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Master Code  作者: 覇牙 暁
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第八十三話

第八十三話「風見 篠」




 ―――それは、余りにも突然の再会だった。



 「シノ……っ!?」



 トキザネを庇うように立つ香澄の前に、その香澄を庇って立つもう一人の少女が現れた。


 舞い散る木の葉と共に短刀を構え、片手は背に苦無を掴んでいる。


 その黒い和風の忍装束も相俟って、少女はまるで“くノ一”の如く。



 「話し、は……後」



 それは、紛れもなく“シノ”だった。


 一年前、アールヴヘイムの為に共に戦っていた仲間の一人。


 しかし、“リセット”の際にその頃の記憶は全て抹消され、再会する事は無いだろうと考えていた相手だったのだが……。



 「わ、判ってる、けど……」



 香澄は、困惑していた。


 彼女とは、この一年の間、全く連絡を取っていなかったからだ。


 ただ、それは連絡手段が無かったからではなく、香澄が一方的に返信しなかったからであり、シノ自身からは何度となくメッセージが送信されて来ていたのである。


 返信しなかった理由は、彼女との接触が原因で“身内”が増えてしまうのを避ける為。


 つまり、香澄はあのリセットで、それまでの仲間達との関係をもリセットしようと考えていたのだ。


 何故、そんな事をしようと思ったのか。

 その理由を思うと、胸が苦しくなり……。



 (―――いや、今は……)



