第8話 「魔王様、白と黒の王を取りなす」
前話のあらすじ:黒と白の王が相対しました。
王とその関係者しかいないその場にて、会談が始まる。
兄妹エルフたちの家ながらも、彼らは何かを察したようで、こちらから言う前に自発的に席を外してくれていたのだ。
「今回の事態、白エルフ国としてはどう見ている?」
ドーエンスが問いかけると、ドラギアは小さく顔を横に振った。
「調査隊からの連絡が途絶えた以上、原因がわからんの。”核”が盗まれたという報告もきておらん。じゃから、皆目、見当もつかんよ」
「だが、ドラギア。何かしらの対応はするんだろう?」
私の問いに、ドラギアはうむ、と頷く。
「前回と同じく、再び攻略部隊を編制中じゃ。とはいえ……前回と違い、暴走の規模が大きいのでな。その対応に人員が大幅に割かれておるせいで、攻略部隊の人員が足りんのが現状じゃ。よって、前回のように東西南北からの同時攻略という手段は、厳しいの」
「……一点突破となると、魔獣の集中攻撃が激しそうだな」
「已むを得んとしか言えんじゃろうな。前回と違い、魔獣の数の桁が違うのじゃ。今回は、東西南北の出入り口から湧き出てくる魔獣を、食い止める部隊も必要になってくる。正直、白エルフだけでは持て余す事態じゃよ」
「……だが、白と黒が協力することはありえないんだろう? 部外者の私としては、協力したほうがいいんじゃないかと思うが」
「昔年の恨み辛みは、緊急事態を前にしたところで消えるものではないからの。魔獣を前に、白と黒で殺し合いが始まってしまうじゃろうて。とても背中は預けられんじゃろう」
「俺も白エルフ王と同感だ。それにそもそもが、我等黒エルフにも攻略部隊を出す余裕はない。今回の世界樹の攻撃は、黒エルフに集中しているからな」
攻撃と暴走。
ドーエンスとドラギアの表現の違いは、可能性を知っているか知らないかの差だろう。
まあ、明確な証拠はないのだが。
「しかし……なぜ世界樹は、真っ赤に染まってしまったのじゃ? ”核”を盗まれたときは、このような変化はなかったというに。あの様相では、もはや精霊というよりも……」
言いかけて、ハッと気づいたように、ドラギアがそこで言葉を止める。
白エルフ王として、それ以上の発言は控えたのだろう。
しかしその態度を前に、表情を引き締めたドーエンスが告げた。
「単刀直入に言う。世界樹は魔物だ」
「「……っ」」
迷いのない断言に、白エルフであるドラギアとレイが絶句する。
「…………根拠はなんじゃ?」
吐き出すような口調のドラギアへと、ドーエンスは重々しく。
「母上が調べ上げたというのもあるが……ネミルさんも認めている、といえば納得するか?」
「なんじゃと……あの女が……」
ネミルの交友関係は広いらしい。
伊達に長生きはしていない、ということなのだろう。
「母上が言うには、こうなってしまうと、状況を収めるには”核”を破壊するしかないと」
「破壊……か。破壊したら、どうなるのじゃ?」
「あれだけの巨体だ。朽ち果てるということはないだろう……それこそ、ただの巨大な樹になるんじゃないのか?」
「レインクレイは何も言っておらんのか?」
「さすがに、”核”を破壊した後のことまでは、文献等には記されていないらしい」
さしもの学者肌である彼女も、文献に記されていなければ判断のしようがないらしい。
「ネミルが居れば解決しそうだがな」
「いつも肝心な時にはおらんのが、あの女の悪いところじゃのう」
苦笑いする私に、ドラギアも同意してくる。
そのドラギアへと、居住まいを正したドーエンスが視線を向けた。
「白エルフ王よ。今回の世界樹攻略部隊には、俺も同行したい」
「なんじゃと? ……何が目的じゃ?」
「今回の事態は、黒エルフ国としても見過ごせんからな。早期に解決する必要がある。だが黒と白の関係性を鑑みれば、公での共闘など不可能だろう。だが、俺とデモナのふたりだけならば、それほど問題はないと思うのだが?」
「確かにそうかもしれんが……なぜ国王たるお前さんが、危険な前線に出るのじゃ? その理論ならば、誰か腕の立つ者を見繕い、送り込めばよかろうて」
「……俺は王だからな。国を守る責務がある。この理由だけでは不足か?」
「むう……」
黒エルフ王にこう言われては何も言い返せないのか、ドラギアは私へとちらっと眼を向けてきた。
私は彼女へと頷くものの、沈黙を守る。
