第11話 「魔王様、地下迷宮攻略中。後半戦④」
前話のあらすじ:隠居した魔人と出会いました。
それは、何の前触れもなかった。
通路を曲がったところで、最悪の展開が。
『GUUUUUUUUUUUUUUUUUUU…………!!!!!』
あろうことか。
仲間たちと合流を果たす前に、最悪の敵と先に遭遇してしまったのである。
「な……っ」
「ひい……っ」
「キシシ!」
三者三様の反応を見せる私なれど、即座に対応。
反射的にプリメラが速度重視の光弾を叩き込み、ザオームが触手の群れを浴びせていた。
と同時に私も抜剣した切っ先に蒼雷を纏わせ。
光弾を鎧で吸収し、触手の群れすら強引に突破してきた骸骨へと逆に飛び込んでいた私は、真正面から激突。
ここらへんの対応力の違いは、さすがに経験値の差と言えるだろう。
私は瞬時に、光弾は無力化されるだろうし、触手の群れも突破されるだろうと即断していたのである。
一瞬でも対応が遅れていれば、骸骨の手刀がザオームかプリメラに突き刺さっていたことだろう。
しかし──
「ぐう……ッ」
犬歯をむき出すは私。
手刀と蒼刃をかみ合わせるものの、闇を纏っていたことでその手を切り裂くことが出来ず、想定以上な圧力でもって蒼刃を押し返してきたからだ。
それでもどうにか堪え、その場にで何度も手刀と蒼刃をぶつ気合う。
技量はほぼ互角だったが、手刀と剣というリーチの差があることで、辛うじて私が優勢という展開に。
だが一瞬でも気を抜けば距離を詰めようとしてくるために、攻防の度に私の精神力は大きく削られていく。
その結果として、盾を生み出す腕輪の力を使うことになってしまったが……
「クレア氏! 横へ!」
背中を向けていた私は、しかし彼女の声を聞くや壁にタックルするように移動。
壁と激突した肩が痛いものの、それと入れ替わるように骸骨へと向かうは、狙いすまされたキノコ爆弾。
着弾して小爆発が起き、骸骨が吹き飛ばされる。
骸骨が纏う鎧は魔法のみを吸収するので、物理攻撃は対象外というわけだ。
間近の爆風で髪が乱れるのも構わずに、体制を直した私は氷魔法を発動。
爆発によって床に倒れ込んだ骸骨の四肢を氷で閉ざす。
直撃させなかったのは、鎧に吸収されるのを避けるためである。
動きを封じたところへ、ダメ押しとばかりに遠距離からキノコ爆弾の雨あられ。
連続する小爆発が回避できない骸骨に直撃していき。
爆煙がその姿を呑み込んでいく。
ちなみに、この間。
私とザオームが即座に動いていたのに対し、プリメラが反応できたのは最初の反射的な一発のみであり、後はもう「あうあう」言って狼狽していただけだった。
まあ、責めるつもりはなかったが。
彼女は私たちと違い、冒険者ではないのだから。
立ち込める爆煙で骸骨がいるだろう通路の先が見えなくなってしまうが、私は決して警戒心を解きはしなかった。
この程度の攻撃でどうにかできるならば、最初から苦労はしていないからだ。
「ザオーム! プリメラ王女! 少し下がれ!」
彼女たちが下がったところで、私は火炎球を解き放つ。
狙いは爆煙の向こうにいる骸骨ではなく、その天井へと。
爆裂した天井が瓦礫を降らせ、私たちの眼前の通路が塞がれることに。
この展開に、さすがにプリメラが絶句していた。
当然の反応と言えるだろう。
地図を頼りに進んできた以上、この通路の先が上層へと繋がっていたからだ。
つまりは。
こうして塞いでしまった以上は、もうこの通路は使えないということである。
「ちょ……どうするのさ!?」
「安心しろ。この地図によれば、上層への道はこのひとつだけじゃない。大きく迂回することになるが、まだいくつか道はある」
「キシシ……クレア氏の判断は妥当だったと思いますよ。現状、あのアンデットと普通に戦闘してもこちらに勝ち目はないですからねぇ」
