第1話 「魔王様、風邪を引く」
前話のあらすじ:女王蜘蛛が仲間になりました。
なんやかんやで地下迷宮『レングルブ』を攻略した後。
ザオームやプリメラ王女と別れ、ザム国内にあるコルプ村に向かう道中、時刻的なこともあり、私たちは馬車を街道脇に停めて夜営の準備をしていた。
照明魔法で視界を確保した中でアテナが料理を作っており。
ダミアンは野良魔獣を警戒して周囲の巡回を。
手持無沙汰の私は、同じくやることのないレングルブと焚き火を囲っていた。
「そういえば。魔物のお前でも、普通の食べ物も食べられるのか?」
ふいに疑問に思ったことを聞いてみると、レングルブは眉間に皺を寄せてくる。
「アンタは、魔物を何だと思ってるんだい?」
その口調には、呆れすら混じっていた。
「腹に普通に入るものなら、何でも食べられるよ。生物の基本だろう?」
そう答えてから。
「──まあもちろん、人間も含まれるけどねぇ」
わざとらしく、悪者っぽくにやりと笑ってくる。
「……人間を、食べたことがあるのか?」
「そりゃあねぇ。昔の現役バリバリ時は、われも今みたいな穏やかな性格じゃなかったしねぇ」
「穏やか……か」
「われの本来の姿は見ているだろう?」
「ああ」
「あの巨体だ。人間なんて一口でパクリさ」
「なるほどな」
弱肉強食、食物連鎖、因果応報。
人間だって家畜や場合によっては魔獣すら食するのだから、その逆があったとしても、仕方がない事象なのだろう。
世界にとっては、人間だけが特別な存在ではないのだから。
「レングルブ。今でも、人間を食べたいと思うか?」
「んー……あの頃のわれの体格だと、ちまちま別の食料を食べるよりは、肉の塊である人間をまるっと食べた方が、効率が良かったってのもあるかねぇ」
「では、アラクネ種となって体格も縮んだ今だと……?」
「こうなると逆に、ちまちました食べ物のほうが、食べやすいだろうねぇ」
「そうか」
私は安堵の息を吐く。
さすがに、道中も人間を食べられては、黙っているわけにもいかないだろう。
「そういや、クレアナードや」
「ん? なんだ?」
「その壊れてる籠手さ……あのドワーフの匂いがするねぇ」
「匂い……?」
「ああ。われを《神の槌》とやらで封印したドワーフさ」
「ああ……初代王か」
彼から貰ったものなのだから、元持ち主の匂いが付いていると言われれば不思議なことはないのだが……
とはいえ。
指摘されたことで、私は思わず籠手の匂いを嗅いでみる。
「……別に、これといった特異な匂いはしないんだが……」
「あはは! 人間の嗅覚程度で、わかるはずないじゃないかい!」
「魔物特有の、ということか?」
「んー……言い方で勘違いさせちまったかね? 匂いというか、残留魔力というか、まあそんなようなもんだと思ってくれていいよ」
「そうなのか……」
思わず馬鹿な真似をしてしまったと少し恥ずかしい想いを抱いていると、レングルブは籠手を見つめながら、その双眸を懐かしむように細めてきた。
「思えば、あいつも不遇だよねぇ。あの魔人にいいように操られてさ。ま、われを封印した張本人なのだし、同情はしないけどねぇ」
「……あの黒の魔人が消滅した以上は、初代王ももう……」
「さあねぇ? われの関知することじゃないし、興味もないねぇ」
「まあ、気持ちはわからんわけじゃないが……そういえば、迷宮に置いてきた半身とは感覚が繋がっているんだろう? 迷宮内のことはわからないのか?」
「あくまで感覚が繋がってるだけで、もう迷宮内を見回せるわけじゃあないよ」
「そうなのか」
あれだけ苦しんでいたのだから、願わくばもう安らかな眠りについていてほしいところだが……
「というか、クレアナードや。あの浮遊してた女魔人とは、知り合いなのかい?」
「ネミル殿のことか?」
「名前は知らんけどね。アンタは、あの女が魔人だってのは知ってたのかい?」