 それどころではないだろう、と香澄は思考を中断する。


 頭を振り、一歩を踏み出し、そしてシノの隣に並び立った。



 「敵の気配は?」


 「……北西に、向かって……高速で、移動……してる。距離、1.4キロメートル」


 「逃げたか……」



 昏天黒地の鞘を掴んでいたその手を離し、腰へと当てて一呼吸。


 狙われたトキザネ本人は状況が呑み込めず、目の前に立つ香澄とシノを交互に見遣り。



 「な、なんじゃ? 何があった……?」



 自分が狙われた事にさえ気付いていない様子だった。


 しかし、香澄もシノも、そんなトキザネの事などまるで気にした様子もなく。



 「相手に、心当たり……、は?」


 「有り過ぎるくらいだけど、個人の特定が出来る程の情報は無いわね」


 「追う……?」


 「ううん、必要ない。大方、予想は出来てるから」



 今度こそ警戒を解き、振り返った香澄はトキザネを見下ろした。


 訳も判らず挙動不審で座り込んだままの、トキザネを。



 「どうやらアンタ、身内から見捨てられたみたいね」


 「な、なに……?」



 香澄が言った事の意味が理解出来なかったのか、トキザネは首を傾げる。


 が、香澄にとって彼がそれを理解しているかどうかなど問題ではなく、淡々と答えだけが告げられて行く。



 「金も兵力も既に十分に集まった。だから、派手にやり過ぎて民の反感を買ったアンタは、“連中”にとっても、もう用済みって事なんでしょうよ」


 「用……済み? ワシ、が……?」



 そこまで説明されても、トキザネはまだ自分が置かれた状況を呑み込めていない様子で、香澄とシノの顔をキョロキョロと見比べていた。


 そこへ、キンシロウが歩み寄り、シノの方を見詰めながら怪訝な表情を浮かべる。



 「カスミちゃん、彼女は……?」



 が、そう尋ねた、次の瞬間。



 「―――ッ!」



 目の前から霞のように姿を消したシノが一瞬でキンシロウの懐へと飛び込み、短刀の刃をその首筋へとピタリと当て。



 「オマエ……、馴れ馴れしい、な……。姫に……近付く、な」


 「うっ!」



 鼻先が触れ合う程の距離で殺意が滾る瞳を見せ付けられ、キンシロウはピクリとも動けなくなる。


 その段階で、ようやく家臣達が止めに入ろうと動いたが、その二人すらシノは鋭い眼光で睨み付け、動きを封じてしまった。



 「コラ、シノ」


 「ぁう……っ」



 しかし、次の瞬間には頭頂部に香澄の手刀が落ち、シノは頭を押さえて蹲る事になった。



 「ぃ、痛……ぃ」


 「その人は“キンさん”。私の味方。それじゃなくても、今イロイロ微妙な事になってんだから、勝手な事しないの」


 「ム、ゥ……。ごめん……なさ、い」



 殆ど背丈の変わらない少女が二人。


 まるで妹を諭すような口調でシノに説教をする香澄の姿を見て、キンシロウ達は唖然とするより他になく。


 下手をすれば殺されていたかも知れない。


 それ程の殺気を浴びせ掛けられた当の本人としては、その余りにも軽い調子について行けなかった筈だ。


 しかし、それすら込みで、香澄はキンシロウの前へ出て、申し訳なさそうに頭を下げた。



 「大丈夫? ゴメンね、キンさん。この子、ちょっと変わった子でさ……。あ、でも、悪い子じゃないの、許してあげて」


 「あ、あぁ、いや、私も、その……少し、馴れ馴れし過ぎた、かも知れない。……すまない」



 謝罪する香澄と戸惑いながら受け入れるキンシロウ。しかし、シノはというと、恨みがましい目でキンシロウを睨み付けていて。



 「……ふんっ」


 「は、はは……」



 キンシロウは失笑した。



 「シノ、自己紹介して」


 「……はっ」



 ただ、香澄の命令には忠実で、指示されればこの通り。


 スクッと立ち上がったかと思えば、香澄の側にピタリと付け、キンシロウ達へと向かって口を開く。



 「谷那家家臣、御庭番衆筆頭“風見篠かざみ しの”……。以後、見知り置き、を」


 「お、御庭番……筆頭!?」


 「オイコラ、何当然のように身分詐称してんだアンタは!」


 「おぅ……っ!」



 再び手刀がシノの頭頂部を襲い、彼女はまたも蹲った。



 「ウチは御庭番なんて雇ってないっつーの。あと、アンタが仕えてんのは私ん家じゃなくて、私個人でしょうが」


 「そう……だった。でも……、御庭番衆筆頭は……間違って、ない」


 「まぁ……、うん、確かに」



 という二人の微妙な会話に、キンシロウも遂に理解の範疇を越えてしまったらしく。



 「よ、良く解らないが……“友達”って事で、良いのかな……?」


 「流石キンさん、ザックリやったわね。まぁ、そんなトコかな」



 納得したように頷いた香澄だったが、シノはまだ不服そうで。



 「友達など、と……、恐れ、多い……」


