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勇者を討伐した魔王様は魔力を封じられた為に解雇される。  作者: 吉樹
第7章 『ドワーフ国編②』
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第3話 「魔王様、クエストを受ける」

前話のあらすじ:悪夢を見ました。

「んー……なかなか良さそうなのがないなぁ」



 壁に張られている依頼書の山を見回しながら、私は決め手に欠けていた。


 場所は、コルプ村(職人の村)の近隣にある、交通の要所となっている小規模の街ダヌン。

 その街にある冒険者ギルドにて、私たちは暇つぶし──もとい、クエストを探していたのだが……



「地下迷宮の魔獣討伐報酬額も、通常通りに戻っていますね」

「でも……外に魔獣が出始めてますし、このままでいいんですかね?」



 私と同じように依頼書の山を見ながらのアテナが指摘し、心配げな顔でダミアンが言ってくる。


 ちなみに、いまこの場にはレングルブの姿はない。

 人型を維持するのが疲れたといって、現在は車内にて蜘蛛型に戻り、ゆっくりと休んでいるところなのである。

 一応は泥棒避けの魔法は掛けてはいるが、彼女が車内にいることで、より一層の警戒が出来ることもあり、ある意味では彼女が馬車に残ってくれるのは僥倖と言えるかもしれなかった。



「まあ……その辺のことは、戴冠式が終わってから考えられるんじゃないか?」



 いまはこのドワーフ国を統一することが優先事項であり、外に出てくるといっても出入り口に待機している冒険者たちで対応できているために、この案件は後回しにされてもそれほど問題はないだろう。

 なので、いち冒険者に過ぎない私たちが気にかける必要はないだろう。



「しかし……どの依頼を受けるべきか」



 薬草採取、街を行き来する商人の護衛、各地に蔓延る野良魔獣退治など種類豊富なれど……さすがに、家出したペットの捜索や親が帰宅するまでの子供の面倒を見るといった内容のは、なしだろう。



「妥当なところで……やはり、魔獣退治関連か」

「大雑把なクレア様には、うってつけの依頼ですね」

「お前は、スキあらば私を貶して来るよな?」

「それほどでも」

「褒めてない」



 私とアテナのいつものやりとりを前に、ダミアンが苦笑いをしたところで、受付カウンターから少年の怒声が聞こえてきた。



「どうしてだよ!? なんで依頼を出せないんだよ!!」



 そちらを見ると。

 まだあどけない顔の少年ドワーフが、受付嬢に食って掛かっていた。

 対応する受付嬢は、なんとも弱り顔である。



「だからね、僕。依頼料には、最低限の額が設定されていてね……」

「そんなの嘘だ! あの張り紙見たぞ! 猫探しなんか、僕が持ってきたお小遣いよりもぜんぜん少ないじゃないか!」

「いや、だからね? 猫探しと魔獣討伐じゃリスクが違うから、最低限度の額も変わってくるわけよ」

「そんな……」

「それにね、僕。この依頼、ちゃんと親御さんの許可もらってきてる?」

「え……それは……」

「本当に魔獣討伐をしてほしいのなら、親御さんとまたいらっしゃいな」

「……無理だよ。うちはそんなに裕福じゃないから……これ以上は出せないよ。だから僕の今まで溜めてきたお小遣いを全部もってきたのに……」

「うーん……親御さんは、魔獣討伐は望んでないの?」

「そんなことないよ! すごく困ってるんだ! せっかく頑張って育ててきた作物が食い荒らされるんだもん! でも……僕たちに戦う力なんてないしお金もないから、父さんや母さんはもう諦めてるんだ……」