恐らくというか間違いなく、ドーエンスの本音は、母親が仕出かしたことへのケジメをつけるのが目的だろう。
だがここでそれを私が言ったところで、事態がややこしくなるだけなので、私は沈黙するのである。
「そう言われてものう……王に何かあれば、それこそ白と黒の関係性が決定的に最悪なものになりかねんのじゃが?」
「白エルフ王よ。貴女も王だが、世界樹攻略に赴くのであろう?」
「それはそうじゃが……」
「なに、俺の心配はいらん。いざとなれば、クレアナードが守ってくれるさ」
「あまりアテにしないでくれ。いまの私は、お前よりも弱いんだからな」
「お前が俺を守って動いてくれる、という事実が重要なんだ。この俺の気持ち、わからんか?」
「……わからんな」
「恥ずかしがり屋め」
「勝手に私を評価しないでくれ……頼むから」
本気の私の発言に対してもドーエンスは嬉し気に笑うのみであり、私は安易に引き受けたことに後悔し始める。
そんな私たちを前に、ドラギアは「ふむ……」と顎に手をあてた。
「クレアナードと黒エルフ王の関係性はともかくとして。攻略部隊の人出が足りんかったが、お前さんらが加わるというのであれば、戦力としては十分といえるかのう。ただし、黒エルフ王よ。お前さんの身分は隠させてもらうぞ? 黒エルフの王ということを知ったら、良からぬことを仕出かす者が出るかもしれんからの」
「確かにな。その辺の判断は、貴女に一任しよう」
こうして、様々な観点から公にされることなく、白と黒の王が共闘することになるのだった。
※ ※ ※
世界樹へと向けて村を旅立とうと準備をする中、私へと兄妹エルフが話しかけてきた。
「クレアさん……本当は、今回も一緒に行動したかったんだけど……」
「今回のは前回と違って難易度が高そうですから、僕たちは村を守ることに専念することにします」
「私たち、足手まといになっちゃうもんね。……悔しいけど」
残念そうにする兄妹エルフへと、私はひとつ頷く。
「村を守ることも大事な仕事だ。誇っていいことだと、私は思うぞ?」
「ありがとうございます、クレアナードさん」
「クレアさん、無事に帰ってきてね」
私の身を案じてくれる兄妹エルフと別れ、馬車へと戻った私たちは、世界樹へと向けて村を出発する。
ドラギアとレイは、自分たちの馬車へと戻っていたのだが……
「なかなか居心地がいいじゃないか」
「俺としては、御者を務めるアテナ殿の姿を鑑賞できるだけで、誰の馬車だろうが満足です」
ドーエンスとデモナが、私の馬車に同車していたりする。
ここは白エルフ領ということもあり、黒エルフだけしか乗っていない馬車だと何かと不都合があるだろうということで、私の馬車に乗り込んできていたのだ。
「ドラギアの馬車に行けばよかっただろうに」
「何をいう? 妻の馬車を選ばない夫がいるか?」
「……だから。私と貴方は──」
「そう硬いことを言うな! 旅は道連れというだろう? 決して、下心があってのことじゃないからな!」
「……貴方のよけいな一言で、私はかなり不安度が増したぞ」
「はっはっは! 細かい事は気にするな! それワカチ──」
「おいおい。テンションが高くなってるのはわかるが、度が過ぎると引くぞ?」
「──おっと。俺としたことが。ハメを外しすぎるところだった」
「というか、いま何を言いかけた?」
「知らんのか? いま、城下町で流行っているギャクだ」
「……黒エルフ族ってのは、案外ひょうきんなんだな」
私が疲れた息を吐く一方では、御者を務めるアテナに近づくデモナが、触れるか触れないかの距離で熱い吐息を零していたりする。
「御者を務めるアテナ殿のお姿、なんとも凛々しくてステキです……はあ、はあ、興奮します……」
「……耳元で囁かないでくれませんか? 手元が狂って操作を誤りそうです。全員で死にたいのですか?」
「はあ、はあ……アテナ殿と心中できるのでしたら、僕は本望です。むしろ、勇者契約を出来ないのでしたら、僕は貴女と共に死にたいです」
「……………クレア様ー!」
無表情で進行方向を見つめながら、淡々とした声でアテナが叫んできた。
「珍しいな、お前が叫ぶなんて」
「クレア様に忠実なメイドの貞操の危機です。助けてください」
「な……!? ぼ、僕は決してそんなやましい気持ちなんて……っ!!?」
慌てふためいてからデモナは、繕うように、きりっとした表情をする。
