七十四話 『謀反人ノ末路』 一五五七年・能面の白拍子
「何をするっ!! 寒いではないか・・・っ!!」
突如障子を開け寒い外の風を通した私の行いに、お殿様は強く声を上げられました。
私は、そのようなお殿様に対して飄々な態度で
「もう、冬でございます故」
能面の奥の微笑を止められないまま、寝具に包まるお殿様の哀れなお姿を見下しておりました。
・・・本当、滑稽な御方でございます。
「一体、どういう了見っ、・・・お前、たち・・・!?」
ようやく、気づいたようでございます。
私が開けた、障子のその裏に潜んでいる御方に。
「・・・佐渡、権六・・・?」
柴田権六勝家様。
林佐渡守様。
稲生原にて末森のお味方となり、臣従を勘十郎様に誓ったお二人。
今はあの負け戦をどうにか生き延び、信長に降伏してはその処罰を待つ身でございました。
本来ならば、信長の兵に囲まれ囚われの身となった勘十郎様とは、会うことなど到底出来ぬ身の上でございます。
・・・このように、私が手引きをしなければ。
「何故お前たちがここにいる・・・!? 俺を助けにきたのか・・・!?」
予想だにもしていなかったかつての家来の登場に、そのやつれた顔がぱぁっと明るくなりました。
その様が、浅慮さが、まこと可笑しくて。
何故、柴田様がたがここにいらっしゃるのか・・・察することも出来やしない。
自らの置かれた状況を、鑑みることすら出来やしない。
頭が、足りないのでございます。
だから、信長に敗けるのです・・・
私は、先程お殿様に渡されたばかりの密書を、そのまま柴田様がたにお渡しするのでございました。
「この信勝が、美濃の斎藤義龍へと宛てた密書でございます。これを信長にお渡しくださいませ。信勝の首級を手土産に、今一度信長への臣従を示されてはよろしいかと」
信勝の顔が、無様に歪んでいきます。
その青白い顔が、更に蒼白となり。
信じられないとでも仰りそうに、目を大きく見開いて驚いていらして。
そのお顔が滑稽で、滑稽で。
柴田様も佐渡様も、哀れな旧主のお姿を冷めた目で見下ろしたまま、一言もお声を発することはありませんでした。
「お前たち・・・っ、一体、何を・・・っ」
わなわなと手を震わせながら、信勝は酷く怯えた声でそのようなことを口に致します。
信勝から預かった書状は、紛れもない信長への翻意を記した証拠となることでしょう。
この密書が信長へと渡れば、弁明の余地などありはしない。
二度目の謀反に、温情などきっとない。
武家の倣いに従い、信勝はきっと打ち首と相成ることでしょう。
もう、仕舞いでございます。
「俺を見限る気かっ!? 何故だっ!?」
泣き叫ぶ信勝の喚き声が、五月蝿くて。
「おい女っ!! お前は、母上の使いであろうが!! 俺を、尾張の国主にしたいのではなかったのかっ!?」
・・・あぁ、まことに。
なんて、愚かな御方なのでしょうか。
「・・・私がいつ、『貴方様に国主になっていただきたい』などと申したのでございましょう」
「なっ・・・!!」
呆れ混じりに私がお答えいたしますと、信勝は今にも泣き出しそうな顔でじっと私を見つめておりました。
・・・なんて、無様なお顔。
冷めざめとした心持ちが、私の胸に広がります。
無様な、男。
みっともない。
戦に負け、臣下に見限られ。
男のくせに、女に泣き乞うなんて。
確かに“主命”を受けて末森にお世話になっておりましたけども・・・
まさか、私がこんな男に尽くしているなどと本気で思っていたのでしょうか。
「柴田様、佐渡様。後のことは、委細お任せいたします」
「では」私はお二方に向けて慇懃な会釈を済ましますと、そのまま場を後に致しました。
これ以上は、女の私には関わり合いのないことでございます。
末森のお城とは、これで最後。
背を向けた寝屋からは、信勝の泣き叫ぶ声がかすかに聞こえておりました。
・・・その先のことは、私のあずかり知らぬことでございます。
ただ、それからすぐに。
末森の勘十郎信勝が信長の手の者により謀殺されたという風の噂を聞いたのは
雪が降る前の時節でございました。