 悔しそうにこぶしを握り締める少年ドワーフを前に、受付嬢は困り顔に。



「うーん……私としては力を貸してあげたいけれど……この報酬だと、魔獣討伐を引き受けてくれる奇特な冒険者はいないと思うんだよねぇ」

「そんな……」

「個人じゃなくて、村のみんなと協力してお金を出し合うとかは?」

「うちは村から外れた場所にあるから……被害はうちしか受けてなくて……」

「うーん……困ったわねぇ……」



 受付嬢は困り顔で悩むものの、面倒だなぁと内心思っているのが見て取れた。



「だいたい、おかしいんだよ」



 少年ドワーフが、思い出すように吐き捨てる。



「あのあたりは猪魔獣しかいなかったはずなのに。だから猪避けのお守りで田畑は守れてたのに……なんでいきなり蜘蛛魔獣が出てくるんだよ……」



 その発言に、私は反応してしまう。

 アテナやダミアンも同様だったようで、私と同じ態度である。



「クレア様」

「……ああ。聞き捨てならないな」

「ですよね。じゃあ、クレアナード様……」

「ああ。話を聞きに行こうか」



 現在、蜘蛛魔獣は地下迷宮の出入り口からしか、出て来ないはずなのである。

 そしてその出入り口には冒険者たちのテント村が出来ているので、即座にその場にて討伐されるはずなのだ。

 だから近隣の村に、蜘蛛魔獣が被害をもたらすことなどあるはずがなく。

 それなのに、蜘蛛魔獣が被害をもたらしているというのは、看過できない状況と言えるだろう。


 つまりは。

 迷宮の出入り口以外の場所に、蜘蛛魔獣が外に出られる別の通用口が造られた可能性があったのだ。


 これは、さすがに放置していい案件ではないだろう。


 あくまでも可能性に過ぎないのだが、蜘蛛魔獣が外にでる原因となった当事者のひとりでもあるだけに、被害の拡大は防がないといけないだろう。

 まあ、そんな義理などないとは思うが……私は責任感が強いということである。



(損な性格だが……まあ、今更だろうな)



 こうして私たちは、雀の涙程度の報酬額を貰うのもあれなので、無報酬で少年ドワーフの依頼を請け負うことに。




 ※ ※ ※




 少年ドワーフの名はチュアンと言うらしく、彼の自宅は、ダヌンから馬車で小1時間程の距離にある、森沿いにある一軒家だった。

 まあ、子供が一人で依頼に来るくらいなのだから、距離が離れているわけもないのだろうが。



「冒険者……っ」



 自宅に招かれた私たちに対しての、母親の開口一番がそれだった。



「そんな……うちには、報酬金を払うお金なんて……」

「チュアン、どうしてこんな勝手なことを……」



 父親も戸惑いの表情をしており、少年はそんな両親へと身振りを交えて訴える。



「だって! このままじゃ父さんと母さんの畑が! 僕、そんなのイヤだよ!!」

「チュアン……」

「お前の気持ちは嬉しいが、しかし母さんが言ったように、うちに余裕は……」



 両親は息子の想いを受けて複雑な心境の様子。

 彼らの懸念材料は、私たち──冒険者への依頼報酬金だろう。



「勘違いしないで欲しいんだが、私たちもちょっと事情があってな。だから報酬金を要求する気はないんだ」

「え……」

「冒険者が報酬金を要求しない……?」



 両親はますます胡乱げな態度と表情に。


 冒険者は、基本的には無報酬で動くことはない。

 それが冒険者の仕事であり、収入源だからだ。

 だからこそ、無報酬でいいと言った私を怪しんでいるのだろう。



(不用意な発言だったか。彼ら両親と会わない方がよかったか……?)



 とはいえ、その蜘蛛魔獣がどこから来ているのかを探るためにも、この家の協力を得る必要があるために、彼ら両親にも話を通しておく必要があるので、こうして面通しをしたわけなのだが……

 被害を受ける田畑で待ち伏せをするつもりなので、話を通しておかないと、田畑で知らない連中が何かをしていると、不審者通報されてしまいかねないだろう。

 



(んー……どうしたものか)