「ああ。以前に彼女からな」
「そうかい……」
「何か含みがある様子だな?」
「われは、あの女魔人とも戦ったことがあるから言えるんだけどねぇ……」
当時を思い出してか、レングルブはその双眸に僅かな恐れを宿す。
「あの女魔人はヤバイよ」
「ヤバい?」
「ああ……あのドワーフだけだったなら、たとえ《神の槌》があろうがわれの圧勝だったろうさ。でも……あの女魔人のせいで、われは敗北したといってもいい」
「そこまでなのか」
「力の差から、ドワーフには致命傷を与えることは出来たわけだけどねぇ」
「そういう背景があったのか……」
当事者でなければ知らない事実。
初代王バムクルもドワーフ族の中では最強といわれていたらしいが、それでも人知を超えた魔人や魔物と比べると、見劣りしてしまったということなのだろう。
「まあ、いまのわれでは、あのドワーフにすら歯が立たない程に弱体化したけどねぇ……くくく」
「笑いごとなのか」
「嘆いても仕方ないだろう? われは自由のために代価を支払った。それだけのことなんだしねぇ」
達観しているといえばそうなのだろうが……
(それだけ、長い封印生活は苦痛だったってことなのか……)
かける言葉が見つからない私は無言となってしまう。
その場に沈黙が落ちようとしたところで、アテナが料理を完成させた。
匂いに釣られてなのかはわからないが、ちょうどダミアンも戻ってきたので、私たちは焚き火を囲んで夜食を食べることに。
「旨いねぇ……人間ってのは、毎日こんなに旨いもんを食べてるのかい?」
「そういうわけじゃないさ。アテナの料理の腕前が絶品なんだ」
「クレア様が素直に私を賛辞してくださるとは……明日は槍が降りますね」
「おいおい」
「料理……か。食材をそのまま食べる魔物や魔獣とは、やはり人間は違うということなんだねぇ」
「食材には、何も味付けとかしないんですか?」
食べながら聞いてくるダミアンに、レングルブは思い出す様に瞳を細めた。
「腹に入って空腹が満たされれば、味なんて関係なかったしねぇ……でも味付けってのは、こうも偉大だったとはねぇ。眼から鱗が出るよ」
レングルブは、しきりに感心しながら料理を楽しみながら食べるのだった。
その後。
食事が終わった後は、皆が思い思いのことをして過ごしていた。
時刻は夜だったが、寝るにはまだ早かったのである。
ぶっちゃけた話、まだ眠くなかったのだ。
「しかし。こうしてみると、見事な擬態だな」
改めて私は、レングルブの姿を確認する。
本来の彼女の姿を知るだけに、つくづく思ってしまうのだ。
もし別のアラクネ種が擬態しており、街中ですれ違ったとしても、まず気づくことはできないだろう。
「ちょっといいか?」
一応断りを入れてから、レングルブの臀部に触れてナデナデしてみる。
見た目こそスカートだが、質感は肌のようであり、人肌ほどの温感もあり、触ってみないとわからないという感じだった。
あの蜘蛛の下半部がこの中に収められていると考えると、どういう構造になっているのか見当もつかず、本当に不思議と言えるだろう。
「……ぅん」
何やら色っぽい声を漏らすレングルブに思わずドキっとさせられると。
「時に、クレア様」
「ん?」
無表情のアテナが、レングルブの臀部に触れる私の手を掴み上げる。
「このヒト、痴漢です」
「はあ? 何をいきなり……」
「私が見ていた限り、レングルブさんは許可していません」
「え……?」
一瞬、何を言われたのか、私は理解するのに時間を要してしまう。
「れ、レングルブ?」
私の戸惑いの声に、レングルブは頬を薄っすらと染めながら苦笑い。
「んー……確かに。われは、まだ何も言っていないねぇ」
「……まじか」
「クレア様。他者の臀部を許可なく触る。この行為、痴漢と言えませんか?」
「……いや、私は。そんなつもりじゃ……」
「クレア様……」
