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19.風に鳴る

 ニーノにうながされて、みんなで船に戻った。

「おかえりー」

 顔を合わせたジュスタは、まだ起きたばかりみたいで、ヒゲがまばらに生えてる。

「ヒゲ!」

「はい」

 指さすと、ジュスタは洗面に船倉をくだっていく。ペロはすばやく側に寄って、周りを回りはじめた。

「やあ、ペロ。ごきげんだね」

 ――テーマイの背中に乗っておったのじゃ! テーマイは心が広いのじゃ!

 テーマイが歯をむきだして、ぶふぶっと音を立てた。

 ……テーマイの気持ちが、いちばん謎です。


「夕食にするぞ」

 ニーノが台所に行くので、追いかける。

「ん? あれ?」

 台所に着くと、システーナの姿がない。

 ――シスは甲板なのじゃ!

 そろそろ夕陽の時間だ。今から甲板に向かえば、一緒に見られるかも。

「エーヴェも甲板に行ってきます!」

 ニーノの返答を背中に受けながら、甲板に向かった。


 お屑さまにやいのやいの言われたので、ハーネスを着けて甲板に出る。

 空は飛んでないけど、安全第一。

 甲板には見当たらない。見上げると、帆柱のいちばん上にシステーナのふわふわの髪が見えた。夕陽を見るにはとってもいい場所に陣取ってる。

「シースー!」

 声をかけてよじ登ると、最後はシステーナが帆桁に引っ張り上げてくれた。

「今日は一日が短けーな」

 システーナがにーっと笑う。

 起きたのが遅いから、半日しか遊んでないもんね。

「シス、夕陽見に来ましたか?」

「まー、それもあるぜ」

 システーナが膝の上に乗せてくれたので、帆柱のてっぺんでも安心ポジション。

「他もありますか」

 ――シスは一人が好きなのじゃ!

 お屑さまがぴこんぴこん言う。

「お? そうですか?」

 ……む? じゃあ、邪魔しちゃったかな?


「そういえば、シスは一人で旅しますね」

 思いついたので聞いてみる。

「ん? そりゃあ、ときどき一人にならないとどっか行っちまうだろ、あたしが」

 きょとんとした。

 ……どっか行く?

 お屑さまも疑問符になってる。

 ――シスはシスなのじゃ! どこにも行かないのじゃ!

「お? あ、そっかー」

 システーナが首をかしげる。

「うーん、なんだろうな? 体の中にけ(・)ん(・)があるんだよ。広ーくて風がよーく吹く場所に一人で立ってると、け(・)ん(・)が鳴ってるのが聞こえるんだ。その音を聞かねーとあたしはどっかに行っちまうんだよ」

 ……むー?

 ――なんじゃ? なにゆえ、一人でないと音が聞こえぬのじゃ!

「えー? なんで聞こえねーのかな? あーでも、近くに人がいたら、そっちの音と混ざっから」

 システーナの言い回しは独特。

 みんながいろんな音を立ててるみたい。


「シス、体の中のけ(・)ん(・)って何ですか?」

「おー?」

 システーナが頭上を見る。

「体の中にさー強い紐みたいなのがあんだよ。それをけんって言うんだぜ。カジョとかドミティラが言ってたぞ」

 それは、腱(けん)かな?

「おちびには前の世界の話したことあっだろ? あたしらは穴の中で暮らしてて、石を掘り出せって言われてたんだよ。そんときに、……名前なんだっけ? えーっとともかく、道具を付けてさ。それが竜のけ(・)ん(・)を使ってんの。んで、物ぉ壊すとか持ち上げんのとかが強くなってさぁ」

「竜の腱(けん)?」

 どんな道具かな? 強そうです。


 ――腱は体の中にあるのじゃ! なにゆえ、人が道具で使えるのじゃ!

 お屑さまは不満そう。

「皮とか腱とかは死んだ竜から取ってたんじゃねーかなー? 実際見たことねーから分かんねーけど。だいたい前の世界の竜は、竜さまたちみたいにでかくねーし、人が乗ってたんだぜ。今日のペロみてーに」

 ――なんと! 人を乗せてやるとはたいそう寛大な竜なのじゃ! シスの前にいた世界は竜が多かったのかや?

