第四十一話
第四十一話「探し人、現る」
前日のアウトブレイクで日程に狂いが出るかとも思われた調印式だが、アーダル王とダイキの合意もあり、敢えて断行が決定。
結果として、式典は滞りなく行われ、両国間で和平交渉は成立。此処に、同盟は締結された。
東のアールヴヘイムと西のスヴァルトアールヴヘイム。
この両国からの同時侵攻を恐れた蛮族は、アールヴヘイムの国境付近にまで迫っていた軍を引き上げ、今は北方のフィノルディア地方で両国の出方を静観する姿勢を見せていた。
此処までは、香澄の思惑通りに事が運んでおり、早速再開されたアールヴヘイムとスヴァルトアールヴヘイムのの交易により、両国各地では祭りのような日々が続いている。
そんな中、一度はアールヴヘイムへ帰還した香澄だったが、今は再びスヴァルトアールヴヘイムの地を訪れ、従者と共に謁見の間でアーダル王との内密な面談に望んでいた……。
「―――ほぉ、じゃあ何か。ダークエルフやドワーフでも要職に有り付ける。って事か?」
「そ。両国間で人種による差別が起こらない様に、ウチは徹底的に能力主義を推進してくつもり。そっちはどうする?」
「どうするってお前……、国政に関わる重要な話ししてるとは思えないな、まったく……」
「今更でしょ。何れは統一連合をって話しまで出してるんだから」
「ま、違いない……」
苦笑を浮かべるアーダル王。
例の謁見の間から続く奥の間で顔を突き合わせていたのは、香澄とアーダルを初め、和幸、リヴァルト、イライザ、加えて、ロディアとカガラの七人。
アーダル王の傍に控えていた筈のカガラは、今は何故か香澄の後ろに立っていた。
「そうさなぁ……、お前さんを信用してない訳じゃあないんだが、エルフにはまだ根深い偏見もある。正直に言えば、コッチの国政にまで食い込ませるのは、ちと不安も感じる所だ」
「でしょうね。ただ、アールヴヘイムでは王族の決定は絶対。って考え方も一般的でね、エルフの騎士団や元老院も今はアバターラの下で意識統一を図ってる。近い内に偏見も払拭されるだろうから、判断はそれからでも遅くはないと思うよ」
「ふむ……。なら、その辺りは追々ってトコで手を打っておくとするかぁ」
「OK、じゃあいよいよって感じだけど」
香澄は自分の後ろに立つカガラとロディアの二人を後ろ指で指し示し。
「この二人、私が貰ってくね?」
「おぅ。……ん―――ブフーッ!! なんだとぉっ!?」
茶に口を付け、気軽に答えようとしたアーダルは、思わず噴き出した。
その飛沫が香澄に掛かりそうになり。
「―――ササッ!」
避けようともしない香澄の前に、カガラ以外の全員が壁を作った。
「殿下っ! おみ足に汚れがっ!」
「カスミ殿! 大丈夫でござるか!」
「姫様、直ぐにお着換えを」
「オイ! 手前ェらオレを盾にするんじゃねぇっ!」
そんな四人に上品な笑みを浮かべ。
「大丈夫よ、みんなありがとう」
「「「いえいえ……」」」
綺麗に揃ってお辞儀しつつ、素早くまた香澄の背後へ。
「なにこの空気。オレもそっち混ざりたい」
「陛下には奥方が居られましょう? 滅多な事を申されませんよう」
オホホ。と口元を隠して笑う香澄は、まるで男を侍らす女帝のようにも見える。
―――約一名、女性給仕が混じっているが。
「まぁ、なんや。イロイロあってワシも少し姫さんに付き合おう思てな。どうやろか?」
「そりゃ、まぁ……お前は厳密には内の人間じゃあないしなぁ。そう言われると、無碍に断る事も出来んだろうよ……」
「がっはは! そない落ち込まんと、その内戻ってくるさかいに。な!」
パンパン、とカガラに肩を叩かれ、深い溜め息を吐くアーダル。
しかし、これはいったい何事か、という話しなのだが。
―――事の発端は数日前に遡る。
場所はアールヴヘイム王城、会議室。
そこに集められたのは、アールヴヘイム首脳陣。
ダイキ、カナ、ツバサを初め、涼子、松岡にエルフからは長老ビビキーラ、リヴァルトと各将軍格の面々。
「―――近衛騎士団?」
集められて早々、香澄が告げたその言葉に、ダイキやツバサ、それにビビキーラ長老も首を傾げた。
香澄曰く、自分の下に付ける専属特殊部隊を作りたい、という話しで、メリットに関しては。