「勘違いしないでください。僕は、嫌がることは決してしませんから」
「では、私をイヤらしく見るのは止めていただけますか?」
「それはできません!」
「……はて。先ほどの言葉はどこへ?」
アテナの疑問の声が彼に届くことはなく。
「おい、デモナ。この馬車には俺だけじゃなく、俺の妻が乗っているのだぞ? また自分さえよければ他の奴はどうでもいい精神が暴走しているのか?」
「い、いえいえいえ! とんでもないです!! 誤解ですから!!!」
憤りを見せてくるドーエンスに、デモナは身振りを交えて大げさに否定する。
いつになく騒がしい馬車内に、私は辟易した溜め息ひとつ。
「世界樹に着くまで、こんなやりとりが続くのか……? 勘弁してくれ……」
「……同感です」
私とアテナの気は、どこまでも重かった。
※ ※ ※
途中でトイレ休憩などを挟みつつ、世界樹の根から生まれ出でてきた活性化している魔獣を撃退しながらも、どうにか私たちは世界樹の南に位置するサウス村に到着していた。
すでに白エルフたちが集まっており、馬車から出てきたドーエンスたち黒エルフの姿を見るや、途端にその場がざわつき始める。
「なぜ黒エルフが……」
「この混乱に乗じ、また何かする気か……!」
「何か良からぬことをされる前にこの手で……!」
物騒なことを言う何人かの白エルフが武器を構え、たちまちその場は険悪な雰囲気に。
とはいえ、さすがに王の顔は知らないようで、ただの黒エルフと認識されているようである。
「やれやれ……予想していたとはいえ、こうまで敵意を向けられるものか」
「まあ、仕方ないでしょう。黒と白の関係性を考えれば、当然かと」
向けられてくる敵意に怯えることなく、むしろ肩をすくめるドーエンスに、同じように何ら怯えていないデモナが平坦な調子で言う。
人数差があるものの、彼らふたりにとっては、息巻いている白エルフたちは物の数ではないからだ。
そして恐らくは、何かあったとしても、私とアテナの援護もアテにしているのだろう。
「やれやれ……やはりこうなるかのう」
小さく呟いたドラギアが、ざわつき始める同胞たちを見回した。
「こやつら黒エルフは、腕の立つ魔導士と剣士じゃ。儂が無理を言って特別に協力してもらっておる。こやつらに無礼を働くということは、この儂の顔に泥を塗ることと思ってくれ」
まさに鶴の一声だった。
白エルフたちのざわつきが次第に小さくなっていき、やがて収まる。
それでも不平不満が満ちる中、ひとりの白エルフが進み出てきた。
「で、ですか陛下。わざわざ黒エルフの力を借りずとも、我等白エルフだけで事足りるのではありませんかっ?」
「そ、そうですとも! 黒エルフに我等の大地を闊歩されるなど、あってはならないこと!」
もうひとり進め出てきた白エルフも批判に乗っかってくるが、ドラギアはこの場にいる全員をゆっくりと見回してから、その白エルフたちへと問いかける。
「この場にいる儂らのみの戦力だけで、暴走状態にある世界樹内を進めると思うか?」
「「そ、それは……」」
「あきらかに戦力が足りん。しかも状況は、前回以上に劣悪。猫の手も借りたい状況ということは、皆もわかっておろう? もう一度だけ言おう。黒エルフのこのふたりは、儂が特別に協力してもらっておる。よって、このふたりに害なすことは、儂をも害なすということ、重々承知してくれ」
「「…………」」
批判してきたふたりが押し黙り、おずおずと仲間たちの中へと戻っていく。
さすがに白エルフ王を害成すと同じと言われては、これ以上の問答は自分たちの王を貶すことになると判断したのだろう。
とはいえ、不平不満の炎は、完全には消えてはいなかったが。
(かなり強引な言い回しだが、まあ、さすがは王だな)
私は内心で、ドラギアへの評価を改める。
とりあえずこれで、ドーエンスたちへの公の嫌がらせ等は起きないだろう。
「私としては、デモナさんが闇討ちに合って、お亡くなりになることが望ましいのですが」
「おいおい、アテナよ……」
私にこっそり耳打ちしてくる彼女へと、私は苦笑い。
「お前にも、苦手な奴はいるんだな」
「イヤらしい目で見てくるからです。貞操の危機を感じていますので」
「そこまでか」
「ですが……やはり彼も、白エルフばかりがいるこの場は緊張しているのでしょう。私へイヤらしい目を向けてくることがなくなりました」
