その301 霊男
どこか不機嫌そうなこの声は先ほど聞いた幽霊さんのもので間違いない。
根拠不十分ではあったものの、どうやらスタート無しでも幽霊さんと繋がれるのは正しい推測だったらしい。
私の方も早く自己紹介しなくては!
「わ、私の名前はラウラと言います!」
「お前の方は男子トイレに何を当然のように入ってるんだと思わなくはないが……」
「あー! す、すいません! すぐ出ていきます!」
「いや、いい。どうせ俺しかいないんだから、このトイレでは俺がルールだ。俺が許す。このトイレは女子も許容しよう」
王の如き寛大さを併せ持つ幽霊さんだった。
どうやらドアを開けている状態がイレギュラーなだけで、ドア越しなら落ち着いた人物らしい。
むしろドアを開けた場合でも一回は許してくれると考えると、元々優しい人かもしれない。
「トイレ王!」
「その呼び方はやめろ……」
「ではトイレ皇帝」
「そっちに文句があるんじゃなくてだな……」
「ではなんとお呼びすれば? お名前をお聞かせいただけると幸いなのですが」
「…………」
名前を聞くと幽霊さんはぴたりと黙ってしまった。
大丈夫かな? もしかすると幽霊さんには軽々に名前を聞いてはいけないという決まりがあったりする?
真名を知られてしまうとその人間に使役されるとか、そんな感じの胸熱な設定とかあったらどうしよう。
「……レマンだ」
「えっと、レマンさんですか?」
「いや……トイレマンだ……」
「トイレマン!? ほ、本名ですか!?」
「そんなわけあるか……!」
「ご、ごめんなさーい!」
ヤバい! 怒らせてしまった!
い、いや、モーガン・フリーマンみたいな感じでギリギリあるのかなと思ってしまって!
トイ・レーマンはちょっとありそうじゃないです?
「本当の名前は忘れてしまった。だが、確かに最後に呼ばれた名前はトイレマンだったはずだ……」
苦々しく呟く幽霊さん。
どうやら彼としても自身の名前を『トイレマン』とすることには相当な拒否感があるらしい。
いや、当たり前ですよ。誰だって嫌ですよ、トイレマン。
しかし根が真面目なのか、それとも私と同じように嘘が付けないのか、律義に最後の呼び名を教えてくれたようだった。
それにしても記憶を消すことのできる幽霊さんの記憶がないと言うのは、なんだか意味深な話な気がする。
何か関連があったり……?
「ええっと、では、レイマンさんとお呼びする感じでどうでしょうか」
「ああ、そうしてくれ……お気遣い感謝する」
流石にトイレマン呼びではあんまりにもあんまりなので、ここは便宜上レイマンさんと呼ぶことになった。
トイさんと迷ったけどそちらはどうしても脳内に『問3』が出てきてしまうので却下となった。
国語のテストなら漢字の読みを答えているところだろうか。
オタクは割と漢字の読みの方は得意としているイメージがある。日頃から無駄に難しい漢字と接しているからね! 不知火とか! 鬼灯とか! 煉獄とか! 独歩とか! 小鳥遊とか! ……最後のはちょっと違うかも。
逆に読みから漢字書く方は苦手。何故なら予測変換で生きているから!
「ではレイマンさん、お聞きしたいのですが、先ほどこちらに使用した力、それは記憶を消す力で間違いありませんか?」
私がアホなことを考えている間にヘンリーがさっそく本題に入る。
そう、今回の目的はレイマンさんの記憶を消す力。
ヘンリーがまさに今受けたその力に御用があるのだ。
記憶を零にする霊な男子、故にレイマンさん。
すごい! 命名者の人、ここまで考えて!?
……いや、全然そんなことないです。偶然です。
命名者の人、そこまで考えてないです。
「……ああ、記憶を消せる。力というよりは、魔法だけどな」




