第9話 「魔王様、再度世界樹へ①」
前話のあらすじ:再び世界樹に来ました。
世界樹内の魔獣の活性化は前回の比ではなく。
しかも今回は本隊のみの攻略という悪条件からか、魔獣からの攻撃は最初から熾烈を極めていた。
下級魔獣の姿がなく、下層からすでに中級魔獣のみとなっていたのである。
「前衛、防御を固めよ! 突破されるな! 後衛は確実に仕留めろ!」
白エルフの指揮官が指示を飛ばし、その命令に従い、魔獣と交戦状態の部隊が奮戦する。
場所は大広間。
数は魔獣の方が上のために包囲されないように立ち回っており、まだ下層ということもあり部隊の面々にはまだ気力体力が充実しているので、戦況はこちらが優勢であった。
(楽といえは楽なんだけどな)
その光景を横目に、私は魔獣の一体を切り伏せる。
本隊の戦力は、ふたつに分かれていたりする。
白エルフのみで構成された主力と、魔族の私や黒エルフ、そして白エルフ王といった遊撃隊。
いまのところは主力部隊が敵の殲滅にあたっているので、遊撃隊である私たちは、主力がうち漏らした魔獣を掃討するといった、割と地味な役割だった。
そのために、レイやデモナが露払いすることで、ドラギアやドーエンスが直接動くことはまだなく、どこか暇そうにしていたりする。
まあ、それだけまだ私たちには”余裕”があるということだが。
かくいう私も、いまのところは魔獣に対しては、危機感を抱いてはいなかった。
(こうして見ていると……デモナもなかなかに強いな)
レイの実力は以前の世界樹攻略で見ていたので知っていたが、デモナに関しては今回が初めてなので、私は軽い衝撃を受けていた。
どうやら彼の武器は氷をまとう魔剣らしく、切り裂いた箇所から全身へと氷が這うことで動きを制限され、動きが鈍ったところへ痛烈な斬撃を浴びせるのが、彼の戦法のようだった。
(というか、魔剣に合わせた戦い方をしている、といったところか)
そのことから判断しても、魔剣の能力だけではなく、その能力を上手に扱えることから、デモナは優秀な剣士であるということだろう。
だからこそ……尚更に、性質が悪かった。
戦闘中でも、ちらちらと私を見てくるからだ。
隙あらば、いつでも私の首を取る気満々のようである。
(魔獣だけじゃなく、デモナにも気を付けないとならないとはな……これは疲れる)
と。デモナに意識を向けていたことで、床から突如飛び出してきた魔獣へと、反応が遅れてしまう。
回避も防御もできるタイミングでなかった私は、即座に魔道具を発動。
左腕にしている腕輪が輝くや物理を防ぐ盾が形成されており、魔獣の凶刃を受け弾いていた。
「ちいッ!」
弾かれたことで態勢を崩していた魔獣へと踏み込みざまに、蒼雷刃でその身体を両断する。
そして小さく息を吐く私の下へと、呆れたような態度のアテナが近づいてきた。
「気が緩み過ぎなのではありませんか? クレア様」
「これというのも、アテナ。お前がよけいなことを言ったからだぞ」
「おやおや。ご自分の不手際を責任転嫁なさるとは。このアテナ、驚きです」
「……その言い回し、なんか腹が立つな」
「やれやれ。この程度でご立腹なされていては、最深部まで持ちませんよ?」
「……確かに、な」
今の攻防でついたのだろう土埃をハンカチで吹いてくれるアテナに、私は苦笑いを隠せない。
アテナの世話になる光景を目の当たりにしたデモナからの反応が怖かったが、意外な事に彼はこれといった反応を見せず、主力がうち漏らす魔獣の殲滅を優先させるだけだった。
(ドーエンスの手前、下手な行動はしないってところか)
となると、彼の目が届かない場所は危険地帯ということだろう。
速攻で殺りにくるかもしれない。
(やれやれ……これは本当に、先が思いやられるぞ)
私は、嘆息ひとつだった。
※ ※ ※
魔獣が活性化しているとはいっても、戦力的にはまだまだ私たちの本隊が上のため、中層までの道のりに関しては順調に進んでいた。
「そういえば気になっていたんだが」
割と気楽に通路を進みながら、私は今更なことを傍らを歩くドーエンスに小声で問いかける。
「貴方が世界樹攻略に赴くことを、よく母親が許可したな?」