 両親たちの警戒を解く方法を考えていると。



「誤解なきよう。無報酬ではありませんので」



 ふいに、アテナがそんなことを言って来た。

 両親たちが「やはり……」と、さらに警戒心をあらわにしてくる。



「な、アテナ……?」



 私の視線を受けた彼女は、大丈夫だとばかりに頷いてきた。



「報酬に要求するのは、お金ではありません。なにか、ドワーフ族の郷土料理を教えて頂ければ、それでけっこうです」

「え……そんなことでいいんですかっ?」

「私の主は、舌の肥えた方なのです。料理に関しての知識は金にも匹敵すると。ですので、奥様が知っている郷土料理のレシピなどをお教え頂ければ、と」

「お金じゃなくていいんでしたら、なんでも教えますよ!」

「そうですか。では、早速お願いします」



 ドワーフ母の案内で、アテナはキッチンへと消えていく。

 取り残されたドワーフ父は、眉根を寄せて私を見てきた。



「それで、いったいどうするつもりなんです?」

「蜘蛛魔獣が田畑を荒らすのは夜中だと聞いたんだが?」

「そうです。しかも複数で来ているみたいだから、俺らではどうすることもできません。俺ら一般人が下手に攻撃なんてしようもんなら、どうなることやら……」

「確かに。まあ、私たちは魔獣退治のプロだ。安心して任せてほしい」



 そう述べて、私は外へと出る。

 向かう先は、蜘蛛魔獣に荒らされているという田畑だ。

 すでにその場所にはダミアンとレングルブがおり、事前確認をしていた。



「どんな感じだ?」



 私が問うと、腕を組んでいたレングルブが顔を向けてくる。



「確かに、眷属の匂いがするねぇ」

「ということは、この田畑を荒らすのは、地下迷宮に巣くう蜘蛛ってことか」

「間違いないねぇ。まあ匂いから、下級に位置する蜘蛛たちだから、脅威じゃないだろうけどねぇ」

「クレアナード様。下級魔獣が冒険者テントを突破できるとは考えられません」

「……だよな。やはり、地下迷宮への出入り口以外の場所に、巣に繋がる穴が造られたと考える方が現実的か」

「田畑を荒らしに来る蜘蛛を撃退するのは容易でしょうけど……」

「穴を塞がないことには、堂々巡り、か」



 どうするか……と考えていると、なんてことはないとばかりに、レングルブが鼻を鳴らしてきた。



「われが糸で罠を張ろうじゃないかい。その糸に付いた蜘蛛の後を追えば、穴も見つかるだろうさ」

「……いいのか? 蜘蛛たちは、お前の子供にあたるんじゃないのか?」

「何を言うかと思えば。確かにわれが生んだものたちだろうけどねぇ、だからって別に子供ってわけじゃないよ。われが王であり、あいつらは名もなき下僕。その程度さ。だからわれに、愛情や執着なんてあるはずもないねぇ」

「そういうものなのか」



 魔物の生態に詳しいわけじゃないので、本人がそういうのであれば、気にするだけ無駄ということだろう。



「んじゃま、準備するよ」



 蜘蛛型(アラクネ)に姿を戻したレングルブが、田畑を行ったり来たりし始める。

 私たちの目には何も見えないのだが、彼女がまるで踊るように臀部を小刻みに動かしていることから、私たちの目には見えない糸で罠を造っているのだろう。



(本人にしか見えない糸……か。敵に回すと厄介だな)