「瓦礫に埋もれさせたことで、多少は時間が稼げるはずだ。この間に迂回して上層へ向かおう」
早々に回れ右をする私とザオームだが、俯いた王女がぽつりと呟いてきた。
「なんで先に遭遇したのが、あの骸骨なんだろう……もしかして皆はもう……」
「そう悲観するな。道はひとつじゃないし、魔獣にしかわからない隠し通路みたいなのもあるのかもしれない」
「だといいけど……」
「キシシ! よくはないでしょう。そうなると、またあのアンデットと遭遇する可能性が高くなるのですからねぇ」
「それはそうだけど……」
「ザオーム。揚げ足をとっている場合か」
「キシシ……これは申し訳ない」
「とにかく。いまは一刻も早く、この場から離れよう。瓦礫を押しのけて来るかもしれんからな」
迅速な初期対応で最悪の展開だけは免れた私たちは、進路を変更することに。
(……そう。道はひとつじゃないんだ。だから、きっと……)
王女に言った言葉は、自分にも向けられていた。
いまはただ、仲間の無事を祈るしかないのである……
こうして。
物騒な鬼ごっこが始まることに──
※ ※ ※
『GUUUUUUUUUUUUUUUUUUU…………!!!!!』
「ちいっ!」
先回りされたのか、私たちの前に骸骨が立ちふさがる。
当然ながら、最小限の戦闘で通路を塞ぎ、逃走を。
………
……
…
『GUUUUUUUUUUUUUUUUUUU…………!!!!!』
「またかッ!」
別の通路を進む私たちの眼前に、また骸骨が現れる。
言うまでもなく、足止めの戦闘の末に通路を塞ぎ、逃走。
………
……
…
『GUUUUUUUUUUUUUUUUUUU…………!!!!!』
「………………」
迂回ルート先にて、骸骨が。
さすがに全員、もう慣れたものであり、やることやって迅速に逃走。
………
……
…
その後も、完全に狙われているとしか思えない私たちは、何度も骸骨と遭遇することに。
次第に使えるルートも減っていく中、もう何度目かわからないが、また私たちの前に骸骨が。
『GUUUUUUUUUUUUUUUUUUU…………!!!!!』
もう何度も聞いた、骸骨の低い咆哮。
対する私は──
「いい加減にしろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
さすがにキレてしまい、絶叫していた。
そして蒼雷まとう右手のストレート。
脳天を砕いた一撃により、骸骨は大きく吹き飛ばされていた。
そこへ追撃とばかりにキノコ爆弾の雨が降り注ぎ、プリメラが放った火炎球が天井を破壊して、私たちと骸骨を見事に分断するのだった。
※ ※ ※
「クソが……!」
通路に座り、地図にて別ルートを検索しながら、私は口汚く吐き捨てていた。
無理もないだろう。
こうも何度もあの骸骨と遭遇しては、いい加減うんざりしてしまう。
「なんでこうも何度も遭遇するんだ……! さすがにおかしいぞ!」
「も、もしかしてさ。ワタシたちって、思いっきり狙われてたりする?」
私の苛立ちに多少怯えを見せながら、プリメラが言ってくる。
「キシシ……あの骸骨すらが、クレア氏の美貌に惹かれたのでしょうかねぇ」
「冗談を言っている場合か。そんなわけないだろう」
「キシシ。では、なぜあの骸骨は執拗に私たちを?」
「この階層にさ、ワタシたち以外がいないからとかじゃない?」
王女の指摘に、私は顎に手を当てる。
「ということは。仲間たちは、まだこの階層には来ていないということか」
「もしくは、早々に地上に逃れたか、ですかねぇ」
「それはありえない」
あのふたりが私を見捨てて地上に戻るなど、考えられなかった。
己惚れているというわけではなく、単純に信頼の問題である。
「キシシ! 断言ですか」
「ああ。いくつもの修羅場も共にしてきたからな」