 お屑さまでも他の世界のことはやっぱり知らない。

「分かんねーよ。あたしはずっと穴ん中いたからさー」


 システーナは、前の世界ではずっと穴の中で働かせられてた。

 思い出すとむかむかして、口がへの字になる。

 でも、そんなシステーナたちに渡される道具に竜の体の一部が使われてるなら、竜はそんなに珍しい存在じゃなかったかも?

 珍しいものはお金がかかりますからね! 人をひどい扱いする人はだいたいケチです!

 それから、力が強くなる道具なら、反抗するのにも使える。システーナを穴に閉じ込めた人たちは、反抗を押さえつける自信があったはず。つまり、もっとずっといい道具を持ってる。


「竜さまにけ(・)ん(・)があるなら、人間にもけ(・)ん(・)があんだろ。それが鳴るんだよ」

 続いたシステーナの話は、やっぱりよく分からない。

 ――腱がどうして鳴るのじゃ? 体の中に腱があって音が出るのかや? 体の中の腱が鳴るのかや?

 お屑さま、興味津々。

「えーっと、あれだよ、おんなじ! 楽器にはけ(・)ん(・)があんだろ? 揺れたら、音が出るぜ」

 ……む? もしかして。

「シス、楽器があるのは弦ですよ。腱じゃないですよ」

「お? け(・)ん(・)じゃねーのか?」

 アラセリが言ってた、とサーモンピンクの目がぱちぱちした。


「けんとげんです!」

 ――取り違えておるのじゃ!

 謎が解けて、お屑さまと盛り上がる。

 ――しかし、弦は動物の腱で作っておったのじゃ! 同じ事なのじゃ!

「おお! さすがおくずさま! そうかもしれません」

 でも、じゃあ、一人でいるとき音が鳴るのはどこに行っちゃったんだろう?

「ありゃりゃー? なんか訳分かんねーな? 一人で静かだと音が鳴るんだよ。おんなじだと思ってたぜー」

「ほー!」

 いったいどんな音なんだろう?


 ――何が何やら分からぬのじゃ! わしもその音が聞きたいのじゃ! しかし、一人にはなれぬのじゃ! 周りにはいつでも何かがおるのじゃ! 人は鈍いゆえ、一人になれるのじゃ! 一人などないのじゃ!

 お屑さまがぴこんぴこんまくしたてる。

「そーかーお屑さまはすげーなー」

 システーナは感心しちゃってて、これ以上説明は出なさそう。

 腕を組んで考える。

 ……「自分のけ(・)ん(・)が鳴る」。そんな音、聞いたことがないけど、それを聞くならよーく耳を澄まさないといけない気がする。他に人がいたら確かに聞こえないかも。


「むー……シスは、みんなと一緒にいるのはきらいですか?」

 真上にあるシステーナの顔を見上げた。

「あっはっはっは!」

 大笑いして、システーナはぐるんと後ろにひっくり返る。

「わきゃー!」

 システーナががっちり体をつかんでくれてたから、落ちはしないけど、天地逆転の視界が広がった。

「おちびが変なこと言ってんぜー! あっはっはー!」

 ――シスは一人が好きなのじゃ! 皆と一緒が好きなのじゃ! どっちもなのじゃ!

「おお……」

 システーナのあっけらかんとした笑い声で、心の中の心配がすっかり飛んでいく。

「ふっふっふー! エーヴェも一人で音が聞きたいです!」

「そーそー。おちびもけんの音を聞けるぜー」

 ――わしも聞きたいのじゃ! 一人になるとはどうすればよいのじゃ!

 おくずさまが一人だけ頭を空に向けたまま、憤慨(ふんがい)してる。

思ったより長くなりました。


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― 新着の感想 ―
[一言] シスのけんの音はどんな音なのかな?ちょっと考えこんじゃいました。多分、耳を澄ましても他人には聞こえなくて、みんなといたあとの方が自分のけんの音がよく聞こえる、そんな感覚かなと思いました。 自…
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