第6話 「魔王様、激闘に身を投じる」
前話のあらすじ:立ち塞がられました。
『『『ガアアアアアアアアアアア!』』』
雄たけびのような声を上げて、一斉に腐乱死体が襲い掛かってくる。
表情を引き締め、それぞれの対応をする私たち。
先手必勝。踏み込みざまに一体の腐乱死体へと蒼刃を振り抜く私だったが。
「なに──っ?」
反応速度は予想以上だったらしく、腐乱死体が両手で受け止めていた。
しかもその両手も予想以上に硬度をもっていたようで、私の一撃をがっちりと掴んでいたのである。
思わぬ展開に動きを止めてしまう私へと、側面から別の腐乱死体が。
「ちぃっ!」
剣を掴まれている為に、私はそいつへと火炎球を解き放つ。
直撃したことで爆炎に包まれるものの、その腐乱死体の突撃は止まらなかった。
「マジか……っ」
「クレアナードさん!」
「ていっ!」
マーズの声と共に飛来するは、蒼雷を纏う妖精。
顔面に直撃したことで腐乱死体がバランスを崩しており、間髪いれずに影から飛び出した黒の手が拘束。
難を逃れた私は、剣に纏う蒼雷を弾けさせた。
蒼の爆発で剣を掴んでいた腐乱死体の両手を吹き飛ばすと、再び纏った蒼雷刃でもって、今度こそ一刀両断に。
そしてそのまま駆けだして、影に拘束されている腐乱死体も切り伏せる。
「……ふう」
とりあえず敵は倒せたが、私は思わぬ苦戦を強いられたことに顔をしかめた。
「失敗作とはいえ、強化兵に変わりはないということか」
ちらりと見れば、ラーミアの馬車を守る騎士たちも苦戦している模様。
群がってくる腐乱死体を前に奮戦を見せてはいるものの。
「絶対に馬車に入れるな! 死守するぞ!」
「わかってますってば!」
「ってか、こいつら地味に強い……っ」
「はいはい! よそ見しない! わたしだって万能じゃないんスからね!」
身軽に動くリングの援護で、辛うじて防衛戦を維持しているようだった。
とはいえ、どうやら腐乱死体の戦闘力には個人差があるようで、全員が全員、私が思わず苦戦したほどの強さは持ち合わせてはいないらしかった。
その一方では、ダミアンが浮遊するクラゲに乗るランデへと攻撃をしかけるべく、しかし直接には高低差で届かないために、一体の腐乱死体を踏み台に樹へと飛び移っていた。
「おっと! もしかして君、おじさんを狙ってる? だったら──」
ダミアンの動きに目ざとく気づいたランデが、口笛を吹いた瞬間。
木々がざわめいたかと思うと、枝に乗っているダミアンへと襲来するものが。
「痛……っ」
頬を裂かれたダミアンは、しかしすぐに短剣を一閃。
その一撃を受けて地面へと落下していくのは、一匹の鳥だった。
小型の鳥型魔獣──名前は何だったか……まあとにかく。
ランデに使役された鳥魔獣の群れが、一斉にダミアンへと群がっていく。
「鳥はすばしっこいぞぉ! おじさんのことは諦めて、迎撃しないとなぁ?」
「っ──この!」
浮遊するクラゲの上で悠然とで勝ち誇るランデと、小さな連撃による嵐に全身を切り裂かれていくダミアン。
劣勢のようだったが、地上戦で手一杯の私たちでは何もしてやれないので、ここは彼に孤軍奮闘してもらうしかないだろう。
そして状況は、ダミアンばかりを気にしてはいられなかった。
『ガアアアアアアアアアアア……!』
馬車に取りついた腐乱死体たちが、馬車の側面をバシバシと叩き始めたのだ。
「うわ……っ」
「マーズさん、落ちないように気を付けてくださいね」
「は、はい……れ、レビー!」
「はーい! 突貫するよぉ!」
揺らされる馬車の屋根でマーズが顔を青ざめさせる一方では、アテナは相変わらずの無表情のままであり、主人の命令を受けた火の妖精が迎撃に向かう。
私の蒼雷で攻撃力をアップしているだけあって、直撃した腐乱死体は火傷程度では済まず、ちゃんと火の妖精も戦力として活躍を見せていた。
(頼むぞ、高い馬車なんだからな……)
などと場違いな感想を抱く私の眼前に、キノコを構えるザオームが。
しかしどういうわけなのか、その彼女へと一体の腐乱死体が襲い掛かっており、一瞬だけ驚いた表情になったものの、キノコの振り抜きで弾き飛ばしていた。