 「これ以上話しを引っ掻き回すなっての。いいでしょ、友達。なんか不服?」


 「そ、そうでも……ない」



 しかし、香澄からそう尋ねられると、今度は赤面してそっぽを向く始末。


 それで、何となくキンシロウも察したようで。



 「一先ず……彼女―――カザミ君に関しては、信用しても良さそうだ」


 「ん、良い子よ」



 香澄とキンシロウの間で互いに納得はし合う物の、それでもやはり、シノはキンシロウを、そして家臣達は香澄とシノを警戒している様子で。


 これには両者苦笑せざるを得なく。


 空気を変えるべく、キンシロウは家臣の二人にトキザネの捕縛を命じ、辺りの惨状から目を背け。


 二人は事後の収拾に注力する事で合意し、オオツキ邸周辺の部下達にも作戦成功の報告が成された。


 立ち入りを禁止され、邸内の押収品を纏めつつ、その日の深夜……。


 未だキンシロウの家臣達と同盟の仲間達が作業を続けている中、オオツキ邸宅の一室を適当に休憩所として開放し、香澄は一番の功労者として働きもせずにお茶を啜っていた。



 「ズズズ……、ハァ〜……」



 湯気の立ち上る湯飲みを両手で啜り、深く温かな溜め息を一つ吐き、香澄はホッと目を細める。


 年老いた老婆にも似た仕草と雰囲気。


 何処からか引っ張り出してきた座布団を縁側に、月を眺めつつ。


 そんな香澄の背後に控え、正座しているのはシノ一人。



 「しっかしアンタ、よく私だって解ったわね。こんな縮んでるのに」



 そう尋ねると、シノはガサゴソと懐から何やら取り出し、それを操作して。



 「……こ、れ」


 「ん、タブレットPC?」



 手渡されたそこには、何故か見覚えのある自分の顔写真が映し出されていて。


 一秒、二秒、三秒と経過した所で、ピンと来た。


 そこからの動作は一切に淀みなく。


 使い慣れたUI上で無数にあるチャットIDから一つを選択、呼び出して。



 『ハロ〜、香澄ちゃ〜ん♪』


 「ちょっとママ! 何勝手に娘の画像売り渡してくれちゃってんの!?」


 『えぇ〜、だってぇ〜、居所を教えないとぉ〜、ココで自害するゥ〜ってぇ〜、泣きつかれちゃってぇ〜』



 チャットウィンドウに表示されたのは、他でもない“佐伯涼子”だった。


 聞き慣れた何時もの間延びした声に、香澄は思わず頭を抱え込む。


 涼子にはリセットの件も含めて全て話しを通してあった筈。


 事情も把握している筈だというのに、とそう思う反面。



 「クッ、抜かった。確かにシノが言いそうなこったわ……」



 教えなければ自害する。なんて、シノならば言いそうな事だと納得もしてしまうのだ。


 考えてもみれば、こうなる事は容易に想像出来た筈だった。


 実の所、元アドバンスドブレイン社のエージェント仲間達より、シノとの付き合いは長い。


 出会いは、香澄がまだエージェントとして採用される以前の頃にまで遡る程。


 その出会いが特殊であった為か、はたまた谷那家や風見家の家柄が関係してか、当時からシノは香澄の事を“姫”と呼んで付き従って行動していた。


 オンラインゲームなど殆どプレイした事が無かったというシノは、平然とリアル情報を垂れ流しにしていて、最初の頃は“忍びの一族”などと言う話しを聞かされても信じられなかった。


 が、実際にシノが見せた数々の証拠を前に、香澄もやがてはそれを信じざるを得なくなり……そして、一年前の状況にまで関係が続いていた。


 詰まる所、本物の現代忍者である風見家の現当主であるシノが本気を出せば、セキュリティー対策もロクにしていない個人の情報を集めるなど造作もない事であり。



 「アドバンスドブレインの元社長ともなれば、目撃情報なんて幾らでも出て来るわよねぇ〜……はぁ」



 最早、香澄は項垂れるより他になかった。


 しかも、何故直ぐにシノから接触があった事を伝えてくれなかったのか、と涼子に問うも。



 『香澄ちゃんを〜、ビックリさせちゃお〜ぅって、なってぇ〜♪』



 と、何時もの天然っぷりを発揮しただけ。


 この遠征中にも何度か涼子とは連絡を取り合っていたのだが、それでは当然伝えられる筈もなく。


 香澄はゲンナリとした顔で肩を落とし、僅かな会話の後「また連絡する……」とだけ伝え、チャット欄を閉じた。



 「にしても、こんな辺境の小国まで追いかけて来るとは思わなかったわ……」



 苦笑気味にそう呟くと、シノは申し訳なさそうに身を縮め、首元の襟巻で半ば顔を隠すようにして。



 「……返事、くれなくて……、不安、で……」


 「うっ」



 そう言われ、ようやく香澄は思い出した。


 シノを……と、言うより、元仲間達との接触を避け、着信を無視していた事実を、だ。


 それに、ともう一つ大事な事実を思い出す。



 (そう言えば、シノって……会ったばかりの頃、こんなだったわね……)



