第三十八話
第三十八話「クッコロ」
調印式を翌日に控え、クッツァーヘイムは今、上を下への大騒ぎと化している。
スヴァルトアールヴヘイムのドワーフやダークエルフだけでなく、穏健派蛮族達やそのの重鎮、アールヴヘイムからも多くの式典参加者が集まっていて、街中が人でごった返しているのだ。
これだけでも、スヴァルトアールヴヘイムの商人達や国のお偉いさん方は経済効果にホクホクしてそうだけど、街の警備に当たってる兵士や役所の人らなんかは、それこそ猫の手も借りたいってくらい忙しそうだった。
画言う私も、身分や立場を隠しながらアッチへコッチへと飛び回っていて。
「リヴァルト、そっちの様子は?」
『今の所、動く気配は無いようです。中の様子も探らせていますが……』
「OK、引き続き監視を続けて」
『ハッ』
二日程前、街の宿場に二人連れのアバターラが宿泊しているとの情報を受け、イライザに探りを入れさせたんだけど、結果は見事にビンゴ。
例の“デューイ・アドコック”と何かしら繋がりがありそうと睨んでた“アレックス・ターラント”の二人が案の定現れたのが確認された。
初日に市内の様子や式典会場を下見に回っていたようで、十中八九何かを企んでるんだろう。
向こうも恐らくコッチの動きは掴んでると思うけど、私の存在はまだ公にされてない。
タイミングさえ合わせられれば、現場を抑えて拘束する事も可能だ。―――今の所は、だけど。
「アッチのスカしたメガネの方……。気になるのよね……」
私は今、クッツァーヘイムの城内にある騎士団のミーティングルームを借り、街中の兵士や騎士たちから集められた情報を纏めている最中だった。
「しっかし、アバターラゆうんは解らんモンやなぁ……」
「ん、何が?」
寄せられた報告書に目を通しながら、隣で斧の手入れをしているカガラの話しに答える。
解らないっていうのは、どうやら見た目と能力の差の話しらしく。
「あないなヒョロっこいモヤシみたいな連中が、そない危険な相手とはどーにも思われへん」
「はーい、カガラさーん。アナタが今お話ししてるのは何方ですかー?」
「……せやったわ」
カガラの言い分に則って言えば、私なんかタダのガキんちょ。
これでも19になるってのに、エルフやダークエルフみたいな連中がいるこの世界じゃ年齢的には赤ん坊にも等しい。
しかもだ、元ヒキニートの私なんて、素じゃロクな体力も無い、それこそモヤシっ子だ。
こんなのでも二つ名で“黒炎の戦姫”なんて呼ばれるんだから、アバターラって生き物は実際恐い。
なんて話しをしている間に、懐のタブレットがブルブルと震える。
当初は、まさかこの世界のタブレットにまでバイブ機能が付いてるとは思わなくて驚いたもんだけど。
「どしたの、イライザ」
『ハ、街中を警邏中、妙な者達を見付けまして……』
「妙、って……怪しい、とか?」
『いえ、怪しい、というより……』
イライザの話しによると、街中を歩いている連中の殆どはお祭り感覚で和気藹々とした雰囲気があるらしいんだけど。
その見付けた怪しい連中っていうのは。
「え、話し掛けても、反応が無い……?」
『はい……。まるで、コチラの声が聞こえていないかのようでして。昨日捕縛された者と同様の症状と見て、間違いないかと』
「ふぅん……、ちょっと気になってきた」
実の所、昨日も良く似た話が街の警邏に当たってた兵士から報告されていて、その際に捕縛したって事だったんだけど。
「イライザ、悪いんだけど、私ちょっと此処空ける。兵の指揮はカガラに預けてくから」
「おう。―――って、なんやて工藤!?」
「アンタ、それが言いたかっただけでしょ……」
「うん、折角の関西弁キャラやしな。一度はやっとかなて」
メタいわ……。ってか、ホントなんなの? この世界の人達。
『了解しました。では、カガラ様、しばらくの間、宜しくお願い致します』
「あいよ、任しとき」
タブレットはカガラも持ってるから、私はサッと自分のそれを回収し、懐……っていうか、実際は入れるトコないんで、胸の谷間に突っ込んでるんだけど。
「せっくすぃ〜やのぅ〜」
「イライザの方がデカいわよ、胸なら」
