きたハダックはいずれ地に膝をつけることになるだろう。
「ヌグガアアアアアアアアアアア!!!!!」
動きを制限されたハダックは闇雲に大槌を振り回し。
さすがにダミアンはその持ち前の機敏性で全てを回避していたが、やはり今の私には無理があったようで、物理障壁を展開する腕輪の能力を発動させられ、後はアテナの影術による援護でどうにか持ちこたえる。
もちろん私自身、経験に基づく体捌きや剣術等で受け捌くが、限界はあるのだ。
そんな私たちの周囲では、ダイ国と私配下のドワーフたちが熾烈を極めていた。
とはいえ、アラクネという特性を生かしたレングルブの特徴的な援護がある為に、どうやら彼らの心配をする必要はない様子。
体の各所に負傷はしていくが、それでも傍から見ても優勢と思えたからだ。
(狂戦士化したことで、確かに攻撃力は跳ね上がっている。一撃でも直撃すれば、私たちは致命傷だろう……だが)
ハダックと交戦しながら、私は冷静に彼を分析。
(精度に欠けるのは、やはり思考力が低下した結果か)
攻防を展開する私たちとハダックの状況を見極める。
いまは俊敏さを生かすダミアンが、動くに動けないハダックを翻弄していた。
「これで!」
「ヌグゥ……コノ程度!!!!」
狂戦士化していることで全てのダメージを”無視”しているハダックに対し、さすがに私たちも無傷とはいかず、直撃だけは避けているがそれなりのダメージを負ってはきているものの、ダメージ総数でいうと確実にハダックの方が上だろう。
「──ッ! 弾かれた……ッ」
「舐めるナ小僧がアアアアアアアアア!!!」
魔法を無効化する鎧の各所も傷だらけになり、鎧から覗く手足や顔にも傷が目立ち始めるが、それでもハダックの闘志が一切衰えることがないのは、やはり狂戦士化の影響なのだろう。
とはいえ、ハダックも明らかに致命傷になるであろう攻撃だけは対処しているので、そのことが一概に私たちが優勢、とは言えなかったのである。
(さすがに、そう簡単にはいかないか)
まあ、私自身の傷は籠手の効果ですぐに治癒されていくのだが、だからといって無尽蔵というわけではなく、治癒にも制限があるようで即死クラスの傷は不可能なので、決して油断は出来ないだろう。
「獲ったゾ小僧!」
「しまっ、足を掴まれ──」
「させませんよ」
「ウグゥ……!?」
飛び蹴りをして顔面に直撃させたダミアンは、しかし鼻の骨が砕けながらもハダックが伸ばした空いている左手にその足を掴まれてしまう。
だがアテナが新たに生んだ影馬を体当たりさせており、直撃を受けたハダックはバランスを崩して後方へと弾かれ、その衝撃でダミアンは、放り投げられる形で空中へと投げられていた。
「すいませんっ、俺のせいで……」
「申し訳ありません、クレア様」
「……まあ、仕方ないさ」
足から着地したダミアンと無表情のアテナの謝罪を受ける私は、嘆息ひとつ。
いまの影馬の体当たりによって、拘束していたハダックが自由の身になってしまったからだ。
影の馬といってもその攻撃力は勢いに乗った馬車の体当たりに匹敵するために、足を氷漬けにし、その上から影の手で拘束していたといっても、その強烈な衝撃で引きはがされてしまったというわけである。
「がフっ……おのレ……だがマダだ。クレアナード……お前ハ絶対に殺ス……」
血反吐を吐きながらも立ち上がるハダックの怒りと狂気を宿す双眸には、相変わらず私ひとりしか映ってはいない。
(この感覚……懐かしい、な)
肌がひり付くこの冷たい緊張感。
場違いだと思いながらも、私は一瞬思い出してしまう。
思い出されるは、魔王の座を巡って他の候補者たちとの死闘。
あの場には、本気であり本物の殺意が満ちていた。
そして今まさに、私に向けられてくる想いも。
あの頃の私にとってはその程度の認識だったが……いまの私にとっては、背筋に冷や汗が出てくる始末。