「ひいっ」
私とザオームの会話に、小さな悲鳴が混じってきた。
この場には私たち3人しかいないので、消去法でプリメラのものだろう。
「ん? どうし──」
王女の怯えた視線の先には、もうすっかり見慣れてしまった骸骨が、いつの間にか静かに佇んでいた。
「しつこい奴だな!」
私たちが即座に臨戦態勢となる中、骸骨からは思わぬ反応が。
『ま、待ってくれ! 戦う意志はない!』
少し聞きづらかったものの、紛れもなく”ヒト”の声だった。
「な……お前、喋れたのか……?」
警戒は解かないままで私が問いかけると、骸骨はすっかり再生されている頭部を撫でてきた。
『さっき、お前さんに脳天を砕かれた影響だろうな。いま一時的にだが”奴”の支配力が弱まっているみたいだ』
「……奴?」
『魔人だ』
「……魔人、か」
『とりあえず、話がしたいんだが……』
警戒心むき出して武器を向けられてくる状況に、居心地が悪かったのだろう。
骸骨は敵意はないとの意思表示なのか、よっこらしょ、と言ってその場にあぐらをかいてきた。
無防備な態度を見せてくる骸骨を前に、私たちは顔を見合わせる。
どうしたものかと思っていると、あぐらをかく骸骨から催促が。
『すまないが、こちらにはあまり時間がないんだ。自我を保っている間に話を済ませておきたい。いまの俺には、この一瞬の時間しか残されていないんだ、頼む』
相変わらず眼下のくぼみには不気味な光が灯ってはいたが、先ほどまでとは違い、そこにははっきりとした知性と理性が介在しており、心なしか光が柔らかいものになっていることに気付く。
「……わかった。話に応じよう」
こうして私たちも、とりあえずは武器を収めることに。
そして座談の開口一番に、私は問うた。
「そもそも、貴公は何者なんだ? 名のあるドワーフ戦士だとは思うんだが……」
『俺の名はバムクル。ドワーフ国の初代王、といったほうがわかるか?』
「……マジか」
思いがけない名前が出たことに、私は言葉を無くす。
ザオームは面白そうに笑うのみであり、この場で唯一の驚きを示したのは、ドワーフ族の王女だった。
「嘘でしょ?!? ご先祖様!?!」
『先祖……ああ、そうか! どうりで、嬢ちゃんからは懐かしい匂いがすると思ってたんだ』
「まさか、それで私たちを──プリメラ王女を追っていたのか」
ドワーフ族には、獣人族のような嗅覚は本来ならばない。
なので恐らくは、魔獣と化したことで、嗅覚といった感覚が鋭敏になっているのかもしれない。
「え……わ、ワタシ悪くないからね!」
「別に、責めたわけじゃないんだが」
プリメラにそう述べた私に、骸骨──初代王が視線を向けてきた。
『いや、嬢ちゃんだけじゃなく、魔族のお前さんからも、なんか懐かしい匂いがするんだがな』
「私から? どういうことだ……?」
『あー、勘違いしないでくれ。懐かしいといっても、俺経由の匂いじゃなく、あいつ──ネミルの匂いがする』
「ネミル殿……? ああ、そうか。これか」
取り出したのは、小さなオーブ。
ネミルから、使い捨てのお守りとして貰ったものである。
元々が彼女のものだから、持ち主の匂いが付いていたのだろう。
『お前さん、ネミルの知り合いか』
「知り合いというか……まあ、そういうことになる、か」
『そうか……あのネミルが、他人にものを……』
「ネミル殿ならば、いまこのダンジョンの外にいるはずだ」
『ネミルが……いや、そうか。どのみち俺は外にはいけん。外に行くまでに、自我はなくなるだろう』
骸骨の眼光が、儚げに明滅する。
「「「………………」」」
そんな初代王を前に、私たちは言葉がなかった。
簡単に自我なくなると言っているが、それがどれほどの恐怖を伴うことか。
想像すら出来ない私たちは、黙することしかできなかったのだ。