 アラクネ種としての能力なのか、あるいは魔物である女王蜘蛛としての能力か。

 何にしても、レングルブを敵に回さないで良かったと思う私だった。



 ………



 ……



 …



 その後。

 夜になり、アテナの影術で覆われたことで夜闇に紛れていた私たちが待ち構えていると。

 カサカサっという複数の音と共に田畑に現れるは、数匹の蜘蛛型魔獣だった。


 警戒することなく、慣れた様子で農作物を手あたり次第に喰い荒らした後、満足したのか来た道をさっさと引き返していく。



「……意外と、あっさりしてるんだな」

「食べる事だけが目的なのでしょう」

「でもこのままエスカレートしてくと、下手をしたら人間を襲うかも……」

「だな。ここで食い止める必要がある」



 危惧するダミアンに頷いた私は、レングルブへと視線を向けた。



「レングルブ。お前が張った糸の罠には、あいつらは掛かったのか?」

「ああ、掛かったねぇ。しかも気づいた様子すらないよ。っていうか、あまりにも間抜け過ぎて笑えてきちまうよ。われの眷属は、低能なヤツばっかなのかねぇ」

「……まあ、下級だしそういうもんじゃないのか?」

「くくく……慰めてくれてありがとよ」

「……いや、実際のところ、ロード種なんかはかなり知能が高いと思うぞ」



 地下迷宮攻略時に、罠を張られていたことを思い出す。

 罠を張るだけの知能があるということなのか、あるいは生物としての本能なのかはわからないが、あの罠には参ったものである。



「ロード種、ねぇ……」

「そういえば。生み出す魔獣のクラスは、選べないものなのか?」

「確立の問題だろうねぇ。人間種が好き好んだタイプを産めないのと同じ原理さ」

「なるほどな」



 魔物だからといって、生命の根幹は弄ることはできないということなのだろう。



「クレア様。いつまでもここで話をしていると見失うのでは?」

「おっと。そうだったな。レングルブ、後を追えるか?」

「われの糸がついてるんだ。見失うってことはないさ」



 自信満々に言い放ったレングルブが、ゆっくりと歩き出した。



「んじゃま、ゆらりと後を追おうじゃないかい」



 月夜が照らす中。

 レングルブの先導のもとに私たちが進む先は──やはりというかなんというか。

 鬱蒼と生い茂る森の中だった。


 さすがに夜の森はリスクが高いとしか言えず。

 糸なら大丈夫ということなので、一度戻り、朝になるのを待つ。


 朝日と共に森の中を歩きながら、私はふとした疑問をレングルブに投げかけた。



「蜘蛛種ってのは、蜘蛛の糸で巣を張って獲物を捕まえる習性はないのか?」

「んー? われは、そういうまどろっこしいやり方は好まないからねぇ」

「ということは、王であるレングルブさんの思考が影響して、眷属の蜘蛛も同じような習性になっているということなのですか?」



 蜘蛛型となっているレングルブの背にちゃっかり座っているアテナが問うと、レングルブはあっさりと頷いてくる。



「そういうことだろうねぇ。まあ、われ以外の蜘蛛がそうとは限らないけどねぇ」

「お前以外にも蜘蛛型の魔物がいるのか?」

「当たり前だろう? 別に、われが蜘蛛の代表というわけじゃあないんだから」

「そういうもんなのか」

「でも……蜘蛛の糸で覆われたダンジョンがあるとか聞いたことがないですよね」



 周囲を警戒しながら歩くダミアンの指摘に、レングルブは溜め息ひとつ。



「ま、われ以外の蜘蛛型は死に絶えたってところなんだろうねぇ」



 その声や口調には、なんら憐憫の感情はなく。



「まったく。軟弱者が多くてイヤになるねぇ。雄蜘蛛がいなけりゃ、われも子孫を残せないってもんだよ」

「子孫……魔物のお前でも、子を残したいのか」

「おっと、勘違いしないでくれるかい? 言葉のアヤさ。別に雄蜘蛛がいなくても、人間の雄でも”愉しむ”ことは出来るからねぇ。ということでダミアン。今夜あたり、われの相手を務めてくれないかい?」

「ぶっ……いやいやいや! 急に何を言っているですか!?」

「われはおかしな事を言ったかい? 雌が雄を求めるのは自然の摂理だろう?」

「いや、そうかもしれないですけど……」

「──話は、ここまでみたいだねぇ」



 私たちを先導していたレングルブが、話を遮って立ち止まる。

 その先はちょうど広場となっているようだったが、よく見れば木々がなぎ倒されており、無理矢理に造った広場のようだった。


 広場の中央には人間大の大きさの穴がぽっかりと開いていたが、周囲には蜘蛛の姿は一匹もなかった。


 これは、蜘蛛型が夜行性であるためだ、

 地下迷宮内で活発に動いていたのは、陽の光が届かない場所だったからであり。

 昼間の地上では陽光を避けるために、夜になるまでは出て来ないのだろう。


 

