表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
63/126

六十二話 『戦ノ行方』 一五五六年・吉乃


「あんたみたいな小さな男、逆立ちしたって『織田信長』になんてなれっこない!!」



 殿様を、舐めるな。馬鹿にするな。


 いくら、兄弟だからって。いくら、顔が似ているからって。


 あんたみたいな外道とは、違うんだ。



「・・・言いたいことはそれだけか、女狐」



 信勝は、変わらず刀の切っ先を私に向ける。


 けれど、不思議と何も怖くない。



 刃を向けられて、思わず唾を飲み込みながら。


 私はまるで、あの時みたいだなって思った。




 殿様と、初めて会ったとき。



 殿様と初めてあったときも、このように刃を向けられた。


 武士として横暴な振る舞いをする殿様に、私は今と同じように刀を向けられて。


 それでも私は、殿様相手に一歩も引かなかったんだ。



「・・・脅しはきかない。刀を抜かれても、怖くない」



 あの時の方が、正直数段怖かった。


 この程度じゃ、私は動じない。



 私には、『力』があるから。




 その時、だった。



「勘十郎様っ、ご報告でございますっ!!」



 幔幕をくぐって、外から伝令の兵が次々と息を切らしながらやってくる。


 それはどれも、殿様の窮地を伝えるもので・・・



「お味方、変わらずに優勢!! 敵勢を次々と打ち崩してございます!!」



「敵方の前田勢、敗走でございます!! 槍の前田又左衛門は、美作隊の弓鉄砲を受け落馬したとの報!!」



 槍の又左衛門って・・・もしかして、犬千代殿のこと・・・


 そん、な・・・犬千代殿が・・・



 絶えることなく知らされる報に、私は肝が潰れそうな心地を感じて。



 見知った母衣衆の方々が、次々と倒れていく。



 殿様が、追い詰められていく・・・



 美濃へ向かった殿様を追った、あの日。


 弥平次さまの死を知らされた、あのとき。



 目の前が、真っ暗になった。


 吐きたくなるほどの気持ち悪さが、胸の内からこみ上げて。



 すごく、苦しかった・・・


 つらかった・・・



 もう、あんな苦しみは二度と味わいたくないのに・・・



 もう、死ぬのは嫌だ。


 殿様も、母衣衆のみなも。



 誰、一人として。



「勘十郎様っ、ご報告!!」



 また、新たに伝令の兵が現れる。



「柴田様の手勢っ、信長の軍勢を打ち崩し、本陣へと攻め入ってございますっ!!」



 ・・・っ!!



「お味方勝利、間違い無しっ!! 信長の御首(しるし)が届くのも、もうすぐでございます」



 信勝や御前さまの顔色が、すっと変わった。


 その報に、おおぉ、と本陣内の武者の間でどよめきが広がっていく。



 っ、殿様・・・・っ!!



 不安で、心配で、私は胸がはちきれそうになる。


 そんな私とは対称に、信勝は顔を緩ませながら余裕の表情を浮かべて。



「・・・どうやら『詰み』のようだな、女狐」



 目の前の外道は、私にそう言った。



「これでこの尾張は俺のもの。津島の商人どもと銭も、俺が掌握する。事が済めば、お前は用済みだ。信長と共に、その首級(くび)を並べてやる」



「・・・っ、下衆野郎」



 縛られても、刀を突きつけられても、私は信勝を睨むことをやめなかった。


 信勝は、そんな私を見下して



「とことん気に障る女だな」



 呆れるように、吐き捨てた。



「まぁ、いい。どうせ三途の川に足を突っ込んだ身の上だ。冥土の土産に教えてやる。お前の中で、燻っている疑念をな」



 「その方が、すっきりと死地へ赴けるであろう?」下卑た笑い声と共に、信勝はそう言った。



 私の中で燻っている、疑念・・・?



 訳がわからないけれど、私は精一杯の虚勢を張って言い返す。



「・・・ふんっ、今更あんたが私に何を教えてくれるっていうの」



「土田弥平次が、死んだ理由」



 なっ・・・っ!!



 弥平次さまが、死んだ理由・・・


 こいつ、何を知ってるの・・・っ!!