沈黙が落ちるものの、その沈黙を破ったのは初代王。
『お前さんらに、お願いがある』
胡坐をかいていた初代王は、居住まいを正してきた。
※ ※ ※
『俺を開放してほしい』
ある程度は予測していた事を言ってきた初代王は、そのまま言葉を続けてきた。
『このままだと俺の意に反して、また多くの者を傷つけることになってしまう』
「……抗えないのか?」
『無理だな。強制復活術には、術者に絶対服従という呪いみたいなもんが備わってるからな』
「呪い……か。しかし、いまの私たちでは魔人を倒せないだろう。戦闘力が違いすぎる。仲間と合流して一度地上に戻り、体勢を整えてからでないと……」
『それじゃ遅い。いまだからこそ、お前さんらにも勝機があるんだ』
「どういうことだ?」
意味深な発言に私が眉根を寄せると、初代王は私に見せるように上げた拳を握り締める。
『いまの奴は、深手を負っている。その治療目的も兼ねて俺を復活させて、俺が狩った命で再生しようとしているんだ』
「そういうことだったのか」
『お前さんらが地上に戻っている間に、俺はまた自我を失い暴れ回ることだろう。そうすれば、奴が完全復活してしまいかねない』
「キシシ。その魔人が弱っている”いま”しか、チャンスはないってことですか」
「でもさでもさ。弱ってても、魔人だからとんでもなく強いと思うんだけど……」
「………………」
仲間たちの言葉を胸に、私は考え込む。
初代王が述べている通り、今は自我が一時的に甦っているが、私たちが地上に戻って再度攻略に乗り出した頃には、再び会話も不可能な状態に戻ってしまい、敵対行動をとってくることだろう。
なので、まだしも初代王が敵じゃない状態の内に事を解決する意味は、大きいかもしれない。
「……バムクル殿。魔人討伐には、貴方も協力してくれるのか?」
『悪いが、そいつは無理だ。奴の目の前に姿を見せたら、俺への支配を強化されるだろう。いまでさえ、気を抜いたら意識が吹っ飛びそうな状態だしな』
「そうか……」
初代王の助力があればと思っていたのだが、現実はそうそう甘くはないらしい。
『おっと。忘れていた』
思い出したように鎧を脱ぐと、その鎧は小さな塊と化していた。
「なっ、鎧が……」
『これは、装備者の意志を具現化させる性質がある。鎧だろうが盾だろうが兜だろうがな。これの能力は、もう知っているだろう? 魔法を吸収するし、装備者の傷を自動で癒してくれる。まあ当然、装備者の魔力を消費して発動、といった具合だがな。魔法を吸収して蓄積していれば、そちらから先に消費される感じだ』
説明を終えてから、その塊を私に渡して来る。
『お前に、この魔道具をやろう』
「なに……?」
『この鎧のせいで、俺は手ごわかっただろう? この魔道具が俺から離れることで、次に自我をなくして暴れたとしても、その場で俺は戦闘不能にさせられるだろう。奴の剣で俺はこんな不死のバケモノになってしまっているが……奴の剣さえ砕けば、俺はこの生き地獄から開放される』
「……どうして私なんだ? 末裔であるプリメラ王女に渡した方が……」
私の発言に、王女の瞳がキランと輝いた。
初代王が持っていた魔道具が欲しいのだろう。
しかし初代王は、ゆっくりと首を横に動かしてくる。
『あのケチが、お前さんに道具を託した。つまりお前さんは、それだけの”何か”を持っているってことだ』
「……過大評価だ。そこまで大層なもんなじゃない」
『謙遜はよせ。あのネミルが評価している以上、お前さんの実力は本物だと確信できる。だからこそ、俺はお前さんにこれを託すんだ。遠慮なく、受け取ってくれ』
ここまで言われて拒否するのは、逆に失礼となってしまうだろう。
「わかった。在り難く受け取ろう」
プリメラが顔をしかめたのはスルーするとして。
私はその塊を左手に当てた。