私を悲しそうに見つめるアテナが、これまた悲しそうに吐息をひとつ。
「いつか、やると思っておりました」
「いやいや! 誤解だぞ! 冤罪だ! なあダミアン! お前も何か言ってくれ」
「えっ? ……あー、えっと……その……」
ダミアンは、なんとも歯切れが悪かった。
「おいおいおい……」
そんなつもりじゃなかったのだが、これは完全に私に非があるのだろう。
……本当に、そんなつもりはなかったのだが。
アテナがジト目で私を見据え。
レングルブはなぜか照れたように頬を赤らめ。
ダミアンは私と視線を合わせようとしない。
ちょっとした好奇心が、大きな代償を払うことになるのだった。
※ ※ ※
「……ん? 騒がしいな」
移動中の馬車から異変に気付いた私は、幌から顔だけを覗かせる。
ザム国内側にある地下迷宮への入り口付近を通りかかった所、出入り口付近に出来ている冒険者たちのテント村から、騒々しい喧騒が聞こえてきていたのである。
見ると、今まで外に出ることがなかった蜘蛛型魔獣が外へと出てきており、テント村に駐留する冒険者たちが応戦しているようだった。
まだ数はそれほどではないようだったが、安全圏である地上に魔獣が出てきたことに対して、冒険者たちは戸惑いを隠せない様子だった。
「どういうことだ……?」
私の問いに答えたのは、迷宮の元主。
「まあ、当然だろうねぇ」
「当然?」
「ああ。あの子たちが外に出られなくなったのは、生みの親であるわれが《神の槌》に封印されちまった直後からだしねぇ」
「《神の槌》には、そういう効果もあったということなのか?」
「あったってことなんだろうねぇ。だからわれの封印が解けたいま、こうして外に出てき始めたんだろうさ」
「そうなのか……」
こうなってくると。
果たして《神の槌》を持ち帰ったことが正解だったのかどうか……
まあ今のところは、出てくる魔獣も少数であり下級程度なので、出入り口に布陣するテント村の面々だけで容易に討伐できているようだから、それほど問題視することもないのだろうが。
(まあ、これだけの冒険者がまだいれば、仮にロード種が出てきても数の利でどうにか出来るか)
そんなことを思っていると、違和感に気付いたようでダミアンが指摘してきた。
「冒険者のテント村……なんか規模が小さくなってませんか?」
確かに、ダイ国側のテント村に比べると、こちら側のテント村の規模は小さいと言えなくもなく。
しかしながら、ダイ国側のテント村を後にする際にもすでにテントを畳んでいる冒険者も多くいたので、恐らくはあちら側も、今頃は同程度の規模になっていることが想像に難くなかった。
「まあ、無理もないんじゃないか? 国を挙げての攻略が終わった以上は、報酬も通常に戻っただろうしな」
とはいえ、まだ地下迷宮の出入り口付近にテント村があるのは、単純に、このダンジョンでの魔獣討伐で生計を立てようと決めている冒険者たちなのだろう。
新しいダンジョンにリスク覚悟で挑むよりも、慣れ切ったダンジョンでのほうがリスクも低いだろうからだ。
世界樹のように国が管理しているならば、このような状況にはなっていなかったことだろう。
まあだからといって、ここだけが特別というわけではなく。
世界各地にはまだ多くのダンジョンが存在するので、それらの出入り口付近にはここと同じように冒険者たちによるテント村がいくつも形成されているので、ある意味では、お役所仕事の範疇を出ない国が管理するよりも、安全度が高いとも言えなくはなかったのである。
まあ、いまの私たちにはそれほど関係のないことなので、先を急ぐことにするのだったが。
………
……
…
やがて私たちは、目的地であるコルプ村に到着する。
職人の村ということもあり村には飲食店や宿場もなく、鍛冶屋や精錬所といった職人に必要な建物しかなく、ここを訪れる者たちは、基本的には馬車での寝泊まりが前提とされているようだった。