「今回の件で、身軽に動ける部隊の必要性を感じたっていうのが一番よ。軍部を動かせない、目立ちたくない、そういう時に迅速に行動が可能で特別な指揮系統を持つ部隊があれば、連中に対する威嚇にもなるしね」
結果、自分が目立ってしまう事になるのも承知で、香澄はそれを説明していた。
恐らく、ノーマルを含む多くの勢力が真っ先に狙う標的にされると解っていて、だ。
最初はそうした危険性の高さから渋い顔をした面々だったが、涼子の後押しもあり、この件は決議される事となる。
勿論、その人選は香澄本人が行う、という条件も付けて。
―――そして、スヴァルトアールヴヘイムへ彼女は赴いた。
その近衛騎士団設立に関わる人選の為に。
「しかしなぁ、大丈夫なのか? お前さんがやり手だってのは認めるが、アッチのノーマルを相手にするつもりなんだろう?」
「そうね……、正直、滅茶苦茶危険だと思う。だから、飽くまで強制はしないつもりよ」
懸念を口にするアーダルに、香澄も否定はせず。
全て承知の上で行動を起こそうという覚悟を語る。
その言葉に、彼等は。
「ま、それで断るような肝の小せぇ野郎なんざ、此処には居ねぇだろうがな」
「同感でござるな」
「姫様のご命令とあらば」
「殿下たっての願いとあっては、断る騎士など居りますまい。むしろコレは、名誉な事です」
「っちゅー事らしいわ。ワシも断る理由はない」
全員が同意する。
「全員覚悟の上、って事か……。判った、そういう事なら、オレの方でも出来るだけ協力はしよう。必要な事があれば言ってくれ」
「助かるわ、アーダル王」
こうして、大方の人選を終え。
アーダル王が用意した必要物資を補充し、三度アールヴヘイムへと戻った香澄は、いよいよ本腰を入れて情報収集に乗り出した。
当面の目的は、捕縛したヴァーレスから得られた情報を元に、現史世界の現在の情勢や各国の軍の動き、更に活発化しているという国際連合軍の動向と主要人物の割り出しなどで。
これらの情報収集に中り、香澄は新たな部隊に主要メンバーを加え、その作業に当たっていた。
「―――マジで?」
そんな中、執務室で情報整理を行っていた香澄の下に、一本のチャットメッセージが入った。
UIに表示されているのは、年齢も顔立ちも判然としない一人の少女。
前髪が目にかかる程長いが、後ろ髪はショート。
口元まで首巻で隠していて、顔がまるで見えない。
ただ、その声は少し幼く、微かに前髪から覗いた瞳は黒で、垂れ目気味。
目元に泣きボクロがあるのも特徴か。
『うん……。姫に頼まれてた、人。見付けた』
真偽を問う香澄に、彼女―――『風見 篠』は抑揚の無い声で答えた。
「人……なの?」
『うん……、人。今は、自衛隊の手伝い、してる。多分、間違い、無い』
香澄は首を傾げた。
シノに与えた情報は僅か。
香澄自身も、正直見付けられるとは思っていなかった程の可能性だった。
人探し、と言えば諜報活動では珍しくも無い事だが、香澄が彼女に頼んだのは、人を対象にした情報ではなかったのだ。
「人工知能の筈、なんだけど……」
『そう。でも、この人、変』
「変? って、なにが?」
要領を得ない話しで、首を傾げるが、シノは。
『名前……、コッペリア。国籍、無い。人種、不明』
「如何にもな名前ね……」
コッペリアと言えば、バレエで有名な作品だ。
動く人形を題材としており、近代創作物でも人形やオートマタの名前として良く使われている。
如何にも、人工知能に付けそうな名前ではあるのだが。
「アバターラなの?」
『不明。ただ、ICEやUEPの恩恵は、扱えている』
「なのに、不明?」
『ステータス、確認不能。アタシも、チンプンカンプン』
「……確かに、妙ね」
聞く所によると、自主的に自衛隊に協力し、前史外生物の対処を精力的に行っているらしい。
アバターラでないという事も周囲の人間には知られているらしく、特殊能力者のような扱いを受けて話題になっているそうなのだ。
「それで、発見に至った……って事か」
仕事を頼んでから僅か数日で情報が上がって来た事には驚いたが、そういう事なら話しは解る、と香澄も納得する。
「―――解った。近い内、私もそっちに出向く予定だから、詳しい事はまたその時聞かせて」
『了解。……始める?』