「……根気よく説得したからな」
「じゃあ、やはり最初は反対されたのか」
「頭ごなしにな。聞く耳すらもってくれなかったよ。お前が行く必要はないと、な」
「ある意味、当然の反応じゃないか?」
「……クレアナード。俺の気持ちは、前にお前に話したと思うが」
「まあ、な」
息子として、母親の尻拭い。
それが、一国の王であるドーエンスの行動理由なのである。
(あの毒婦には、出来た息子だよな)
だからこそ、毒婦とはいえ息子を過度すぎるほどに溺愛しているのだろう。
話に聞くと、息子とは違い、前王はそれほど優秀な人物ではなかったらしい。
まさかとは思うが、息子を国王に就けたいが為に毒婦が暗躍した……と考えるのは、さすがに邪推しすぎだろうか。
前王は病死だったらしいが、真相は闇の中である。
「なんじゃなんじゃ? お前さんら良い雰囲気ではないか。あれか? お前さんらは出来ておるのか?」
下世話な話が好物なドラギアが、双眸を輝かせてくる。
私は溜め息で応じた。
「どう見たらいい雰囲気なんだ?」
「わかっているじゃないか、白エルフ王。俺とクレアナードは将来を誓い合っている仲だ」
「ほほう!? となると、クレアナードや。お前さん、もう懐妊していたりするのかの?」
「……そんなわけないだろう」
「ですよね!? クレアナード様が男となんて……絶対、ありえないですもんね!!」
息巻いてくるレイは、ドーエンスの正体を知っているにも関わらず、彼へと敵意の眼差しを向ける。
「種族とか関係ないですけど、性別は別です。イヤらしい男が高潔なクレアナード様を穢すなんて真似、私は絶対に許しません。クレアナード様を穢すのは、私なんですから」
「おいおい……」
「ほう……面白いことを言うな? 白エルフ王の近衛騎士。貴様とは、じっくり話し合う必要がありそうだな」
「私は、命を賭してでもクレアナード様を守ります! そしてその上で、私がクレアナード様を穢します!」
「いやいや、だから……」
「クレアナードを孕ますのはこの俺だ。その栄誉、誰にも譲る気はないぞ」
「私が孕ませます!」
「ふん、女の貴様には不可能だな」
「頑張ればできます! やってみせます!! 真実の愛の前には、不可能なんてことないんです!!!」
「ふざけるなよ。俺とてクレアナードへの愛に関しては負ける気はないぞ」
「おい、ふたりとも……」
険悪な雰囲気で睨み合うレイとドーエンスには、当人である私の声は聞こえない様子。
そんなやり取りを前に、ドラギアが愉快そうに笑ってきた。
「カッカッカ。クレアナードや、男女からモテて羨ましいのう」
「……当人が置いてけぼりなんだがな」
「と言いつつも、実は想像して濡れてしまうクレア様であった」
「おいアテナ、発言がきわどいぞ」
「では訂正しましょう。妄想して涎を垂らすクレア様でした」
「いやいや。訂正してさらに酷くなってどうする」
「カッカッカ! 相も変わらず、お前さんらのやり取りは面白いのう」
「ドラギア様にご満足いただけて、なによりです」
「私は不満たらたらだぞ」
「おや? 涎がたらたらなのですか?」
「わざとらしく聞き間違えるんじゃない」
頭の上に?マークを浮かべて小首をかしげるアテナに、私は何度目かの溜め息を吐かされる。
「…………」
どちらの会話にも入らないデモナがひとり、不機嫌そうに顔をしかめていた。
アテナと仲良く(?)話す私が気に入らないのだろう。
と、前方を進む白エルフ部隊が騒がしくなり始めた。
どうやら前方にて魔獣と接触したようである。
とはいえ、通路という特性上、後方にいる私たちはどうすることもできないので、とりあえずは警戒するのみだが。
やがて戦闘が終わり、主力部隊の被害も軽微だったようで、私たちの攻略は再開される。
さすがは本隊ということもあり、白エルフたちは精鋭揃い。
以前とは段違いの速さの攻略だった。
とはいえ、奥へ進めば進むほどに魔獣の苛烈さも増しており、徐々にだが白エルフ部隊の数が減っていく。
命を落とした者たちがその都度火葬されていくのは、このまま放置しても魔獣の餌になるだけだからだ。