すると塊が粘土のように変形すると、丸みを帯びた籠手へと変貌する。
しっくりと馴染むのは、魔道具ゆえか。
「それで、バムクル殿。最下層は何階なんだ?」
『最下層は20階だ』
「20階か……先が長いな」
ここは16階層なので、あと4階層は降りなければならない。
しかも迷路となっているので、攻略にはかなりの時間を要してしまうだろう。
果たしてそれまで、初代王が自我を保っていられるかどうか……
『ちまちま攻略されては、俺が持たんからな。近道するぞ。少し離れていろ』
立ち上がった初代王は背を向け、私たちが離れたのを見計らってから、右手に闇を纏うや──
『GUUUUUUUUUUUUUUUUUUU…………!!!!!』
聞き慣れた咆哮を上げて、床を破壊。
そのことでこの通路が使い物にならなくなってしまったが、その穴からは階下が覗いていた。
「……豪快だな」
「キシシ! これならば早いですねぇ」
「後で上る時が大変そうだけど……」
初代王が先行して飛び降りて、私たちは瓦礫を足場に降下する。
再び初代王が床を破壊して、同じように降りていく私たち。
その繰り返しで、ついには最下層に。
見た目はそれほど変わらないが、なんとなく空気が重たくなったような気がするのは……気のせいではないだろう。
ザオームが無意識の様子で腕をこすっており、プリメラが「寒っ」と愚痴を零して身震いひとつ。
確かめるように私が小さく息を吐くと、その息は白く見えていた。
『この先を少し進んだところが、最深部の女王蜘蛛の間だ。そこに、奴もいる』
初代王の説明に、私たちは表情を引き締める。
『そうそう。言い忘れていたが、《神の槌》は──ぐうううううッ』
何かを言いかけた初代王が、苦しみだしてくる。
『まずい……支配力が戻ってきた。奴に近づきすぎたか……このままだと、自我が……』
よろよろと私たちが離れていく。
「ちょ、おい、《神の槌》がなんなんだ──?」
『とにかく! 頼んだぞ!』
一方的に言い残して、初代王は走り去っていった。
「……えーっと。ワタシたちはどうしたらいいの?」
「キシシ。ここまで来た以上、引き返すなんて選択肢はないと思うのですがねぇ」
「……だな。下手に引き返したら、自我を失った初代王と遭遇して戦闘になる可能性すらあるしな」
とはいえ。
現状、私たちだけで魔人を倒せるのかが問題となってくるだろう。
弱っているらしいが、だからといっていまの私たちでどうにかできるかは……疑問があったとしても仕方がないだろう。
「私たちが戦闘中に、仲間たちが駆け付けてくれるといいんだが」
「自我を無くした初代王と遭遇して、戦闘になっているかもしれませんねぇ」
「だとしても。あの鎧──魔道具がない以上、もう初代王に勝ち目はないだろう」
あの鎧による脅威の再生力が、初代王──骸骨の最大の強さだったのだから。
「……ねえ。ワタシたちだけで、魔人に勝てるの?」
「それはわからないが……少なくとも、魔人が完全に復活してしまえば、間違いなく勝てないだろうな」
「もうさぁ! このまま引き返しちゃおうよ! 初代王には悪いけど、また敵に戻ってもさ、もう鎧がないんじゃ脅威じゃないんだし! 最深部にいる魔人だって仮に完全復活したってさ、外にはその魔人よりも強い魔人──ネミルだっけ? その魔人がいるんだし。任せちゃおうよ!」
「……私だって、そうした想いがないわけじゃない」
「でしょ! だったら──」
「だが。もう私たちには退路がない」
「え……っ」
「キシシ。プリメラ、わかりませんか? 先程も言いましたよね? このまま引き返しても、自我を失った初代王と遭遇することになってしまいますよ」
「だ、だからさ! もう鎧がないんだし……」
プリメラの言っていることも、わからないわけではないが。
