その292 兄は怖し
衝撃的な出来事はどうやら忘れにくいものらしく、トラコさんの女装についてもきっちり覚えられていた!
ど、どうしようか。トラコさんも別に積極的に秘密にしているわけじゃないんだろうけれど、前回のすっごい混乱があるので素直に女装していると答えるのも躊躇われるものがある。
もう一度説得をやり直すと思うと気が重いけれど……。
「女装、してるよね?」
「それは、は、はい、しているのですが……」
質問されると絶対に真実を答えてしまうのが私の体質で、ここで誤魔化すことは出来ない。
妹様も謎に確信を持っているようだし、そもそも誤魔化しようがなかった気もするけれど、これはもはやどうしようもないか……!
「それで、その、なんっていうかぁ……」
このまま怒涛のべしゃりでごり押すべきかと悩んでいると、こちらの予想に反して妹様は何故かモジモジし始めた。
急な尿意かな?
「おしっこならついていきましょうか?」
「おしっこじゃなくて!」
「あっ! すいません、お花を摘みに行くというべきですよね……」
「言い方の問題でもなくて!」
お嬢様のお上品さに気を使ったつもりだったけれど逆に怒らせてしまった。
そうなるとこのモジモジはもしや言いにくいことを言う時のそれ……?
そしてこの場合に言いにくい事とは。
「その……えっと……なんっていうか……」
更にモジモジを加速させ、もはやモゾモゾと左右に揺れる妹様。
私は胸をハラハラさせながら次の言葉を待つ。
トラコさんと一緒に土下座するくらいの覚悟でいたけれど、続く妹様の言葉は想像以上のものだった。
「あの……女装って、なんだか好きで……何故か心躍るところあるんだけど……」
「なんですとぉー!?」
女装をお気に召していらっしゃる!?
以前は大混乱を引き起こした女装バレが、大変好意的に伝わっている!
教授、これは一体!
一体、どうして考えが180度変わったの!?
「夢の中で滅茶苦茶女装について語られた気がするんだけど、それでなんだか気になって」
私のせいだったー!
教授に聞くまでもなく、真相がはっきりとした。
私の言動が妹様の好みに影響を与えてしまっていたのだ!
まさかあの時の会話がここまで響いてしまうとは。
ある意味では女装好き仲間が出来たということで、喜ぶべきなのかもしれないけれど──。
な、なんだろう、同士が出来たという嬉しさよりも申し訳なさが強いな……。
一緒に映画を見ていてエッチなシーンが出てきた時のような罪悪感がある。
いたいけな少女の性癖に影響を及ぼすと言うのは、真っ白な雪原に足跡を残したあの瞬間の罪な快楽に似ている……!
いや、しかしこれも成長の一つの証なのだろうか!?
性癖もまた人格の形成の一端だもんね?
「な、なんか駄目なこと言った?」
不安げな妹様の声を聞いて私は我に返った。
ヤバい、一人で勝手に悩んでブツブツ言っていたせいで、妹様が不安になってしまっている!
もはや悩んでいる暇はない。ここで私が取るべき選択肢は当然──。
「妹様……」
「な、なに?」
「私も好きです、女装」
「そうなの!?」
同じ志の者に会ったのならカミングアウト。
これはオタクの常識である。
「愛していると言っても過言ではありません」
「そこまで!!?」
「今度、みんなにフリフリな衣装を着せる会を開きましょう」
「とんでもない事計画してる!? い、いや、でも、いいかも!」
その後、私は妹様と知り合いたちにどんな異性装を着させるかをしばし討論しあった。
特にグレンに何を着せるか問題で大変白熱した議論が展開されたのだけど、それを記載すると書面がいくらあっても足りないので、ご想像にお任せすることにする。
考えて見れば妹様は着せ替え好きだったので、元々女装好きの素養があったのかもしれない。
まあ、そんなこんなで、私は同士を手にしたのだった。
いや、でも、嗚呼……後でグレンに殺されたりしないか心配……。