以前は遺体を外へと運べるほどに人員に余裕があったが、今はそこまでの余裕がないのである。
だんだんとドラギアとドーエンスが参戦する機会が増えていく中、それでも私たちは奥へと突き進む。
中層部の半ばに差し掛かる頃には、すでに上級魔獣しか姿を見せなくなっており、もう私たちは快調に攻略することが難しくなってきていた。
主力である白エルフ部隊にも疲労の色が出始めており、しかも人数が減ってきていることで残った者の負担が増してしまい、さらに疲弊するという悪循環に。
本隊のみの攻略ということで、いよいよ魔獣の集中攻撃が私たちを苦しめ始めたのである。
※ ※ ※
「これは、まずいな……」
「そうでもない。想定内じゃよ」
状況が悪くなっていくことに対する私の呟きに、ドラギアが答えてきた。
「そもそもが、初めから攻略組みの戦力は足りんかった。だからこそ、お前さんらの協力を受け入れたんじゃからの」
「だったら、もう少し戦力が整ってからでもよかったんじゃないのか?」
「これ以上、世界樹からの被害を受けるわけにはいかん」
「それはそうだが……」
「俺としても、白エルフ王の意見には賛同だ。白よりも黒のほうが被害率が大きいからな。早急に世界樹を止める必要がある。だからこそ俺が出張ってきているというのもあるからな」
そう告げてくるドーエンスの顔色は、かなり悪かった。
「ドーエンス、顔色が悪いぞ。大丈夫か? 傷でも負ったのか?」
「……いや。なんというか……外が見えないというのは、なんとも気が滅入るものなんだな」
「ああ、そういうことか」
「陽の光が恋しくなってくる。頭も痛くなってきた……」
「こういうダンジョン攻略は初めてなのか?」
「俺は基本的には、城──というか王都から出ないからな」
「温室育ちめ」
「……否定はしないが。というか、クレアナード。お前はよく平気だな?」
「私は視察などで、けっこういろいろな経験をしているからな」
「王だった割に、なんとも行動的なことだ」
「……だからこそさ。あらゆる状況を予測して、先手を打てるように予防線を張っていた」
エルフ国への表敬訪問も、その一環だったのである。
……まあ、あっさりと失脚してしまったわけだが。
証拠がない以上、あの時の最強勇者襲撃に関しては、完全に私の落ち度ということだろう。
(あの時、私が弱体化しなければ、いま私はこの場にはいないんだよな……)
もしかすると、前回の世界樹の暴走も私が関わらなければ、どうなっていたかわからないかもしれないが……
(ふっ……驕りだな。私がいなかったらいないで、どうにかなっていたさ)
すべてはめぐり合わせであり、運命の悪戯、ということなのだろう。
「そうか……ふう……」
私の言葉にそう答えてから、ドーエンスはなんとも重たい溜め息を吐く。
それに気づいたようで、ドラギアが小首をかしげてきた。
「なんじゃ? お前さん、気分でも悪いのかの?」
「外の空気が吸いたい気分なだけだ」
「ふむ……」
ドラギアは地図を見ることしばし。
「もうちょい我慢せい。そこの角を曲がった先、少し進んだところが、地図通りだと”良い場所”じゃ」
意味深なことを述べ、ドーエンスに胡乱げな顔をさせていた。
そして示唆した場所へと到着するや、ドラギアが魔法を発動。
一角の壁を攻撃魔法で吹き飛ばしていた。
ひゅうっと、思いのほか冷たい風が入り込んでくる。
「ふむ。やはり今回の世界樹は、内部構造に変化はないようじゃな」
世界樹の暴走以降に造られていた地図通りにここまで進んできたことで、その壁部分が世界樹の外側だと目測をつけていたようである。
「……おお、外の空気がこれほどうまいと感じたことはない」
壁に開いた穴へと駆け寄ったドーエンスが、外の空気を思い切り吸い込む。
「外に顔を出し過ぎて落ちるでないぞ? この高さから落ちれば、さすがに死ぬからの」
ドラギアの苦笑いの言葉に合わせて、動きを見せる人物がふたり。
レイとデモナである。
ふたりは同時にドーエンスめがけて動いていた為に、鉢合わせといった感じになってしまう。
「く……さすがは近衛騎士ですね。私が突き落とすのを察して、邪魔をしますか」
「……当然ですね」