 こんな、というのは、気弱で何か支えになる物を常に探しているような、そんな気質の事だった。


 優れた忍の才能とは裏腹に、周囲の評価に過敏な所があり、孤独であればある程に実力を発揮するタイプ。


 香澄と出会って以降はそうした面が少しずつ改善されていったのだが、その変化が著しかった時期の記憶がリセットによってスッポリと抜け落ちてしまっているのだ。


 つまり、今のシノは以前程社交的ではなく、出会って間もない頃の彼女に逆戻りしてしまっているという事。


 その当時の“ちょっと面倒”だったシノの事を思い出し、香澄は疲れたような笑みを浮かべた。



 「まぁ、仕方ない、か……。これも、私が選んだ結果なんだしね……」


 「……?」



 小さな呟きに首を傾げたシノを見遣り、振り返って軽く頭を撫で付け。



 「ううん、なんでもない。―――それより」



 と、済んだ事を悩まず、香澄は現状の把握に努める事にした。



 「悪かったわね、返信して上げられなくて。私にも、イロイロ複雑な事情があってさ」


 「それ、は……察する。だから……無理を、言って……ごめん」


 「いいわよ、こうなってしまったら、もう後戻りも出来ないし。お互い、その件については、もう触れずにおきましょ。で、以前通りに付き合っていければ、それが一番だもの」


 「うん……」



 他人から見れば、それは一見“仮初の信頼関係”のように見えるかも知れない。


 しかし、互いに立場のある者として、口には出せない事もあるという“解り合い”は、決して容易く作り上げられるものではない。


 語らずとも信頼できる相手。

 この二人にとって、それは“全てを曝け出さなければならない信頼や友情”などより余程強い絆だった。


 ただ、それでも、やはり話しをしなければ分からない事というのはあり。


 香澄は早速、その“事情”を聞き出す決意を固める。



 「―――それで、わざわざこんな所まで私に直接会いに来た理由って、なに?」



 そう切り出すと、シノは逡巡し、僅かに視線を落とした。


 その仕草や表情からも、“理由”があまり愉快な物でない事は察しがつく。


 実際、連絡を取るだけなら、佐伯涼子を捉まえられた段階でそちらから連絡を入れさせれば済む話なのだ。


 涼子からの連絡であれば、疑う事なく香澄もチャットに応じていた筈だからである。


 そんな事に気付かない程、シノは抜けてはいない。


 要は、シノ自身が香澄に直接接触しなければならない“理由”があるという事。


 だから、それを問うたのだ。


 お互いにお互いを知り尽くしている相手。

 故に、話しは早かった。



 「助けて……、欲しい」


 「助ける……?」



 香澄の脳内では、既に警鐘が鳴り響いていた。


 そもそも、シノは“一人で何でもできる系”だ。


 その優秀さ故、香澄も手近に置いておく事を選択したのだから。


 しかし、そのシノが助けを求める状況。

 それも、香澄を頼って来たとなれば、その難易度は推して知るべしという奴で。


 当然、香澄は良い顔をしてはやれなかった。


 何故なら、それを恐れていたが故、仲間との関係性までリセットしたのだから。


 とはいえ、見捨てて放置するなんて事も出来ない。

 自分がそういう性分である事を加味した上での判断だったのだとも言えるのである。


 シノもそれを大凡察してはいたようで、香澄の表情から感じ取る感情を苦虫でも噛み潰したみたいに一瞥し。



 「ごめん……、姫。でも……アタシには、もう……」



 言外に、「どうしようもない」と語っているのが感じ取れてしまった。



 「アンタが私に相談毎する時って、何時もそんな状況でしょ。今更よ」



 口では嫌味ったらしくそう言うが、その香澄の表情は決して怒っていたり、苛立たし気な物ではなく。


 むしろ、気持ちを解っているから、兎に角話してみろ、と促していた。


 それを汲み取り、シノは申し訳なさげに頭を下げ。



 「……“リベレイター”達が、“トレイター狩り”を……始め、た」


 「りべ、れ……、……は? 狩り??」



 シノの口から語られた単語に、香澄は不穏な気配を感じざるを得なかった。


 “リベレイター”と“トレイター”。


 その意味する所は、“解放者”と“反逆者”。


