その311 名前の前の名はあだ名
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「それで俺の名前は分かったのか?」
あの後、ヘンリーからレイマンさんの本当の名前を聞いた私は更にそのそっくりさんであるピーターさんにも話を伺い、事態のおおよその全貌を把握した。
そして一夜明けて再び旧校舎のトイレに二人でやってきて、そのままレイマンさんを呼び出した……という流れなのだけど。
どう答えたらいいものかなぁ~!
勿論、もう名前は分かっている。ここに来たのはそれを伝えるためで、間違っても『現在業務が滞っております。大変申し訳ないのですが、納期を月曜日まで伸ばしていただけないでしょうか?』と休日返上の意思を伝えに来たわけではないのだ。
ただ、その名前がちょっと衝撃的で、真っすぐ伝えるのはかなり憚られるところがある。
「はい、分かってはいるのですが……本当に知りたいですか?」
「なんだその含みのある言い方は。今更その意思を変えるつもりもないが、そう言われるとちょっと怖くなるな……本当に名前がトイレマンだったりしたのか?」
「いえいえいえ、そんなことはないのですが……」
「じゃあやっぱりトイ・レイマンとかか?」
「それは私の妄言ですので!」
慎重に話を進めすぎて逆にレイマンさんを不安にさせてしまった!
さすがに彼の本名が偶然私の妄想と一致していたなんてことはない。
むしろそっちだったら伝えやすくてありがたかったくらいだ。
「ラウラの言う通り、真実を伝えるにはあなたの覚悟の準備が必要となってきます。もしも覚悟が出来ていないのならこちらも記憶については諦めますので、あなたも本名については諦めた方がよろしいかと」
「煽りすぎじゃないか!? そこまで? 俺の本名はそこまでのものなのか?」
「えーっと、わ、割とそこまでのものなんです」
「マジか……名前一つでそんな覚悟が必要なことがあるのか……ちょ、ちょっと時間をくれ」
そう言ってレイマンさんはドアの向こう側で黙り込んで考え始めた。
ちょっと怖がらせ過ぎだろうか? 幽霊を怖がらせるなんてまるで逆の立場だけれど、しかし、これはそれくらい石橋を叩いてから伝えたいことなのだ。
石橋を叩き壊すくらいの勢いで行きたい。壊れたらまた建て直せばいい! 人命第一!
「……ラウラ、伝える時は貴女からお願いできますか?」
「は、はいぃ? 何故!?」
小声でヘンリーが突然ヤバいことを言いだしたので、私も小声で叫んで応える。
「『真実の魔法』の後遺症なのかそれとも貴女の本来の才能なのか分かりませんが、貴女の言葉には謎の説得力があるんです。その上で人を逆上させない柔らかさもあります」
「ヘンリーだってそういうのあるじゃないですか!」
「うーん、いまいち彼との相性も悪い気がしましてね」
「そ、それは確かに……」
レイマンさんとヘンリーの相性が悪そうと言うのは私も感じているところではあった。
そして気に食わない奴の言うことは基本聞きたくないもの。例えば嫌な奴が正論を言って来たらムカついてしまうのは無理からぬ話だし、その言葉が真実であっても、それを受け入れるかどうかは発言者の人格も大きく考慮されるのは当たり前のことでもある。
私の人格がよろしいかはさておき、確かにここは私の方が良いのかもしれない。
「……よし、名前がウン・コーマンくらいの可能性まで考慮したが、覚悟完了だ」
「なかなか壮絶な覚悟をしているようですけれど、覚悟のベクトルが違います!」
「いや、どのみちここまで来て聞かないなんて選択肢はないんだ。そうだな……じゃあ、ちょっと遠回しに伝えてくれ」
「日和ましたね」
「いいだろ! 別に!」
「いいと思いますよ私は!」
どうやらこの短い時間では完璧に覚悟が決まったりはしなかった様子だけど、これには私もちょっと助かったところがある。
私の覚悟の方が出来ていなかったからね!
ただ、遠回しに真実を伝えると言うのもちょっと難しいものだったりする。
そうだなぁ……じゃあ、アレについてから話そうか。
私は一度生唾を飲み込んでから、思慮しつつ口を開く。
「えっと、まず、トイレマンじゃないんです」
「は? どういうことだ?」
「ですから、あなたのあだ名は『トイレマン』じゃなくて、一文字間違っているんです」