「おお……デモナ、さすがは俺の近衛。頼りになるじゃないか。というか貴様、この俺を突き落とそうとしただと? 何を考えているんだ、この非常時に」
「貴方がいなくなれば、クレアナード様は私のものになるからです」
当然とばかりにレイが言い放つと、デモナから殺意が吹き上がってきた。
表情を変えたレイが飛び退いて思わず抜刀しそうになり、苦笑いのドーエンスが止めにはいる。
「お前も慣れないダンジョンでストレスを抱えているのはわかるが、さすがに共に戦う仲間に向けるレベルの殺意じゃないぞ、いまのは。貴様も少しは軽挙妄動を控えろ。白エルフ王の近衛騎士としてな」
「ぐう……正論ですね。今回は、私の非を認めましょう」
「……反省します」
不承不承で謝罪の意を示すレイとデモナ。
しかしふたりともが、反省の色がまったく感じられなかったが。
「ただ、白の近衛騎士殿。以後、発言には気を付けてください。うっかり殺されてもいいというのであれば、構いませんが」
「……生意気ですね、黒の近衛騎士さん」
ジロリとデモナを睨み付けるものの、レイはそれ以上の反応は示さなかった。
大人の対応、ということなのだろう。
自分のほうが器が広いでしょう? とばかりな視線を私に向けてくるが……
(もしかするとデモナは、白エルフを快く思っていないのかもしれないな)
まあ、種族間の諍いを鑑みれば当然かもしれず、むしろ白エルフを仲間と言ったドーエンスの態度のほうがおかしい、という見方もできるかもしれないが。
私はとりあえず小さく頷くのみでレイに応えてから、愉し気にそのやり取りを見ていたドラギアへと。
「いいのか? 世界樹にこんな大穴を開けて」
「ん? 別に構わんじゃろうて。いままではこれが精霊だと思っていたからこそ遠慮しておったがの」
答える声が私にしか聞こえないほどに小さいのは、世界樹が魔物ということは、他の白エルフたちには伏せているからだ。
重要機密であり、さすがに公表できる内容ではないということである。
なので、あくまでも今回の作戦は前回と同じく、世界樹の暴走を食い止めるため、ということにしていたのだ。
暴走を食い止めるという目的自体は嘘ではなく。
その結果として”核”を破壊することで、魔物である世界樹『ガイア』の息の根を止めるのである。
(息の根を止めることで、もうあの毒婦が暗躍することもできなくなるしな)
まさに、一石二鳥だったというわけだった。
と、話がまとまりそうなそんな時だった。
「チョーップ!」
「うぐっ!?」
あろうことか、何の前触れもなく、今まで沈黙していたアテナが私の後頭部に手刀を落としてきた。
「な……なんだ、いきなり……?」
「今回、私は何の発言もしていなかったので。ここで一度、存在感を示しておこうかと」
「……意味がわからない」
後頭部をさする私をじっーっと見つめながら、意味不明なことを仕出かしたアテナは、しかし無表情を貫くのだった。
※ ※ ※
※ ※ ※
時刻は世界樹が真っ赤に染まる前に戻り。
探知機を手に黒エルフ領内を走る密偵少年──ダミアンは、心を躍らせていた。
(もうすぐクレアナード様に逢える!)
探知機が指し示す場所は、後僅かの距離であり。
ダミアンは、胸が高鳴るのを押さえられなかった。
(早く逢いたい……!)
やや後ろめたい気持ちが脳裏を過るものの、逢いたいという気持ちのほうが強かったのだ。
やがて彼は、探知機が示す場所へと──
「え? あれ……?」
何もない平原。
人影はどこにもなく、隠れる場所すらどこにもなく。
ダミアンは、何度も探知機と平原を見比べる。
「あれ? あれ? え? えぇ……?」
そして、ようやく彼は気づいた。
地面に落ちている”もの”に。
「あ……これって、アテナさんに渡した発信機……」
ゆっくりとした動作で発信機を拾い上げたダミアンは──
「もしかして、落としたってこと……? アテナさん…………」
絶望に染まる顔で。
「そりゃないよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
悲痛な大絶叫をあげていた。
絶叫した後は力なくトボトボと歩いて行くのでした。