「……穴、か」

「深いですね。やはり、地下迷宮に繋がっているのでしょうか?」

「クレアナード様。さすがにそれを確認するのは危険が高いと思いますけど……」

「んー……確かにな。レングルブ、お前はどう見る?」

「われの糸はこの穴倉に続いているし、昨夜の蜘蛛は、この穴の底だろうねぇ」

「そうか」



 レングルブの眷属である蜘蛛が地下迷宮以外の場所に出てくるということは、この穴が迷宮に繋がっているのは間違いないだろう。



「根本的な解決にはならないだろうが……いまは、これしかないだろうな」



 火炎球をぶち込み、土砂で穴を塞ぐ。

 ただの時間稼ぎにしかならないだろうが、これで当面は、チュアン一家の被害は防げるだろう。



「恐らく、穴はここだけじゃないだろう。本格的な対応策は、それこそドワーフ国に任せるしかない」



 時間が経てば経つほどに、穴は増えていくことだろう。

 とはいえ、いち冒険者に過ぎない私たちにとっては、目の前の穴を塞ぐだけで手一杯ということである。

 あとは、統一国となったこの国が、国を挙げて対応してもらうしかないだろう。



「さて。用は果たしたんだ。チュアン家に戻って報告してから、別の依頼を探しに行こうか」



 こうして目的を果たした私たちは、一路ダヌンへと──




 ※ ※ ※


 ※ ※ ※



 時刻はしばし戻り。



(あーもう。面倒くさいわね……)



 ダヌンにある冒険者ギルドに努める受付嬢は、内心で嘆息を吐いていた。

 そんな彼女の前には、瞳を潤ませるドワーフ族の少年がひとり。


 彼が、無理難題の依頼を持ってきたのである。


 子供の小遣い程度の低報酬のくせに、内容はリスクがある魔獣討伐。

 こんな屑依頼、どこの物好きが受諾するというのか。

 ──否。いるはずがないだろう。


 冒険者にとってリスクマネジメントは命がけなのだから、メリットのない依頼を受けるなど、ありえないのである。

 しかもこの少年、魔獣討伐依頼の最低限度の報酬額すら提示できていないのだから、問題外という話だった。



(さっさと帰れって言いたいけれど……)



 とはいえ、ぞんざいな対応は自分の評価に繋がるために、冷たい対応をとるわけにもいかず……



(それにしても、さっきからざわざと五月蠅いわね)

 


 まあその原因は、わかりきっていたが。

 依頼書が張られている一角にて、依頼を吟味している人物のせいである。


 ハッとするほどの氷の美貌をもった女魔族。

 傍らにいる女精霊もが負けず劣らずの美人であり。


 室内にいる冒険者たち(主に男)が、彼女たちに視線を奪われていたのだ。

 彼女たちはすっかり慣れているのか、そんな不躾な視線をまるで意に介していない様子であり。

 そんな彼女たちの傍にいる魔族の少年が、何やら自慢げな感じでドヤ顔をしていたのが、なんとなく可愛らしかった。



「──あの。僕の話、聞いてますか?」

「ええ。もちろん聞いていますよ」



 少年の声で我に返った受付嬢が、表面上は親身に対応する振りをしていると。



「君、少し話が聞きたいんだが」



 なんと。

 その件の女魔族が話しかけてくるではないか。

 少年としばし話し合った後、女魔族が受付嬢に目を向けてきた。



(すごい……なんて綺麗な目……)