プリメラの近衛隊長の紹介状を頼りに、ひとつの鍛冶屋へと入ると、出迎えたのは鉢巻が似合っている女ドワーフだった。
「ジジン叔父さんの紹介かぁ! こいつぁ、手を抜けないね!」
元気よい声と表情で言ってくる女ドワーフの名は、イフ。
なんでも、近衛隊長とは親戚関係らしかった。
身内を紹介されたことにやや不安を覚えてしまうが、もともとドワーフは手先が器用であり生まれながらの職人といわれるので、こうして店を構えている以上は、腕は確かなのだと信じたいものである。
「それで、これを修理して欲しいんだが。それと、こっちの魔道具も整備してほしいんだが、頼めるか?」
「修理と整備ね! ちょいと時間はかかるけど、それでいいかい?」
「ああ、構わない。別段、急いでるわけじゃないしな」
「オッケー! んじゃま、ちょっくら初見させてもらうよ!」
私が机の上に置いた魔道具を確認するイフは、途端に目の色を変えてきた。
「ちょ……! これ、マジなわけ!?」
「どうかしたのか?」
「どれもこれも一級品じゃない!? しかもこの籠手なんかは! いまは籠手状になってるようだけど、これってとんでもない逸品だよ!!? お客さんって何者なのよ!?! どこぞの王族なわけ!?」
「そんな大層なもんじゃないさ。それに、全部貰い物だ」
「貰い物!? うそでしょ!!!!? こんな一級品をたくさん貰えるって……」
私をまじまじと見てくる職人を前に、私はなんだか居心地が悪くなってしまう。
貰い物というのは事実だったが、改めて考えてみると、とんでもないことだったのかもしれない。
まあ、相手は王族なのだから(森の魔女は違うが)、彼らにしてみたら大したことではなかったのだろうが。
「と、とにかく。私の依頼、請け負えそうか? 無理そうな他を当たるが……」
「とんでもない! こんな大仕事、他の奴に任せるなんてもったいない!! ウチが責任をもって預かるよ! それこそ命だってかけるから!」
「いや、命までかけなくてもいいんだが……」
「それだけの意気込みってことさ!」
「そ、そうか」
私がやや引き気味でそう答えると、ひと息ついて冷静さを取り戻したイフは、信頼に足り得る職人顔に。
「とは言っても、こんだけの大仕事だ。さっきも言った通り、数日は掛かっちまうけどいいかい?」
「ああ、それは構わない」
「毎度あり! んで、費用のほうだけど……」
提示されてきた額は、思っていたよりも低かった。
「本当にこの値段でいいのか?」
「モチ! こんなレアものを扱えるってだけでも、ウチにとっては勉強にすらなるってもんだしさ!」
「そうなのか……まあ、君がそう言うのであれば、こちらとしては何も言うつもりはないが」
「えへへ……マジやばいなこれ! 涎が出ちまう……」
本場の職人にとっても、私が装備する魔道具は希少だったらしい。
こうして私は、やや不安を覚えつつも、魔道具一式を興奮する職人に預けることにするのだった。
※ ※ ※
「……旨いな」
職人の村とはいえ、元来ドワーフは酒好きとしても知られており、飲食店はないものの酒造店はしっかりとあったので……
私は思わず、ドワーフ名産の地酒を購入していた。
馬車内にて晩酌していたのだが、喉越しがしっかりとしている上に適度な辛みと甘さが引き立っており、ついつい飲酒の量が増えてしまうというものだった。
しかもいまは、レングルブが酒の友になってくれたおかげもあり。
また、アテナが作ってくれた酒のおかずも絶品だったこともあり。
調子に乗ってしまった私は、思いっきり深酒をしてしまい……
──結果。
ドワーフ族の地酒が身体にあわなかったのか、それともこれまでの蓄積された疲労が一気に出てしまったのか。
私は……
あっさりと風邪を引いて寝込んでいた。
「う゛ー……頭が痛い……ゴホっ、ゴホ……っ」
