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四十五話 『大良河原ノ戦い』 一五五六年・土田弥平次


 血飛沫が飛ぶ。


 私の視界の中で、何人もの織田の兵がばたばたと倒れていく。


 大良河原に漂う火薬の匂い。


「放てぃ!!」という声とともに、囲まれた森の中から閃光が私達を襲う。


 すぐさま、二陣の弓隊から放たれた矢が織田の軍勢に降り注ぐ。



 敵襲の動揺に織田方の陣が崩れていく中、私の側にいた殿は何とか軍勢を立て直そうと大声で号令をかけた。



「置き盾を立てよっ!! 再度陣を立て直せっ!!」



 まるで、稲妻のような殿の大声が大良河原の隅々まで響き渡る。

 殿一人から思えないほどの大声に、すぐ側にいた私は耳鳴りがした。



 昔からそうだ。殿は、怒声や大声がとても大きい。



 殿の号令に、織田の兵は再度纏まりを見せ始める。


 部隊ごとに固まり、置き盾や荷車を衝立てにして敵からの矢弾に備え。


 なんとか、その場しのぎだが織田勢は陣を立て直し森の中の敵へと対峙する。



 敵は三段目の寄せを行わず、また森の中へ姿を隠した。



 敵の、次の一手はまだ来ない。


 織田が陣を立て直し守勢の構えを見せたからなのか、突如敵の動きが慎重になる。



 膠着の時が続く。


 その短い時が、異様に長く感じる。



 まだか・・・いや、まだだ・・・



 敵勢の動きに、私はどことなく覚えがあった。


 森に身を隠し、敵の虚を突こうとするその采配。


 山国の武士らしい地の利を活かした戦の仕方。



 美濃の、斎藤家の兵法。



 私達を襲った者達は・・・



「新九郎殿の、手勢か・・・」



 私は渇く喉で呟き、自らの太刀に手をかけた。



 ・・・なら、次は槍隊の寄せが来る。


 まともに戦の支度も終わっていない織田勢に、精練された美濃武士の寄せが襲い来る。


 この大良河原は、間違いなく乱戦の場となる。



 手汗で、柄が滑る。



 ・・・馬廻りとして、殿をお守りしなければ。



 森の中から、敵の法螺貝が鳴る。


 長槍を持った敵の部隊が、森の中から現れる。


 その腰には、一色家の家紋である『二つ引両』の旗が刺さっていた。



 やはり、新九郎殿の・・・


 織田の動きは、すでに勘付かれていたということか・・・



「かかれっっ!!」



 森の中から号令がかかり、槍隊が突撃を開始する。



 ・・・来たっ!!



「前田隊、佐々隊、先陣の相手せよっ!! 池田隊、弓鉄砲で味方を助けよっ!!」



 敵の攻撃に、殿は慌てることなく采配を振るう。


 内蔵助と犬千代の手勢が殿の命に応え、敵勢と槍を交わし始める。



 すぐさま、大良河原は乱戦の場と化す。



 殿の采配に、何とか織田方は瓦解せずに持ち堪えようと踏ん張るのだが・・・


 森の中から湧き上がるように現れる敵に、前田隊も佐々隊も余裕のない戦いを強いられる。現状を維持するだけで手一杯で、なかなか攻勢に回ることが出来ずにいる。


 敵勢が森に潜みその全貌が把握できないことが、まるで無尽蔵の大軍を相手しているような錯覚に陥ってしまう。


 この森に囲まれた大良河原で敵襲を受けたことが、致命的だ。



 早く、現状を打開しなければ・・・



 長良川にいる新九郎殿の本陣から、さらに手勢を差し向けられてしまう。



 周りを森に囲まれ、さらに敵勢に包囲され。


 背後は木曽川の流れが退路を阻み、織田勢は土地勘のない美濃の真ん中で孤立した。



 新九郎殿に、織田方の位置が知られた。


 敵勢の背後から奇襲を仕掛け、その混乱に乗じて道三様を逃がすという策は完全に潰えてしまっている。


 もう、打つ手がない。



 このままでは、織田は美濃の地で滅びてしまう・・・



「下がるなっ!! 意地を見せろやぁ!!」



 しかし、殿は退き陣の命を下そうとはしなかった。


 なんとかこの場に踏ん張ろうと采配を振るう。



 この絶望的な状況は、確実に殿も理解しているはずだ。


 けれど、顔を歪ませ、歯を食いしばりながら、それでも顔を上げじっと前だけを見つめていた。


 采配を振るうその右手を、決して降ろしはしなかった。



 この場さえ、耐え抜けば・・・っ!!



 そのような殿の想いが側にいる私達に伝わってくる。


 必ず道三様を救うのだと、その気概が全軍に伝染っていく。




 そうだ。


 ここさえ、越えれば・・・



 長良川の新九郎殿の陣は、目と鼻の先だ。



 向こうでは、道三様の手勢が奮戦している。


 それと呼応を合わせれば、まだ・・・



 望みはある。



 ここさえ、突破出来れば・・・っ!!



 一縷の希望をかけ、私が顔を上げた、そのとき、



「・・・っ、なんだ」



 不意に、殿が辺りを見渡す。



 遠くから、何か音がする。


 どどっ、という地鳴りのような音がやがて大きくなり、それが遠くから聞こえてくる大鼓の音だと気づいた。


 方向は、北。長良川の方からだと思ったとき



「・・・えい、おう・・・えい、おう・・・っ!!」



 ・・・勝鬨(かちどき)の、声・・・?



 波が流れていくように、鬨の声がこの大良河原にまで聞こえてくる。


 しかし、ここは森に囲まれた木曽川の川岸で。主戦場となっている長良川とはまだ少し距離があるはずで。


 それなのに聞こえてくる勝鬨は・・・


 おそらく数百数千の軍勢では出せない大きさで・・・



「まさか・・・」



 殿が顔が、大きく歪む。



「本陣より報告っ!! 本陣よりっ、報告なりっ!!」



 森に潜む敵勢から、伝令らしき美濃武士が乱戦極まる大良河原に現れる。


 一色家の旗を大きく振るい、「報告なり!!」と大声を上げる。

 その目立つ様に敵味方問わず目を引くと、手に持った一色の旗を天高く掲げ、叫んだ。



「お味方っ!! 大勝利ぃ!!」



 戦場全体に聞こえる全霊の声で、男は続けて叫ぶ。



「悪逆・斎藤道三の首っ、討ち取ったりぃっ!!」



 なっ・・・っ!!



 敵方の大鼓が、銅鑼が、激しく鳴る。


 おおおっ!! という敵勢の歓声と、えいおう、の勝鬨の声。





 織田方が(すが)った一縷の望みは、もうすでに折れてしまっていた。


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