「ちょっとランデさん。ちゃんとコントロールしてくださいよ」
「あー、いやいや悪いね。おじさんもさ、魔獣かどうか微妙なのを使役するのって初めてなんだよねぇ」
「……意外と使えない親父ですね」
聞こえないように小声で吐き捨てたザオームは、私へと向き直る。
「元魔王様、貴女をぶっ殺させて頂きます」
「どうあっても、私たちの邪魔をする気か」
「私としても、お金が欲しいですから」
「……そうか。なら、遠慮なく斬ってもいいな」
「口だけは威勢がいいですね? 弱体化した貴女が私に勝てると?」
「甘く見てくれて結構。それで足元をすくわれても知らんがな」
「キシシ……!」
そんなやり取りを交わす私たちへと腐乱死体が襲い掛かり、ほとんど同時に撃退した私たちは、相手めがけて疾駆する。
私たちの距離がなくなる寸前に、先にザオームが動きを見せた。
構えるキノコの傘の先端が口のように開くや、そこから粘液が噴射されてくる。
「うお、汚……っ」
場違いと言うことなかれ。
黄ばんだ液体だったこともあり、本当に汚かったのである。
私が飛び退いて躱したことで、その延長線上にいた腐乱死体に直撃するものの、そいつの服を溶かすだけだった。
「なんだ……?」
「キシシ。人体には無害ですよ」
「無害? どういうことだ……?」
「服だけを溶かします」
「な……」
「女性相手ならば、有効な手段だと思いませんか?」
「……イヤらしいやり方だな」
私の言葉には、二重の意味いが込められていた。
それを受けてのザオームは、凶悪な笑みを見せてくる。
「キシシ……さあ、元魔王様によるストリップショーを始めましょうかね?」
「……お代は、高くつくと思え」
「キシシ!」
乱戦状態となる中、私とザオームの一騎打ちは続く──
※ ※ ※
ザオームがキノコの先端を空へと向けると、先端の口から吐き出された無数の小さなキノコが、私めがけて飛び散ってくる。
「キノコ? 効果はなんだ……?」
警戒することに越したことはないだろう。
何もしないで範囲外へと逃れると、ばら撒かれたキノコが地表へと落ち──
次の瞬間。
連続する小爆発が起きるや、土煙を巻き上げていた。
「なっ、爆弾だと……っ」
「キシシ。まだまだ行きますよ!」
際限なくザオームがキノコ爆弾を散乱させてくるために、回避するしかない私は近づくことができなくなってしまう。
しかも腐乱死体が適度に襲い掛かってくるので、さらに私は行動が制限されることに。
機を見て火炎球を叩き込むものの、胞子による煙幕で無力化されてしまい、私の攻撃は届かない。
(接近しないとキリがないか。だが……)
アテナとマーズは馬車の上から動けない上に馬車を守るのに忙しく、騎士やリングも同様、そしてダミアンも鳥型魔獣への応戦で手が離せない様子。
なので現状、私がひとりでどうにかするしかないだろう。
(どうする……どうやって……)
降りしきるキノコ爆弾を避け続け、鬱陶しいかぎりの腐乱死体を迎撃しつつ、私は必死で思案する。
(……温存したかったが……やむを得ない、か)
いまを切り抜けねば後がないのだから、いま温存しても意味がないと判断した私は、ペンダントの力を発動させた。
身体能力が向上する感覚が全身を駆け巡り。
側面から噛みつこうとしてきた腐乱死体に迎撃の一撃を。
両手でガードしたようだったが、構わず蒼の斬撃は一刀のもとに両断していた。
今の手ごたえからして、私の身体能力が向上していなかったら、受け止められていたことだろう。
「これほどに、か」
初めての身体能力向上の効果を確認した私は、キノコを構えるザオームめがけて疾駆する。
対するザオームには、まだ余裕が感じられた。
「キシシ! 接近させると思いますか?」
キノコ爆弾の雨あられ。
それらを私は、向上した身体能力をフルに生かして回避していくも、さすがに全てというわけにはいかず、避けきれなかった一発のキノコ爆弾が私に接触しようとする──その刹那。
発動させるは、魔法障壁を展開する髪飾り。
