その295 ヘタレンリー
悪の巣窟ことメーリアン家にジェーンと共に帰省することになった私たち。
正義の権化であるジェーンをそんなところに連れて行くのは不安でならないのですが、もはや仕方ありません。推しのお願いならやむ無し。これは避けられない運命なのです。
さて、しかしながら帰省は夏休みからと決まっています。
つまりはまだ時間があるわけでして、今回のお話はそんな春と夏の間のお話。
ヘンリーに私が呼び出されたところから始まります。
★
「もうそろそろ期限が迫ってきました」
「期限?」
生徒会室に呼び出された私にヘンリーは開口一番、そんなことを言いだしました。
期限が迫ってきた? 一体、何のことでしょう。
「腐りそうな食べ物があるなら私の方で頂きますよ」
「頂かないでください。危なそうなら捨ててください」
「お腹は丈夫な方だから大丈夫です! 雑食なんです!」
「その華奢な見た目で良く言いますね……いえ、そうではなくて、その、記憶についてです」
「記憶?」
記憶の期限とは?
確かに物忘れが激しいさまは『記憶の期限が迫っている』と表現できないことはないけれど、それはあまりにも詩的過ぎませんか?
もしくは『記憶の起源』だったり?
だとすると物凄く壮大なお話になりそうだけど。
「ほら、ラウラが記憶を失っていた間の……」
「あっ、あー! そういえば思い出せるんでしたっけ!」
ヘンリーの言葉を聞いて私はぽんと手を叩く。
記憶を失っていたという記憶を失っていた!
そうだそうだ、暫くすると私の記憶喪失の間の記憶も取り戻せるという話だった。
「その期限がもうすぐってことですね」
「ええ、その通りです。そしてそれは私の死を意味しています」
「そういえばそうでしたね……」
何故だか知らないけれど、ヘンリーは私の失っている記憶が取り戻されると、大変困ったことになるらしい。
そういう雰囲気は随所に出ていて、最近はちょっと元気がなかったもんね。
なんか私がヘンリーの秘密でも知ってしまったのかなぁ。
だとすれば断罪されるべきは私だけれど。
「そしてその対策をここしばらくはずっと考えていました」
「さすがです! して、その対策とは!」
「……その対策とは!」
ごくりと生唾を飲み込む。
知恵者ヘンリーの策とは一体……!
「……記憶を失っている間の記憶だけもう一回消します」
「おお! お……おお? あの、そ、そんなこと可能なんですか?」
「分かりません。不可能な可能性もあります」
「それって策と言えますかねぇ!?」
あまりにも先行きが不透明すぎた。
まるで商品名だけ決まっていて商品が出来上がっていないみたいな!(G-SHOCKがそうだったらしい)。
或いは予告だけあって原稿のない新連載!(ドラえもんがそうだったらしい)。
ヘンリーの策にしてはあまりにも弱いけれど、だ、大丈夫なのかなぁ。
「勇気があれば本来問題にもならない話なのですが……最近、気付いたことがありましてね」
「何にお気付きになられましたか?」
「自分がヘタレだということです」
「自信満々な顔で何を言っているんですかー!?」
そんなことを言うヘンリー見たくなかったかもしれない!
曲がりなりにも『解釈違いなど存在しない。それを思う己の不徳を介錯せよ』というスローガンを掲げている私なのだけど、ヘタレヘンリーかぁ……。
勿論、ヘタレキャラは可愛い。ヘンリーも可愛い。
でも好きな人の前で積極的にヘタレて欲しい!
私のようなものの前でヘタレましても稼げるのは私の興奮くらいなものですよ!
……とまあ結局、ヘタレヘンリーも美味しく頂けてしまう私なのでした。
最初の方で言ったように、私、雑食なんです。