 敢えて聞き返す必要性さえ感じられないというのに、自身の推察を信用出来ず、香澄はつい問い返してしまっていた。


 それを察してか否か、シノは続けて詳細を語り始める。


 嘗て、“アバターラ”と呼ばれていた能力者達。

 彼らを、今は“リベレイター”と呼ぶのだという事。


 そして、“トレイター”とは、読んで字の如く、彼ら“リベレイター”とは思想を違えた者達の事なのだと。


 つまり、リベレイターによるトレイター狩りというのは……。



 「ちょっ、まって! それって……アバt―――いや、能力者同士で、殺し合いをしてるって事!?」



 驚いて聞き返した香澄に、シノは重々しく頷く。


 その事実が示す物。

 それを悟った時、香澄は愕然とした。



 「私が……世界を、リセットしたから……」



 シノの耳にさえ届かない、微かな呟き。


 そう、香澄がリセットし、能力者達を先導してアールヴヘイムへ移住したというその過去を無かった事にした、その結果が今ある現状だという事だ。


 香澄という指導者が存在しない彼らは、“別の指導者”の下で異なる選択をしたのだろう。


 そうして行き着いた先で、能力者同士の殺し合いが始まったという事だった。



 (この世界には、もうリスポーンって概念は存在しないのよ……!? それなのに……っ)



 リスポーンというシステムが失われれば、命を軽視する者は居なくなるだろうと、香澄はそう楽観視してしまっていた。


 しかし、見方を一つ変えれば、それはより強い者が弱い者達を従え、淘汰する事が出来る世界という事。


 現実の世界で人間同士の間にあった力による統制が証明する世界構造を、そのまま適用出来てしまうという事実を見逃してしまっていたのだ。



 「なんてこと……っ」



 一つを守る為に多くを捨てた。

 その代償が、余りにも大きな結果として現れたのだった。


 シノはトレイターとして、この状況を変える為に様々な手を尽くしたという。


 しかし、リベレイター達による暴挙は加速する一方で、最早彼女の手には余る状況にまで追い込まれてしまっていた。


 思わず、香澄は舌打ちをする。


 誰も香澄を責める事などしないだろう。

 だが、香澄自身はそうではない。


 自分の選択が招いたその結果に、責任を感じずには居られなかった。



 (でも、だからってどうする……? 破片の収集は? この国は? 私は、また同じ事を……っ)



 再び仲間を集め、それぞれに当たらせて事態を収拾するべきか?


 いや、駄目だ。

 それでは結局前回の世界と同じ結果を招き兼ねない。


 だとしたら?

 どうすれば?


 思考が堂々巡りを起こし、パンク寸前にまで追い込まれてしまう。


 だというのに、シノの口から更なる残酷な事実が紡ぎ出されようとしていた。



 「リベレイター達を……率いて、いるの、は……」


 「え……」



 待て。待って。止まってくれと、香澄が手を伸ばしかけるが、それは告げられてしまった。



 「―――元エージェント……、“鈴木……大樹”……」


 「っ!?」



 浮かしかけた腰が、膝が、脱力して座布団の上に沈み込んだ。


 鈴木大樹……。

 それは、嘗て香澄と共にアールヴヘイムを治め、アバターラ達を率い、共に戦った戦友、ヴァハグン。


 その愛称は、“ダイキ”。


 香澄が知る中でも特に有能で、信頼していた仲間の一人だった。



 「そん、な……なんで……! どうして、ダイキが!?」



 信じ難かった。


 温厚な性格で、しかし腕が立ち、頭はキレるが時々何処か抜けていて、無駄に二枚目で仲間達からの人望も厚い。


 何時も香澄の無茶に引っ張り回され、それでも苦笑を浮かべるだけで、どんな難題にも応えてくれた信頼できる最高の仲間だった。


 そんな彼が、いったいどうして。


 香澄の胸中に、そうした疑問ばかりが浮かんで消える事無く満たされて行く。



 「わから……ない。ただ……」


 「ただ……?」


 「今の世界に、なって……すぐの、頃……。鈴木大樹、は……リベレイター達を、集めて……人間を、守る為の……組織を、作り上げた、って……。でも、ある頃を、境に……人が、変わったみたい、に……突然、強硬な手段……ばかり、選ぶように、なった……らしい」