一瞬で構築された光の壁が爆発を無力化しており、爆煙を突き抜けた私は、ひと息にザオームへと肉迫。
それでもまだ、彼女は余裕を保っていた。
「キシシ! 甘いですよ!」
キノコのひだから飛び出すは、無数の触手だった。
それらが一斉に私へと飛来してくる。
さすがに剣で切り払えるだけの量ではなかったが、しかし私は足を止めない。
まだ私には、切り札があるのだから。
「無駄だ!」
腕輪を発動させたことで展開された物理の盾が、キノコの触手を真っ向から防いでいた。
「な……っ」
「捕らえたぞ!」
さすがに声を漏らすザオームと私の裂帛の声が重なる。
踏み込みざまの蒼の一閃は、しかし即座に触手を切り離していたキノコによって受け止められていた。
動揺しながらも、ザオームがすぐに対応していたのだ。
さすがに、これくらいでは仕留めさせてはくれないようである。
「さすがにこの距離だと、キノコ爆弾は撃てないよな?」
「……キシシ。自爆する趣味はないですからね」
間近で視線をぶつけ合う、私とザオーム。
そのまま接近戦へと移行する私たちは、真正面から蒼刃とキノコをぶつけ合う。
攻防は、まさに一進一退だった。
……身体能力を向上させているのに、だ。
それだけザオームが強いのか、それだけ私が弱くなったのか。
(両方、か)
切り結びながら苦い想いを抱いていると。
「元魔王様、なぜこの先に向かうのです?」
「なんだ急に」
「いえ、少し気になったもので。やはり、ブレア陛下の戦力を低下させるのが目的なのですか?」
「確かに、それもあるがな」
間隙をついて至近距離から火炎球を解き放つも、キノコから噴き出した胞子が無力化される。
間近で見て、私はようやく理解した。
爆発すらしなかったのは、その胞子が爆炎を吸収して無害化して、空気に溶けていっていたからだ。
「半魔人。脅威の兵力と言えるだろう。だが、民に犠牲を出すような技術ならば、意味がない。民あっての国。だからこそ、止めねばならないだろう」
「相変わらずお優しい……吐き気がしますねぇ! 魔王は、もっと残忍でいなくては!」
「だから……ブレアの下にいると?」
「キシシ、あの人は単純に、金払いがいいだけですよ」
キノコのひだ部分から触手の群れが。
蒼雷刃で切り払い、切り捨てるものの、一瞬だけ隙ができてしまい。
そこを狙いたがわず、吐き出された黄ばんだ液体が私の服に付着する。
「ち──」
「キシシ! 丸裸にしてあげますよ!」
ザオームと攻防を展開する私だが徐々に服を溶かされていくので、気づけば、いつの間にか私の衣服はボロボロであり、あられもない姿になっていた。
とはいえ、今更この程度のことで狼狽する私ではなく。
果敢に踏み込んでは蒼の斬撃を叩き込んでいるので、さすがにザオームも無傷ではいられなかった。
「キシシ……っ、もっと弱くなっているはずだと聞いたんですけどね……!」
蒼刃に頬を裂かれてパッと鮮血が散るものの、ザオームは痛みよりも驚きを感じているようだった。
「他人の話を鵜呑みにするのは良くないな!」
魔道具による底上げなのだが、いちいち説明してやる義理もないだろう。
腐乱死体の数が減ってきていることもあり、他のメンツのところへ向かっていることもあってか、私とザオームは気兼ねなく一騎打ちに興じることができていた。
※ ※ ※
※ ※ ※
「っ──この!」
左腕を裂いていく鳥魔獣を翻した短剣で撃墜したダミアンは、即座にその場から別の枝へと飛び離れる。
直後、彼がたった今までいた空間を、数匹の鳥魔獣が貫いていった。
(小さい上に動きが早い……やりづらい……!)
すでにダミアンの全身は傷だらけだった。
しかし俊敏な彼だからこそ、致命傷は避けられていたのだ。
とはいえ、鳥魔獣のせいで行動が大きく制限されてしまっていたが。
(早く魔獣使いを倒して、クレアナード様の援護に向かわないと……!)
ちらりと眼下を見やると、彼女は苦戦を強いられている様子。
しかも衣服がボロボロになっており、思わず見とれてしまいそうになってしまい──何度もかぶりをふる。
(いまはそれどころじゃない! 俺が……クレアナード様を助けるんだ!!)
