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九十六話 『強者ノ演出』 一五六十年・吉乃


「私に、任せて」



 私が、意を決して一歩前へと進み出る。

 無頼の集団の中に一人、女が混じっていることに今川のお侍は怪訝な表情を浮かべていた。私たちをさらに怪しい奴らだと感じたのか、女の私にも太刀を突きつけて、再度刀の柄を強く握り直す。


 まぁ、そりゃ警戒されるでしょうね・・・



「お侍さま、どうか刀を収めていただけないでしょうか。私たちは、野盗でも織田の手の者でもございませぬ。戦場に女を連れた侍が、どこにおりましょう?」



 相手の警戒心を刺激しないよう、私は慇懃(いんぎん)な言葉で少しずつ今川の武者に近づいていく。


 ・・・商人、らしく。


 普段のように。海千山千の津島の旦那衆を相手に、商いをするときのように。



 ・・・いつもの、ように。


 商いを、するように。



 私は、満面の笑みを浮かべて太刀を突きつけるお侍の顔をじっと見据えた。



 一寸たりとも、視線を反らさず。


 ・・・逃げられないように。



「・・・っ」



 じっと笑みを向けられたお侍の、口元が少しひきつる。

 私に向けた太刀の切っ先が、震える。


 ・・・頭の隅で、怖がっているんだ。

 無頼たちを引き連れ、戦場で荷車を引く怪しげな女に。


 刀を突きつけても、笑って近づいてくる不気味な女に。


 私が、笑みひとつでその恐怖を演出したから。



「そのような物騒なものは仕舞って、お話を致しましょう?」



 私は、商人だ。


 例え戦場でも、敵中にいても、それは構わない。


 私は、商人だから。

 私の武器は、『商い』だから。


 場所がどこでも、相手が誰でも。


 私は、商いをやってやる――


 商いが、私にとっての戦だから――



「くくっ・・・」



 小六や将右衛門が、私の後ろで可笑しそうに笑った。

 腐れ縁の二人はきっと、私が今から行おうとしていることを察しているはずだ。


 昔から何百も、何千も、私が商いを始める様を目にしてきた二人なのだから。


 今川の武者を相手に、敵陣の中で『商い』をしようとしている私に、呆れ混じりの笑みを零している。



 そんな二人に目もくれず、私は畳み掛けるようにさらに今川の武者に声をかけた。



「私たちは、尾張の商人でございます。津島にて馬借を営んでおりまする、『生駒屋』と申します。今川さまに献上したき物があり、足を運んだ次第でございます」



 私は、何一つ包み隠さず名乗り出る。

 一切の、偽りもなしに。



「おい、お嬢・・・っ」



 敵を前にして馬鹿正直に自らの素性を明かす私に、後ろの小六たちは泡を食ったように驚きの声を上げていたけれど、気にしない。



 『正直』は、強みだ。

 相手が商人だろうとお侍だろうと違いはない。こうして正面向き合っているときに、何かを偽ることは愚策だ。

 その場しのぎの嘘は、すぐに自らの首を締めることになる。


 正直でいること。真摯でいること。

 それは、代えのきかない大きな強みだから。



「馬借の、商人だと・・・?」



 変わらず、訝しんだ表情で今川の武者は警戒心を強めている。

 私は、臆することなくさらに言葉を続ける。



「はい、今川さまが堺より取り寄せた種子島五十丁、馬借としてお届けに来た次第です。どうか、私たちを本陣までお連れ願えないでしょうか」



「そして今川さまの御大将、今川義元さまにお目通りを願います」



 「なっ何を・・・っ!!」私の言葉に、今川のお侍は驚き、顔を歪める。頬を紅潮させ、語気を荒げて私を怒鳴りつけた。



「商人風情が、お館様に目通りを願うなど無礼であるぞっ!!!!」



 あぁ、怒ってしまったかぁ・・・お侍さまは二人ともすっかり頭に血が上ってしまっている。

 当然だ。私が、無作法なことを言ったのだから。


 今川の、駿河の武士にとって今川義元の名は、きっと天上人だ。

 得体のしれない女商人が無遠慮に今川義元に会いたいなどと口にすれば、癪に障って当然だ。



「おい、大体こやつらあまりにも怪しいぞ。何故、尾張の商人がわざわざ我らに鉄砲を届けに来るのだっ!?」



「その通りだ、何故堺からの荷を尾張の商人が運んでいる? 商人と申すは偽りで、織田の手の者ではないのか!?」



「ここで始末したほうが良いのではないか、見逃して後々大事になっては、我々が処罰されてしまうぞ」



「そうだな、面倒なことになる前に・・・」



「・・・よろしいのですか、本当に、私たちを殺してしまって?」



 物騒な相談をするお侍に、私は短く尋ねた。


 一切の、身震いもなく。

 ひとかけらの、笑みも崩さず。


 他人が見れば怖いと思われるほどの平静さで、ただ淡々と言葉を重ねていく。



「私たちを斬れば、お侍さま方の首も飛んでしまうことになりますけれど、よろしいのですか?」



 はったりかもしれない。虚勢かもしれない。

 けれど、まるでこの場の主導は私が握っているかのように、私は演出した。



「私たちは逃げません。どうぞ、斬るのならお斬りください。でも・・・自らのお命が大事と思うなら、一度本陣に事の次第をお伝えした方が賢明かと思いますよ」



 全く、恐怖はなかった。


 すっかりと、慣れてしまったのだと思う。

 殿様と初めてお会いしたとき。稲生原で信勝に囚われたとき。私は何度も、武士を相手に啖呵を切ってきた。

 (くぐ)ってきた場数が違う。相手がお侍だからって、今川の雑兵くらいじゃ私は臆しない。



「本陣に話を伝え、それでも私たちが怪しい者だというのなら斬ればいい。けれど、その確認もせずにことを済ませてしまっては、後悔することになりますよ。殺した者を、元には戻せませんから」



 むしろ、今川の武者の方が私に対してたじろいでいた。

 武具も持ち合わせていない、女の身である私に。


 形だけ太刀を私に突きつけてはいるけれど、その切っ先はさきほどよりも大きく震えている。

 こんな震えた刀で斬りかかっても、きっと私のことを斬ることは出来ないと思う。


 

 武士も、商人も、そこは同じだ。


 臆したものは、負ける。

 場の流れを制した者が勝つ。



 ――私の、勝ちだ。



 止めとばかりに、さらに私は今川の武者に追い込みをかける。

 語気を強めて。まるで、源平の巴御前のように凛とした態度で。



「さぁ、今川義元に伝えなさい。津島から『商人の姫』が会いに来たと」



 お侍相手に一歩も引かずに、言ってやった。



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