しかし彼女は、とある可能性を考慮していないのである。
「最悪のケースもありうる。私たちが初代王と戦闘中に、その件の魔人が参戦してくる可能性がある。恐らくは魔人も、最下層に来た私たちの存在はすでに感知しているだろうからな。挟撃されたら、それこそ私たちは最期だろう」
「え~……っ」
「キシシ! この場に来てしまった以上、もう私たちに選択肢はひとつしかないんですよ」
「そんなぁ……そんなこと、一言も言われてないんだけど……」
「プリメラ王女。そのことについて何も言わないから、てっきりもう覚悟を決めていると思っていたんだが」
「してるわけないじゃん! 思いつかなかっただけだし!」
「そうか。だがザオームが言っている以上、もう後戻りはできないぞ」
「うぅ……」
うなだれた王女は、上目遣いで私とザオームを見てくる。
「なんでクレアさんとお姉サマは、そんなに割り切ってるのさ」
「んー……単純に場数の違い、なんだろうな」
「キシシ……私たちは貴女と違って、多くの修羅場を経験していますからねぇ」
「経験の差……」
「そういうことだ。どういう選択がより生存率が高いか、という話だ」
初代王の提案を飲んだのは、別に彼に同情したからではなく(少しはしたが)。
あの場で断っていたならば、悲観した彼が自暴自棄となって暴走していたかもしれないわけで。
その結果として魔道具を貰ったわけだが、貰う前に暴走されていたら、私たちはあの場で命を落としていた可能性すらあったのである。
(それに。貴重なものを貰っておいて裏切るなんて真似、さすがに出来ないしな)
ならば、あとはもう覚悟を決めるだけだった。
「それに、だ。勝算がないわけじゃない。いまの私にはこの籠手もあるしな」
「脅威の再生力……クレア氏。試しに、この場で首を切ってもいいですかねぇ?」
「ダメに決まっているだろうが」
「キシシ! 冗談ですよ」
ザオームがふざけてくる一方では、何やら考えていたプリメラが頬をぱぁんっと景気よく叩いてきた。
「おーし! 考えようによってはチャンスだもんね! 魔人ぶっ飛ばして《神の槌》を手に入れて! ドワーフ国の二代目統一王になってやろうじゃない!! 勝算がある分、他の王族よりもワタシが断然に有利だもんね!!!」
渋っていたプリメラが覚悟を決めたことにより。
私たちは最深部へと──
※ ※ ※
※ ※ ※
「怯むな! 押せ押せ押せ!! 糸など気にするなァ!!!」
『『『オオオオオオオオオオオオ!!!!』』』
近衛隊長の裂帛の指示が飛び、ドワーフ戦士たちが突撃していく。
たちまちその広場にて、ドワーフたちと魔獣が激突することに。
多くの咆哮が轟き、様々な戦闘音が飛び交う戦場。
さすがに数の利があることで、戦況はドワーフ側が優勢だった。
それゆえに戦闘に参加することなく、比較的安全な後方にて、ダミアンを背負うアテナと、戦闘力のない侍女が控えていた。
「しかしまさか、クレア様に発信機を忍ばせていたとは。驚きました」
手持無沙汰となっていたアテナが言うと、背負われているダミアンは苦い顔に。
「……えっと。マーズ王子からヒントをもらいまして。それで、その……」
「確かに、クレア様はトラブルメーカーですからね。どこにいるのか把握できるのは、安心材料のひとつではあります」
「あ、あの……このことはクレアナード様には……」
「ええ。黙っていますよ、そのほうが面白そうなので」
決して褒められたことではなかったが、ダミアンが仕掛けた発信機のおかげでクレアナードが確実に下層にいることが把握できるため、進退を迷うことなく下層へと向かうことができていたのである。
「あ、あのう……」
申し訳なさそうに言って来たのは、王女付きの侍女。
「王女様の安否は、やっぱりわかりませんか……?」