「まあ、無理もないだろうさ。ドラギアが釘を刺したとはいえ、隙を見せたら、いつどうなるかわからんからな」
それこそ、表面上はおとなしくしながらも、ドラギアの目を盗んで闇討ちをしてくる奴もいるかもしれないだろう。
(闇討ち……か)
私は、内心で気持ちを引き締める。
私自身もが、気を付けないとならないからだ。
先程から、そのデモナが私をちらちらと見てきていることに、気付いていたからである。
(勘弁してほしいんだがな……)
ダンジョンでは何が起きるかわからない。
流れ弾で同士討ちなんて、割とザラなことであり。
それを装って、デモナが私を亡き者にしようとしている可能性すらあった。
私がいなくなれば、アテナを手に入れられると思っているのだろう。
(というか、それが狙いだろうな)
だからこそ、ドーエンスについてきたのだろう。
いくら王の近衛騎士だからとはいえ、険悪な仲である白エルフ国に潜入することは、自身にすら危険が及ぶのだから。
メリットがなければ、さすがに何かしら理由をつけて、別の者をドーエンスの従者としていたことだろう。
「……厄介なことだ。アテナ、お前があいつを焚きつけたからだぞ」
「おやおや。クレア様に忠実な私は、守ってはくださらないのですか? 男しか守る気はないと? クレア様はいつから性欲モンスターになられたので?」
「なぜそこまで言われなきゃならんのか」
「とりあえずクレア様がご存命の限りは、私の貞操も安泰ということです」
「忠実、という言葉はどこへ行った……?」
呆れ交じりの私へと、アテナは以前にハマっていた態度──小首を傾げる動作をしてくるのだった。
※ ※ ※
※ ※ ※
「オッラあああああああーーーー!」
「ふぎゅ……っ」
レアンに殴り飛ばされたウルが、成す術もない様子で背後にある樹木へと激突。
そのままずるずると地面へと。
「きゅう……」
「何してやがるクソガキ! ちったぁやるようになったと思ったら、そのザマかよ!」
ケンカをしているというわけではなく。
ウルを鍛えるため、森の魔女宅の手前の広場にて、実践訓練の最中なのである。
「オレの評価を返しやがれ!」
「む、無茶言わないでよぉ……」
樹木に背を預けたまま尻もちをつくウルは、すでに全身ボロボロだった。
レアンの指導は、クレアナード以上に苛烈だったのだ。
「甘えたこと言ってんじゃねーぞ! とっとと立ってかかってこいや!!」
「もう動けないよぉ……」
殺気すら漲る姉を前に、しかし疲れている様子のウルが駄々を捏ねていると。
そこへ、苦笑しながらアルペンが声をかけてきた。
「レアンさん、ご指導に熱を上げられる気持ちもわかりますけど、そろそろ休憩にしませんか? 紅茶とクッキーを用意しましたよ」
「お? んじゃま、休憩といこうか」
「やったーー!」
飛び起きたウルがアルペンへと駆け寄っていく。
それを前に、レアンの双眸が怒りに染まった。
「おいクソガキ! もう動けねぇんじゃなかったのかよ!!」
「あ……っ」
「てめぇ! 嘘つきやがったな!?」
「ひい……ごめんなさいぃぃいいっ」
飛び掛かってきたレアンに反応が遅れたウルはあっさりと捕まり、両腕で首をしめられる。
「ギブギブギブ……っ」
「ったく、このクソガキは。すーぐ楽しようとしやがって!」
「まあまあ」
苦笑いのアルペンのとりなしもあり、一同は休憩タイムへと。
地面に敷かれた布の上にて、紅茶とクッキーを楽しむ一同。
「うまいな、これ」
「おいしーね!」
「ありがとございます」
まったりくつろぐ中、話題は自然と変色している世界樹へ。
森の中のために、ここからでは見えないものの、すでに世界樹の変異は誰もが知るところとなっていたのだ。
まあ、巨大性を誇る世界樹が真っ赤に染まれば、当然とも言えるだろうが。
「なんかダミアンくんの話だとさ、前の世界樹の異変の時もクレアが関わったみたいだから、きっと今回のもクレアが関わるのかな?」
「うーん……なんとも言えないですけど、なんかそんな予感がしますねぇ」
「オレはあの女とそんなに関わりねーから何とも言えねぇけどよ、ああいうタイプは厄介事に巻き込まれやすいだろうぜ」
クレアナードに対する三者三様の態度。
その頃、当の本人がくしゃみをしているのだが、彼女たちがそれを知る術はないのである。
彼女も噂されていたことを知る術はないのでした。