風邪による頭痛か、地酒を飲み過ぎたことによる二日酔いか、なんにしても、ひどく気持ちが悪かった。
「情けないねぇ……あの程度の酒で」
私以上に酒を飲んだであろうレングルブはピンピンしており、呆れた表情で私の顔を覗き込んできた。
「……なんで、お前は元気なんだ……?」
「むしろ逆に、なんでアンタはそんなに酒に弱いんだい?」
「私は、弱いわけじゃ……ゴホゲホッ」
「はいはい、クレア様。いまは安静にしてください」
抗議の声を上げる私をあやす様に、アテナが私のおでこに当てているタオルを換えてくる。
そんな彼女の傍らでは、私を心配そうに見つめてくるダミアンの姿が。
「クレアナード様。何か食べたいものはありますか? 手持ちになかったら、近隣の街までひとっ走りしてきますよ?」
「ダミアン……ありがとう。ゴホッ、いまは大丈夫だから、気にするな……」
「クレアナード様……」
「ゴホゴホゲホォ……ッ」
見苦しくも大きくせき込んだ私は、大きく深呼吸。
(あ゛ーーーーー……最悪だ。気持ちが悪い……)
とにかく喉が痛く。
頭痛が激しく。
眩暈はするし、悪寒もひどく。
視界がぐるぐる回るばかり。
(やけに喉が渇く……)
ひりつく様に痛むせいなのか、喉が異様な渇きを訴えてくる。
「……アテナぁ、喉が渇いた……」
「そうですか。では、こちらを」
差し出してきたのは、コップに入れられた地酒。
「……ちょ、お前……」
「おや? お酒がお好きなのですよね?」
「……勘弁してくれ……ゴホゴホッ」
こんな時でも揶揄ってくるアテナに、もはや私は、ツッコミを入れるどころではなかった。
※ ※ ※
※ ※ ※
クレアナードが風邪を引いてから数日後。
彼女の風邪は思いのほか長引いており、いまもなお、馬車内で寝込んでいた。
ダミアンは預けた魔道具の進捗状況を確認に村へと行っており、やることもないレングルブも彼に同伴しているので、現在馬車内には、寝込んでいるクレナードと静かに読書しているアテナのみである。
「う゛ーん……アテナぁ……どこだぁ……」
うなされているのか、クレナードが寝言を呟いて手を虚空に伸ばす。
読書していたアテナは、やれやれとばかりにクレナードのもとへ。
「はいはい。私はここに居ますよ」
伸ばされている手を握ってやると、安心したのか、すうすうと寝息が。
「甘えん坊さんですね」
病気になると、ヒトは気弱になるというが……
「まったく。貴女は、私がいないとどうしようもないですね」
空いている方の片手で、寝息を立てるクレアナードの頬を優しく撫でる。
「まあ、私としても貴女という主がいなかったら、今頃どうなっていたか……」
口元に、うっすらとした微笑。
「結局は。私と貴女は、互いに依存しているのですね」
撫でるクレナードの頬は紅潮しており、まだ熱があるのが伝わってくることに、アテナは溜め息ひとつ。
「早く元気になって下さい。揶揄い甲斐がないじゃないですか」
まるで慈しむように、その頬を撫で続けるのだった。
※ ※ ※
「ぶっちゃけさ」
職人──イフは、進捗状況を聞きに来たダミアンに身を乗り出していた。
「これらの魔道具、いくらなら売ってくれる?」
「ええっ!?」
目を丸くするダミアンとは対照的に、レングルブはその話には興味ないようで、ショーケースに入れられている様々な魔道具や武具に目を奪われている様子。
「いやいやいや! これらは俺の持ち物じゃないですし! ってか、なんでいきなり買い取りの話にっ?」
「いやぁ……実際整備してるとさ、こんだけ見事なもん、そうそうお目にかかれなくてね。いち職人としてさ、なんか手元に置いて置きたくなっちゃってさ!」
「そんなこと言われても……これらはクレアナード様の持ち物ですし。俺にそんな権限ないですし」
「そういや、そのクレナードさんはどうしたのさ?」
「風邪で寝込んでまして。だから俺が、預けた魔道具の進捗状況を確認に……」