原因はひとつ。
弱体化した私は弱く、それを受け止めるだけの力がないせいだろう。
もしこの場に、私ひとりしかいなかったならば……
「…………」
静かに瞬きして深呼吸。
すぐに開いた瞳にて、逸らすことなく狂戦士を見据える。
「お前の怒りや憤りに対し、私は一切弁明はしない。そちらに言い分があるように、こちらにも言い分がある。勝った者が正義とは言わないが、勝たねば言い分も通らないだろう。だから──」
ゆっくりと蒼雷まとう剣を構え。
「ケリをつけようか」
私がそう宣言した時だった。
「──ようやく出来たよ」
レングルブの勝ち誇った声が聞こえるや、私たちやハダック含むその一帯が、蜘蛛の巣に覆われるのだった。
※ ※ ※
戦場の変化は一瞬だった。
戦場のど真ん中に、中規模のドーム型の”蜘蛛の巣”が張られたのである。
糸により覆われた内部は、当然ながら外界──外とは完全に遮断されることに。
「なんだこれは……?!」
「糸の壁……?」
「硬いぞこれ! 砕けない!!?」
「何がどうなっているんだ!?」
運悪く内部に取り残された敵味方のドワーフたちが狼狽する。
味方である配下のドワーフたちにもこちらの策は伝えていなかったので(そんな暇もなく)、彼らも戸惑いの表情を浮かべてしまうのは、仕方がないことだろう。
「これはこちらの策だ! だからお前たちは安心して自分の職務を全うしろ!」
私の一声で我に返った彼らは、気を取り直してまだ動揺する敵へと突撃を再開。
逆に、私の声で敵たちも冷静さを取り戻してしまい。
蜘蛛の巣の内部において、再び乱戦が展開されることに。
「はあ~やれやれ。肩が凝っちまったねぇ」
巣の天井から逆さまでぶら下がるレングルブが、疲れた様に肩を揉みほぐす。
それもそうだろう。
なにせ、彼女は何もない空間に蜘蛛の巣を張ったのだ。
それが、どれほど至難の技か、いちいち指摘するまでもないだろう。
さすがは人智をこえた存在──魔物である。
「まあ一苦労あったけど。これでこの領域は、われの支配下になったわけだ」
レングルブの瞳が、怪しく光る。
すべては、あの時に耳打ちした策である。
確かにレングルブには私配下のドワーフたちの援護も頼んだのだが、それだけではなかったというわけだ。
動き回りながら、密かに罠を張っていてもらったのだ。
敵地において、しかも強敵を前にする以上、少しでもこちらが有利になる状況に持ち込む必要があるのは言うまでもないだろう。
まさか王子であるハダックが狂戦士化してくるとは思ってなかったが、まあ結果としてはオーライということである。
「くくく! 第2ラウンドは、われも混ぜてもらおうかねぇ!」
「……賢しイことヲ」
勝ち誇るレングルブを見上げるハダックの双眸は、一瞬だけ揺れる。
戸惑いが動揺か、あるいは両方か。
しかしすぐに、その瞳には狂戦士としての狂気が舞い戻る。
「お前ラが何をしようガ! 兄者の邪魔はさせんゾオアアアアアアアアア!!!」
咆哮したハダックが豪快に地を蹴り、突進してきた。
その進行方向には、言うまでもなく私がいる。
「ちっ。この期に及んでも、まだ私を狙うか……!」
「モテる女は辛いですね」
「言ってる場合か!」
既視感のようなやり取りを交わしながらも、私とアテナは即座に行動。
私は視界封じのための火炎球を放ち、アテナは生み出した影馬を突撃させる。
状況的には先ほどと同じだが、そこに加わるは、火炎球を片手で吹き散らし、影馬を一刀両断にしたハダックの死角から飛び掛かるダミアン。
狙いは、鎧から覗く首──頸動脈。
必殺の一撃は、私しか向いていない彼の首へと吸い込まれていくのだが──
直後に上がるは鮮血ではなく、固い音だった。
あろうことか。
振り向きざまにハダックが、ダミアンの短剣を歯で受け止めていたのだ。