「うん。いよいよ、ね」
珍しく真剣な顔で、香澄は答えた。
これは、他人には任せられない仕事だった。
なんせ、現史世界で彼女は―――。
「アンタは無理しなくてもいいのよ? シノ」
と、そう続ける香澄に、シノは首を横へ振り。
『暗殺も、忍の任務……。訓練は、受けてる』
「え、ガチで?」
彼女はさも当たり前というように首肯した。
「どういう幼少期を送ってきたのか、小一時間問い詰めたいわ……」
『……。普通?』
「いや、それ絶対普通じゃないから」
香澄の周りにはイロイロと変わり者も多いが、彼女は別格だ。
なんせ、その井出達に相応しく、“本物の忍者”らしいのだから。
実際、香澄もその調査をしてみたのだが、コレが事実で。
風見家は代々続く隠密業を生業とした一族であり、嘗ては江戸幕府四代将軍徳川家綱の家老、大目付中根正盛に仕えた事もあるという名家で、特に情報収集能力と暗殺業の技能に秀でたとされている。
その系譜である彼女は、幼少期から忍としての技術を祖母から叩き込まれたらしく、身体能力に優れ、判断能力・分析能力に顕著な才能を発揮していた。
そこに加えて、アバターラの能力までも手に入れた彼女は、正に現代最強の隠密と言える。
「日時は追って伝えるから、宿泊先とかの手配、お願いね」
『お任せ』
そこで通話は切れ。
香澄は別の相手へチャットを飛ばした。
「―――カズ。そっちどう?」
『今、カガラ殿とアミュレットの受け取りに向かってるトコでござるよ』
通話の相手は和幸。
アミュレットというのは、PYO時代からある、貴重なアイテムの事で。
「どのくらい出来たって?」
『一先ず、24個程。当面は問題無さそうでござる』
「思ったより作れたわね……。それだけの数の精霊石を掻き集めてくれた、ミミのお爺ちゃんに感謝しないと……」
アミュレット。正式には、サクリファイス・アミュレット。
その名が示す通り、“生贄のお守り”だ。
PYO時代には、インベントリに所持しているだけで一度だけ戦闘不能状態を回避してくれるというアイテムで、今の世界では兎角貴重な代物。
その素材は入手何度が極めて高い物ばかりで、特に“精霊石”に関しては数を集める事が非情に困難なのだ。
「寿命を全うした精霊の、最後のドロップ品……。エルフ達の命で、出来てるのよね……」
香澄が言ったように、この精霊石というアイテムは精霊が寿命を全うした際に低確率で生成される物。
エルフだけでなく、ダークエルフやドワーフ、シルフやサラマンダーのような者達も稀に生成する事があるが、“寿命を全うした”というその部分が重要だ。
殺して奪い取るような事が出来ず、またサラマンダーやシルフ達のように何処に潜んでいるかも判らない精霊達は、その寿命を終える場所が一定ではない。
市場にも殆ど出回らず、運良く冒険者や探検家、旅人が各地で拾った物が流通しているだけという貴重な品なのである。
「シュヴェルトフリューゲルの方は?」
『予定通り、明日にはロールアウトするって言ってたでござるよ?』
「おk、じゃあ早めに荷物纏めといて。全員にも通達よろしく」
『なんと、もう見付かったでござるか?』
「どうだろ。でも、ちょっと気になる情報が入ったからさ、それの確認も兼ねて早めに出る事にしたのよ」
『承知したでござる。イライザ殿とリヴァルト殿にはこの後会う約束がある故、その時に。ロディア殿にはカガラ殿に連絡をお願いするでござるよ』
「ん、お願いねー」
再び、通信を終え。
香澄は手元の資料に目を落とした。
そこには、ヴァーレスから入手出来た情報が纏められていて。
「―――無様よね。拘束された挙句、魔術で無理矢理情報を引き出されてさ」
アレックス・ターラント。
アバターラでありながら、ノーマルに加担して大勢のエルフを虐殺した犯人。
自白の際、エルフの命をNPCと同じだと言ったこの男を、香澄はその場で殺しかけた。
「どういう育ち方したら、あんなになるのか……。ま、私が斟酌してやるような事でもないんだけど」
資料を捲り、中身を読みながら。
思うのは、人間の命の重さとやら。
「エルフ達は、人の命も重く受け止めている。敵対していようと、同じ人である、と……」
しかし、人間は……ノーマルは、どうだ?