「なるほどねぇ……あの姉さん、風邪ひいちゃったのかぁ」
「きっと、今までの疲れが出たんだと思いますけど……」
心配げに瞳を揺らすダミアンは、気持ちを切り替えるように、ゆっくりとまばたきひとつ。
「それで、進捗状況はどうなんですか?」
「んー……指輪、腕輪、髪飾り、ペンダントの魔道具に関しては、滞りなく整備は終わってるよ」
「破損している籠手はどうなんですか?」
「それなんだけどねぇ……」
机に置かれた籠手は、見た目だけならば修理は完了しているようだった。
ヒビ割れた宝玉も綺麗に修復されているようだったが……
「はっきり言うとね、この魔道具は規格外だよ」
「規格外?」
「現代の技術じゃ、完全な修復は不可能ってことさ」
「え……」
説明によると、失われた高度な技術で作り上げられているとのことであり。
下手に弄ると取り返しのつかないことになりかねないので、お手上げ状態。
なので、装備者の魔力を消費して自動回復する機能のみだけ、維持できたとのことだった。
(初代王が現役時代のものだから、その当時の技術と現代の技術じゃ、それだけの差があるってことなのか……)
とはいうものの、これはクレアナードが望んた結果ではないだろう。
彼女の望みは、この魔道具の完全修復なのだから。
「えっと……この魔道具を完全に修復できる職人っているんでしょうか?」
「いや、だからさぁ……ウチの話聞いてた? 失われた技術だから、ウチじゃなくたって誰も修復なんて出来ないから。下手に弄ったが最期、自動回復機能すらなくなるかもしれんよ」
「……そうなんですか」
職人のプライドということもあるかもしれないので、ダミアンは内心では他の職人も探そうと決めていたりする。
と、そんな話の流れをぶち壊す様にレングルブが会話に入ってきた。
「なあ、ダミアン。われにこれを買っておくれ」
「え?」
レングルブが手にするのは、ひとつのペンダントだった。
「それって……魔道具なんですか?」
「説明文を見るとそうみたいだねぇ」
「えっと……効果はなんなんですか?」
「体臭を消してくれるらしい」
「体臭って……別にそんなもの必要ないじゃないですか」
魔道具といっても、全部が戦闘関連しかないというわけでもなく。
日常生活に密着したものも普通にあり、森の魔女が主に造っていたものが、こうした一般人向けのものなのである。
「わかってないねぇ。女ってのはね、自分の匂いに敏感な生き物なんだよ」
「えっと、気持ちはわからないでもないかもですけど……今回はクレアナード様のお使いみたいなもんなんですし、レングルブさんの買い物ってわけじゃ……」
「ダミアン。女に簡単にプレゼントのひとつできないような甲斐性なしじゃあ、好いた女をモノにするなんて夢のまた夢じゃないかい?」
「ええ……っ」
いきなり核心を突かれたことに、ダミアンは絶句する。
「おんやぁ? もしかして君、意中のヒトがいたりするのかな?」
職人から商人の目になったイフがショーケースへと移動して、その中から液体が入った瓶を取り出してきた。
「これは一種の香水なんだけど、れっきとした魔道具でもあるんだ。効果はね、意中の女性を強制的に発情させるよ」
「は、発情って……っ」
「おや? お気に召さない? だったら──」
「いやいやいや! 犯罪めいたものなんていらないですから!」
「くくく! ウブだねぇ……もしかして、まだ童──」
「ああもう! わかりましたよ!」
レングルブの言葉を最後まで言わせることなく、彼女から奪い取ったペンダントを机へと叩きつける。
「これ下さい!」
「はい、まいどありー!」
満面の営業スマイルを向けてくるイフに対して、ダミアンは苦虫を噛み潰したような顔で、自分のサイフから自腹を切るのだった。
ペンダントを貰った彼女はすごく喜んだ様子でした。