「ホンマかいなっ!?」
食い付くわね……。
今更だけど、リザードマンもそういうトコ興味あんのね。
どいつもこいつも、男はオッパイ星人らしいわ。
「ミミとカナには出来ない話しね、これ……」
呆れ気味に呟き、部屋を出た。
この兵舎って作りが結構古く、廊下は石畳で出来てる。
全体的に石材と木材で作られてて、土の代わりに使われてるのはコンクリみたいに固まる変な土。
だから、こやって歩いてると、靴底がカツンカツンって音を発てるんだけど、どうもコレが侵入者防止にも繋がるらしく。
「武家屋敷の鴬張りみたいなもんよね、多分」
靴音が良く響く。
城内もそうだけど、こういう仕掛けは結構色んなトコにあって、ウチのアバターラの中には、そういうのを見分けて音がならないように歩く専門の連中も居る。
PYO時代には“アサシン”とか呼ばれてたクラスの連中だ。
だからまぁ、そういう技能持ちの連中用に、魔法を使ったセキュリティーシステムもあるみたいなんだけど。
「この音、ワリと好きなのよね。なんか子気味良いっていうか……」
タップダンスなんかすると、気持ち良さそう。なんて、下らない事考えてテクテク歩いてる内。
「―――止まれ」
目的の扉の前で、呼び止める声が響いた。
「……内の者ではないな。何者か」
「あーはいはい、この流れこないだもやったわ……」
今度はちゃんと許可証貰ってるからね、“王様直筆”の。
「し、失礼しました!」
「ん、お仕事頑張ってね」
「ハッ!」
一件落着。
同じミスは繰り返さない香澄ちゃんです。
―――19にもなって自分で“ちゃん付け”とか……、引くわぁ……。
「心の呟き、って事で……一つ」
自分に言い訳しつつ、私は扉を潜った。
兵舎から近いこの場所は、所謂“留置所”ってヤツ。
街中で悪い事とかして捕まった人が送られて来るトコで、エルフやダークエルフにだってそういうのは居るワケで。
数は多くないけど、それでも必要な場所らしく。
―――カツン、カツン、カツン。
またあの靴音を鳴らし、ちょっとジメっとしたその建物の中を歩いて行く。
「……失礼、どちら様でしょうか?」
で、大きな鉄格子の手前で声をかけられ、再び例の許可証を見せたんだけど。
「陛下直々の……。しかし、大丈夫ですか? 中には凶悪な犯罪者も捕らえられておりますし……」
「あぁ〜……、アハハ……。こう見えて、そこそこコッチの腕もあるので……」
忘れてた。
身分や立場を隠す為に、コッチにいる間は殆ど私服で居たって事に。
鎧姿の迫力なら、まずこんな事は言われないんだろうけど、私服じゃコレ、タダのひ弱な女にしか見えんわな……。
「そう、ですか……? 一応、警護の者を同伴なされては?」
「じゃ、じゃあ、お願いしても?」
「解りました、直ぐにご用意を」
こういう時、女って不便なんだよねぇ……。
無駄に心配されたりとか、正直言うとちょいメドイ事もある。
「では、参りましょうか」
厳重に鉄格子で区切られた留置所の中を、二人の憲兵を引き連れて進む。
ノーマルの留置所とは違い、此処は随分と構造が単純だ。
収監されてる犯罪者の数も少ないし、そもそも牢の数も少ない。
ま、その分。
「―――オイ! その女コッチ寄越せッ! 犯らせろッ!!」
ガシャン! と激しい音を発てて鉄格子を殴る、顔に如何にもな刀傷のあるオーク。
「チッ、静かにしろッ!」
「うるせぇ! いいから寄越せッ!!」
とまぁ、解り易い奴も居て。
憲兵が棍棒で突いて牢の奥に圧し込もうとするけど、ソイツはまるで言う事を聞かない。
だから、私は敢えてそのオークの牢の前まで行き。
「き、危険ですっ、お下がり下さいっ!」
と言う憲兵の言葉を無視した。そして。
「そ、私とヤりたいんだ……?」
指をクイっと誘うように動かしてやると、オークは今にも噛み付きそうな勢いで鉄格子に突っ込んで来て。
「んだ手前ェ、誘ってんのか? あ゛ぁ?」
私の服の衿にまで手を伸ばして強引に引き寄せた。
目の血走り方がハンパない。
こんな場所に長期間放り込まれてれば、こうもなるんだろうけど。
ってか、無理矢理腕突っ込んで来たもんだから、鉄格子ひん曲がってんだけど?