コチラ側に来ていない大部分のノーマルは、エルフの命をそれこそモンスターと同列に考えて居る。
理由は解って居た。
彼等には情報が不足していて、エルフを同じ知性とは考えられないのだ。
だから、向こうに残っている人間達の中には、説明が成されさえすれば、それを理解出来る者も沢山居る事だろう。
だが、それでも、だ。
「偏った情報を鵜呑みにして、自分で真偽を見定めようとはしない……」
誰にでも、コチラ側の世界にやってきて情報を得る術はある。
エルフ達と交流し、互いに理解を深め合う事は出来るのだ。
だが、そうしようとする人間は極めて少ない。
その原因は、既に誤った情報が彼等の中に定着してしまっているからだ。
確かめるという行為に、恐れを感じている者が少なくないのだ。
「エルフは人外の化け物。アバターラも同じ。理解不能な力で自分達が傷付けられるかも、ってね」
馬鹿馬鹿しい。
香澄はそう吐き捨てた。
魔術やアバター能力を恐ろしい力と感じるのは、実際何も間違っちゃいない。
だが、そんな物は別にエルフやアバターラだけの特権ではない筈だ。
人間たちにだって、人間を殺す力が幾らでもある。
銃を向けられれば、撃たれれば、人間は簡単に死に至る。
要は同じ物だというのに、そんな簡単な事にも気付けないのだ。
「そのエルフ達の、アバターラ達の力でさえ、利用して軍事力と金に換えようっていうノーマルの方が、余程の化け物だ」
その為に、エルフ達を殺しても、アバターラ達の命を消費しても、何とも思っていない連中がいる。
各国の指導者達。国連の上層関係者。
デューイ・アドコックやアレックス・ターラントを送り込み、アバターラ同士を争わせている偉そうな奴。
そいつらが、自由に情報を管理し、ノーマル全体の意思を操作してる。
香澄は、先ずはそこを“切除すべき”と考えていた。
「偉そうに椅子にふんぞり返ってるお前ら……、楽に死ねるなんて思うなよ……ッ」
呟き、書類を握り潰して。
「―――姫様、お顔が……」
「ミ、ミミ、アンタ居たのっ!?」
執務室のドアの前で、隠れるように香澄を覗き込んでいたのは、ミミだった。
「ごめん……、恐い顔、なってたね」
「姫様、やっぱり……行っちゃうです?」
トテトテと部屋に入って来たミミは、香澄の傍まで来て膝の上に座り。
「人間達……殺す、ですか」
「……うん、そう。誰かが、やらないといけない事だからね……」
人を殺す事に抵抗を感じるアバターラは多い。
それが、以前アールヴヘイムの戦力不足の原因の一端でもあった事だが。
その点、香澄は適任だった。
(私は、どうも人を殺す事に抵抗を感じないっぽいしね……)
人の命を軽んじているとか、相手の人生や未来を考慮できないとか、そういう事ではなかった。
単純に、何も感じないのだ。
想像は出来る。理解もしている。
だから、エルフやダークエルフが目の前で死ねば、悲しみを感じる事もあるし、怒りを覚える事もある。
しかし、どういう訳か、人間を相手にした時だけは、それらをまるで感じないのだ。
血や内臓、酷い傷などにも、それ程嫌悪感を感じたりはしなかった。
そういう意味では、自分の異常性という物も感じていて。
「はは……、今更自分を見つめ直してみると、ワリとショックだわ……」
「姫様……」
感傷はある。人を殺す事にではなく、自分が異常だという事に。
だから何だ? と問われれば、理由も見えないというのに。
「ま、適材適所ってね。コレもある意味、才能だから」
言いつつ、ミミの頭を撫で付けて。
「ミミは、何時も通りお留守番。危ない事しちゃダメよ?」
「大丈夫です。ミミは……。大神官様もいます。マツオカのオジサンもいます。カナ様も、ツバサ様も、ガンツ爺ちゃんや、王様もいます。だから、大丈夫です」
「ん、心配してくれてるのね……。ありがと、ミミ」
不安げな顔で見上げるその髪の柔らかさと暖かさを掌に残すように。
香澄は来るべき時を覚悟する。
殺すのだ。生かす為に。
戦争という物の本質が、そこには確かに存在した。