「今更何を馬鹿げたことをっ・・・そんなの、聞かなくたって知ってる!! 弥平次さまは、斎藤義龍の軍勢と勇敢に戦って・・・っ!!」



「そうだ、土田弥平次は美濃での戦で散った。信長が美濃へ兵を出した折、義龍勢の待ち伏せを受けて・・・な」



「何が言いたいの!?」



「では、何故義龍の軍勢から待ち伏せを受けたのか。奇襲をかけるために、織田の進軍は隠密だったのに、だ。例え義龍の軍勢が巨大だったとはいえ、そのように都合よく信長への待ち伏せが可能だと思うか・・・?」



 ・・・確かに、言われてみればそうだ。



 織田の軍勢は、準備を整えて待ち伏せていた義龍の軍勢に為す術もなく敗走したんだ。



 ・・・どうして、殿様たちは義龍の待ち伏せを受けた?



 美濃への出兵は、織田の評定で決まったことで。


 そんなこと、遠い美濃にいる義龍には知るはずもないのに・・・



「・・・まさかっ!!」



 私は信勝を顔を見る。



 信勝は、可笑しそうに笑っていた。



「そうだ。俺が斎藤義龍に流した。信長の策も、その動きも、全て」



 顔の血の気が、みるみるうちに引いていく。


 目の前の男が、おぞましくて。


 私が思っていた以上に、こいつは人の皮を被った『化物』で・・・



 信勝が、にやりと口元を歪める。 



「俺が、土田弥平次を殺したのだ」



 ・・・っ、こいつ・・・っ!!



「このっ・・・人でなしがぁっっ!!」



 こいつがいなければ、織田の進軍が義龍に漏れなかったかもしれなくて・・・


 殿様が窮地に陥ることもなかったかもしれなくて・・・




 弥平次さまも・・・


 死なずに・・・




「何とでも言えっ!! どのような手段を用いようと、俺は織田信長を潰してやるっ!!」



 全く悪びれる様子もないその態度に、私は腹が立って仕方なくて。



 なんなの・・・っ。


 なんなの・・・っ、この男は・・・っ!!



 どうして、そんな平然としてるのっ!!


 どうして、そんなことが出来るのっ!!



 血を分けた兄弟すら欺いて、裏切って、


 同じ尾張の武士たちを、自らの計略のために数多く死地に追いやって、見殺しにして・・・



 赤い人の血が流れていると思えなかった。



 情の欠片も持ち合わせていない、虚ろな男・・・



 例え、殿様を討ち倒して尾張の覇者になったとてしも・・・



 きっと、この男は何も満たされない。



 なんだか、目の前の傲慢な男が哀れに思えて仕方なかった。



「・・・可哀そうな男ね、あんた」



 心底、そう思えてしまう。


 この男は、哀れなほどに滑稽で。



「あんたは、殿様には敵わない。『織田信長』には敵わない」



 私は、信勝の顔を見据えて言った。



 例え、どれほどの計略を用いて、殿様を追い詰めたとしても。


 この戦が、どれほど信勝優位に進んだとしても。



 その確信だけは、全く揺るがない。



 それなのに、自らが敷いた策がほんの少し思い通りに進んだくらいで、もうすでに勝ったとでもいうような顔で高笑いしているその姿が、私には本当に滑稽に見えてしまう。




 この男じゃ、織田信長には勝てない。


 殿様は、負けやしない。




 殿様と信勝では、『人』としての器が違うから。



 私が、殿様の味方でいるから。




「きっと殿様が勝つよ、この戦」



 私が自信を込めて信勝相手に啖呵を切った、その刹那、



「・・・っ、何事だっ!!」



 突然、 どんっ、と耳の響くほどの大きく激しい音に私たちは襲われる。


 本陣の外から陣太鼓の音が激しく鳴り響く。


 今まで聴こえていた、攻め手の寄せを合図するような整った太鼓の音ではなくて。


 不規則で、激しい。ただ力に任せて無作用に叩いているように聴こえて。


 まるで、焦っているような、慌てているような、耳障りな太鼓の音が酷く大きく信勝の陣に響き渡る。



 不意の事態に、陣の内にも外にも動揺が広がっていく。



「どうしたっ、何があったっ!?」



 突如のことに、信勝の勝ちを誇った憎たらしい顔が、冷や汗とともに歪んだとき、



「一大事でございますっ!!」



 陣の外から、伝令の兵が慌てふためいて飛び込んでくる。



 誰も予想もしなかった、その報告と共に。



「兵がっ、離散を始めましたっ!!」



 その時、戦の流れが変わった。



「お味方の軍勢が・・・っ、みるみるうちに崩れ始めておりまするっ!!」



 ・・・ほら、ね。って。


 私はにやりと、笑ってやった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