これ、後で強度の問題報告しとかないと……と、その腕を鷲掴み。
「―――い゛ッ!!?」
「そんなにヤりたきゃ、そのブサイク面と粗末なモンどうにかして出直してきな……」
手首の骨が砕ける一歩手前、そこで手を離してやると。
「ク、クソッ、何だ手前ぇっ、バケモンかッ!?」
表情を引き攣らせ、牢の中へと後退るオーク。
それを、私はこの上なく可愛い〜い笑顔で。
「失礼な男は、女の子にモテないわよ?」
「―――っ」
それだけで、オークはもう騒ごうとはしなくなった。
「じゃ、行きましょうか」
唖然とそれを見ていた憲兵二人をそう促し、私は更に奥へと足を進める。
で、その……言いたくはないんだけどね。
さっきのオーク見て、ちょっとカズを思い出した。
ゴメン、カズ……。
でもさ? オークとカズと、何が違うのか、っていう。
ってか、どして私はカズを選んでるのか、っていう。
そうこう悩んでる内、思考が大迷宮に陥って……。
「コチラです」
カズもアレなのかしら? ちっちゃいのかしら? とか、馬鹿な事まで考え始めた所で、そこに通された。
「―――あぁ……なるほど、ね……」
それを目にした瞬間、私は一瞬で悟った。
牢の中で膝を抱え、まばたきもせずにコチラをジッと見詰める生気を失くして濁り切った瞳。
コッチのエルフ達にとっては見た事もない物だろう。
でも、私達のように向こうの世界の常識を持っている人間は違う。
大部分の連中は、一目見れば瞭然だ。
「ゾンビ……ううん、グールかリビングデッドってトコか」
ホラー映画やアニメと違うのは、ソイツが襲ってくるかどうかの違いだけ。
でもって、コレは思ったよりもヤバイ。
ゾンビ物の定番って言えば?
「……やばッ」
その瞬間、私は胸元からタブレットを取り出そうとして。
「―――ッ!!」
突然、横殴りの衝撃に襲われ、吹き飛ばされた。
「……ぁ、ぐ……っ」
耳鳴りが酷い。
頭も打ったみたいだ。
けど、身体はまだ辛うじて動く。
で、立ち上がろうとした事で気付いた。
自分が壁に叩き付けられ、倒れていたんだって事に。
それくらい、意識が混濁してた。
目を開けているのに、周りは真っ暗。
ワケが解らない。
「あぁ〜……くっそ、どうなってん、のよ……っ」
クラクラする。
なんか凄い埃っぽいし、床に着いた手は気持ち悪い感触でヌメヌメしてるし。
―――ヌメヌメ……?
「嘘、でしょ……」
ようやく意識がハッキリしてきて、認識が追い付いて来て。
自分の隣に転がっている物の正体に気付いた。
……肉片だ。もう、誰の物かも判らない、肉片。
床は大量の血に塗れていて、辺りは瓦礫の山。
物凄い土埃で前もロクに見えないけど、何が起こったのかは判った。
「ハメられた、か……っ」
爆発が、起こったのだろう。
恐らく、さっきのゾンビもどきが、体内に隠し持っていたんだ。
で、私が来たトコを見計らって、起爆された。
「マッズ……っ、こんな事、してる場合じゃ……っ」
何とか上体を起こし、胸元からタブレットを取り出そうとして。
「冗談、でしょ……ッ!?」
砕けていた。
それはもう、木っ端微塵に。
これじゃ、イライザやリヴァルトと連絡が取れない。
どうする? どうする? どうする?
駄目だ、まだ頭の回転が鈍い―――。
「―――おい、手前ェ。まだ生きてんなっ?」
「ふぇっ!?」
と、唐突に私の身体が抱き上げられた。
物凄く逞しい腕で、ただ、顔はハッキリと見えなくて。
瓦礫の中から助け出された所で、やっとそれが誰かを判別出来た。
「って、アンタさっきのブタメン2号……ッ!」
「あ゛ぁっ? ブタメンッ!? 手前ェ助けられといて、ヒデェ言い草だな……!」
それは、さっき私が黙らせたあのオークだった。
「脱獄っ!?」
「ちげぇよ! 勝手に牢屋がブッ壊れたんだ! つか、そもそもオレは悪い事なんぞしちゃいねぇっ!」
なんて言うんだけど、私を抱き抱えたまんまで降ろさないそのオーク。
腰の辺りになんか当たってるんですけどぉっ!?