決意するダミアンはチャンスを伺うべく、思考を研ぎ澄ませる──
その一方で対するランデは、浮遊するクラゲに悠然と座っており、もはやダミアンを歯牙にもかけず、クレアナードを凝視していた。
密偵少年が鳥魔獣を突破して自分のもとにたどり着くことなど、不可能だと判断していたからだ。
「ザオーム君も、えげつないねぇ。まあ、おじさん、目の保養になるけどさ」
クレアナードの裸体に見惚れており、だらしくなく鼻の下を伸ばしていた。
無理もない反応と言えるだろう。
氷の美貌を誇る美女が、あられもない姿を晒しているのだ。
下心で見るな、という方が無理というものである。
「そろそろ胸が見たいなぁ。ザオーム君、気を利かせてくれないかねぇ?」
空中という安全圏にいることから、彼はすっかり油断しきっている様子だった。
それゆえに、気づくのが遅れてしまう。
「ん?」
ストリップショーをする美女をメインとする視界の端に、本来ならばありえない影が入り込む。
ジャンプして鳥魔獣を踏み台にしたダミアンが、油断しているランデへと飛び掛かってきていたのだ。
まさに、身軽でいて俊敏な彼だからこそ出来た、仰天な行動だったのである。
「な、しまっ──」
反応が遅れてしまったランデに、果断の一撃が直撃していた。
※ ※ ※
「むう……あまり馬車を壊されたくないのですが」
影術を駆使するアテナは、無表情ながらも愚痴を零していた。
馬車の屋根にいる彼女たちを狙うべく、しかし届かないことで、取りつく腐乱死体が馬車をバシバシと叩いていたのである。
強度硬化の魔法が掛けられているものの、何度も攻撃を受けることで徐々に効果が薄れてきているようで、馬車は少しづつ損壊してきていた。
「後で、クレア様に私がお叱りを受けてしまいます」
「あ、アテナさんっ、いまはそんなこと気にしてる場合じゃ……っ」
「マーズさん、貴方はクレア様がどれだけねちっこいのかを知らないから、そう言えるのです」
「ね、ねちっこい……?」
「なんで馬車を守らなかったんだ、お前を信用した私が悪かったのか、などとネチネチ責めまわしてくるのです」
もちろん濡れ衣なのだが、それを知る由もないマーズは素直に信じてしまう。
「意外とクレアナードさんって、その、あれなんですね……」
「そうです。仕える私としては、いつも気苦労が絶えないのですよ」
「ふたりともぉ! 私にばっかり戦わせて呑気に話してないでよぉ!」
蒼雷を纏う火の妖精が抗議の声を上げてくる。
それでも彼女は果敢に飛び回って馬車に取りつく腐乱死体を迎撃しており、蒼雷で強化されているだけに、それらの攻撃は着実に効果を得ていた。
影術で拘束して火の妖精が狙い撃ち、というコンボで腐乱死体に応戦しながら、アテナが小さく溜め息を吐いてくる。
その視線の先には、ザオームによって服を溶かされていくクレアナードの姿が。
「まったく。クレア様の裸体を拝めるのは、私だけの特権だというのに」
「ぼ、僕は何も見てませんからね!」
純朴なようでマーズは直視できないらしく、頬を赤らめるのだった。
※ ※ ※
「やばっ、噛まれた……!?!」
ラーミアが乗る馬車を死守する騎士のひとりが、腐乱死体に噛まれてしまう。
動揺から体勢を崩してしまうが、御者の騎士がすかさずフォローに入っており、噛みついた腐乱死体を斬り伏していた。
「すぐにラーミア様に解毒してもらえ!」
「し、しかし俺が戦線を抜けると……」
「はいはい! わたしがその分頑張るッスから、さっさと解毒してもらってくださいよ」
腐乱死体の首元をクナイで切り裂いたリングはそう言い放ちざま、そいつに蹴りを入れて体勢を崩し、再びクナイを叩き込んで今度こそ頭部を切り落とす。
「ダースの旦那、リングさん……すみません!」
噛まれた騎士が一時的に戦線を離脱するものの、もう一方の騎士が不満げな顔をしていた。
「俺だって頑張ってるってのに、なんで俺の名前が出ないんだよ」
「アハハ! 細かい事は気にすんな! って感じッスかね!」
「くだらない事を気にしてないで、己の役目を全うしろ!」
リングが笑い、御者の騎士が叱咤してくる。
ますます不機嫌になる騎士だったが、言われたことはもっともなので、腐乱死体の迎撃に専念するのだが……
その視線がクレアナードに向かってしまうのは、ある意味では仕方ないだろう。
彼女が最強魔王だった頃から、憧れの存在だったのだから。
抱きたい女アンケートでは、何度も彼女に投票していたのだから。
だからこそ、今その彼女が艶のある肌を露わにしているとなると、どうしても目が行ってしまうのである。
健全な男性という証ではあるが……
そのことにより隙が出来ていたようで、彼もまた、腐乱死体に噛まれてしまう。
「やっべ……っ」
「ちょ……っ、まじッスか!?」
「よそ見しているからだぞ! お前も早くラーミア様に解毒してもらえ! だが、後で説教だからな!」
説教という言葉に顔が引きつる騎士だったが、自業自得の以上、何も言えなかったのだった。
それぞれの戦闘を展開する面々でした。