正確にいうならば、上下の歯で白羽取りをしたのである。
「な……っ」
まさかそんな方法で防がれるとは思っていなかったであろうダミアンが絶句。
ハダックは短剣を加えたままで左手を繰り出しており。
一瞬だけ動揺から立ち直るのが遅かったダミアンの横っ腹に命中してしまい、彼の小さい身体は吹き飛ばされていた。
「──ペっ。まずハひとりィイイイイイイイイ!」
短剣を吐き捨て、口の両端から血を流すのも構わずに、大槌を振り抜く──
しかしその刹那、四方から飛んできた糸の群れが巻き付き、大槌は強引に宙に縫い止められることに。
「ぐウ……!?」
「くくく! 言ったろう? ここはわれの領域だと!」
天井からぶら下がりながら哄笑するレングルブが指を煽情的に動かすと、次々とどこからともなく糸が伸びてきて、愕然とするハダックへと取りついていく。
「こンなもノ──ッ!?──な、なんだこレハ……」
力任せに引きちぎろうとするものの、粘り気が強いのか無意味に伸びるだけであり、いつまで経っても引きちぎることは出来なかった。
ハダックが糸から逃れようと四苦八苦している間にも次々と糸は彼の身体に巻き着いていき、次第にまともに動けなくなっていく。
「お、おのレえええええエエエ!!!」
「くくく! アンタみたいな直情的なヤツはねぇ、われみたいなトリッキーなタイプには弱いんだよ。覚えておくがいいさ」
私から離れる前に言い放ったこととは、真逆の事を言い放つ。
真意は何かと問われれば、結果が全てということだろう。
罠さえ構築できれば、アラクネ──レングルブに敵はいない。
この蜘蛛の巣が完成した時点で、そしてその内側にいる時点で、すでに勝敗は決していたのである。
発動までには時間がかかるのが難点ではあるが……
というか、私自身、驚いていたりする。
まさか彼女が、ここまでの罠を造り上げるとは予想してはいなかったからだ。
(アラクネ状態でも、全然普通に脅威だったんだな……)
内心で苦笑い。
敵に回さなくて、本当に良かったというものである。
気づくと、この内部にいる敵兵たちもが糸で拘束されており、口々に悪態をつきながらもがいていたが、誰も逃れることは出来ない様子だった。
勝敗は決した。
敵兵たちは項垂れて諦めた様子になるのだが、ただひとり、ハダックだけはその双眸に、狂戦士状態ゆえなのか、まだ闘志を宿していた。
とはいえ、すでに左手しかまともに動かせなくなっているようだったが。
「ここまでだな。降参してくれ。そうすれば、無闇に命を奪ったりはしない」
近づいて降伏勧告する私を前に、ハダックは諦めたようにひとつ嘆息すると。
「……確カに。ここまデノようだナ」
唯一自由になる左手を懐に入れると、取り出したのは真っ黒い小さな塊。
まるで祈るようにぎゅっと握り締めた後、その両目をカッと見開いた。
「クレアナード! お前モ道連れダ!!!!」
その黒い塊を、自分と私の間の地面に投げつける。
塊が地面で砕け散るや、眩い光が放たれ始めた。
「なに──っ」
「クレア様!」
「クレアナード様!?」
離れた位置にいるアテナとダミアンが声を上げてくる。
しかし離れている為に、彼らにこの刹那の瞬間をどうにかできるわけもなく。
「──くッ!」
いまの私が出来ることといえば、効果があるかわからないが、髪飾りを発動させることぐらいだろうか。
この光の効果が、魔法に関する事柄だといいのだが……
そして、視界が光に覆われる──
※ ※ ※
※ ※ ※
「……くだらン」
周囲を蜘蛛の巣で覆われてしまったが、さりとて気にする必要性はないだろうと、ハダックは判断する。
何をしようとも、いま目の前にいるクレアナードさえ討ち取れれば、それでいいのである。
……そう、思っていたのだが。
邪魔をする魔族のガキにトドメを刺そうとした時だった。
(なん、ダ……?)