「ちょっ、やだっ、なに当ててんのよっ!」
「だっ、ばかっ、しゃーねぇだろ! 冤罪で三年もあんなトコにブチ込まれてたんだ! それがいきなり女抱きゃこうもなるだろうがよ!?」
「やだっやだっ、放してっ! カズぅーっ!」
「誰だよ!? ってか、コラっ、暴れんなっ」
バタバタしてたら、手を放されて。
「―――いだっ」
おもっきりお尻打った。
「ちょっと、いきなり放さないでよ! ケツ打ったじゃん!」
「なっ、手前ェが放せっつったんだろうが!」
などと、やいのやいのやってたんだけど。
すぐ近くで憲兵達の声が聞こえ。
「チッ、ヤベェ……、んな事やってる場合じゃねぇ! オイ、コッチ来い!」
「はぁっ!? っちょ、勝手に手握んなっ」
「うっるせぇ! いいから早くコッチ来い!」
「にゃあああああああああっ」
で、結局強引に引っ張り回され。
連れ込まれたのは兵舎から大分離れた庭園管理用の倉庫だった。
なにコレ? ガチ? ヤられちゃうカンジ!?
小さな小窓から差し込む薄明りの中、木樽の上に座らされ、ガーデニング道具が沢山ならぶその場所で、私は。
「―――クッ、殺せっ!」
「何言ってんだ手前ェは……」
なんか呆れられた。
「あれ? ヤられるんだと思ってた」
「ヤらねぇよ! つか……その、なんだ。―――無理矢理ってのは、駄目だろ……」
「え……? ……え!?」
「んだよその顔! しゃーねぇだろ、惚れちまったら……、そういうのは、デキねぇだろうが!」
「えっ!!?」
「うっせぇよちょっと黙ってろ!」
え、何コイツ。今何てった? つか、凄い顔真っ赤じゃん。
―――惚れ? は? オークが?? 私に???
「クソッ、憲兵共が騒いでやがるな……。コレじゃ逃げようがねぇぞ……」
狭苦しい倉庫の扉に顔を近付け、外の様子を窺うそのオーク。
何となく気になる事も出来たんで、ちょっと聞いてみましょう。って事で。
「ねぇねぇ、ちょっとイイ?」
「んだよ、コッチぁ忙しいんだっ」
「アンタさっき、冤罪とか何とかって言ってたよね」
「あ゛ぁ? あぁ」
うん、つまりこうだ。
冤罪で三年もブチ込まれてたけど、いきなり爆弾騒ぎに巻き込まれてチャンスが巡って来た。
で、これ幸いと逃げ出そうと思ったんだけど、一目惚れした私がまだ取り残されてるかもと思って、爆発があった現場まで引き返して来た。
そうしたら、案の定私が倒れてて、怪我してて。
だから、助け出そうとしてたワケだ。
ん、繋がった。
アレ? ひょっとしてコイツ、案外イイ奴?
「んじゃさ、んじゃさ」
「んだようっせぇな! 忙しいって言ってんだろっ!?」
我慢出来じと振り返って怒るソイツに、私は。
「ちなみに、罪状は?」
「……強姦、だよ」
うーわ、ヤってそー!
まぁでも、冤罪と信じて。
「ヤられたっていう相手は?」
「知らねぇ。オレがブチ込まれた後、野党に襲われてくたばったとかって話しは聞いたけどな……」
「なぁ〜る」
冤罪の証拠は出せない、か。
なら、こうしよう。
「アンタ、名前は?」
「は? ロディア、だ」
「OK、ロディア。アンタが協力してくれるなら、私がアンタを助けてあげる」
「は? はぁ〜?」
あぁ、うん、信じてないよね、この顔は。
まぁ、無理もないけど。
幾ら惚れた相手とはいえ、いきなり見ず知らずの女が助けてやるなんて言い出しても、何をどうやって? ってなるのは必然だ。
だから、私はその場でスキンを弄り。
「―――おい、マジかよ……」
目の前で変身した私に、オークは口をポカンと開け。
「アールヴヘイム第一王女、カスミ・バーゲスト。……“黒炎の戦姫”とは、私の事だ」
ニヤリと笑みを浮かべて見せたのだった。




