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その313 そのドアを開ける時は今


 魔法とは常に自分にも力を及ぼすもの。

 だから彼が彼自身の記憶を消してしまうのも考えて見れば普通に起こりうることだった。


「だが段々と思い出してきたぞ……なるほど、記憶を戻す鍵となる言葉が『トイレワン』だったのか」

「もしもの時の安全装置があるなんて素晴らしい魔法ですね!」

「そうか……俺は犬だったのか。考えて見れば、二足歩行で歩いた記憶とかないな」

「あー、座りっぱなしだから気づけないんですね」

「多分二足では歩けないんだろうな。今、このトイレから立つと俺は四足歩行で歩き出すことになる」

「それはすごいシュールな光景になるのでやめておきましょう!」


 トイレの床を這いつくばって移動する男子を私は見たくない!

 例え中身が犬だとしても!


「それで、俺の名前も当然分かったんだよな?」

「ええ、それはもう」

「じゃあ教えてくれ。お前たちに出した依頼なんだから、お前たちの口から聞かないとな」


 既に自分の名前も思い出しているだろうに、とっても律義なレイマンさんだった。

 ──いや、もうレイマンさんとは呼べない。

 彼にはこんな私のクソネーミングで名付けられたものではない、大切な真名があるのだから。


「分かりました。では行きますよ!」

「バッチ来い!」

「いや、なんですかそのノリは」


 謎の熱いノリでヘンリーを戸惑わせつつ、私は彼の本当の名前を呼ぶ。

 彼の名前は犬のド定番、ド真ん中、ド直球、ドドドストレートなもの。

 そして飼い主のピーターさんが何よりも大事に思っているもの。

 その名前は──


「あなたの本当の名前は──ポチです!!」


 そう、彼の名前はポチ。

 捻りも何もない、ごく普通のお犬様の名前だった。

 けれどその名はとても大事にされていて、ピーターさんの居酒屋、その店名poochは愛犬から名づけられたものである。

 そばにいなくても名前だけでも共にいたい気持ち……泣けます。


「ふっ……色々ありがとうな。助かったよ」

「いえいえ……って、あれ!? なんか輝き始めてません!?」


 ポチが感謝の弁を口にする最中、彼のいるはずのトイレの個室が何故か輝き始めていた。

 なに!? なにごと!? 爆発? 爆発したりしますか!?

 

「じゃあな、二人とも。俺は行くぜ」


 どこかしんみりとした口調でそんなことを言うポチ。

 そのしめやかさで私も気付いた……これ、成仏的な奴!?


「……ま、まだ成仏されちゃ困るんですがー!」


 まだ記憶を消して貰っていないよー!

 開けるなという言葉も忘れて、私は慌ててトイレのドアを開ける。

 するとそこには全身を発光させる男子がいた。


 ヤバい! 今にも天に召されそうな神々しさ!

 でもこういう時ってどうすればいいの!? 成仏を止めるのってなんだかすごい罰当たりな気がするんですが!


 どうしたらいいか分からずあわあわしているとやがて光は収まる。

 全ては手遅れ、光の晴れたトイレにはもう誰もいなかった──なぁんてことはなく、トイレの上にちょこんと腰掛けるお犬様の姿がそこにはあった。

 なんと柴犬である。可愛い。


 ……可愛いけども、なんで急に元の姿に!?

 じょ、成仏的な奴は!?


「そんじゃ、またな」


 何事もなかったかのように、ポチさんは犬となったその四つ足でぽてぽてと歩き始め、個室から出て、やがてトイレから普通に去って行った。

 後に残されたのは唐突な事態に口をポカンと開けて呆然としてしまう私と……そんな私の姿を見て楽しげに笑うヘンリーだった。


「はっはっはっは!」

「笑いすぎじゃないですか!? というか、どういう状況ですかこれ!?」


 成仏するかと思いきや普通に犬になって歩いて帰ってしまったのですが!?

 徒歩成仏? 徒歩成仏なのか?

 

「いやいや、すいません。面白すぎて……あのですねラウラ」

「はい、ラウラです」

「彼はですね……死んでいませんよ」


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