05.太陽の下で届いた想い
彗星の首から吹き出る鮮血がフィリップの後頭部を汚す。これ以上浴びないように前方へと歩いた。なんの躊躇いもなくクラスメイトを殺害したフィリップに対し春は言葉を発する事すらできない。しかも2度目だ。
「あーあ、ボクの髪が」
「おい、殺してよかったのか?」
「だってもうボロボロだったし。ボクが与えた力も使えてないみたいだったし。汚い状態でボクに近づいてきたし」
玲於ですら若干の戸惑いを見せている。彗星が生き返る事はもう叶わない。思想を共にする仲間とはいえ恐怖すら抱いていた。
「さ、与えた力を回収しないと」
自分のやった事を後悔していない様子で彗星の死体へと。しかし次の瞬間、この場の全員が予想だにしていない現象が発生する。彗星の死体の周辺に黒い煙が突如として現れ、そこからは無数の腕が伸びてきた。それらの腕は石や岩の破片を持っていた。
「え……?」
フィリップも眼前で巻き起こる出来事に目を離せなかった。彗星の身体を覆い隠すように岩石はまとわりつき、腕や足、胴体といった人の形が出来上がっていく。元々の彗星と言える部分は頭部のみ露出しており、その体躯はおよそ3メートル。異形の怪物が現れた。
「ゴーレム……そんな、どうして」
フィリップが持っていた6枚のカード、その1つに描かれたゴーレムだ。フィリップは歓喜の声を上げている。
「やった……! 訳は分からないけど、これでボクが求めていたものの1つ! 分かたれた世界を繋ぐための力の1つが来た!」
「島原さん、俺は何が何だか……」
フィリップにとっても予想外の事だ。春は助けを求めたものの期待はしていなかった。けれども島原は“ゴーレム”がどんな役割を果たすのかを知っていた。
「あれは“ゴーレム”だ。10の世界を1つに戻そうとしていたのはフィリップくんの他にも居た。彼らはそれぞれの世界の端にゴーレムを設置し、近づけた後にお互い腕を絡ませることで世界を結ぼうとしていた。言わば生きた接着剤だね。けど、あまりに非人道的だとゴーレム達は拒否。計画の最終段階に達した際、自らの身を投げることで台無しにしたんだ。残されたのは少数のゴーレムと、この……羽衣だけ」
羽衣とゴーレム。一見何も関係が無いように思えるその2つだったが密接に繋がっている。
「他者を石化させる羽衣の力はさっき見せたよね。この羽衣こそが……ゴーレムを作ったんだ。何があっても壊れない岩石生命体。品種改良を重ね、岩石の状態でも自我を持つようにね。そこに至るまでどれだけの犠牲を払ったか……でも、あれは」
ゴーレムの身体となった彗星の目が開いた。自身に何が起こったのかやはり把握しておらず、腕や脚を見て慌てている。当の本人ですらこの事態に心当たりはない。フィリップは打って変わって優しく語りかけるが彗星は受け入れるつもりがない。
「やったね彗星くん。ボクの思いを汲み取ってくれたんだ」
「な、何を言ってる……! これもお前が仕組んだんだろ!」
「これに関しては何もやってないよ。さあ、世界を繋ごう」
能天気に協力を持ちかけるフィリップ。当然、彗星の反感を買う。
「意味のわからないことを……! 殺してやる!」
慣れないゴーレムの身体は操りにくく、両腕を振り下ろしたが軽々と避けられた。対してフィリップはトンファー型のブレードでゴーレムの脚を切りつける。しかし強靭なボディには傷1つ付けられず一瞬で刃こぼれした。
「まあ無理だよね」
余裕を崩さないフィリップは後退しながらパーカーの内ポケットから1枚のカードを取り出した。彼の持つブレードと同じものが描かれていたが、その背景には幾重にも重なる残像もあった。カード下部には『SLASH』の文字が。
「これで終わりだよ」
カードは2つのブレードにかざした瞬間に白い塵となって消滅した。直後、ブレード周辺の空気が歪む。空気を圧縮した後に放つ事で対象を斬り裂く鋭い斬撃。フィリップはこの一撃に絶大な信頼を置いていた。放たれた斬撃は地面を抉りながら彗星へと迫る。
だが現実は違った。軽い音が響いたのみで、塵一つ舞わなかった。
「……は?」
自身の持つ最大火力が通じない。当の彗星ですら負傷を覚悟し目を瞑っていた程に意外だった。ゴーレムの身体は強靭。それを自覚した彗星は急に自信が湧いてきたようだった。
「こ、この力……! これなら、お前を……!」
ゴーレムの脚力も高水準で、フィリップが反応できない速度で迫った。後ずさろうとしたフィリップの右足が犠牲になる。膝から下がゴーレムの左足によって一瞬で潰される。
「……っ!? うぁぁぁぁぁぁぁボクの、ボクの足がぁぁぁぁ」
激痛により泣き叫ぶ。自分の容姿と能力に圧倒的な自信を持っていたフィリップの無様な姿を見て、彗星の残虐性が顕になる。太く逞しいゴーレムの手がフィリップの頭部を掴んだ。
「死ね」
「いやだっ……やだぁぁっ」
抵抗むなしく、フィリップの首は一瞬で一回転させられた。あっさりと命を落としたフィリップは投げ捨てられ転がった。
「次は……お前だ玲於」
彗星が次の標的として狙ったのは玲於だった。それもそのはず、玲於は力を自由に扱えていたというのに彗星を置いていき危険に晒していた。フィリップとも関わりを持つ彼を逃しはしないと決める。だが玲於はフィリップの足が潰された時点で見切りをつけ、準備を始めていた。
「……くそっ」
殴りかかってきた彗星に対し、玲於は能力を発現。巨大な亀の甲羅が腕に現れ常人ではなし得ない反応速度で殴打を防いだ。玲於の目は大きく見開き瞳孔は細長い。自身の頭部に猫の力を宿らせ反応速度を強化していた。けれども防いでいるだけでは勝ち目がない。春達に乞うしかなかった。
「おい、助けてくれ」
「えっ……?」
「お前らに隠れてフィリップと通じてたことは謝る。悪かった。だから――」
ゴーレムの拳による強烈な左ストレート。甲羅が砕け散り吹き飛ばされるも、玲於本体に傷はつかなかった。体勢を立て直し再び懇願する。
「助けてくれ。俺達のように蘇ったみたいに、死んだ奴らを生き返らせる方法をフィリップから聞いた。俺が死ねば助けられる命も少なくなるぞ」
助けるには十分値する理由だった。死んでいった同級生達を見捨てる訳にはいかない。春は右手に持ったレイピア、左手に持ったナイフに力を込める。
「島原さん……俺はやります」
「僕も手伝うよ。羽衣の力はゴーレムには通用しないだろうけど……やるしかないね」