気づくと、いつの間にか身体のあちらこちらに糸が張り付いていた。
それは見る見るうちに増殖するかのように増えていき、いつしかハダックの動きを抑制するほどになっている。
「こンなもノ──ッ!?──な、なんだこレハ……」
力任せに引きちぎろうとするものの、粘り気が強いのか無意味に伸びるだけであり、いつまで経っても引きちぎることは出来なかった。
いつの間にかこの空間にいる配下たちもが糸に雁字搦めとなっており、身動きがとれなくなっている様子。
……事ここ個に至って、狂戦士化で思考がどんよりしていながらも、ようやくハダックは理解した。
蜘蛛の罠に、自分たちがかかってしまったことに。
さながら今の自分たちは、蜘蛛の巣に捉えられた、無力な蝶であり。
あのアラクネは、この場を支配する絶対的存在──捕食者。
「お、おのレえええええエエエ!!!」
まんまと罠にハマってしまったことに憤りの怒声を上げるハダックに、頭上から──蜘蛛の巣の天井からぶらさがるアラクネが哄笑を浴びせてきた。
「くくく! アンタみたいな直情的なヤツはねぇ、われみたいなトリッキーなタイプには弱いんだよ。覚えておくがいいさ」
糸に捉えられたハダックは睨みあげることしか出来ない。
当然ながら、圧倒的優位にいるアラクネは、そんな視線などまるで気にしない様子で、ニタニタと笑っているのみ。
(……なんテことだダ……)
かすむ意識の中、ハダックはこの戦いに敗北してしまったことを悟る。
(禁薬まデ使っておきなガラ……兄者……)
禁薬を使ったのは、この場にて必ず事を成す為である。
すなわち、邪魔をしてくれたクレアナードの討伐。
だというのに、この体たらく……
それに。
アラクネ種がここまでの事が出来る等という情報など、知らなかった。
事実、現存するアラクネ種がここまでの事を仕出かしたという記録はなく。
となると、あのアラクネ種が規格外ということになってくるが……
(こんナことならバ……)
戦場をちょこちょこと動き回るアラクネを、早めに始末するべきだったと後悔。
自分との戦闘を回避するような発言で、ただでさえ霞む意識から、すっかりアラクネを除外してしまったのが悔やまれる……
「ここまでだな。降参してくれ。そうすれば、無闇に命を奪ったりはしない」
向こうも勝敗が喫したと判断したのだろう。
蒼い雷纏う剣を引っさげたクレアナードが、静かに近づいてくる。
追い詰められながらも、ハダックは、つい思ってしまった。
汗で張り付く髪や薄っすらと紅潮している頬など、なんと妖艶なことか、と。
憔悴した姿もが美しいと思ってしまい……内心で小さく苦笑い。
「……確カに。ここまデノようだナ」
ハダックは、深く嘆息。
現状、全身を糸で拘束されている為に、自由になるのは辛うじて左手一本のみ。
左手一本で、いったい何が出来ると言うのか。
……いや。方法は、あるのだ。
迷宮と同じく、戦場でも何が起こるかわからない。
念のための用心にと、兄にさえ内緒で持ってきた魔道具──呪具。
その効果は、使用者を媒介にすることで、対象を巻き込むもの。
すなわち、性質の悪い自爆技である。
(これヲ使えバ、おれモ只じゃ済まないガ……)
かといって、このまま憎き女を放置など出来るはずもなく。
この女の介入さえなければ、兄の覇道は輝かしいものになっていたはずなのだ。
こんな無様な強硬策に出ることもなかったのである。
(……兄者、すまなイ。おれハここまでのようダ……だが、こノ女だけハ──)
絶対にこの場で仕留める!
