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九十四話 『反撃ノ秘策』 一五六十年・吉乃


「秘策があるの」



 私は含みを持たせた笑みで、揚々と笑う。


 ぱんと手を叩き、店の外に控えさせていた人夫たちに合図を送った。



「中に入れていいですよ!!」



 私の指図で、次々と大きな荷が店の中に運び込まれていく。


 みな、目を丸くしてその様子を呆然と眺めていた。



「・・・おい、お嬢。これは一体なんだ?」



「ふふん、将右衛門。中を開けて見てみなさいな」



 物珍しそうに、将右衛門が荷のひとつに手をかける。続いて川並衆の無頼たち、生駒屋の者たちが荷を次々と開けていく。



「おい、これは・・・」



 中には、鈍色の銃身と鉄の匂いが、これでもかってほど詰め込まれていた。



「天王寺屋の宗及殿からいただいた、新鋭の種子島!! その数、五十丁!!」



 宗及殿から譲り受けたものではあるけれど、私はまるで自らの手柄のように胸を張ってみなに自慢してやった。


 ・・・だって、本当に大変だったんだ。


 私がこの種子島を買い受けるのにどれほど骨を折ったか。



「馬鹿なくらい高かったのだから」



 目が飛び出るほど、ふっ掛けられた・・・


 さすがというか、やはりというか。

 宗及殿は、私じゃ及びもしないくらいの大商人だ。

 お客として接するのなら大口の良い客なのだけれど、いざこちらが客になったらもう・・・日ノ本一の商人の、日ノ本一の手練手管に私もすっかり翻弄されて。


 ・・・黙って言い値で買うなんて、商人の名が廃るっ!!


 なんて、必死に宗及殿の手練手管に食いついて、まけてもらえるよう張り合ったのだけれど・・・



「もう、二度とあんな商いはしたくない・・・」



 それでも、べらぼうに高い値で買い受けてしまった・・・


 今思い出しても、疲労感にげんなりしてしまう。

 あんなに疲れた商いは、生まれて初めてだと思う・・・


 そりゃ、堺の大商人にははした金かもしれないけれど、津島なら小さな店が数軒立つほどの銭だ。

 下手すれば、この生駒屋だって傾く引き金になるかもしれない、そんな出費になってしまっている。



 せっかく高い銭を払って買った鉄砲だ。


 元は、とってやる。

 一文だって、無駄にしてたまるか。



「・・・いいモンがあるのはわかったがお嬢、この鉄砲をどう使うつもりだ? 織田の砦に送り届けるのか?」



 小六が、首を傾げて私に尋ねる。



「まぁ、そうするのが当然なのだと思うのだけれど・・・」



 曖昧な態度で、私は返事を濁した。


 ・・・道理で考えるなら、この鉄砲は織田に渡すべきかもしれない。


 二つの砦が今川に奪われれば、織田は確実に負ける。

 砦を守りきれるかどうかが、この戦の勝ち負けの要になる。


 でも・・・



「出来るのか、お嬢?」



 怪訝そうな顔を、小六はする。


 もう、戦は始まってしまっている。

 三千だけの先手とはいえ、今川の軍勢が囲んでいる砦に、こんな大量の荷を運び込めるとは到底思えない。


 仮に運び込めたとしても、たかだが五十丁ほどの鉄砲だ。


 新鋭とはいえ、五十丁。

 数万の今川の大軍勢を相手に、織田方に種子島が五十丁増えたところで、焼け石に水の雰囲気は拭えない。



「でも、私たちにはこの種子島しかない」



 私は、唇を噛みながら答えた。


 力のない商人が、武士の戦を止めるための唯一の手だ。

 この種子島をどうするかに、何もかもがかかっている。



「そりゃ、五十丁程度じゃ心許ないけれど・・・私たちは、お侍じゃない。商人には、商人なりの戦い方がある。なら・・・これだけあれば私は充分」



 私は、笑っていた。


 不思議と、怖くはなかった。


 みなが、いるから。


 私が、商人であるから。


 何一つ根拠はないけれど、何故が全てが上手くいくような気がして。



「さぁ、やるよっ!! 私たちの手で、織田と今川の戦を終わらせる!!」



 私の、何一つ悲観のない姿に、みな呆れるように笑っていた。


 その苦笑はなんだか暖かくて。



 今日は、この時節にしては少し肌寒い。

 だから、余計にみなの心意気が暖かく感じているのかもしれない。


 朝から、遠くの空に白く薄い浮雲が広がっていた。

 きっと、小春日和な一日では終われない。



「お嬢、お指示をっ!! この鉄砲を、如何致しましょう!?」



 手代が、鉄砲の荷包みを乱暴に叩いて私に尋ねる。

 他の手代も、馬番も、野武士たちも、私の指示を今か今かと待っている。


 馬番の一人が、私の前に歩み出て



「厩舎は、どの馬も出せる手はずになっとります、お嬢。馬は、何頭要り用で? 運び先は、織田の城でございやすか!? それとも丸根と鷲津で!?」



「・・・いや、この鉄砲は、織田には渡さない」



 私は、不敵に笑みを浮かべて答えた。



「この種子島は一丁残らず、今川の陣に持っていきます」



「は? 今なんつったお嬢・・・」



 誰も予想しないだろう言葉に、その場にいる誰もが固まる。


 その中で、私がただ一人。


 嬉々とした笑みで。

 凛と背筋を伸ばして。


 堂々と、みなの前で佇んでいたんだ。



「この鉄砲は、今川義元に渡すの」



 ・・・さぁ、私たちの『戦』の始まりだ。

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