「それは……すいません。クレアナード様がどこにいるかくらいしか……」
「そう、ですか……」
「悲観することはないと思いますよ、ラランさん」
「アテナさん? それはどういう……」
「状況的に考えて、クレア様はあの水流に流されたと推測できます。そして数名のドワーフ族の方も姿がなくなっていることから、同じく流されたのでしょう。なので、王女様も然り。行きつく先は同じでしょう」
「じゃ、じゃあ王女様は……」
「生きてさえいれば、クレア様と行動を共にしているかと」
「……あうぅ……」
はっきりと言ってくるアテナに、侍女が力なくうなだれる。
さすがに可哀想に思ったようで、背負われるダミアンが言ってきた。
「アテナさん。もうちょっとオブラートに包んだら……」
「可能性を捻じ曲げても意味がないかと」
「それはそうですけど……」
「ドワーフ族は頑強な身体の持ち主です。しかも王族なのです。ラランさん、貴女が心配する王女様は、そんなにヤワな方なのですか?」
「そんなことありません! 王女様はすごい方なんです! だからきっと……っ」
「では信じましょう。信じる者は救われる、と偉人の誰かが仰っています」
やや芝居臭い仕草で十字を切ってから。
「それに。下層に向かっているということは、下層に向かわねばならない理由があるからであり、クレア様には、そこまでの理由はないということです」
「! じゃあ王女様が……」
「下層に向かう理由は、それしかないでしょう」
「そ、そうですよね……! 王女様は只で転ぶような方じゃないんです! きっとこの状況を利用して、一気に最下層に……っ」
瞳に希望が宿る侍女なれど、アテナはやれやれとばかりに溜め息を。
「だとしても。褒められたことではないですけどね。まずは、我々と合流を果たすのが先でしょう」
「それは……そうですけど……」
「何か事情があるかもしれないですね」
再びうなだれる侍女を気遣ってか、ダミアンが手に持つオーブを見せてきた。
「位置的には、もう少しで合流できそうですし、合流した時にでも聞けば──」
そこでダミアンの言葉が止まる。
凝視するは、オーブ。
「あれ!? 急に一気にさらに下層に!」
「どういうことです? ダミアンさん」
「俺に聞かれてもわかりませんけど……なんかクレアナード様たちは、一気にもっと下層に行っちゃいました」
「落とし穴にでも落ちたのでしょうか?」
「わかるのは位置だけなんで、さすがに状況までは……」
怪訝そうなアテナにそう応えたところで。
「あ……動きだしたんで、行動不能に陥ったわけじゃないみたいです」
ほっと息を吐くダミアンの言葉を受けて、侍女も安堵の息を吐く。
「よかった……」
「いずれにしても、急いで合流したほうがよさそうですね」
相変わらず淡々とした様子のアテナは、ダミアンを背負ったままで歩き出した。
「え、ちょ、アテナさん?」
「こんな戦闘、さっさと終わらせましょう」
言うや否や、影術を乱発。
いつも冷静沈着な彼女にしては珍しく、照準がいまいちであり、いまひとつ効果を得られない。
「……すばしっこいですね」
無表情ながらも、アテナが苛立ちを募らせているのが感じられた。
「あの、アテナさん。そんなに焦らなくても……」
「……心外ですね。私は焦ってなどいませんよ」
「いや、えっと。でも……」
「ちょっとしつこいですよ、ダミアンさん。またゆさゆさして欲しいのですか?」
「えっと……好きにしてください」
「そのつもりです」
アテナの珍しい態度に、ダミアンは温かい気持ちを抱いてしまう。
(なんだかんだ言っても、クレアナード様が心配なんだ……)
ダミアンとて気持ちは同じだったが。
(クレアナード様。どうか無理だけはしないでください)
その願いが届くことを、切に願うばかりだった。
残念ながら願いは届きませんでした。