 「…………」



 人間を守る為の組織を作った、とその辺りまでは、確かに香澄が知るダイキのイメージに合った行動に思えた。


 しかし、その後に起こった“何か”がダイキの考え方を改めさせたと、シノはそう言う。



 「ダイキ……、アンタの身に、いったい何が……」



 元のダイキの性格から考えるに、相当な何かがあった事は確か。


 そして、何より。



 「鈴木大樹を……止め、られるのは……」


 「同じく元エージェントの、私だけ……。そういう事ね」



 香澄の答えに、シノは首肯する。


 シノが何故香澄に会いに来たのか、その理由を大凡理解した。


 ただ、そうなると気になってくるのが、残る“元エージェント達”の動向だった。



 「シノ、教えて。ダイキの他に、リベレイター側に付いてる元エージェントは何人いるの」


 「十……二、人……。その中でも……特に、危険なのは……二人」



 元エージェントの数は、決して多くは無い。


 しかし、その内12人もの元エージェント達が、ダイキに同調し、行動を共にしているという。


 が、それよりも、特に危険とされる二名の存在を耳にしただけで、香澄はもう眉間に皺を寄せ、渋面を浮かべていた。


 その二人の名前が、既に香澄の脳裏に浮かび上がっていたからだ。



 「―――カナと、ツバサね?」



 無言で頷くシノに、香澄は肩を落とした。


 信じたくない真実を知らされ、絶望する。


 たった一度。

 僅か一年。


 異なる選択をし、言葉を交わす事の出来なかった期間。


 その中で、嘗ての仲間達との関係は、とても想像などし得なかった形に変化してしまっていた。


 後悔の無い選択を。

 それを理想として歩んで来た香澄だが、結局それは、理想など理想でしかなかったと証明されてしまったという事。


 拳を握り込む。


 掌に爪が食い込み、血が滲むほどに。



 (これは、私の責任だ……。でも、いったいどうすれば……っ)



 この国を散々引っ掻き回したのは、他ならない香澄自身だった。


 故に、現状を放棄してシノの願いを聞き届けるような無責任な真似は出来ない。


 と、するなら、選択肢はただ一つだった。



 「シノ、アンタももう既に覚悟はしてるんでしょうけど……」


 「解って、る。その為に……来た」



 答えは一つ。



 「「さっさと、終わらせる」」



 全く同時に言い放ち、二人は頷き合う。


 シノもこの国の現状と、香澄の事情を大まかに理解していたらしく、故に合流したのだろう。


 この国の問題を迅速に解決する。

 その上で、次の行動へと移る為に。



 「協力……、する」


 「ええ、お願い。もうノンビリやってる時間は無いわ」



 立ち上がり、シノの手を取って引き起こし、香澄は直ぐ様行動を開始する事にする。



 「シノ、アンタの力が頼りよ。この男―――シドウ・ヨイチの居所を探って頂戴」



 香澄はUI上で画像データを読み出し、それをシノへと転送する。


 受け取ったシノは、その画像を確認し、「……拝承」とだけ答え、その場から霞のように姿を消した。


 その気配が遠く離れた頃、庭園へと降り立ち、砂利を踏み鳴らして、香澄は月光に照らし出された天理城を見上げる。



 「遊びは終わりだ、シドウ・ヨイチ」



 香澄の顔に、最早私怨などは一切無かった。


 あるのはただ、嘗てのような事務的なまでの無表情のみ。


 最早、作業でしかないと言わんばかりの、温度を感じられない表情だけだった。

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