 吸い込まれそうな氷のように透き通った瞳に思わず見とれてしまうと……



「この少年の依頼を受けようと思うんだが、構わないか?」

「……え? で、ですが、ギルドを通していない正式な依頼ですので、報酬金が保証されていませんが……」

「ああ、それは構わない。報酬金が目当てってわけじゃないからな」



 意味深なことを言ってくる。

 気にはなったが、冒険者の事情にいちいち関わっていてはキリがないことは職業柄わかっているので、受付嬢はあえて追及はしない。



「でしたら、後は自己責任の範疇となります。当方では一切の責任を負いませんがよろしいですか?」

「ああ」



 こうして魔族の女性たちと少年ドワーフは立ち去っていく。



「物好きな冒険者……居たわぁ」



 立ち去る女魔族の背を追うように、室内にいる男達が視線をずっと向けていた。




 ※ ※ ※




 クレアナードが冒険者ギルドにいる頃。

 馬車内で蜘蛛型に戻っていたレングルブは、8本脚を畳んで座り込み、大きな欠伸をしていた。



「人間のテリトリーの中でも、こうして安心して休むことができるとはねぇ」



 しみじみと呟く。



「寄生して正解だったねぇ」



 一時はどうなることかと思ったが。

 どうやら、自分の見る目は確かだったというわけである。



あいつ(クレアナード)がお人よしで助かったよ。まあ、お人好し過ぎるのが心配になってくるけどねぇ……くくく」



 小さく穏やかに笑っていると。

 何の前触れもなく、天井の幌に穴を開けられて車内に侵入してくる人物が。

 泥棒除けの魔法が展開中のはずなのだが……



「な!? アラクネだと……っ」



 音もなく侵入してきた獣人の男は、ゆっくりと休んでいたレングルブに気が付くと驚愕の声を上げた。



「馬鹿な! 蜘蛛の匂いなんてしなかったぞ……っ」



 よほど自分の嗅覚に自信を持っていたのだろう。

 愕然としているのか、思わずといった様子で硬直していた。



(匂い? ……ああ。われはいま、体臭消しの魔道具を身に着けていたねぇ)



 納得と同時に、レングルブは行動に移る。

 泥棒除けの魔法を発動中にも拘わらず天井から侵入してくる人物など、泥棒以外にはいないと判断したからだ。

 ──しかも、その腕前は言うまでもないだろう。


 なのでレングルブは遠慮することなく飛び掛かっており、反応が遅れた泥棒獣人をあっさりと捉えていた。



「た、食べないでくれ!! 俺は食べてもうまくないぞ!!!」

「んー……面倒くさいな、処理が」



 この場で食べたとしても、肉片や血糊の後始末が面倒くさかった。

 本来の姿である巨体だったならば、丸呑みに出来ただろうが……

 いまのアラクネの姿だと、人間を食べる事は非常に面倒くさく、汚く食べ散らかしてしまうだろう。

 外に連れ出したとしても、アラクネ種ということで人目につくと狙われて、これまた面倒くさいことに。



「……仕方ないねぇ」



 食べるという選択肢を捨てたレングルブは、手早く馬車内に糸を張り巡らせて自身の身体を宙に固定すると。



「いーと巻き巻き、いーと巻き巻き~」



 適当な歌を歌いがながら、8本脚で拘束した泥棒を糸でぐるぐる巻きに。

 泥棒は抵抗を示すものの成す術もなく、その身体は糸の中へと。


 やがて綺麗に簀巻きにしたところで、ぽいと外へと投げ捨てる。


 繭の中から埋めき声が聞こえてくるが、無視していいだろう。

 所詮は、犯罪者なのだから。



「天井の穴は……まあ、われのせいじゃないし放っておいていいかねぇ」



 馬車は守ったのだから、その成果だけでいいだろう。

 そう判断したレングルブは、車内に張り巡らせた糸を手早く回収してから脚を畳むと、欠伸をするのだった。



 ………



 ……



 …



 夢現でまどろんでいると、クレアナードたちが戻ってきた。



「レングルブ。外の繭、完全にお前の仕業だろう。何があったんだ?」

「……ん? ああ、あれか。上を見な」

「上……な、穴が……っ」

「泥棒みたいだねぇ」

「泥棒……そうか。泥棒除けの魔法を搔い潜る程の奴、か……」

「クレア様、あの繭はどうしましょう?」

「……泥棒なら自業自得だ。放っておけばいい。天井に穴を開けるような奴など、どうにでもなればいい。だが……くそ。修繕費、誰が払うと思っているんだ」



 怒りを滲ませて人間味溢れる事を言うクレアナードに、レングルブは可笑しそうに小さく笑うのだった。



賞金首だった泥棒を詰め所に突き出して報奨金で修繕しました。

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