唯一自由になる左手を懐に入れ、呪具を取り出した。
まるで祈るようにぎゅっと握り締めた後、その両目をカッと見開く。
「クレアナード! お前モ道連れダ!!!!」
呪具を自分とクレアナードの間の地面に投げつけた。
塊が地面で砕け散るや、眩い光が放たれ始め──
(兄者! ドうカ統一王に……ッ!!!!!)
すべてが、光に包まれる…………
※ ※ ※
「ぐは……っ」
神の槌の直撃を喰らったハルゼスの鎧が、砕け散る。
盛大に吐血した彼は、その場に力なく片膝をついた。
「お、おのれ…………」
憎々し気に目の前の人物を睨みあげる。
肩で大きく息をつきながら、神々しい槌を両手に握るは、小柄なドワーフ──王女プリメラ。
その傍らにて奇妙なキノコを肩に担ぐは、魔族の女──近衛隊長らしい。
「はあ、はあ……やったよ! お姉サマ!!!」
「ええ、良くやりました。褒めてあげましょう」
「えへへ……!」
「キシシ。勝敗は決しましたね」
こちらが致命傷を負ったことを確信してか、魔族の女が不気味に笑んでくる。
(なぜだ……なぜこうなった……)
不確定要素が多過ぎた、ということだろうか。
クレアナードといい、この女魔族といい。
キノコを武器にするとか、ふざけ過ぎている……が、この女のせいで、自分が地に膝をつくことになってしまったのだが。
魔法対策は完璧だった。
仮に《神の槌》が相手だとはいえ、魔法が主力であるプリメラでは上手に扱うことは出来ないだろう──実際、その予測は正しかったのだ。
だがしかし。
キノコを武器にするこの女魔族が、ハルゼスの予測を覆していたのである。
(……いや。全ては、最初からズレてしまっていたのだな)
思い出されるは、迷宮内で遭遇した謎のアンデット。
あの存在のせいで、計画が狂ってしまったといってもいいだろう。
本来ならば、あの迷宮内で《神の槌》を入手する手はずだったのだから。
「がは……っ」
血反吐をぶちまける。
神の一撃の前には、一級品の防具すらが紙同然だった。
(手や足に、力が入らん……俺は、死ぬのか……何も成せぬままに……)
ぼんやりと宙を見つめていると。
「トドメを刺してあげましょう」
「お、お姉サマ。もう戦意がないようですし、何も命までは……」
「キシシ、甘いですねぇ、プリメラは。こういう輩は、仕留められる時に確実に仕留めておかないと、完治した後にまた牙を剝いてくるものなのですよ」
女魔族の指摘は的を射ていた。
再起の時があるならば、必ずや立ち上がるだろう。
なにせハルゼスは、幼少の時から弟と、統一王になるためだけに育てられてきたといっても過言ではないからだ。
(ハダック……すまない。我等兄弟の誓い、守れそうもない……)
負けたのだ。
あらゆる準備を整えておきながら……
もはや、運に見放されたから、としか言いようがないほどに。
──だが!!!
「ぐぅおおおおおおおおおお!!」
最期の力を振り絞り立ち上がるハルゼスの姿には、鬼気迫るものがあった。
優勢だったプリメラと女魔族が思わず後退るほどである。
「こうなれば……キサマも道連れにしてくれるわアッ!」
「ひ……っ」
「キシシ! 最期の足掻きですか。ですが──」
怯えた表情を張り付かせるプリメラとは対照的に、不気味に笑む女魔族がキノコを振り上げるや、小さなキノコ爆弾がばらまかれてくる。
「キサマを統一王にさせるかああああああ!」
自分が命を懸けても断念せざる得なかった座に、こんな小娘が運だけで座るなど、絶対に許せなかった。
「プリメラああアああああアアアアアーーーーー!!!!」
絶叫を上げながら突撃していく彼の姿は、連鎖する爆発の中に消えていく──
奇しくも兄弟が最期にとった行動は同じでした。




